第3話 惑星ディギングへようこそ




 コウはクウルと共に医務室を出ると、その瞬間に飛び込んできた景色に分かった事が一つあった。

 船は船でも、移民船ではなかったこと。

 備え付けられた円形の窓から飛び込んでくる黄色の大地が、それを証明してくれた。

 乗り物ではあるようだが、コウが乗ってきた宇宙船ではなく、大地を走る船であったのだ。

 何にせよ、こうしてコールドスリープカプセルから出れて、大地を望めたという事は移民プロジェクトの成功をしたという事実を教えてくれる。

 地球に一度だけしか降りた事の無いコウは、目の前に広がる大地に目を奪われて、すぐに立ち止まってしまった。

 荒野なのか。

 もうもうと風に煽られて砂煙をあげる自然の光景に圧倒されてしまった。

 やたらと外が明るいのは、眩しいくらいに恒星が照っているからだろう。

 船の中に居るというのに、寝起きのコウには目を細めなくては周囲が見えないくらいに眩かった。

 自然とコウの足が窓際へと向かって行く。


「すっげぇ……ほんとに惑星に着いたんだ……」

「君! だめ!」


 もう少し眺めたい。

 そんな感嘆、感動に冷や水をかけられたようにクウルから鋭い声が飛んで、腕を掴まれてしまう。


「な、なんだよ、地上だぞ? ちょっと見るくらい、いいじゃんか」

「怪我したいなら止めない。 でも、近づくとヤケドするよ」

「や、ヤケド?」


 不可解な忠告に、窓枠を注視してみれば確かに、燻ったような音と共に煙があがっている。


「……艦橋に案内する前に、少し話しておいた方が良さそうだね」


 眼鏡を直して振り返ったクウルと、窓際を焦がす熱を交互に見送って、コウは後ろ髪惹かれながらも言われた通りに彼の後を追って行った。

 二人の歩調に合わせて背後から着いてくるメルと、コウとクウルの足音だけが響く。


「この惑星は―――」


 ―――惑星・ディギングは、二つの恒星と一つの巨大な自然衛星が巡る、灼熱と酷寒の大地だ。

 四日間、昼夜を問わずに強烈な日射が、二対の恒星から降り注いで大地を焼く。

 灼熱の四日間が過ぎれば、今度は酷寒の闇夜が世界を覆うのだ。

 巨大な自然衛星、いわばこの惑星の月に当たる物が、ディギングと二つの恒星の間に割り込んですっぽりと覆い隠してしまう。

 灼熱の大地は400℃を越える熱射。

 月が覆ってしまえば急速に冷え込んで酷寒の大地はマイナス200℃を計測する。

 当然、そのような激烈な環境下では大地に根を下ろす植物は育まれず、渇きと氷の大地が広がっているだけであった。

 地表面積はおおよそ地球の四倍程度と推測されているが、人類が居住可能な範囲は非常に狭い。

 地球の縮尺で日本列島ほどの範囲と同等くらいである。

 コウはそこまではじっと聴いていたが、ようやく口を挟んだ。


「なんでわざわざ、こんな星を選んだのかなぁ」

「誰も好き好んで、こんな惑星に降りた訳じゃない。 移民船の事故が原因だと、資料には書いてあるんだ」

「事故って……マジかよ……」

「マジってなに?」

「え? ああ、本当って意味だけど……っていうか、知らないのか?」


 普段から常用してる言葉に首を傾げられて、コウは腰を当ててため息を吐いた。


「知らない。 失った物は、とても多いから」

「なんか……わっかんないなぁ。 どうして住む場所もそんなに狭いんだ? 移民船に乗り込んでたのは3億人を越えてたんだ。 さすがに……どう思う?」


 クウルはコウの言葉に何も返さなかった。

 応えてくれることを期待していたコウだったが、足音だけが響く沈黙に不安な顔になる。

 もしかして、じこはそんなに酷かったのだろうか。

 不時着するくらいには大変な事故だとは分かったけど、それで移民の全員の命が失われたわけでは無いだろうし、大規模な災禍ならコウだって死んでいても可笑しくないはずだ。

 なおも言い募ろうとコウが息を吸い込んだ時に、クウルが言った。


「事故の規模も、実態は分からない。 もう、千年も前だから」

「……え?」


 コウの吸い込んだ意気は、そのまま疑問の声に変わった。

 小柄で肩まである緑色の髪を揺らして歩くクウルの背を見つめ、コウはまた立ち止まってしまった。

 今、彼は何と言ったのだろう。 自分の聞き間違えではないのか。


「何……言ってんだ」

「君は千年も眠り続けていて、僕たちにカプセルを掘り起こされて目覚めたんだ。 惑星・ディギングの歴史はもう十世紀に及ぶ。 コウは……千年前の人間なんだよ」

「クウル……冗談……はは、笑えない、冗談なんだよな……?」

「ほんとうだ。 嘘は言わない」


 にべもない冷たい返答だった。

 コウは真っ向からクウルに視線をぶつけられて、思わず目を逸らす。

 クウルが何を言っているのか分からなかった。

 頭がその言葉を理解できても、感情がかき乱されて納得ができなかった。

 もし、クウルの言葉が真実そうであるというのなら、コウは一人っきりになったも同然ではないか。

 移民した先の惑星で、全ての動物や生物の研究を始めるんだ、と息まいていた父親も。

 ガイノイドを人生の伴侶に選んでバカ騒ぎをしてくる親友も、世話になった先輩たちも、みんな、全部失ったってことだ。

 この地に住む人間が十世紀の時が過ぎたと言っても、目覚めたばかりのコウにとってみれば一瞬だ。

 急に震えだす体に、強く首を振って自分を誤魔化した。


「マジかよっ、本当なのかよっそれ! 本気で言ってるのかっ!」


 自然と語気も荒くなり、震えた声でクウルに詰め寄った。 子供と間違える位、華奢な体の肩を力一杯に掴んで。

 必死な顔でコウは真正面からクウルを見つめる。

 クウルの口は動かなかった。

 その代わり、眼鏡の奥にある意志の強い目で彼はコウを見返してきていた。

 下手な言葉よりも、それはコウの心に響いてしまった。

 本当なんだ。

 

「……コウ、説明はもういい?」

「っぅ……き、聞くさっ……」

「うん」


 掴まれていた方から腕が離れて、クウルはその後を擦るように身を寄せた。

 結構な力で締められたから、手跡が残ってしまっている。

 それを隠すように居住まいを正して、クウルはもう少し言葉に気を付けなければと一つ息を吐いてからまた口を開く。


「千年前、僕たちの先祖……つまり、君を含めてだけど、僕らは《祖人》と呼んでいる。

 彼らは事故で惑星ディギングに不時着した。 船体は七つに割れて、この灼熱の地にバラバラに落ちてきた。

 その時点では、CSPTのカプセルは飛散こそしたものの、殆どが稼働状態を保ったまま無事だったと資料には残されてる」


 カプセルから飛び出た《祖人》の多くは、灼熱に焼かれ酷寒に凍りつき、多くの犠牲者を出したという。

 移民船に搭載された超大型の稼働可能なジェネレーターが無ければ、生き残るニンゲンは居なかっただろうしクウルも産まれて来なかった。

 とにかく、生存基盤を築くのが最優先だった。

 移民船に残されていた機能を使い、命を繋いだ彼らは、堕ちてしまったのは仕方が無いと惑星開発に着手した。

 生き残った生産プラントをかき集め、持っている技術を生き残った人員で結集し、都市を築き上げたのである。

 食料の備蓄は船体が破壊されたとはいえ、船内に十分あった。

 生産も可能な態勢が整えられ、惑星ディギングはとても広い広大な土地だけは有り余っていた。

 居住区が作られ、工場ができて、酷寒と酷暑を克服し人類が根付いたのである。


「《祖人》が作り上げた都市は、3つある。 僕が、知っている都市だけだけどね」


 コウはもう、クウルの話をただただ聞いているだけだった。

 否定するには真実味に溢れすぎているし、彼が嘘を話す理由も見当たらない。

 だんだんと自分の置かれた状況が、クウルの落ち着いた喋り口に実感が沸き、ハッキリと理解できたのである。

 

「それで―――」

「分かった、ありがとうクウル」

「……もういいの?」

「うん……もういい」


 出会った時の明るい様子から一転、コウは沈鬱な表情を見せて俯いてしまった。

 クウルは息が詰まるような感覚に、大きく息をそっと吐き出す。

 目覚めた《祖人》へと現状を説明するのは、惑星ディギングに暮らす全ての人に課せられた義務だ。

 この極限ともいえる世界では、知識が無ければたちどころに命を落とすことになるからだ。

 何の装備もしないで外に出れば、自殺となんら変わりが無い。

 クウルは胸の内で自分を指名してコウを呼んでくるようにと言付けた艦長を恨んだ。

 今の今まで知らない人だったとはいえ、自分の言葉がナイフとなって他人を傷つけるのは、まともな神経を持っていれば心地よいものでは無い。

 ある意味で、コウが話を切り上げてくれたのは渡りに船だった。

 義務だと割り切る事は、難しい。


「あのさ」


 ぽつりと、コウは言った。


「後で資料っていうか、クウルの話してたのを調べることって出来るのかな」

「できるよ」

「そっか」


 調べて見る、とは言わなかった。 真実を見てしまったら、何かが壊れてしまいそうだと怖くなった。

 コウの立ち止まっていた足が、聞くことを拒むように自然と前に出た。

 クウルはコウが歩き出したのを見て、慌ててその横に並ぶ。

 

「興奮してゴメン、クウルのせいじゃないの思いっきり掴んじゃった。 痛かった?」

「別に、いいよ」


 義務だからね。

 コウの視線を受け流しながら、服を手で寄せてクウルは心の中だけでそう応えた。




「艦長、艦橋前につきました。 後はヨロシク」


 シップ・スパイダルの艦橋前まで案内されると、仕事の続きがあるから、とクウルとは別れることになった。

 ガイノイドのメルが遅れて頭を下げて、そのクウルの後ろを不釣り合いな最新式の電子アンテナを揺らして、パタパタとついていく。

 そんな様子を見送っていると目の前の扉が開いて、コウは一つ頭を掻いた後に中へと入っていった。

 円形状に操作パネルが配置され、中央に艦長席が設けられている。

 コウから見ても、宇宙船に良く見られた標準的な設計だった。

 違うと言えば、宇宙では目視がそれほど重要ではない為、モニターではなく厚いガラスのような物で、外が見える点だった。

 いくつかある席の上では、乗組員だろう人たちが雑談に興じていた。

 

「さぁ、こっちに来てもらえます?」


 少しだけ他の人たちよりも高い場所に座っている女の人が、入り口で周囲を見回していたコウへと声をかける。

 ウェーブがかかったクリーム色の長い髪が腰まで伸びており、人好きのしそうな暖かい笑みを浮かべて会釈するように頭を下げる。

 同じように頭を下げて、コウは彼女の顔を見た。

 厚ぼったい唇にトロンと下がった目じり。 服飾こそ紺と黒で統一されて落ち着きのある姿だが、可愛らしさやふわっとした印象が強い女性だった。

 立っている場所からして、彼女がこの艦橋のトップ―――つまりは艦長なのだろう。

 身長もコウよりずっと小さくて、偉い人というイメージがまったく沸かない。

 勝手に硬派なオジサンだと考えていたコウは、想像とは剥離した容姿に若干の戸惑いを見せた。

 艦長だろう女性の隣に陣取っている、見慣れない形の帽子をかぶっている男性の方がよっぽどコウのイメージに近い。

 眉が太く、体格もがっちりとしていて、鷲鼻と浅黒い肌が特徴的な、厳つい中年男性。 大人という物はこういう物だとコウの想像と一致する。

 識別票を渡すように言われて素直に差し出すと、艦長である少女が受け取ってそのまま照会を始めた。


「そこに椅子を用意してある。 気楽にして座ってくれ」


 厳つい男性の声に促されて、コウはおずおずと備え付けられた椅子に体重を預けた。

 


「名前は確か……コウ君だったな。 私は副官を務めているボシュボルだ。

 そして彼女は、もう察しているだろうが、この船シップ・スパイダルの艦長を務めているジュニエルジュだ」

「本当はもっと長い名前があるのだけど、基本的に皆、愛称で呼び合ってるわ。

 私の事はジュジュ、彼の事はボッシといった様にね」

「へぇ……そうなんですね。 長いって、どのくらい長いんですか?」

「えーっと、そうね。 私の本名はジュニエルジュ・ジュール・カイト・シル・ジュジュエット。 もっと長い人も居れば、短い人も居るけれど」

「うわ長っい! す、すみません。 ちょっと長すぎて覚えられそうにないっす」

「ええ、愛称だけ覚えてくれれば結構よ。 目覚めたばかりのしち面倒臭ぇ人たちは、口を揃えて同じことばっかり囀りやがる」

「は?」


 コウは突然と言っていいほど言葉遣いの変わった艦長に、言葉を詰まらせて身を引いてしまった。

 見た目からして柔らかい少女から、信じられないような暴言が飛び出して固まってしまう。

 慌ててジュジュは口を手で押さえていた。

 そんなやり取りを見守っていたボッシが、仕切り直すように一つ咳払い。


「艦長のジュジュは幼いころ恒星に喉を焼かれていてな。 人口声帯膜と声音補助チップを埋め込んでいるのだが、精度はあまり宜しく無い。

 興奮したりすると誤作動が多くなって、発言が荒くなってしまうんだ。 余り気にしないでくれ」

「っ、ごめんなさい。 自分ではなかなかコントロールすることが難しくて……」


 両手を合わせて申し訳なさそうに頭を下げる艦長ジュジュに、コウは曖昧に笑って頷いた。

 そんな説明を受けてしまっては、謝罪を受け取るしかない。

 機械が悪さをしているのなら、仕方が無いだろう。


「そういった事情から、艦長のジュジュは必要が無い時以外は、喋る事を好まない。 何かあれば私に相談すると良いだろう。

 まずはそうだな。 このシップ・スパイダルには立ち入るのに許可が必要な区画もある。

 一度、施設の案内を受けてもらえるとありがたいが」

「そうですね。 アンズちゃん……あそこに居る貧相な小娘に案内させるわ」

「えー、アタシなの?」

「へっへっへ、貧乏くじだ、ざまぁねぇな」

「スヤン! その舌引っこ抜くわよ!」

「いいじゃねぇか、歳も近そうだし仲良くなって来いよ。 意外と良い友達になれるかも知れねぇだろ」


 ジュジュに指名されたアンズという少女が、詰まらなそうにタッチパネルを叩いていた顔を上げた。

 かと思えば、隣のスヤンと呼ばれている男性といきなり口喧嘩を始めている。

 そんな様子を見て、コウは居ずらい雰囲気を誤魔化すように息をそっと吐いた。

 どうにも、この船シップ・スパイダルに乗り込んでいる人達は、個性的な面々が多いようだ。

 だが、まぁこんなものなのかも知れない。

 千年もたっていれば常識や世界が変わるだろうし、自分の事だって《祖人》などと変なレッテルが貼られてしまっているし。

 少し煮え切らない感情も心の奥底で自覚していたが、コウはその事には深く触れないようにした。

 なんだかんだと話していたアンズも、指名されたとあっては仕方ないと割り切ったのか。

 気が進まないような顔を隠さずに、艦長へと了解、と告げてコウへと近づいてきて、手を取る。

 同年代と思える少女に手を取られて、コウはうっと身を引いた。


「んじゃ、とっとと済ませちゃお。 行きましょ」

「え、あっ、おい」


 半ば引きずられるようにしてコウはアンズに引っ張られて艦橋から立ち去ろうとした時に、ジュジュから声が掛かる。


「アンズ、待って」

「どうしたの?」


 立ち止まったアンズとコウが、出入口で振り向くと、艦長は懐から指示棒を取り出して一つ上に挙げた。

 ボッシがその横に立ち、合図によってシップ・スパイダルの艦橋に居る全てのスタッフが立ち上がる。

 ジュジュはゆっくりと、頭を下げて。


「コウ君。 熱砂と氷結の大地へようこそ。 蜂が棲まう蜘蛛の船へ、ようこそ。 歓迎しますね」

「え、あ~……あの、よろしくっす」

「アンズ、コウ君をよろしくね」

「ええ。 任されたわ」


 《祖人》であるコウを、電子音によって扉が閉まるまで全員がその場で立って見送っていた。



 

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