第3話 親友

 恵美と私は、高校の文芸部で知り合った。

 小柄で少しふっくらした恵美は、人のよさそうな眼鏡の少女で、少しシャイ。同じ小説に心酔していたことが分かって盛り上がり、急速に親しくなっていった。小説の好みが似ていて、あそこがいい、ここに感動したなど語り合うのも楽しかった。

 お互い、書くのは詩や、ごく短い物語ばかり、書くより読むほうが向いていたようだ。

 恵美の父は会社員、母はパート勤務。三歳上の大学生の姉と市内の一戸建て。平凡すぎてつまんない、と恵美は言った。

 そんな家庭が、私は逆にうらやましかった。

 中学一年で両親に先立たれたと打ち明けると、恵美は、ごめんね、知らなくて、と涙目になり、

「私だったら耐えられない」

 とつぶやいた。

「弟さんと二人暮らしなの?」

 叔母が同居し、面倒をみてくれていると私は告げた。


 ウチは築六十年のボロ屋なんだよ、と恵美に説明したが、三階建ての洋館と聞いて、恵美は見学したいと言い、次の日曜日、市の外れにある我が家にやってきた。

「すてきな色」

 恵美は目を輝かせた。

 モスグリーンのペンキは、確かに古い木造の家をおしゃれに見せてくれる。

 ステンドグラスの玄関ドア、吹き抜けのあるエントランス。庭には樹木が生い茂り、初夏の花々が咲き乱れる。

「映画みたい」

 と恵美は歓声を上げた。

 リビングからは広い庭が見渡せる。幼い頃は雪於と二人で駆け回ったものだ。

「いいなあ、こんな素敵なおうちに住めて」

「維持費がかかってしょうがないんだって。ペンキ塗りとか、大変なんだよ」

「ふうん」

 聞いているのかいないのか、恵美はうっとりと室内を見回す。

「こんにちは」

 おやつを取りに雪於がやってきた。恵美は目を丸くして驚いた。もちろん、雪於が美少年だからだ。

 雪於が去ると興奮気味に、

「かわいいねえ弟さん、びっくりした」

「うーん。まあ、かわいい部類ではあるよね」

 そう謙遜したが、私にとっては自慢の弟だ、ほめられて当然だった。


 高校時代、私はあまり恋愛に興味がもてなかった。

 高一で部の先輩と付き合ったが、二学年上の彼が受験で忙しくなり自然消滅、その後も特に何もなく終わった。恵美は男子と付き合うことはなかったようだ。

 進学先は女子大を選んだ。恵美は共学に進み、外で会うことは減ったが、やはり時々は我が家を訪ねてきた。


 学生時代に私は児童書の公募に入選し、子供向けの活字の大きな本を出版してもらった、両親を亡くした姉弟が助け合い生きてていく物語。

 恵美にプレゼントすると、とても喜んでくれたが、感想はいっこうに言ってくれなかった。



 夜の冷気で足先が冷える。

 時はじれったくなるほど歩みが遅い。

 私も恵美も黙り込んだままだった。

「私の本、面白くなかったでしょ」

 私は、ずばり尋ねた。

「こんな時に、なに。面白かったよ」

「そう。どんなふうに?」

 返事はなかった。

「どこがどう面白かったとか。なんにも言ってくれなかったよね」

「どうしたの、今更」

 困惑したように恵美が言う。

「私、見ちゃったんだよね」

 本をあげて少したった週末、私は恵美の自宅を訪ねた。

 お茶を入れに行った恵美を待つ間、ふと床の隅の紙袋が目についた。

 手提げ袋に、私が出した本の背表紙が見えた。ダイレクトメールやチラシの間から取り出してみると、中はビリビリに破れていた。

 恵美?

 親友が出した本を、そんなふうにして捨てるなんて信じたくない。

 資源ごみに出すつもりだったの、と追及すると、

「ああ。あれ、近所の野良猫だよ」

 恵美は、しれっと答えた。

「あの頃、近所の野良ちゃんがよくウチに遊びに来てて。うっかり床に置いてた沙耶の本をかじっちゃったんだよね」

「そうなんだ」

 私は口の端だけで笑った。

「申し訳なくて、ほんとのこと言えなかった、ごめんね」

 じらじらしい、と思いながらも私は納得したふりをした。

 猫があれほど念入りに本を破いたりするだろうか。まあいい、恵美はしらを切るつもりなのだ。

「あの本、ちっとも売れなかったし、編集さんにあれこれダメ出しされてうんざり、もういいやって思った」

 それは本心だった。どうしても作家になりたいわけではない、就職のことで、頭がいっぱいになっていた。

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