第12話 仲間と学べ



 恒星が顔を出して灼熱へと変わり、早くも三日。

 コウがこの星で目覚めてから十日目を迎えていた。

 現在、シップ・スパイダルは発掘ポイントに向けて、問題なく航行中である。

 現場に着くまでは《土蚯蚓》のようなトラブルが現れない限り、ホーネット乗り達は時間が余る。

 ぶっちゃけ、暇な時間を過ごす事の方が多くなるわけだ。

 スヤンは普段ならば艦橋に上がって雑談に興じている事が多いし、アンズも休憩所や発着場を行き来したりしなかったりする事が多かった。

 勿論、合間に整備や道具の点検、他にも様々な作業を手伝いに行くこともあるのだが。

 ただ、今回は違った。

 操縦技術はもう疑いようもないくらい、驚嘆の域に達すると認められたコウだったが、宇宙に住んでいた彼は地上での採掘作業の知識がまったくない。

 これが出来ないとホーネットにいくら上手く乗れるからと言っても、乗せている意味が無くなってしまう。

 つまり―――


「んじゃ、コウ。 これは何だ?」

「えーっと…………なんちゃらハンマーっす」

「あー、じゃあ、これは? 発着場に着いてから使うもんだ」

「えっと機体を止めたりとか、固定するアレみたいな、それっすね……いだぁっ!」


 ボコっとヘルメットを殴打する音が鳴り響いた。

 かつて受けた拳骨よりも数倍マシだが、その衝撃の大きさたるや。

 蹈鞴を踏んで後退するコウに、スヤンは怒鳴った。


「馬鹿にしてんのかテメェ!」

「痛いっすよ! スヤンさん!」

「痛くしてんだよ馬鹿野郎! ぶっ飛ばしてやる!」

「もうぶっ飛ばされたっすよっ!」

「まぁまぁ、スヤン。 コウはまだちょっと頭おかしいんだから落ち着きなさいよ」


 全然フォローになっていないアンズの擁護が悲しかった。

 次の採掘では怪我人が出たことでホーネット乗りの不足から、コウが搭乗することが決まっている。

 本来ならばシティで訓練と座学を経て、厳正な試験をクリアした者のみが認められる現場での採掘作業。

 致し方ない部分があるとはいえ、コウが首をひねる度にスヤンの拳骨は唸りを上げる。

 採掘作業は安全性や慎重性に配慮する一方で、迅速な作業速度も求められるからだ。

 下手に時間を掛けては《土蚯蚓》の襲来があった時に困る事になる。

 効率よく資源を得ることが出来なければ、金銭面にも影響が出る。 それはすなわち暮らしに直結するものであった。

 その全てを理解して実践しろと言うのも酷な話だとスヤンは判っている。

 だが、期待しているのも本音だった。

 この若さで時分と―――いや、下手をしなくても自分よりも熟達した操縦技術を持っているコウが、正しい知識を手に入れた時。

 どれほど素晴らしい蜂乗りになるのか、期待を抱かずにはいられなかった。

 柄にもなく、時間を割いて眼をかけてしまうほどの価値が、少なくともスヤンにはあった。

  

「まずはさぁ、基本の運搬からだけで良いんじゃないの?」

「うっせぇなアンズ。 そんなの判ってらぁ。 現場じゃまずはそれからだ。 だが、周りが何をやっているのか判っていた方が良いに決まってんだろ? じゃねぇとコウ自身が結局困っちまうじゃねぇか」

「そうだけど、シティの訓練生だったわけでも無いんだから、そんなにいっぺんに―――」

「アンズ待って! 俺、ちゃんと頑張って覚えるよ!」

「おっしゃ良く言ったコウ! それでこそ男だ! もう一度アンズにちゃんと聞いて覚えろよ! 一時間後にまた来るからな!」

「うっす! 了解っす! アンズ、頼むぜ!」

「はぁ……まぁ、アンタだってもう私たちの仲間だもんね。 面倒見るから、しっかりついて来なさいよ!」

「あぁ、アンズ先輩、よろしく!」

「よっし、まずは復習から行くわよ!」


 そのきっかり一時間後。

 コウのヘルメットは、スヤンとアンズ専用の打楽器になって発着場に響くことになった。



 シップ・スパイダルは予定された採掘ポイントに到着した。

 翌日からまた、酷寒の夜を迎えることになる為、ホーネットの出撃は見送られ、次の灼熱まで採掘作業は持ち越されることに。

 前回、トラブルによって怪我人を出してしまったことから、ジュジュはホーネット乗りのパイロットを集めて、意識の徹底を目的とした会議を行っていた。

 指揮官のスヤンを含めて総勢9人。

 怪我人は見合わせる形になり、動けるホーネットは全機稼働の見通しだ。

 その中には、コウの姿も勿論あった。


「全員に渡ったな」

「はい」


 集められたのはブリッジの下部にある、中央にテーブルが備わり、白いモニターとタッチペンが用意された会議室だ。

 端っこに立っていたコウが配られた資料に目を落とせば、奇怪な図形が並んでいる。

 まったく渡された資料の図面の見方が分からなかった。

 コウは隣に立つアンズを肘で突いて小声で尋ねる。


「これ、何?」

「現場の予想地形図よ。 聞いていれば判るから黙ってなさいな。 怒られるわよ」


 前面のモニターに配られた地形図と同じような画の羅列が表示される。


「いいか、今回は扇状になってる岩山を削る。 ここと、こっちのポイントだ。 印をつけろ。 この辺はまだ精査されて無いから、周辺の測量と物資の掘削を同時に進行させる」


 ボッシ声だけが響き、コウは落ち着かない様子で周囲を眺めた。


「その予定だったのだが……残念ながら不幸なトラブルによって同時進行は困難になった。 そこで、まずは地形測量を二日間。 掘削を二日間と作業を分けて行う」


 何人かが頷いて資料に目を落としたり、地形図に印をつけ始める。

 本来備わっていた十二機のホーネットが役割を分担し、効率的に作業を行う予定だったが《土蚯蚓》の襲来によって変更を余儀なくされた。

 コウは、あの爆炎の上がったモニター越しの映像を思い出して、身体を震えさせる。

 僅かに空気が重くなった室内を、咳払い一つで払拭し、ボッシは話を進めた。


「まず最初の測量の前に、ボーリングを行う。 地下の空洞がどの程度の規模で存在するかの確認だ。 状況によっては採掘作業は行わず、測量だけ終えて次の採掘場所に向かう」


 ボッシは指示棒を取り出して表示されたモニターの画面を指示した。

 周りが一斉にポイントを書き込んで、コウも一拍遅れてアンズの資料を見ながら同じようにペンを動かしていく。

 なおも説明は続けられていった。

 その声を聴きながら、図形をぼんやりと見ていたコウは段々と見方が判るようになってきた。

 岩山が円を描いて周囲を囲むように立ち並び、その中央の平地の外がシップ・スパイダルの留まる場所だ。

 平地部で地下に空洞があるのかどうかを、掘削時に障害になる者があるかどうかを精査し、まだ地図に載っていない部分をホーネットが道具を使って調べて行くのが目的のようだ。

 この平地だと思われる部分も実際には非常に起伏に富んでおり、状況に応じて勾配を均す作業を行う必要がある。

 問題の一つは平地部分にシップ・スパイダルが入り込むには些か入口が狭く、ホーネットでなければ入れそうにない場所だ。


「機材の移動はどうする?」


 ボッシの説明が途切れたところで、普段からは考えられないスヤンの鋭い声と顔。


「地形の関係上、シップが移動することは困難を伴う。 蜂に運んでもらうしかないだろう。 二人一組で機材を崖の上に持って行って運用する予定だ。

 何かしらのトラブルがあれば機材を放棄しても構わないが、極力持ち帰るようにしてくれ」

「クソミミズが出たら逃げろってことか」

「逃げずにひき肉になりてぇなら、止めないぜ~イアン」

「ははは、お前が囮になって助けてくれるってことかよ、そりゃいい」


 蜂乗り達が互いに顔を合わせて冗談を言い合って薄く笑い合う。

 ボッシが手を挙げると、すぐに全員の口が噤まれる。


「いいか、今までの作業と殆ど変わらないが、蜂の数が少ないのだ。 気を引き締めてかかれ。 先のは《土蚯蚓》という判り易い脅威だったが、トラブルはミミズ共だけとは限らない。

 特に機体の事故はそのまま命に関わる問題に繋がる。 点検を絶対に怠らず、相互に確認し、緊急マニュアルは作業前に必ず一度熟読しろ」


 シップに乗って大地を駆け巡っている限り、死亡者が出る事はある程度込みで予想されるのが常識だ。

 ホーネット乗りのパイロットの損耗率が最も高いが、シップが安全であるとも限らない。

 命がけの仕事なのは、どちらも同じだ。

 まだまだシップの運用とホーネットのノウハウの蓄積が十分ではない船乗り達は、経験から反省点、問題点を常に洗い出さねば生き残れない。

 今だけじゃない。

 後世の為にも、生きる術を伝えていく義務がある。


「これから四日、掘削作業前までお前たちには十分な時間がある。 出来ることはすべて行え。 スヤン、個別に指導するのは任せるぞ。

 いいか、全て生きてシティに戻る為の努力だ。 惜しむなよ…………艦長、何かあればよろしくお願いします」

「はい」


 ボッシに促されて、それまでずっと隣で座っているだけだったジュジュがおずおずと、立ち上がった。 

 コウはそこで改めて、艦長である彼女がこの場所に居たことに気付いた。

 どうも存在感を自分から出さずに引っ込んでいるように思える。

 音声補助チップの影響で彼女は非常に口が悪いのだが、その時に何となくだが、それだけが原因では無い気がした。

 

「シティを出る前に、私は約束しました。 全員で無事に戻ろう、と」


 喉の辺りを抑えて口を開いた彼女の言葉が、珍しく暴言の無い物となって滑り出る。


「残念ながら、達成することが出来ず怪我人を出してしまいましたが、立ち止まる訳にもいかない理由があります。

 全員で協力して、生きて帰る為にも、次の採掘作業では細心の注意をよろしくお願いします。 皆でシティに帰りましょう」

 異口同音に全員が彼女の言葉に肯定し、声をあげる。

 彼らの相槌に笑みを浮かべて、ジュジュはコウへと視線を向けてきた。


「コウ君は、特に気を付けてくださいね。 私、一番あなたを心配しているわ」

「は、はい、ちゃんと生きて帰ってくるっす」


 急に水を向けられて、上ずった声で返すとスヤンが楽しそうに口を開く。


「艦長、それって俺達はどうでもいいって言ってるみてぇだぜ」

「ははははっ、ひでぇな! 艦長!」

「なんだ、ヤケにモテるじゃねぇか、コウ!」

「なっ―――違うわよ、クソしか吐き出せねぇボケ共が! 煮立った脳みそ働かせる前にその口全部縫い合わせてもががっ」


 茶化されて声を張り上げたジュジュの口を、ボッシは流れるような手つきで塞いだ。

 

「艦長の"ありがたい"言葉を聞いたな。 解散だ。 自分の為すべきことを完璧にやれ、成果を期待する。 以上だ」


 まだもごもごと口を動かして暴れているジュジュを無視して、全員が席を立って退室していく。

 コウもまた、アンズに背中を押されて一緒に退室することになった。

 彼が仲間内にやり玉に挙げられて、ジュジュのようにからかわれたのは言うまでもないだろう。




 整備、点検。 正常な動きをするかどうかの確認は大事だ。

 過酷な環境下で稼働することから、手間暇とコストをかけて作られているホーネットや、その扱う道具はちょっとやそっとの衝撃で壊れる事はない。

 頑強性や耐久性、維持コストなどは真っ先に考えられて作成させるからだ。

 とはいえ、道具と言うのはどんなものでも使って行けば摩耗していく。

 使う度に廃棄できるほど資源が余っているわけでもない。 

 ある日突然、身の回りのものが壊れて使えなくなれば、困ってしまう。

 それが自分の命に直結るような物ならば、猶更だ。


「これがこっちに繋がって……あれ?」


 コウはホーネットの外骨格の内側から伸びるコードを引っ張って、艦外作業服に繋ぎとめようとしていた。

 冷風や暖房を送るための管である。

 同じようにコードを引っ張って取り付けたアンズが、コウに手本を見せるように手を振った。


「そっちは逆。 端子の向きを良く覗いて見て」

「ああ、ホントだ。 こっちね」


 身体の逆側にコードを持って行って付けようとするものの、背面に接着部がある為、なかなか上手く入らない。

 あれ? と口に出しながら力を入れ、接続部に無理やり押し込もうとするコウの頭にスヤンの一撃が飛んで来た。

 もう何十発と叩き込まれた拳だが、痛みにはまったく慣れない。


「いってぇ! もうすぐ叩くんだスヤンさんはっ!」

「遅ぇからだよボケっ! お前だけ終わってねぇぞ!」

「だって入らないんだこれ! ほらっ!」

「言い訳すんじゃ……っておい、端子の口を潰してるじゃねぇか! ばかやろっ!」

「痛ったああぁぁぁっ!」


 あー……と、呆れた声がアンズの口から漏れた。

 外は頑丈でも中身は電子と精密機械である。

 無理な力を入れれば簡単に壊れてしまう物だってあるし、冷風や温風を送るコードはその代表格だった。

 コウが無理に入れようと押し込んだせいで突端が潰れてしまったのだろう。

 付け替えるように命じられて、スヤンに工具を投げ飛ばされているコウを見つつ、本当に現場に出ても平気なのだろうかと不安になる。

 ホーネットの操縦技術は、長年苦労して身に着けたアンズから見ても、嫉妬を覚えてしまうほどコウは素晴らしいと思える。

 スヤンのスパルタ教育は、現在のシップの状況も一因だろうが、コウへの期待の裏返しにもアンズには見えた。

 操縦は熟達したパイロットすら唸るほどでも、仕事は素人、要領も見ていると決して良い方では無いけれど、取り組みは真剣だ。

 スヤンが構ってしまいたくなるのも分かってしまう。


「アンズ! 見て! つけれた!」

「ああ、うん、おめでと」


 ホーネットと作業服を繋ぐ、命を守るために最初に行うコードの扱い方。

 いわば、基本中の基本を達成できて喜ぶ姿は微笑ましいとも滑稽とも取れそうで。

 胸中複雑に思いながら、アンズはそっけなく応えて首を振ったのである。


 そして夜が明けて―――二つの恒星が大地を照らし始めた。


 蜂たちの仕事の時間が、再びやってきたのである。



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