第3話 疑惑と尾行

「ここまで広い果樹園があるとは……噂に違わぬぶどうの一大産地だね、ここは」

 そうだね、と答えたミユゥも、眼前の景色に圧倒されているようだ。

 ソノトフは傾斜の緩やかな山肌に沿うように形成された町である。主産業である酒造の原料となるぶどう畑が、まっすぐに伸びる町道の周囲を彩っている。郊外の辺りは民家しか見当たらないので、

「中心部に移動しようか。宿も取っておかないといけないし」

「知り合いに挨拶もしに行きたいんだけど、いい?」

「お店をやってるんだっけ。俺も後で顔を出しに行くよ」

 陽当たりのいい午後の道を歩きながらそんなことを話す。葉の緑と果実の紫の二色の模様から、次第に人々の集まる建造物へと風景が変わっていく。

 運良く組合施設に近い宿屋に二部屋空いていたので、そこからは別行動を取ることにした。ミユゥの知り合いの店の名前だけ教えてもらって、別れる。

 さあて、メムーロで思わぬ支援があったから懐が暖かいことだし、薬屋でも冷やかしに行こうか。それとも、名産の果実を使ったお菓子を味わうのもありだろうか。俺は足取り軽く町を散策し始めた。


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「ここか……」

 ミユゥは一人、とある商店の看板を見上げていた。大通り沿いとはいかないまでも、二階建ての立派な店構えである。

 知り合いというのは、その店の跡継ぎの一人娘だった。これがなかなかの変わり者だったとミユゥは記憶している。安全な町に店を持ちながら、修行と称して自らの足で村々を渡り歩き、行商人のようなことをしていたのだ。

 ミユゥが「外」への憧れを強めたのは、彼女の影響も少なくない。冒険者になったことの報告をと、こうして店の戸を叩いたのである。

 中に入ると、懐かしい顔は接客中の様子だった。気弱そうな男性に次のような商談を浴びせている。

「いやほんと、お兄さん、これさえ飲ませればどんな気の強い彼女さんでもイチコロよ? むしろ精神が強いほど『悔しいっ……でもっ……♡』って気持ちにさせちゃう魔法の夜のお薬、その名も『クッコロン』。よくわからない名前だけどね、効果のほどは保証しますよ。一瓶なんと銀貨二十枚、お気に召さなければ全額返金いたします」

「…………」

 かなりの変人であったと記憶を改める。購入後保証はともかく、よくわからない名前の薬を弁舌も滑らかに売りつけようとするその前衛ぶりは、ミユゥに複雑な安心感を思い起こさせていた。

 まんまと買わされた青年が店を出るのを尻目に、ミユゥは旧知の友に近づいた。

「ソレル、店でもそういうものばかり売ってるの?」

「今のだってあたしが目利きした主力商品よ。オヤジは変なもの置くなって言うんだけどね。久しぶり、ミユゥ! まぁたずいぶん大きくなってもう、三年ぶりくらい?」

 商店の娘、ソレルはミユゥの腰を遠慮なく叩きながら快活に笑った。歳の頃は二十後半に見えるが、外見はミユゥが物心ついた時から変わっていない。

「あ! その格好……いや待って、当てる……冒険者になったんだ! 親父さんの反対押し切って! あっはは!」

 おかしそうに机をばんばん叩いて笑う。説明する間も無く理解して事実を飲み下す、こういう早さが商人らしいとミユゥは感じていた。時に早とちりではあるけれども。

「そう。だから挨拶しておこうと思って」

「そういうことね。前々から言ってたしいつかやるとは思ってたけど、かーわいいんだからほんと。どうせ律儀に宣言でもして出てきたんでしょ」

 何がかわいいとやらに該当するのかはミユゥにはわからなかったが、

「……父さんには、改めて説明してから村を出た、けど」

 そう小声で言うと、あははは! とまたもソレルは腹を抱えた。

「ん〜も〜、相変わらず真面目に反抗期しちゃって。ソノトフまで一人で来たの?」

「いや、メムーロで知り合った人と」

 この返答にソレルは片眉を上げた。

「あら、意外。孤高の一匹狼ちゃんが仲間連れなんて。どんな人なの?」

 どんな人。そう訊かれて、ミユゥは適切な形容を思いつくのに時間を要した。

 彼女とリキナとは、知り合ってひと月も経っていなかった。人柄をあれこれ評することができるほど、互いのことを知ってはいないのである。考えたのち、

「歳が同じくらいの、普通の男の人かな。ちょっと魔法を使ったりするけど」

 途端、色をなしたようにソレルが会計台の机に身を乗り出してきた。ソレルには話してもいいかと思ったが、魔法のことは伏せておくべきだったかと慌てて、

「いや、魔法って言っても……」

 とミユゥが取り繕おうとしたところで、

「男⁉」

 と、信じられないといった声で問い質してきた。

「……そっち?」

 呆れたように聞き返すミユゥの肩をソレルはがっしと掴む。

「ミユゥ、男と二人で旅してきたの? 村の隅っこで仏頂面で斧だの槍だの振ってたあのミユゥが?」

「男女混成の冒険者だって多いよ」

 煩わしいので払いのけても、ソレルは口に手を当てまだなにかぶつぶつ言っている。

「でも、あんたに限ってそんな……いや、まさか……」

 そこへ、来店を知らせる扉の音が響いた。慣れたもので、すぐにソレルは接客用の顔になる。

「いらっしゃいませ! 何をお探しですか? やや、お兄さん丁度いい、男の人に大人気のお薬が今……」

 ところが、男はミユゥを見つけて気安げに片手を上げた。

「ああ、どうも。この店で合ってたみたいだ。まだ居てよかった」

「リキナ。買い物は終わったの?」

「近くまで来たからね。あ、これ食べる? ぶどうの果汁を練り込んだ焼き菓子だって」

 のほほんと菓子の入った紙袋を抱えたこの男。口ぶりからして、これがミユゥの旅の連れであると商人は確信する。

 美味いねと淡々と菓子を頬張るミユゥをよそに、ソレルはリキナと呼ばれた男の頭のてっぺんから足先までを睥睨した。

 深緑の髪に翡翠色の眼。顔立ちは柔和に見えるが、その本質は如何に。羽織っている頭巾付きの外套は、膝辺りまで背面を覆い隠している。睨まれて困惑しながらも、男は笑みを浮かべて袋から菓子を差し出した。

「あの、ミユゥのお知り合いのかたですよね。リキナと申します。ミユゥとは前の町で知り合って……これ、食べますか?」

 こんがり焼き色のついた菓子を商人は一瞥もせず、

「結構です。ところで、ミユゥとはどんなふうに接触を?」

「せっしょく? お互いに相手がいなくて……だったかな。どうだっけ?」

「相手? なんの相手です?」

「?? 冒険者は協力して依頼を行うことが多いので、そういう」

 商人の剣幕にただ目をぱちくりさせている魔法使い。槍使いは菓子を完食してから、ようやく事態に気づいて少し焦り始める。

「ソレル、リキナは別に変な人じゃ……」

 いまいち説得力のない口出しに聞く耳を持つはずもなく、

「ミユゥに近づくなら、それなりに身の証ってもんを立ててもらわないと。はい、まず出身は? 親は何してる人?」

「えぇと……」

 リキナは背後の硝子戸に目をやると、

「ちょっと別件があるので、またあとで伺います。失礼」

 そそくさと店を出て行ってしまった。

「ソレル。なにしてるの」

 非難されるも、女は腰に手を当てふんと息を鳴らした。

「ほぅら、やっぱり怪しい」

「怪しいぃ?」

「あんただってどんな人かすぐに答えられなかったじゃない。何者か訊かれて逃げるなんて後ろ暗いやつに決まってらぁ」

 吐き捨てるようなその指摘は一面ではあるが事実を言い当ててもいた。その動揺を態度に出してしまったミユゥを見て満足げに頷くと、ソレルは狩猟者の目つきでこう言った。

「──こりゃ、尾行するしかないね」




 買い物客でごった返すソノトフの町の一角。

 二人の女は、先ほど店を出た魔法使いの後をけていた。

 つかず離れずの距離で鋭く観察するソレルに、ミユゥがぼやく。

ふぉくないよよくないよほういうほほふるのこういうことするの

 諭そうとしたところで、口下手な自覚がある彼女にはこれが精いっぱいであり、一度自分で決めたことを曲げないソレルの猪突猛進、猛ぶりを知っているので、止められないであろうことは悟っていた。

 なので、リキナが去り際に置いて行った焼き菓子をただ口に運びながらついていくしかないのである。

「ちょっとでも怪しい真似したらすぐ問い詰めてやる……やばっ、こっち見た」

 建物の陰に隠れる二人。リキナは市場を見回しながら歩いていっているので、時折顔が追跡者のほうへも向くのである。

 それからも尾行は続いたが、特に不審に思えるような動きはしなかった。街や物に興味深げに目移りさせて歩くさまは純真な子どものようで、さすがのソレルも尾行という行為自体が場違いに感じられてきていた。

「ほら、なにもないよ」

 もぐもぐ、ごくん。何個目かの焼き菓子を平らげてからミユゥはそう呟く。

「んんむ……あたしの目に狂いがあるはずが……。あ、手袋落とした」

 先を行くリキナがどんな落とし物をしたかわかるくらいには近づいてきていた。気づいて拾った彼は一瞬後方に目を向けた後、唐突に駆け出して近くの路地に入り込んだ。

「逃げた! やっぱりなにかあるよ!」

 嬉々として追い始めるソレル。呆れてついていこうとするミユゥの目には、続けて路地へ入っていく別の男の姿が映っていた。


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 尾行されていることに気づいたのはずいぶん前だが、いまだに目的が掴めない。

 どうしたものかとそぞろ歩き、落とし物をしてみたり、買い物に勤しむ顔をして相手を窺ってみたが、ただついてくるだけで一行に動く気配がない。ならばこちらからきっかけをくれてやろうと思い立ち、俺は手頃な路地へ派手に飛び込んでみる。

「〈ハルチナティオ・ロクス・テネブリス〉」

 杖から、黒い魔力が路地の石畳に落ち、染みるように溶けて消えていく。不可視の罠の完成である。

 そこへ、顔に焦りを浮かべた追跡者が踏み入ってきた。茶髪の若い男が一人。正面で確認しても、やっぱり面識はなかった。

 路地に一歩入った瞬間、彼の表情はさらなる驚愕に染まった。

「な、んだこれ、暗くて見えねぇ……!」

 探るように手で宙を掻き、壁を探し当てて支えにする。そう、まるで視界が急に奪われたかのように。

 この路地に仕掛けたのは幻覚の魔法である。範囲に入った者の視覚を、夜闇の下に投げだされたかのような不確かなものにする。いくら日の遮られた路地裏とはいえ、突如として闇の部屋に迷い込んだようなありえない錯覚に襲われれば、驚きもするだろう。

「や、どうも。俺に何のご用です?」

 声を掛けると、男は不安げに目を細めてこちらを見た。それほど距離は離れていないし真正面だが、彼の目には暗所にぼんやりと浮かび上がるように俺の姿が映っているだろう。必要以上に怯えさせてしまったようで、

「お、お前がやったのか! なんなんだいったい!」

 言葉遣いの割には覇気がなかった。

「こっちが聞きたいんですが……さっきから後ろを尾けてきてどういう」

 そこまで言ったところで、男の手に懐から小刀が握られたことに気づいた。

「くそ、俺の目を治しやがれぇっ!」

 まさに闇雲に男が突進してくる。落ち着いて杖を構えて、

「〈トニトルム〉」

 稲妻が閃く。まるでミユゥの刺突のような鋭く細い雷魔法。その直撃を腹部に受けた男は、苦悶の声を上げて倒れた。

「さて、どうしたものか……」

 痺れて動けなくなった追跡者を前にして頭を掻く俺の元へ、路地全体に届かんばかりの声が飛んで来た。

「正体見たり!」

 見れば、路地の外にはこちらに指を突きつけるソレルさんと、ミユゥが立っていた。

「あれ。二人とも、どうしてここに?」

 店に尾行者を呼び込むのも悪いと思って出て来たけれど、まさかここで会うとは。

「言い逃れできると思わないことね! その倒れてる人はいったい……」

「あ、ちょっと」

 俺の制止に構わず、義憤に満ちた顔で女商人は路地に踏み込んでしまった。そこにはまだ幻覚魔法が。

「んなぁっ⁉ 急に真っ暗になった! どういうこと⁉ ミユゥちょっと、灯り持ってきて灯り!」

 わたわたと騒がしい動きでソレルさんはその場で回転する。

 ミユゥは賢明にも……たぶんただやる気が無いだけに見えるが……その場にとどまって呆れた目でソレルさんを見ていた。菓子を頬張る口と手は止めずに。




 ソレルさんの店の二階で、話し合いの場が持たれた。

 父君たる店のご主人は、「うちの馬鹿がご迷惑をおかけしたようで」と快く部屋を提供してくれた。直接何かされたわけでもないし、別にいいのだけれど。

「ソレルさんたちは俺を探るために尾行して、……たまたまこの人も似た目的で俺を追ってたと」

「そうです……」

 と、尾行犯はうなだれた。こちらに切りかかってきた時の勢いは消えて、後ろ手に縛られ床に座らされている。抵抗の意志は無さそうだしそこまでする必要は無いと思うけど、事情を聞いたミユゥに「甘い」と一喝された。きびしい。

「金で雇われただけなんです。翡翠の眼をした魔法使いの様子を報告しろと」

 様子、か。曖昧な命令だ。

「依頼人の素性は?」

「わかりません。黒ずくめで、顔を隠してたので……」

 俺はため息をついた。彼をつついても得られるものは無さそうだ。

「じゃあ、帰っていいですよ。好きに報告するといい」

「ちょっと」

 ミユゥが冷たく諫める。

「いいんだ、この人は何も知らないよ。下手に関わるよりここで逃がしたほうが追手にも情報を与えずに済む」

「殺されかけたのに?」

 こと生き死にに関して、ミユゥには厳しい信条があるようだった。しかしまあ、

「俺をどうにかするつもりなら、もっと魔法に理解のある刺客を差し向けるよ。もしくは君ぐらい強い人を」

 するとミユゥは、ぱちぱちとまばたきして言葉の意味を噛み砕くような間の後、

「……そう」

 と引き下がってくれた。表情の険が取れたのを見るに、納得してくれたらしい。

 尾行犯の拘束を解く前に、俺は忠告をしておいた。

「今後は俺にも、できればその依頼人にも関わらないほうがいい。もしまた追ってくるようなことがあれば……」

「容赦はしない」

「なんでミユゥが言うのさ……。もっと強めの雷魔法を食らわせますから、そのつもりで」

 へこへこといった擬音の似合う動作で頭を下げて、男は逃げるように去っていった。返り討ちに合って捕まったことまで報告するかどうかは、彼の矜持次第である。

 椅子に逆向きに座り、黙って背もたれに頬杖をついていたソレルさんがここでこう口にした。

「で、あなた結局なんなの?」

「ソレル。まだそんなこと」

「あんなのに追われてるとか、なおさら怪しいのに変わりないじゃない」

「それは……」

 ミユゥが口ごもる。まったくもってその通り。

 仕方がないので、俺は襟元の服を下げた。鎖骨の間の少し下、肌に刻まれた証を見せる。魔力を集中させると、紋章は蛍の火のように鈍く光を放った。

 それを見たソレルさんが問う。

「王国の紋章? なんで」

 交差した二本の剣、盾、そして杖の順に重なった紋章。力で魔王を打ち倒し、のみならず魔導さえ世にもたらした始まりの勇者を称える証。

「魔法を学び終えた魔法使いは、その学問機関の紋章を首元に刻むんです」

 がた、と椅子を倒して商人が立ち上がる。

「じゃああんた、まさか……王立魔法学院の出身⁉ 嘘でしょ?」

「どういうこと?」

 ミユゥの疑問にソレルは早口で答える。

「魔法は学校でしか学べないものでしょ。王都にある学院はその中でも頂点、世界でもごく一部の金持ちか権力者しか通えないの」

 金持ち。権力者。確かにそれは正しい形容だが、その言葉には時にやっかみの意が込められて口にされる。そのような恵まれた立場に生まれながら、なぜ危険な冒険者などやっているのか、と。

「……だから俺には、追われる心当たりがあるんです。家の命令に逆らって、飛び出してきましたから。きっと連れ戻そうとしてるんだ。学院の魔法使いは、卒業したら魔法なんて使うことのない役人になるのが『当たり前』ですから」

 狩人の子は狩人になり、商人の子は商人になり、そして、権力者の子は権力者になり続ける。覆らないこの世の道理。

「それが俺にはつまらなかった。せっかく多くのことを学んで、夢中になれるものを見つけたのに、そこで打ち切られて一生を終えるなんて」

「だから、冒険者になったの?」

 ミユゥの瞳が俺を見据える。赤みがかった紫の瞳。この町に豊かに生る果実の色に似ていると俺は思った。

「ああ。世界を自分で確かめたかったから」

 そっか、と言ったミユゥは、優しく笑っていた。




 余談。

 階下に降りた俺たちは、店の棚に並ぶ薬瓶に気づいた。

「あれ、これ……」

「あたしが仕入れた魔法薬。それに気づくってことはほんとに魔法使いなんだ」

「中を確認しても?」

 ご自由にどーぞ、とのお許しが出たので、栓を開けて口の辺りを手であおぎ、匂いを嗅ぐ。鼻腔から口まで流れてくるような強烈な甘い香り。これは、

「もしかして、クッコロンですか」

「当たり。すごいね」

 ソレルさんは感心したようにそう言ったが、薬自体はそう生易しいものではない。

「これ……もとは魔物が人間を拷問する時に使ってたような薬ですよ」

「えっ、拷問?」

「魔法薬の大部分は人間が作ったものですが、クッコロンはそれよりもっと前の時代、初代魔王の第二次征伐の頃に捕虜に対して用いられたとされています」

 店主がソレルさんをすごい顔で睨んでいる。

「お前なぁ……だから変なもんを店に置くなと……」

「ごっ、ごめんなさいぃ! で、でも売った人からも苦情とかは無いし……」

「実際はただの媚薬ですから、危険というわけではありませんよ。まあ、悪意ある使われ方をされる可能性が高いので、調合は禁じられてますが」

 魔法が使えなければ魔法薬の調合はできないので、きっとどこかのはぐれ者の魔法使いが金策に売り捌いて流通したものだろう。学校を出ていようとそうでなかろうと、世に蔓延るは真っ当な魔法使いばかりというわけでもないのだ。俺含め。

「どんな拷問に使われたの?」

 横で瓶を覗き込んでいたミユゥが、純粋すぎる質問をぶつけてきた。

「恐ろしい話でね……」

 俺はそう前置きして告げる。懐かしき歴史の叙業での戦慄した記憶である。

「捕まえた兵士の男を二人、同じ部屋に閉じ込めるんだ。そして、片方にだけクッコロンが飲ませられている。効果が出るまで部屋が開けられることは無く……。まあ、あとは、ね」

 その場にいる聴衆の三人が、一斉に苦虫を噛み潰した顔になったのは言うまでもない。

 どれほど疑問に思っても、知らなくてもいいことというのもまた、ある。

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