第13話 大地の宝石
緊迫した空気が流れていた。
窓から覗ける大地が急速に熱されて大気を白く染め上げている。
闇夜は晴れて、灼熱の四日間が始まろうとしていた。
蜂乗り達が全員すでに、ホーネットに乗り込んで稼働状態で蜘蛛の腹が開くのをじっと待っている。
スヤンを先頭に並び立ち、コウも最後尾近くで一見すれば武器にも見えそうな道具を抱えて、出動の時はまだかと待っていた。
ここから大地の海に飛び出せば、今はまだそこまでは上がっていないが、400度を越える灼熱に投げ出される。
アンズとスヤンの二人には、数えきれないほどの注意すべき点を繰り返し教えられた。
コウは、操縦はともかく初めての掘削作業で、うまく立ち回れるかどうか不安に包まれていた。
「……やるしかないっすね」
失敗してもめげないで、頑張ってやるしかない。
コウが人よりも自信があることと言えば、艦外機候補生時代に培ってきた操縦技術と諦めの悪さだけだ。
他の人よりも、これだけは絶対に誰にも負けない自信がある。
例え間違えても、失敗しても他の人よりも動いて動いて、動きまくって皆の力になるんだ。
初心者のコウが出した答えは、精神論ともいえるそんな結論だった。
「艦橋だ。 クウル、繋がっているな」
『聞こえてるよ、問題なし』
「ホーネット各機体、返事をしろ」
『おっけー、来てるぜ』
『問題なし』
『大丈夫っす』
「結構だ。 後二分後に口を開ける」
点呼を兼ねた通信の確認とテストが終わると、コウは眼を瞑って一度大きく息を吸い込んだ。
既にホーネットが冷風を作業服に吹き込んでいる為、緊張から熱くなった頭を、肺に溜め込んだ空気が冷ましてくれたような気がする。
誰かの、ハッチが開き始めた事を確認する声に、ゆっくりと眼をあけた。
強風に煽られて土の煙を巻き上げる、乾き始めた大地が姿を現していく。
それだけで温度差から視界は白く霞んで、小さな砂の粒子がヘルメットのバイザーに叩きつけられた。
『行くぞテメェらっ!』
スヤンの声に、全機隊の出力が最大となって、けたたましく音を奏でた。
それぞれが手に道具を持ち、次々に蜘蛛の腹から蜂が飛び出していく。
コウもまた、彼らに遅れまいと砂の大地に身を投げ出した。
瞬間、外骨格から熱波から身を護る冷却噴射が始まって、白煙に塗れる。
電子レンジの中で無理やり氷を突っ込まれて冷やされているようだ、とコウは思った。
『ボーリング地点に移動する! 打ち込んで来い! コウ、お前はこっちだ! ついて来れるな!?』
『うっす! 余裕っす!』
スヤンの指示で、作業が始まった。
杭を持った機体とドリルで大地を穿ち始めた機体の出す音が響き渡る中、コウはスヤンの近くに寄った。
コウの持っていたスコップを地面に置くように動作で指示され、素直に従う。
『ボーリングで出した個所にマーキングしていくぞ。 ポイントをアンズが出したら指示に従って飛んでいけ。 馬鹿でも出来る仕事だ。 アンズ?』
『判った、任せて。 コウ、私が誘導するからマーキングをお願い』
『了解! っと、わわっ!』
応答直後、地面が振動する。
電磁砲による榴弾が撃ち込まれて、穿った穴から火炎が噴出していた。
このボーリング作業は《土蚯蚓》が存在する以上、必ず最初に行う作業だ。
ボーリングの直下がすぐに大空洞になっている事すら、稀にある。
だが、そうした危険性があっても行われるのは、最初に空洞の場所を割り出さないと採掘中の事故が絶えないからであった。
最悪の場合は、この広大な大地な海で、シップを失うことになってしまう。
それだけは避けなくてはならない。
崩落事故で全員の命が失われた、なんて笑い話にもならないから。
コウは揺れ動く機体を制御しつつ、空洞位置を割り出したアンズの声に集中した。
『いくわよ、南に三十。 南南西に四十四。 深度は九百七十メートル。 柔らかい場所だとホーネットが通っただけでも自重で崩落するから気を付けて』
『おっけーっす!』
コウの機体が口頭と手を挙げて了解を報せると、起伏のある場所にも関わらず、大地を疾駆する。
おそらく、この場に居るホーネット乗りでもスヤンくらいしか出せない速度で駆け巡った。
水蒸気の白煙を立てて、土ぼこりを容赦なくホーネットは舞い上げる為、視界は非常に悪いが、コウ自身はそれほど苦も無く指定されたポイントに到達する。
モニターにもアンズから指定された場所が表示されているので、視界の悪さはそれほど気にならなかった。
『おお、はえぇな、新人!』
『マーキングは辛いからなぁ』
『いやー、コウさまさまだな!』
『何遊んでやがる! 次はテメェらにやらせるぞ、喋ってないで機材上げろボケ共!』
『マーク!』
雑談を交わしている通信を右から左に。
コウは教わった通り、ホーネットの左腕に事前に装着しておいた特殊な塗料を噴出させる。
赤や黄色が大地の埃と混じって空気を染め上げた。
『二つ目! 今の地点から北に十八! 東に五十一! 深度は1110! 横構造!』
コウはひたすらにアンズの誘導でマーキングを行い続けた。
再度、ボーリングの振動が反響し、精度を上げて何度も行われる。
熱砂の中を駆けずり回り、念入りに地下空洞の位置を調べ続け、30か所のポイントにマークした時だった。
スヤンからの通信が、コウの耳朶に響いてくる。
『おし、一度シップに戻って装備の換装するぞ! マーキング位置から測量範囲をシップが割り出すまで待機!』
『了解!』
『第一段階クリアね!』
『順調だな!』
『これからが本番だ、油断するんじゃねぇぞ』
『あー、喉乾いた』
『酒のみてぇなぁ』
『いいね、キンキンに冷えたビール。 くぅぅ、美味いだろうなぁっ!』
『おいテメェら! 飲みたくなるだろうが! 黙らねぇとぶっ飛ばすぞ!』
ああ、最初の仕事が終わったのか、とコウは彼らの明るい雑談が始まってからようやく気付いた。
ホーネットに取り付けられている簡易モニターに視線を落とせば、3時間が経過しようとしていた。
そんなに長い時間、乗っていた気がしなかった。
一瞬、とは言わないが、まだ始まったばかりのようにしか感じられなかったのだ。
作業服の中は汗と細かい砂が入り込んで気持ち悪かったが、疲れも全くない。
集中していたのもあるだろうが、時間の流れがいやに早く感じたコウである。
『コウ! 何してやがる! とっとと戻ってこいって言ってるだろうが!』
『あ、はい、すみません!』
ミスらしいミスはしていない。
やることが走り回るだけという、単純な物であったのは事実だが、それでもノーミスなのは間違いなかった。
集合に遅れた、なんて単純な理由でスヤンに殴られるのはゴメンである。
コウは出力最大でホーネットのほぼ全速力を出してシップへと戻った。
が、全力全開で発着場に戻ってきたのが危険運転として注意され、結局コウは頭をひっ叩かれた。
一時間ほど休憩と、今後の作業内容に時間を割き、ホーネットの装備を換装して再び大地の海へと蜂が飛ぶ。
作業は途端に忙しくなった。
平地部を走り回るだけではなく、今度は岩山を登っては降りての上下の運動まで加わった。
何せ数十メートル、場所によっては百を越える高低差のある崖っぷちを、ホーネットの機動制御一つで飛ばねばならない。
しかも、道具を運びながらだから余計に神経を使う。
当然だが、命綱のようなものはない。
ホーネットは短時間の滞空は可能だが、空を飛べるほどの出力は出ない。
腕部に装着された鉤爪を岩肌に引っかけながら登る必要があった。
ボーリング作業では雑談に興じていた面々も、集中が必要なためか寡黙になり、コウの通信機から聞こえる音声は、荒い息遣いと仕事上で必要な短い応答だけである。
ホーネットの挙動に慣れてきていたコウもまた、少しだけ疲労感を感じる大変な作業だった。
余裕があるのはソナー員として各種センサーを監査しているアンズと、全体を指揮しているスヤンだけだろう。
崖を上っている途中に立ち止まって、機体を器用にコウへと向けるスヤンを眼で追った。
『コウ』
『なんすか?』
『見てみろよ』
『え?』
スヤンが道具を持っていない腕を動かして、コウはその機体の動きに合わせるように首を巡らした。
思わず飛び込んできた景色に感嘆の声を上げる。
『うわぁ……すっげぇなぁ……』
この星で目覚めた直後に見たような、雄大な景色だった。
二つの恒星が輝いて、黄土色の大地からは白い噴煙が上がっていた。
何よりもコウを感動させたのは、見渡す限り広大な、遠く地平線まで続くキラキラと白く輝く絨毯が敷かれている様に輝きを放つ大地だった。
まるでダイヤモンドを地面に敷き詰めたような景色だった。
凍り付いた大地が溶けていく時、この時間帯にだけ見られる、この星では何てことの無い一幕なのだろう。
それでもコウにとっては、見惚れるほどに美しい物に思えたのである。
『はっ、この糞ったれな世界にしちゃ、まともな景色だろ?』
『うん……なんか、ホント、ここって惑星なんだな……』
『へっ《祖人》の連中は皆そう言うぜ。 夜が明けて最初の半日くらいだけ見れる景色も、見慣れるとつまらねぇもんだ』
『あはは、でも俺、この景色は好きになれそうっす』
『ちょっとスヤン。 早く進んで! 後ろが詰まってる!』
『ありゃ、怒られちまった。 行けるか、コウ』
『もちろん! まだまだ行けるっすよ! バリバリっす!』
肩を竦ませて舌を出しながら、スヤンに促されてコウは力強く答えた。
ちょっと疲れて来たかなってとこで元気を貰ったような気分だった。
多分、というよりも間違いなく、スヤンが眼にかけてくれていたのだろう。
心の中でスヤンに感謝しつつ、崖の上を活発に走り回る一機の蜂の姿が、その後も見受けられるのであった。
『なぁ、スヤンさん。 ホーネットに飲料って持ち込めないの?』
『なんだ、ヘバったか? コウ』
測量図を作る為に飛び回っていた蜂たちが、その日の作業を終えてシップの迎えを待っている時だった。
コウは単純な疑問をぶつけてみた。
本日の作業の合間に喉が渇いた、という仲間たちの声を何度か聞いていたから。
『別にへばっては無いけど……ただ、気になって』
『基本的に飲料は、沸騰してしまってすぐに無くなってしまうから外には持ち出さないわ』
『アンズの言う通りだ。 昔は冷凍庫のような物を作って外に一緒に引っ張り出す案もあったんだがな』
冷却に必要なエネルギーを生み出す為に、どうしても大型化が避けられずに断念することになった。
ホーネットでの運搬が難しく、シップを付ける必要がどうしても出てしまったからだ。
そこまでシップが近いなら、いっそ戻ってしまった方が手間がない。
何よりも外に持ち出す為に苦労をするくらいなら、一刻も早く業務を終える為に作業を効率化した方が速かったというのもある。
『一応、作業服の中に入れれば、少しは持ち込めるけどね』
『まぁな……だが、おススメはしないぜ。 どうしても作業中の身体の動きを阻害しちまうからよ』
『動きずらくなると困るのは自分だからなぁ』
『そうそう、ハモンドの奴がずっこけたのは傑作だった』
『うははは、アレなぁ』
『そっかぁ、じゃあしょうがないのか』
口ではそう納得したものの、コウはそれでも、喉の渇きというのは集中を妨げるものだと思っている。
《リペアマシンナリー》で失敗した時も、飲料が無ければ死んでいたかもしれない、という事故を起こしたことがあるのも関係していた。
後で戻ったら、作業服の中に水を持ち込む方法を考えてみよう。
遠くから六本の足を器用に動かして近づいてくるシップを眺めて、コウはそんな事を思っていた。
『いやぁ、いつ見ても滑稽だな、うちの船は』
『あら、頼もしい姿じゃない』
『あはは、まんま蜘蛛だもんなぁ。 なんか、飛んで来そうっすね!』
『へぇ? 蜘蛛って飛ぶのか?』
『え、跳びますよ? 知らないんすか?』
『おう、俺達は本物の蜘蛛なんて見た事ないからな』
『ああ……そういう……』
コウの言葉に周囲のホーネット乗り達は不可思議な顔を向けてきた。
彼らは蜘蛛の姿は実際に見たことは無く、資料で見て知っているだけなのである。
実際の生物として蜘蛛を見たことが在るのは、コウだけだった。
なんとなく不思議な気分になった。
じゃあこのホーネットを蜂と呼んでいたりするのも、ただ姿形が似ているからってだけなのだろうか。
きっとそうなのだろう。
彼らは確かに自分とは違う、この星で産まれた人達なんだ。
ちょっとした雑談だったが、そこでようやくコウは彼らとの違いというものを理解したような気がしたのであった。
蜘蛛がのそりのそりと脚を動かして、大地を震わせる。
立ち昇った蜃気楼に揺られながら、蜂たちはそんな自分たちのホームを、じっと眺めていた。
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