第11話 働き蜂
シップ・スパイダルの発着場で、コウとアンズはホーネットの使う作業道具の前で話し込んでいた。
単純に掘る、と言ってもその作業には多くの道具が必要だ。
適当に掘ってしまえば、足場の崩落や頭上からの落盤といった命に直結する危険が起こり得る。
地形や用途に合わせて、適切な道具を使わなければ、その危険性は更に増す。
アンズもまだまだ勉強中の身ではあるが、ホーネットに乗る意思を固めるコウに説明することは、将来的に考えても自分の身を護る事に繋がる事だ。
もちろん、コウが乗れるようになるかは話が別だが。
「これは電磁タンパ。 秒速九十回で地面をたたく道具よ。 ホーネットのパワーで押さえないと、大変な事になるから覚えておいて。
柔らかい地面の時は、少しでも締め固めて足場を確保する必要があるわ。 後は、固定電磁砲を設置するのに必要な硬さを確保する時にも、使ったりするかな」
「ははぁ……」
「こっちはインパクトハンマーって言う物。 超高速で杭を射出して地面や岩を穿つ機械。
かなりの突貫力があるから、邪魔な岩を砕くのによく用いられるわ。 反動が凄いから、二機で運用するのが基本。
掘削の時に使う場合、ドリルと違うのは深いか浅いか、という違いだけよ」
「へぇ~……」
「あのね、ちゃんと聞きなさいよ」
「うん、ちゃんと聞いてる」
「どうも信じられないわ……」
相槌を打つだけの生命体になったコウに、アンズは眦を下げてジト目で睨んだ。
コウはその視線に気づくと、にへらと曖昧な笑みを浮かべて誤魔化した。
口頭での説明だけでは想像はできても理解はできそうになかった。
専攻していた
どちらかというと感覚に頼ることが多く、使って覚えて行く方が得意なのだ。
「ん~、やっぱりさ。 説明だけじゃなくて実際に乗りたいよなぁ~」
コウはそう言って、ハンガーに固定されているホーネットを見上げた。
こうして許可こそ出ていない物の、乗ろうと思っている期待を見上げながら、色々な説明を受けていると艦外機候補生として入学した頃のことを思い出す。
あの時も、早く乗ってみたくってたまらなかった。
「そんなに焦らなくても、どんなに遅くたってシティに戻れば乗れるわ」
「アンズが言うならそうなのかもだけど、俺は早く乗りたいよ」
額にくっついた黄色のゴーグルの上に両手を乗せて、ホーネットを見上げるコウに、アンズもまた訓練生だった時分を思い出す。
きっとコウもその時のアンズの気持ちと同じなんだろうな、と。
結構似たところがあるのかもしれない。
「あ~~~ムズムズする! やっぱ今からまた頼みに行こうかなぁ!」
「いいぜ、乗ってみろよ」
「え?」
背後から掛けられた声に、コウとアンズは間の抜けた返事を返して振り返った。
艦外作業服に身を包んだスヤンが、気怠さそうな面持ちで近づいていた。
「あんまりしつけぇから、艦長が試験するってよ。 一度乗ってみてから決めるとさ」
「マジかよ! やった! 引いてみる大作戦成功だぜ!」
「スヤン、本当にコウを乗せるの? 危ないわよ」
「まぁな、だから俺もわざわざ着替えてきたんだ。 一緒にホーネットに乗り込んで横で見てやるから、大事にはならねぇさ」
「外に出るのか!?」
「そりゃダメだ。 まずは発着場の中で、どれだけ動けるか見てからだよ」
「やったっ! よっし、燃えてきた!」
「へっ、ガキだけに元気だけは一丁前にありやがるな」
スヤンに艦外作業服とヘルメットを取りに行くように言われると、コウは脇目も振らずに発着場を飛び出していった。
突然と言っても良いほど唐突に降りた許可に、アンズが心配そうな顔を向ける。
スヤンは視線を流して、アンズにもコウの補佐をするように指示を出した。
「アンズも早く着替えてきな。 いきなりずっこける事も、あるだろうからなぁ」
「っ、スヤンの馬鹿っ!」
「くっくっく、良いから行けよ。 あんなに張り切ってるコウを待たせちゃ可哀そうだろ」
かつてアンズがホーネットの訓練を始めて間もない頃。
彼女は最初の一歩でずっこけて貴重な機体を損傷させた過去がある。
実は殆どのホーネット乗りは最初の一歩で盛大にすっ転ぶのが通過儀礼であるが、アンズにとっては思い出したくない苦い思い出である。
楽しそうに手を振るスヤンに、アンズは文句を言ってやりたかったが、どうせのらりくらりと交わされるに決まってる。
だから一言だけ捨て台詞を吐くにとどめた。
「スヤンって、性格悪いわよね」
「そりゃすまねぇ、生まれつきだ」
「っもう!」
やっぱり言うんじゃなかった。 口では勝てそうにない。
アンズは憤慨しながら着替えに走っていく。
スヤンはその後姿を見送って、ハンガーに固定されているホーネットへと笑みを浮かべながら視線を向けた。
「さて、どれくらい動けるかね」
その声色には普段からは想像もできないほど、彼の期待がこもる声であった。
慣れない作業服に着替えて、ヘルメットを抱えて戻ってみれば、発着場には人だかりが出来ていた。
試験をする、と言っていたスヤンだけでなく、同じように―――恐らくホーネットのパイロットたち――――作業服を着こんでいる人や、ブリッジで見た人。
アンズやクウル、ジュジュやボッシまで、普段はこの場所で見かけない人たちが勢揃いしていた。
点検用の工具やワイヤーなどの機材が片付けられていて、中央に鎮座しているホーネットが二機。 コウと相対するように鋼鉄の光を反射させている。
人の多さもそうだったが、ホーネットの機体に見られているようで、思わず足を止めて見入っていたコウにスヤンの声が飛んでくる。
「おら! ぼうっとしてねぇでとっとと来やがれ!」
「あ、うん!」
駆け足でホーネットの横に立つスヤンのもとに、人の垣根を分けて辿り着く。
スヤンはコウが目の前まで来たのを確認してから、視線をジュジュへと転じる。
彼の視線に気づいたジュジュが、ゆっくりと頷いた。
コウはそんな彼とジュジュに視線を交互に向けて、首を傾げる。
「あの……スヤンさん?」
「アンズから機体の事は聞いてるな?」
「あ、はい」
「んじゃ乗れ。 着座してから分からないことがあったら、アンズに聞け」
「分かったっす」
「頑張れよ!」
「こけんじゃないぞ!」
周囲から声援が飛んできて、注目を浴びるのを感じながら、コウは苦笑しながらホーネットの外骨格部に手を掛けて操縦席までよじ登っていった。
艦外機候補生時代の実技テストを受けてるような感覚だ。
緊張もするけど、それよりもこのホーネットがどんな機体なのか。 乗り味を想像し、好奇心と楽しみの方が勝った。
「コウ、こっち。 此処から身体を滑らせて」
「あ、うん。 アンズ、なんでこんなに人が集まってるんだ?」
操縦席へと身を滑り込ませて着座しながら、コウは小声で尋ねた。
「さぁ、私も着替えて戻ってきたら、皆が集まってたの」
「そっか。 ここで失敗したら乗せてもらえないよなぁ、やっぱり」
「多分ね。 あんまり気負わなくて良いわ。 みんな期待なんかしていないし、見世物だと思ってるもの」
「あはは、うん。 ほんとそんな感じだよな」
ここじゃ珍しい娯楽の一つになってしまっているんだろう。
言いながら、コウは教えてもらった通りに腰にベルトを回して固定すると、ホーネットの起動スイッチを押し込んだ。
尾部に付いている蜂と呼ばれる所以のジェネレーターとコンデンサーが回り始め、低い唸り声に似た轟音を発し始めて発着場に響く。
人間の動きの延長上で動かせる様に設計されているホーネットは、四股を外骨格に空いている円筒の中に通す必要がある。
コウが乗っていた《リペアマシンナリー》に同様であった為、戸惑うことなくホーネットの装着は進めることが出来た。
足や腕が通ると起動する仕組みになっていたのだろう。
コウから見て左側にある小さなモニターが音を立てて光った。
同時、通した腕と足が左腕を残して固定される。
「おっ……」
「左手だけは自由に動けるように固定しないのよ。 直接電子パネルを叩く時は全て左手で行うから、覚えて。
右手の中にダイヤルがあるでしょ? それでエンジンの出力の調整を行うの」
「さっきも聞いたよ。 それに、俺の乗ってたマシンとそう違わないみたいだし、いけそうだ」
装甲に覆われていない事や、カメラではなくヘルメットのバイザー越しに視界があること。
他にも細かい部分で《リペアマシンナリー》とは確かに勝手が違うが、実際に乗り込んだ感触は似通っている部分の方が多い。
むしろ手応えを感じているくらいで、コウは自信が持てた。
ホーネットの設計者は、きっと宇宙艦外機の設計に携わっていた人だろう。
先に聞いた事を繰り返し教えてくれる声を聴きながら、コウはヘルメットのバイザーを下げてアンズへと首を向けた。
「……じゃあ、まぁ頑張って」
「ありがとうアンズ……あ、なぁなぁ」
くぐもったコウの声。 ホーネットから離れようと掛けていた足を外し振り返る。
「アンズも、やっぱ期待してない感じか?」
「……ま、私くらいは応援してあげるわ」
「サンキュ、じゃ期待してくれよな」
アンズの声にはちっとも期待するような色は含まれていなかったが、それがむしろコウのやる気に火を点けた。
コウのホーネットから飛び降りて、背を向けて走っていったアンズを確認する。
横に座っていたもう一機の蜂がむくりと起き上がってきた。
スヤンが搭乗しているホーネットだ。 彼は十年前からホーネット乗りとして活躍しているらしく、このシップ・スパイダルでも随一の蜂乗りだと話を聞いている。
そんな彼から、ヘルメットの内部に埋め込まれたスピーカーから通信が入ってきた。
周囲の人たちには聞こえていないらしく、ホーネット乗り同士が連絡を行う為の通信装置だろう。
『んじゃ、まずは立って歩いてみな。 転んでも構わねぇぞ』
『そんな簡単に転ばないっすよ。 やってみます!』
『おう』
左手も円筒の中に突っ込んで、コウは機体を動かした。
まずは《リペアマシンナリー》で掴んだ感覚に頼って。
グウっと力が伝わって、外骨格の武骨な蜂の手が、万歳をするように直上に上がっていく。
―――お、遅っ! なんだよ、この反応の鈍さっ!
思わず右手に触れる出力ダイヤルの数値を確認すると、全開とまでは行かなくても既に7割ほどの出力で稼働している状態であった。
自分の体の動きをゆっくりと落とし、ふらつく機体の制御を取ることに成功すると、周囲から苦笑のような笑い声があがってくる。
座ったまま、片腕を上げてふらふらしている機体は、確かに滑稽に見えるかもしれない。
―――皆見てる。 あちゃあ、恥ずかしいな……でも、よぉし……見てろよ……!
ある程度ホーネットの機体感覚を、この一動作だけでおおよそ掴み取ったコウは、宇宙と地上での差異で揺らいでいた自信を確信に変えることができた。
コウのイメージとしては出力最低値で運用する《リペアマシンナリー》の動きだ。
後は、宇宙空間に飛び出す前の、重力を受けている状況での動作を心がければ上手くいく。
一つ上唇を舐めて、コウはもう一度立ち上がろうと全身をゆっくりと動作させた。
『ほう……』
スヤン感嘆を漏らす呟きが耳朶を震わす。
コウのホーネットがゆっくりと、しかし確りと地面に根を生やして立ち上がる。
直立した機体が、コウに応える様にモーター音を響かせた。
一つ息を吐いて、今度は前進する。
右足、左足と一歩ずつ。 着実に耳障りな鋼鉄の足音を発着場に鳴り響かせて。
七歩ほど前進すると壁に近くなって、スヤンから再度通信が入ってくる。
『おし、そのまま一回こっちに戻ってこい。 ちゃんと振り向けよ』
『了解っす』
身体を捻り、足の手前を変え、器用にその場で身体の向きを正反対に戻して再び前進。
その動作に危なげな所は全く無く、無駄な機動はまったく見えない。
熟達したホーネットのパイロットと遜色ない動きであった。
一歩、そしてまた一歩と歩く機体をアンズは口を開けたまま眺めていた。
さっきまで見世物を見る様に笑っていた者たちも同様だ。
同じホーネット乗りのパイロットたちも。
艦長のジュジュでさえ、誰もがその流麗な動きに一様に驚きに目を剥いていた。
ボッシだけは普段と変わらず、無表情の鉄面皮でコウの動きを淡々と追って手元の手帳に何かを書き込んでいる。
『はっはー! やるじゃねぇか、コウ! そのまま俺の後を追ってこいや! 転んだら終わりだぜ!』
『了解っす!』
コウはホーネットの動きの鈍さには戸惑ってはいるものの、機体その物の操縦感覚は《リペアマシンナリー》と変わらないことが分かって、胸を張れた。
スヤンがどんな動きをしてきたとしても、追従していくことは難しくない。 そう思える位に。
実際にそれは正しかった。
スヤンが緩急をつけて歩いたり、走ったりする動きにも簡単についていけた。
何も言われずに急な制動をかけられても、戸惑うことなくスヤンの機体と同時にピタリと静止する。
しゃがみこんで四つ足でホーネットが這う動きで前進されても、同じ動きでしっかり後を追う。
最後には奇妙な踊りのような動きをされて、若干面食らった物の、それを真似する様に促されれば戸惑いながら複雑な動きをしっかり模倣した。
自然、それを見守っていた観衆となったシップ・スパイダルのクルー達が、気付けば喝采の声を上げて称えている。
最初に鎮座していた機体の場所まで戻ってくると、スヤンは笑いながら口を開いた。
『はっはっはっはっはっは! おいおい、お前、無断でホーネットを乗り回してたんじゃないだろうな!?』
『別に! このくらいなら全然余裕っすよ!』
『ぶわっはっはっは! 畜生! お前、アンズには黙っとけよ! ぶっ飛ばされるぜ!』
そんなスヤンの馬鹿笑いを聞きながら機体を着座させて、コウはホーネットから降りると、発着場に手を叩く音が響いた。
まるで良質な映画を鑑賞して、スタンディングオベーションをするかのように。
口々にコウを称賛する言葉が溢れた。
スヤンと同じようにヘルメットを脱いだコウは、恥ずかしそうに頭を掻き、やがて声に応えるように両手をあげて歓声を受ける。
そんな喧噪の最中、ジュジュとボッシが人の波を割って歩いてきた。
「いや、素晴らしい操縦技術だった。 スヤン?」
「見てたんだろ、文句なんかねぇさ。 合格だ」
「ボッシさんは、どうですか?」
「艦長、私もスヤンと同じ意見ですね。 これなら文句はありません」
「そうね……あ、コウ君、お疲れ様です」
「え? あ、ありがとう、ジュジュ。 でも、別に大丈夫っす。 疲れてなんかないっすよ!」
コウはジュジュから受け取った手拭いで汗を拭いて、快活に笑った。
多少、機動に慣れていなかったから気を使ったのは確かだが、この程度の動きでは《リペアマシンナリー》と比べても楽な挙動だ。
汗こそ掻いたものの、それは緊張から来たものが殆どだ。
それこそ、肉体的には何時間、何十時間だろうと乗っていられるだろう。
伊達に休日を潰して丸一日、無限にシミュレーターに乗って練習していた訳ではない。
ボッシは首を振って。
「スヤンは熟達した操縦者だ。 その動きに着いていけるのは一流だろう。 誇っても良い事だよ、コウ君」
「う~ん……まぁ、これでも俺は千年前から艦外機に乗ってるんで! この位ならまだまだ行けますし、スヤンさんとは年季が違うっすね! 年季が!」
「っんだとこの野郎! 何が千年前だ! 調子に乗るんじゃねぇぞクソガキっ!」
腕を組んで人差し指を立てたコウの頭に、スヤンの拳が唸った。
その痛みと言ったらどうだ。
一瞬、視界に星が舞ったと思えるような一撃に、コウはもんどりうって派手に倒れ込んだ。
「いっでぇぇぇぇぇっっ!」
頭を押さえて呻くコウに、周囲が盛大な笑い声をあげて盛り上がる。
そんなに目一杯殴らなくてもいいじゃないか! と抗議の声を上げたいが、痛みでそれどころじゃない。
地面に転がっていたコウは、周りに釣られて笑っているアンズの眼が合った。
彼女がコウの視線に気が付くと、彼はアンズに向けて不格好に片手の親指を立てる。
アンズはコウの仕草の意味は分からなかったが、首を傾げつつ同じように親指を立ててくれた。
この日から、シップ・スパイダルの働き蜂が、一人増えたのであった。
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