最終話 ただいま




「や」

「お、クウル~!」


 コウが意識を取り戻したのは、地獄のような地下世界から抜け出して四日後であった。

 灼熱を終えた大地が底冷えする、酷寒の世界がもう少しで終わろうかと言う時だ。

 目を覚ました時、ずっと付き添ってくれていたのか、そうでは無かったのか分からないが、目の前にクウルが居て、軽い挨拶と共に手を挙げてくれた。

 すぐには気付かなかったが、メルもその後ろに立っている。


「あぁ……うあぁ……うわぁっ、助かったんだなぁ! うううぅぅぅぅっーーーーっ!」


 節々に痛みが走り、最後の方は言葉にはできなかったが、コウは嬉しかった。

 治療は、あらかた終わっているようだった。

 全身が染みるのは、恐らく火傷を負ったものの処置だろう。

 

「酷かったよ、君。 実際、良く生きていると思う」

「あぁ……うん。 マジで何度もダメかと思った! くっそー! でも俺は生きてるもんなぁ!」

「ふふ、マジで?」

「そう、マジで!」


 そう言い合って、コウは笑ってしまう。

 あまりに生きているという実感が強くて、助かったという安堵が嬉しくて、自然と笑ってしまうのだ。

 そんなコウに釣られるようにして、クウルも微笑む。

 あの暗闇の中での出来事全てが嘘だったんじゃないかと思うほど、楽しい会話であった。

 こうなってくると、チクチクと沁みるような痛みも逆に生を実感させて心地よく思えてくる。


「あの、質問を良いですか?」

「え? ああ、何?」

「今の会話。 笑いを催す原因は何でしょうか?」


 メルの唐突な質問に、コウは肩を竦めた。

 クウルも同じように肩を一つ上げて、笑みを浮かべ。


「さぁ、僕たちも良く分かってないんだ」

「嬉しいと笑うんだよ。 俺は今、めっちゃ嬉しいからさ!」

「なるほど……覚えておきます」


 曖昧に頷いて、機械的に首を傾けるメルに、コウは再び声を上げて笑った。

 このガイノイドが命の恩人であることを、彼は知っている。

 こうして起き上がって、実際に目にすれば、コウの手元から送った救難信号を捉えたのがメルであるのが一目瞭然だからだ。

 不釣り合いの最新式の案手が上下に揺れる姿に、コウは喜色を浮かべて口を開いた。


「ありがとう、メル。 クウル、この子は最高のガイノイドっすね!」

「お、ようやく気付いたっすねぇ。 僕のメルの素晴らしさに」

「ああ、俺の見る目が無かったっすねぇ……」

「ふふん」


 得意げに胸を張ってクウルは一つ、恣意的に笑うと。

 メルは同じようにしてふんぞり返って機械音を鳴らしていた。

 その姿に何とも言えない感情を抱いてコウは身を震わしていたが、クウルはそんな彼に向って口を開く。


「僕も嬉しいよ。 名前を預けた君に死なれたら、やっぱり悲しいから」

「あー、あの長い名前なぁ。 ぜんっぜん覚えてないや」

「いいよ、何度でも教えてあげる。 クウル=リヒト・ウルリック・クラウウェルク。

 忘れたら、何度でも聞いてね」

「ああ、うん」


 コウは首を傾げつつ頷く。

 気にしていなかったが、どうも名前が長いことには意味があるようだとコウは感づいていた。

 ただ、深く知る必要もないと思っていたので、それがどういう意味なのかを知ろうとしていなかった。

 だから、ここに来てとても気になった。

 長い名前を覚えるのも、なんだか大変そうだという彼個人としての抵抗感があったのも一役買っていたが。


「なぁクウル。 名前を覚えるのって、どういう意味なんだ? っていうか、何か意味があるの?」

「あるよ、知らない?」


 コウが頷くと、クウルはバツが悪そうに説明していなかったっけ、と頬をかいて、それから教えてくれた。

 惑星ディギングはかつて大幅に人口が低下し、生き抜く事そのものが人類の目標となった。

 その一環で生まれた物が、名前を足すという物だった。


「祖人が、事故で散らばってしまってもう会えないかもしれない。 そんな家族や親戚。

 友人や知り合いに自分が此処に居たんだって。 そう判るように子供に本名を残しているんだ。

 僕のもそう。 クウルだけが、僕を指す名前なんだ。 祖人には求められた時に公表することになってる」


 あぁ、とコウは納得した。


「この星で産まれた人に名前を預けることは、その人への信頼の裏返しでもあるね」


 確かに、いつ死ぬかもわからない環境に身を置くことになるのだ。

 それはもう嫌になるほど味わったばかりである。

 そうした配慮は自然と生まれてきたのだろう。

 コウの父親や友人が何年も、何十年も、何百年も前に目が覚めているのかもしれない。

 そんな深い意味がただの名前にあるとは思っていなかったコウは、慌ただしく転がった状況に置かれて忘れていた人物を頭の中で描いていた。


「親父、どうしてるのかな……」


 そう呟いた時だった。

 電子音が鳴って、メルの近くの扉が開き、現れた顔にコウは思わず背を伸ばした。


「ねぇ、クウル。 ちょっと……あっ」

「お、おいっす」


 車椅子のような物で移動はしているが、小まめ色の髪を揺らして元気そうなアンズの姿だった。


「あ~……思ったよりも、元気っすね」

「なによ、元気じゃない方が良いみたいじゃない」

「違うってっ! ただ、アンズは……その、死にそうだったから」

「……まぁ、うん……お腹も裂けてたみたいだから……」

「うぇ……そ、そうなんだ」


 何となく気まずい雰囲気が流れてしまい、お互いにそこで黙り込んでしまう。

 そんな空気を破ったのは、手元に用意していたであろう袋を掲げて口を開いたクウルだった。


「アンズ、下着を取りに来たんでしょ」

「ちょっ、クウル! 何言ってるのっ!」

「違うの?」

「違わないけどっ!」


 アンズはひったくる様にしてクウルから袋を奪い取ると、椅子の背に隠すようにしてから何故か真っ赤になった顔でコウを睨む。

 クウルはその様子に面白そうに肩を震わせていて、コウは苦笑いをしながら首を振った。


「アンズ、クウルのいたずらだよ」

「そうみたいね……ったく、人で遊ぶんじゃないわよ」

「ふふ、ごめん。 でもさ、僕だって少しは君たちに仕返ししても良いでしょ?」


 避難するようなジト目をクウルから向けられて、コウは怪訝に思った。


「僕はこれでも女だからね」

「は?」

「男同士だなんて、勘違いされ続けるのも困るし」

「えぇ!?」

「一応、コウよりも年上」

「はぁぁあ!? うっそだぁ!」

「アンタ、クウルが女だって知らなかったの? 本当に?」

「いやだってこど……いや、えっと」

「子供じゃないよ」

「うわあ、ごめん! 俺が悪かった! 許して!」


 見事に言い噤んだ言葉を継がれて、コウは両手を上げて降参した。

 そりゃ性的アンドロイドの話題を、それも直接行為に繋がる話を出会ったばかりの異性に振られれば困ってしまうだろう。

 彼女が純情かどうかはともかくとして、れっきとした異性であり、コウよりも年上ときた。

 顔から火が出るとはこの事か。

 アンズに負けないくらい顔を赤らめたコウに、アンズは呆れたように溜息を吐いていた。

 恐らくアンズもクウルから、アンドロイドの話は伝わっているだろう。

 余計に形見が狭かった。


「まぁ……コウだしね」

「そうだね」


 なんだか不思議な納得をされたが、藪蛇になるのも怖かったので黙っている事にしたコウ。

 クスクスと笑い出したアンズに、クウルが口を開く。


「で、アンズは本当は何用だったの?」

「あ、うん。 いや、下着も取りに来たのは用事だったけど……」


 両手を叩いて、本来の用件を言いにくそうに口の中で転がすアンズ。

 普段はずけずけと物を言う彼女にしては、珍しく言い淀んでいた。

 

「あのさ、コウ。 目が覚めたなら、デッキに上がらない?」


 たっぷり時間を掛けて、彼女の口から出たのはそんな言葉だった。




 幸いと言って良いか。

 コウの怪我は左腕の骨折、軽度の脱水・熱中症上、右肩の内出血と擦り傷。

 そして全身には軽い火傷であり、決して軽傷ではなかったが、歩けないほどの重傷でも無かった。

 安静にするべきなのは間違いないが、この惑星ディギングの医療はナノマシンによる制御が出来ているようだった。

 医療技術は宇宙世紀の頃と比べて、あまり優劣の無い環境が整っていた。

 アンズに誘われた時間を確かめ、コウはいそいそと着替え始める。

 シップの窓の外は真っ暗だったから、今は酷寒の二日間を迎えているはずだ。

 自分の部屋で厚めの服を着込み、息が凍り付かないように特殊なマスクを装着する。


「う~ん、動きずらいっすねぇ」


 もこもことした厚手の服を着込みながら、手元の端末から場所を調べる。

 シップ・スパイダルのデッキ部。

 蜘蛛の頭の部分に当たるこの場所は唯一、船内の施設の中では扉を隔てて外に繋がっている区画である。

 外に出るということは、酷暑の。

 あるいは酷寒の世界に直接出る事になるのだ。

 アンズが何故こんな場所を指定したのか、わざわざコウを誘ったのかは分からない。

 重さを実感できるほど分厚いコートに袖を通し、待ち合わせ場所へと向かっていけば、底冷えのする風が吹いている。

 

「くぅ~~っ、寒ぃ~!」


 突きさす冷風に帽子を深くかぶり直す。 

 こんなところに一体、何の用があるんだろうか。

 強烈に吹き荒れる熱波も勘弁だが、身震いの止まらない寒波も出来ればお断りしたい。


「あ、きたきた」

「うわっ!」


 クウルに引かれてきたのだろう。

 車椅子に座っているアンズとクウルが、扉を隔てたデッキ部―――つまり外に―――居て、彼は目を剥いた。

 外は-200℃を越える超酷寒のはず。

 息を吸えば肺が凍り付いてしまうような環境だというのに、コウと大して変わらない防寒着に身を包んで外にいるでは無いか。

 

「ちょ、ちょっと! 何やってるんだっ!」


 慌てて中に連れ戻そうとして扉を開けたが、コウが感じたのは凍死してしまうような物では無かった。

 大型の冷凍庫内に居るような、肌を劈くくらいの我慢できるような寒さだったのだ。


「あれ?」

「ほら、やっぱり知らなかった」

「説明不足だったわね……」


 話に聞いていたのと違う。

 そんな困惑に戸惑うコウを見て、クウルとアンズは笑い合っていた。

 幸い、彼女たちはすぐにコウへと教えてくれた。


「実はね、酷寒と共に明ける夜は、少しの時間だけ生身でも外出できるんだ」

「そうそう、恒星が遥か地平線の向こうで灼熱を作り始める迄のタイムラグ。

 もう3時間くらいもすれば、どんどんと気温が上がっていって外には出れなくなっちゃうけどね」


 デッキの防護柵だろう場所に背を預けて、特徴的な緑色の髪を風に靡かせたクウルが夜空を見上げた。

 車椅子に座って同じように、アンズも空を見上げて。

 コウはそんな彼女たちに近づくと同じように大地を睥睨し、遠くを眺める。


「外に出れる時間もあるんだ……あ、他の人たちも結構いるんだな」

「うん、外に出れる時間は貴重だから。 シップ・スパイダルの外まで行く人もたまに居るくらい」

「ずっと船の中だと息が詰まる」

「そうだよなぁ。 ホーネット乗らない人は、特にそうかも」

「それで、今日は特に人が多いわよ。 何でかって、コウに見せたい物でもあるんだけど」


 三週間に一度という頻度であるが、恒星と衛星の隙間を縫って日の入りが見れるのだ。

 惑星ディギングにおいては基本的に自然衛星が移動して、恒星の輝きが入ってくる。

 しかし、公転軌道の関係から、三週間ごとに地平線から上がってくるちゃんとした日の入りも見ることが出来る。

 それが、今日と言う日でもあった。


「そうそう。 でも、まぁ……それだけじゃ、ないけど」

「うん?」


 要領を得ないアンズの説明に、防護柵に手を掛けていたコウは肩越しにアンズを見やった。

 寒さから、赤く染まった顔にリンゴみたいな頬だな、と場違いな感想を抱いて首を傾げる。

 結局アンズはそのまま何かを言うことなく、傍に立っていたメルが何かに気付いたかのように顔を上げた。


「日の入りまで10分を切りました」

「お~~、なんだか楽しみになってきたっすねぇ」


 この時間になって船内に居たクルー達も日の入りを見に来たのだろうか。

 閑散としていたデッキ部に、だんだんと人が集まってきた。

 その中にはジュジュやボッシ。 意外な事にスヤンも居た。


「何だお前、居たのか死に損ない」

「いきなりひっでぇっ。 スヤンさんこそ、なんか意外だなぁ」

「んだよ、俺が来ちゃわりいかよ」


 なんとも複雑そうな表情でこめかみを指先で掻くスヤンは、照れたのだろうか。

 顔を逸らして奥に歩いて行ってしまった。

 ジュジュもクウルも、そしてアンズも皆スヤンの態度には首を傾げていたが、コウには何となく彼の感情が分かったような気がした。

 あの時。

 自分とアンズを見捨てた時に、スヤンはやり切れない、苦々しい表情をしていた事を覚えている。

 コウ達が助かった夜は終始機嫌よく、深酒をして騒いでいたともホーネット乗りの皆から聞かされた。


「スヤンさんは、優しいっすからね」


 わざと聞こえるように、大きな声でそう言えば、背を向けていた彼が凄まじい速度で反転してくる。

 大股で近寄ってきて、手の平は拳が作られていた。


「うわっ! 何で怒ってるんすか、褒めてるのにっ!」

「っざけんなっ! こらっ! 逃げるなコウ!」

「嫌っす! いて、いてててっ、待って! 俺って怪我人なんだからちょっとまって! いってぇっ!」

「うっせ! その口縫い付けて二度と喋れなくしてやるっ!」


 シップ・スパイダルでも馴染んできた二人のじゃれ合いに、周囲からは笑い声が飛んでくる。

 ボッシも呆れたように口を開いてふふふ、と笑い声をあげていた。

 それはとても奇怪な出来事に映った。

 目の前で笑みを見せつけられたアンズが凍った。

 アンズを横目で見ていたクウルが、何事かと振り返って彼女も凍結した。

 最後に口元を抑えて笑っていたジュジュが、自分の隣から聞こえてきた笑い声に口を開いたまま固まる。


「ふっふふ……ん?」


 三人の少女から、驚愕とも取れる視線を受けてようやく気付いたのか。 

 ボッシが順繰りに全員を見回して、無表情で尋ねた。


「どうかしたのか?」

「え、いや、こっちのセリフなんだけど」

「ボッシさんは、笑えたんだ」

「クウル、落ち着いて。 ボッシだって人間なのよ。 とても珍しいけれど」

「……心外だな。 私も笑う事はある」


 ここで微笑んでそう言ってくれれば、素直に納得できたのかもしれない。

 しかし極めて厳つい無表情で、冷たく言うものだから余計にさっきの笑顔が幻のようなものに思えて仕方なかった。

 貴重で、奇怪なボッシの笑い声を聞いた事は、稀有な経験と言えるだろう。

 まぁ、それで? と問われれば、いや別に、となるのだが。

 そんな一幕が女性陣の間で上がり、コウがスヤンから羽交い締めされたのをようやく抜け出した頃。

 デッキに上がったクルー達が、待ちわびていた瞬間がやってきたのである。

 一際大きな声。 まるで歓声とも言えそうな物がデッキの随所であがる。


 日の入り。


 眩しいほどの輝く二つの恒星が、大地を照らし始めて行く。

 凍り付いた黄土が反射して、強く輝くその光がコウの網膜を強く焼いていった。

 肌を刺す風が強く吹いて、凍土の溶け行く独特の匂いがコウの鼻の奥を刺激した。

 見慣れた様子で日の入りを楽しんでいるクルー達の姿に反して、コウは半ば茫洋したように、日の出から視線を離せずに見惚れていた。


「……あぁ」


 そんな日の入りを同じように眺める姿。

 直前までスヤンに取っ掴まっていたせいで、デッキの一番後ろから見る事になってしまったが。

 それはむしろ、この場所から景色を見ることに繋がって感謝したいくらいだった。


 未熟を嘆いていた艦長のジュジュが、先頭に立って。

 その横でジュジュを支えている、頼れる大人のボッシがいて。

 ホーネット乗りの先達である、厳しくて。 でも優しいスヤンとアンズが並んで立って。

 クウルがメルと一緒に手を繋いている。


「……」


 コウは日の光に照らされる彼らを後ろから眺めていた。



 千年前。

 コウは家を出た。


 何時か出会う、未来の大地に新たな人生を歩む、夢を馳せて。

 行ってきます、と言って。

 家を出た。

 ならば、自分の居場所に戻ってきた時に言う言葉は一つだけ。

 そうだ。


「……ただいま」

「? コウ、なんか神妙な顔をしているけど、大丈夫?」


 口の中で呟いた言葉は、誰にも聞こえなかった。

 後ろで佇んで呆然としているコウに、アンズが気付いて声をかけてくれる。

 コウはそんなアンズに笑みを浮かべて顔を向けた。


「っ……な、何?」


 不可思議そうにコウの顔を見たアンズは、そう言って。


「なんでも。 日の入りは、もういいのか?」

「あーその……」

「うん」

「私の名前、預けたいんだけど」

「お! はははっ、良いっすよ! あの長い名前っすね!」

「うん……私は。 私は、アンズ。 サーラス・ライル・スラース・シンキサラギ・アンズ」


 彼女の本名を聞いて、コウは動きが止まった。

 ついさっき聞いたばかりの、クウルの話が脳裏をよぎる。

 名前。

 何時か誰かが、この場所に居た事に気付いてくれるように。

 シン=キサラギ。

 親父の名前だった。


「ちょっと、コウ? 何を呆けているの?」

「……アンズ、俺の親父。 シン・キサラギっていうんだ」

「え? は……?」

「……俺、アンズと一緒に生きるのを、諦めないで良かったっ」


 くしゃりと歪んだコウの顔に、アンズは慌てた。

 そんなつもりは無かったのだ。

 いや、むしろこれは喜ばしいというか、コウへ祝福すべきことだろう。 

 とはいえ、その相手がアンズだというのは、何というか不意打ちも良い所である。


「あーくそぉっ! 朝日が眩しいっすねぇっ!」

 

 わざとらしく、と言うよりも、二の句を告げれないアンズに配慮したかのように、コウは背を伸ばして空を見上げながら。

 これ以上ないくらいに明るい声でそう言った。

 若干その声が震えているのは、きっと。

 だから、アンズは今、この場に置いて彼と自分を繋ぐ約束をするべきだと思った。

 これは、コウ・キサラギに対してアンズがしなければならない事だと思ったから。

 そして、今の自分が出来るのは、それだけなのだ。

 何時もの様に、コウの軽口に周囲の関心が集まっているのも気付かず、アンズは口を開いた。


「コウ、あの! 花! サボテンの花が咲いたら絶対見せるから! あと、助けてくれて……助けてくれて、ありがとう!」


 そう言い切ってから、アンズはそこで初めて周囲の視線が全てコウと自分に集まっている事に気付いた。

 寒さからではない、真っ赤に紅潮した顔でアンズは周囲を見回して。

 コウはそんな周りも気にしない様子で、アンズへと振り向くと、いつかの様に親指を立ててアンズへと笑った。


「うっす! 了解っす!」


 朝焼けに染まる蜘蛛の頭の上で。

 シップ・スパイダルのクルー達が騒いでいる頃。


 アンズの部屋に飾られた。

 二つある植鉢の一つに、綺麗な花が咲き誇ったのは。

 

 惑星ディギングに二つの恒星が顔を出して、30分後の事であった。





      終




――――――――――――――



完結となります。

読んで頂いた方には心から感謝を。


評価を頂ければ幸いです。



読了、ありがとうございました。

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惑星・ディギング~熱砂と氷結の大地へようこそ、蜂が棲まう蜘蛛の船へようこそ~ ジャミゴンズ @samurai-kinpo333

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