第2話 目覚めとガイノイド




 岩石に癒着してしまっていたカプセルの切除作業は1時間前後で無事に終了した。

 シップ・スパイダルの蜘蛛の腹部分。 いわゆる外艦作業機のホーネットの発着場へと慎重にカプセルは移送された。

 運び込んできたアンズとスヤンは、ホーネットをデッキに固定すると、アンズはすぐに機体から飛び降りてヘルメットを投げる様に脱ぎ捨てる。

 対面につけたホーネットから、スヤンも同じように降りてきて藍色の長い前髪を揺らし、皮肉気な笑みを浮かべて上唇を舐めていた。

 泥と砂、砂利の混じった煙が発着場に蔓延している中、アンズとスヤンはじっとカプセルを見つめていた。

 轟音が響き、蜘蛛の腹が閉じる。

 たった一人の人間を、たった一つのカプセルを発見すること。

 それはこの惑星に住む人間にとっては非常に重大なことであり、問題だった。

 嬉しいか嬉しく無いかで言えば、発見はとても嬉しいことだ。

 たった一人の人間が目覚めて、それまでの生活環境が一変することは惑星に住む者たちにとって珍しくない事だったから。

 スヤンはにやついている。

 そんな彼に負けじと、頬が緩むのをアンズは必死に表に出すまいと自制していた。

 きっと、目の前の彼は分かっているだろうけど。


「艦橋、聞こえる? カプセルの照会はどう?」

『―――ええ、照会中よ。 でも、分かってる番号が7桁しか判明してないから、期待はしないで』

「うん、了解」


 通信しながら、カプセルの目の前をゆっくりとうろついた。

 備え付けられていて、まだ生きている電子機器のパットプレートに手を乗せて、アンズは見たことも無い機器に恐る恐る手を伸ばした。

 反対側のスヤンが、興味津々と言った様子でカプセルのガラス部分を覗き込んでいる。

 アンズはCTSPの遺産、コールドスリープカプセルを見るのは初めてだ。

 下手に弄るよりも、カプセルをこれまでに二度も発見したというスヤンに任せた方が良いだろうと、静観することにした。

 このカプセルそのものも、貴重な資源だ。

 もしかしたら中身よりも、カプセル自体が最も大きな成果になるかもしれない。

 シティに持ち帰った時が楽しみである。

 藍色の長くなった前髪を指で弄りながら、スヤンはただでさえ大きくはない目を細くして、カプセルを触っている。

 時に屈み、時に覗くように。 カプセルをぐるり、ぐるりと回るスヤンに段々とアンズは苛々してきた。

 余り気の長い方では無いと自覚している彼女は、やっぱり我慢できずに口が開いた。


「ちょっと、スヤン! まだなの?」

「まぁ、待てよ。 確かこの辺にある筈なんだが……おっ」


 本当にカプセルを見たことがあるのかコイツ、と疑いの視線が強くなる少女を無視して、スヤンはようやく腕を伸ばした所で動きを止めた。


「ほい、ハハッ! あたりだっ!」


 言うなり身体が沈んだかと思えば、擬音が尽きそうな勢いでカプセルの扉が開く。

 こびりついた砂が中空を舞って、アンズは咳込んだ。

 それでも片手で口元を覆って、もう一方の手を振りながら視界を確保する。

 中に居る人間が、どうしても見たかった。

 そうして視界に入ってきたのは、短く刈られた金色の髪に、白が混じる前髪とあどけない顔立ち。 

 アンズとそう変わらない年齢のように思えた。

 額には黄色いゴーグルのような物を当てており、肌は今まで凍結されていたからか、白を混ぜたような色合いだった。

 服装はここでは見られない派手で明るい配色だ。

 赤と黄色のストライプの入った上着に、ひざ丈ほどのズボンを履いている。

 そこまで確認したところで、艦橋から通信がスピーカーで流れてくる。


『ごめんなさい、やっぱり判らなかったわ』

「そうですか……艦長、来ますか?」

『いえ、どうせすぐには目を覚ましません。 人を送って医務室に移動させるわ。 スヤン、アンズ、解散していいわよ』

「へいへい……さて、こりゃまた若いな。 ハズレか?」

「さぁ……初めてだもん、私に振られても困る」


 ただ働きだったなんてことにならない様祈るぜ、などと軽口を零しながらスヤンはアンズの横を通り過ぎて発着場から出て行った。

 きっと休憩を取りに行くのだろう。

 ホーネットでの艦外活動は非常に過酷だ。

 アンズも身体に対する負荷が実感できるし、疲れている。 作業服の下は汗で気持ちが悪く、すぐにでも埃と砂の混じった身体を洗い流したかった。

 けれど、アンズは初めて見たカプセルから目が離せなかった。

 凍眠していた遥か昔の《祖人》が気になって仕方が無かった。

 スヤンは30歳を越えてアンズよりもずっと大人だ。 だからあんなにあっさりと《祖人》など気にせずに休憩を取りにいけたのだろうか。

 もし、この目の前の少年が目覚めなかったら。

 アンズは息を吐いて気持ちを切り替え、首を振った。




「う……?」


 白い光が差し込んで、短く呻く。

 何故、こんなに真っ白な世界が広がっているのだろう。

 動かない体を必死に揺すって、白いシーツが敷かれたベットに眠る青年は上手く回らない脳と格闘していた。

 しばらく何が何なのか判らなかったが、覚醒が近づくにつれて脳みそが回転し始めた。

 移民船に乗り込んで、居住可能な惑星を目指していた事。

 搭乗を済ませ、カプセルに入る時間まで、親友と機械人形の性的動作について阿呆みたいな事を語り合って盛り上がった事。

 最後に見たのが、コールドスリープカプセルが起動して、それを覗いていた笑顔で別れた事。

 光景が真っ白な視界に浮かび上がる様に、彼の脳裏に思い出と記憶が蘇っていく。


「あっ!」


 一つ声をあげて、上半身を一気に起こす。

 そうだ、何処にあるかもわからない目的に地到着するまでに、延々と眠り続けていたんだ。

 目が覚めたという事は、居住可能惑星に辿り着いたという事である。

 こんなところで、ぼんやりとしている暇は無い。

 そうは思うのだが、身体が思うように動かなかった。

 意思に反して行動が伴ってくれない。 もどかしさに目を瞬かせながら、口を開く。


「っ、あ……ここは、どこなんだ」


 甲高い機械音が、まだ定まらない焦点の中で室内に鳴り響いた。

 なんだ、と思うのも束の間。 電子音が鳴りやまぬ内に、聞き慣れないモーター音が傍で流れたかと思うと、ようやく定まりつつある視界に見覚えの無い少女が入ってくる。


「目が覚めましたか?」

「あ……ああ、うん。 醒めてきてる。 少し、まだボーっとしてるけど……」

「それは良かったです」


 少女の耳と髪の間から突き出た銀色の棒が、フラフラと揺らいでいた。

 最新の良い電子アンテナだな、と思いながら、彼は鈍い頭を必死に働かせた。

 目を何度か擦りながら、少女をぼんやりと見つめて、ああ人ではないのかと納得する。

 どこからどう見ても、人には無いおうとつが耳から飛び出していた。

 深く考えなくても、人型のガイノイドであることが彼には分かった。

 人間とは違う機械的な動きと、宝石を模したような緑色の無機質な瞳。 移民船の中でもさんざん見て来たものだ。


「えっとー……なぁ、ここは何処だ?」

「シップの中です」

「船? まさか、まだ移民船は航行中なのか?」

「いいえ、移民船は事故によって不時着しました」

「は?」

「こちらからも、質問をよろしいでしょうか」

「え?」


 ここで彼は、初めておかしいことに気付く。

 船というには、この部屋は自分の知っている光景とずいぶんな差があるような気がした。

 部屋の壁が鈍い金属の光を照り返しているのは同じだが、継ぎ目が粗くネジのような旧態依然とした様式を目にすることは稀だ。

 隣接する様に設置されているはずのコールドスリープカプセルは何処だ。

 それに、目の前のガイノイドの少女も変だ。

 質問をしていいか、等とのたまう機械人形はこれまた彼の記憶には無い。

 

「いけませんか?」

「いや、良いけど。 質問ってなに?」

「お名前を窺ってもよろしいでしょうか?」

「名前だって?」


 尋ねられて、服の襟元に挟んでいた識別票を失くしてしまったのではと慌てて確認する。

 服を引っ張って、実際に首下を忙しく手を漂わせると、しっかり異物が当たる感触に胸をなでおろす。

 識別票はちゃんとある。


「……あのさ、最近のガイノイドは冗談でも言うようになったのかな?」

「冗談ですか? 幾つか登録されております。 参照致しますか?」

「へぇ~、ユニークだな。 あ、いや、じゃなくてさぁ、名前くらいは識別票を確認してくれれば良いだけだろ?」

「それは何でしょうか」

「何でしょうかって、これこれ」


 服の中からわざわざ出して、目の前でしっかりと見せる様に掲げる。

 彼の常識では、わざわざ見せなくてもセンサーからスキャンし、名前はもちろん、禁じられていない個人情報の取得は出来るはずなのだが、目の前のガイノイドは人間がそうするかのように。

 識別票すら理解していない様子で、首をかくりと45度ほど曲げて不思議そうに見つめていた。

 ガイノイドの少女から電子音が鳴る。


「初めて拝見しました。 スキャン終了。 これより、このプレートを識別票と認識いたします」

「……」


 これは重大な障害が、このガイノイドには発生していると思った。

 整備センターまで連れて行って直してやるべきだろうかと一瞬考えたが、今はそれよりも聞きたい事があった。


「ま、いいか。 俺はコウだよ」

「コウ様ですね。 登録しました」

「うん。 でさ、さっき惑星に着いたって言ってたけど」

「はい、ここは惑星・ディギングと呼称されております。 今はシップの医務室にいらっしゃいます」


 意味が解らなかった。

 惑星に辿り着いたのに船に乗ったままと言うのが理解できない。

 まさか、地上に降りたのは良い物の環境的に人類が適応できない場所だったのだろうか。

 目の前の故障しているかもしれないガイノイドでは埒が明かないと思ったのか、コウは身体の自由が戻ってきたことをベットの上で確認をすると立ち上がった。

 ガイノイドの子が出てきた扉を確認し、そちらへ歩き出すと、彼女も静々と―――機械音をあげて―――後ろをついてくる。


「一緒に来るの?」

「はい、目を離さないように言付けされております」

「いいけどね、別に……」


 思わずそう言って、腕を組んで唸ってしまう。

 今、この場で壊れていると言ってあげた方が親切なのでは無いか。 

 そう悩んでいたコウが口を開くか決めかねている内に、背後から再び電子音。

 振り向けば、底の分厚い眼鏡をかけて、肩口まである緑色の髪を左右に揺らし、ゆったりとした白衣に似たツナギを着ている小柄な少年が立っていた。

 どう見ても10歳を過ぎたくらいの子供だったが、間違いなく人間だ。

 

「ああ、良かった。 話が通じそうな人が来たよ」

「メル、ありがとう。 連絡もバッチリだったよ。 うんうん、動きがだいぶ洗練されてきた、良い子だね」

「ご命令を遂行したまでです」

「へぇ、このガイノイド、メルっていうんだ」

「正式にはMM型試作一号機だけど、愛称はメル。 僕がつけた」


 コウは現れた少年の、意外なほど低い声に驚きながらまたも怪訝な顔をしてしまった。

 MM型などという型式のアンドロイドも記憶にない。

 目の前の―――恐らく管理者―――少年はずいぶんとこの機械人形に愛着を抱いているようだった。

 移民船で別れた友人を思い出して、苦笑してしまう。


「で、彼の名前は?」

「コウ様です」

「ああ、俺はコウっていうんだ。 君は?」

「クウル」

「ああ、クウル。 よろしくな!」


 握手を一つ交わし、一応管理者らしき者なので、コウはMM型なんちゃら……いや、メルが故障しているのではないかと善意で伝えてあげた。

 メルの胸元に手の甲を一つ、二つ当てて音を鳴らしながら。

 金属を叩く甲高い音が部屋に響いて、クウルの肩が跳ね上がってコウへと顔を向けた。

 眼鏡越しだから分からないが、酷く睨まれたような気がした。


「君! なんてことをするんだ! 精密機械を叩くなんてっ!」

「うわっ!?」

「壊れたらどうする!? 大丈夫かい、メル。 異音はしないか?」

「はい、この位の衝撃でしたら問題ありませんよ」

「……えぇ?」


 こんなので金属の塊がどうこうなる訳が無いだろうに。

 一体なんで起こられたのか分からなかったコウは、呆気に取られて呆然と立ち尽くす。

 最早、コウの存在などこの場には最初からなかったとばかりに、ガイノイドの服を引っぺがして露出した胸部の辺りを、クウルは調べていた。

 コウは露わになったメルの胸部に吸い寄せられるように、視線が向かう。

 いや、劣情を催しているわけではない。

 確かに、コウはまだ十六歳と多感期である年頃だし、下ネタで友人と年相応に盛り上がる事もするが、驚いたのは彼女の胸だ。

 大きいとか小さいとかではなく、継ぎ接ぎだらけの前時代的な身体に驚いたのである。

 自分の知識とかけ離れたガイノイドの姿に、やにわに別の考えが及ぶ。

 MM型と呼ばれたこの子は、壊れている訳ではなく最初から不完全な存在だったのでは、と。

 コウの無遠慮な視線を受けて、メルは何だろうかと言いたげに首を傾げている。

 騒然とした場に、検査の終わったクウルがゆっくりと振り返って忠告してきた。


「君、もう二度と叩かないで。 やっと組み上げたんだから」

「……あのさ、俺、何が何だか分からないんだけど」

「ん、そうだね。 僕が説明に来たんだけど、君が余計な事をするからだよ」

「分かったよ、良く分からないけど、俺が悪いなら謝るって!」


 降参、と言ったように両手を上げて、溜息を吐いてしまう。

 何でもいいから、コウは早く今の状況の説明が欲しかった。




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