第2話 姉弟
私たち姉弟は、両親を交通事故で失くした。私は中学一年、雪於は小学五年の春だった。悲しみに暮れるだけで何もできない子供たちを救ってくれたのは、父の妹、律子だ。
独身だった彼女が我が家に引っ越してきて、私たちの面倒をみてくれた。それまで私は母に頼り切りだったが、仕事を持つ叔母の手助けをするようになり家事のスキルをアップさせた。雪於も自分のことは自分でするようになっていったが、まだまだ甘えたい年頃だ。私は強くなろうと決意した、大人になって雪於を守らなければ。
そう、私は雪於の保護者のつもりでいたのだ。
雪於は小学校、いや幼稚園の頃からもてまくっていた。常に女子に囲まれ、バレンタインにはチョコレートがたくさん届いた。中学生になり、高校生になってもしかし、雪於が特定の誰かと付き合うことはなかった。
「デートとか、したくない?」
と訊いても、
「興味ない」
という返答。
「もしかして、男の子が好き?」
思い切って、そう尋ねたときも、雪於は首をかしげて、
「わかんない」
と言うだけだった。男と女、どっちが好きなのか。本当にわからないのだと。
私はそれ以上、追及しなかった。単に目覚めが遅いだけだろう。
もしかしたら雪於は「アロマンティック」かもしれない。「他人に恋愛感情を感じない」セクシュアリティのことで、そうだとすれば、誰にもときめかないのも無理はない。
恋愛感情を抱かないからといって不都合があるだろうか。家族や友人、ペットなどには愛を感じるのだし、かえって煩わしくなくていいのかもしれない。
大学生になって間もなく、雪於はそわそわした様子で私のそばに来た。
「サーちゃん。僕、好きだって言われちゃった」
私は噴き出しそうになった。
雪於が告白されるのはいつものことで、わざわざ報告に来るまでもないのに、こうして頬を染めているからには、ついに本命が現れたのか。
「どんな人?」
「すてきな人だよ。
男性か。
身構えていた私は、なんだかほっとした。
いかに信行が素晴らしいか、雪於は夢見るような瞳で語り、それを私はにやにやしながら聞いていた。
「今度、ウチに連れておいでよ」
次の週末、信行は私の前に現れた。
雪於が言った通り、本当に素敵な人だった。写真は既に見せられていたが、実物はもっと感じがよく、さわやかなイケメンだった。私も叔母も一目で気に入り、楽しい時間を過ごした。
壁の時計は十二時を回っている。
廊下のソファには恵美と私しかいない。
「雪於、眠れないって言ってなかった?」
私は恵美の顔を見ないで言った。
「私は聞いてない」
「そう」
私は聞いた、この頃ちっとも眠れないんだって雪於が愚痴るのを。
恵美は自分を監視している、と雪於は言った。
あの部屋は鉄格子のない牢獄だったのか。こざっぱりしたマンション、幸せな家族の住まいではなく。
やむを得ず結婚した女に監視され、引き裂かれた恋人との思い出を追う日々に、雪於は疲れてしまったのか。
恵美が小さくあくびをした。
ひどくふてぶてしい態度に思えた。
もちろん危機は脱し、夜明けには目覚めるだろうから、安心してあくびをしても不思議ではないのだが。
恵美の「監視」とは、どのようなものだったのか。ただ雪於が憂鬱そうで、日々の暮らしに満足できず、悩み苦しむ様子を眺めていただけなのか。
春菜を身ごもってからの四年近く、恵美にとって雪於はどんな存在だったのか。
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