惑星・ディギング~熱砂と氷結の大地へようこそ、蜂が棲まう蜘蛛の船へようこそ~

ジャミゴンズ

第1話 《祖人》




「行ってきます―――」


 そう言って、父親と共に宇宙の果てに出た。


「―――ただいま」


 何時かきっと、辿り着く場所で。

 自分の場所で、その言葉を言えるようになると未来を見て。

 この先で会おう、と。

 唯一の肉親である父と交わした約束が、守れる日が来ると信じて。





 シップ・スパイダル。

 ゆらゆらと蜃気楼が立ち上る熱砂の荒野に、そう呼ばれる金属で出来た船が停留していた。

 全長は横に二百二十メートル。 全高は四十四メートルに及ぶ、巨大な陸船輸送機であった。

 砂と岩盤の大地に固定するために突き出している蜘蛛を模した合金の脚が計六本、上空から見れば巨大な蜘蛛が砂の巣を張ってじっとしている様にも見える。

 そんなシップ・スパイダルと呼ばれる鋼鉄の蜘蛛が大地に根を降ろしていた。

 船のデッキ部分、蜘蛛の頭部には太陽光をエネルギーへと変換させる電子パネルが立ち並び"二つの陽光"から照らされて反射する。

 そんな船の中。

 発着場と呼ばれる場所で、植鉢を押し付けられて佇む少年が一人。

 彼の名前は、キサラギ・コウ。

 つい最近、このシップ・スパイダルの艦外作業員として働き始めた新人だ。

 年齢は16歳。 身長はようやく170cmを越えたばかり。 

 少し伸びてきた金色と、白が混じった前髪を押さえつけるようにして、黄色いゴーグルを装着していた。

 顔立ちも相応に幼く、大人とも子供とも言えない若さに溢れている。

 そして今、着ている服はまるで宇宙服の様にずんぐりと、むっくりと白くもこもこした出で立ちだった。

 植蜂を抱えながら身体を伸ばして首を捻り、ストレッチをしながら声をあげる。


「う~~んっ、もう、そろそろなのか?」

「ええ、順調にいけば数時間ってとこね。 あ、言っとくけど、ちゃんと管理はしなさいよ。 水を忘れるなんてヘマしないでね」

「そっか、ありがとうアンズ。 俺、この植鉢を大切にするよ。 約束する」

「っ……そ、そう、そうしてくれると。 うん……っそれよりも、メンテナンスは終わったの?」


 僅かに赤く染まった頬を、誤魔化すようにアンズは質問を重ねた。


「え? あー、それはまだっすね。 これからやるとこ」

「じゃあ、さっさと終わらせて来る事ね! はい、これ工具っ!」


 コウの目の前に立つ少女は、アンズと呼ばれている。

 コウよりも一つ歳は幼いが、そんな彼女が彼の上司であり、同僚の艦外作業員の一人である。

 小豆色の髪は綺麗に切り揃えられており、短い髪房を片側に流し、サボテンの花を象った髪留めで止めていた。

 目鼻立ちのスッキリした顔に違わず、快活で人見知りのしない少女だった。

 若干、肌の色が濃いのが活発な性格を表す証左にもなっているだろう。

 こちらもまた、もこもことしたコウとさほど変わらない、ずんぐりした作業服に身を包んでいる。

 このシップ・スパイダルの発着場に行き来する者たちは、色合いや多少の装飾は違うど、みな同じような服装である。

 規則で定められている事で、流石にコウもこの場所に普段着で来ることは無くなった。

 半ば押し付けられるように渡された工具箱を受け取ったコウに、アンズは微笑んで頑張ってね、と満足げに頷いて踵を返していく。

 そこまでは良かった。 お互いにやるべきことをしっかりと確認したし、作業はすぐに実行に移った。

 全ての仕事において報告・連絡・相談というものは欠かせない重要なことである。

 ただ、コウとアンズの二人の間には 『メンテナンス』 という言葉一つでも致命的なすれ違いがあっただけだ。

 お互いの常識と言う根本的な問題だっただけに、どちらが悪いという訳でもないのだが。

 僅か数十分の時間で、そろそろメンテナンスも終わっただろうとアンズが戻ってきた時にそれは露見した。


「このっ、馬鹿!」

 

 俯いて端末を弄っていた少年の頭に、乾いた音が走った。

 髪留めに抑えられた小豆色の髪を揺らし、殴打した指示棒を掌の上で転がして、眦を上げて睨む眼には力があり、顔を持ち上げたコウと視線が交わる。

 罵声を浴びる覚えも、叩かれる心当たりも無かったコウは不満を隠さない表情でアンズを睨んだ。


「痛いんすけど」

「痛くしてんのよっ!」

「いやでも―――」

「口答えはなしよ! もう一発いこーか!?」

「うわあ! スヤンさんが増えたっ!」


 良いか、と怒鳴るような声でアンズはコウの目の前に転がっている箱状の操作パネルに指を突きつけた。 

 動作仕草が擬音を奏でて居そうなほど、すがすがしい程の切れ味の鋭い動作だ。

 文句を言っていたコウが、見事なジェスチャーに釣られるようにして、操作パネルの箱へと視線を向ければ同調するように電子音が鳴り響いた。


「これは何!?」

「なに……? えっと、機体のプログラムの―――」


 コウが言い終わる前に、というよりも遮るように小気味いい音が発着場から響いた。

 指示棒は柔らかい素材で出来ているようで、それでいて何かを叩けば素晴らしい音を響かせる。

 とはいえ、柔らかいものとはいえ叩かれれば痛い。 痛い物は痛いのだ。


「んなこたぁ分かってるのよ。 あのね、確かに機体のメンテナンスは頼んだけれど、誰がバラせって言ったのよ!」

「いやだって、メンテナンスだろ? 普通バラすし」

「バラさないわよっ!」


 頭を掻いて解せないとばかりに首を傾けるコウに、アンズは大きく嘆息した。

 彼の隣で鎮座している鋼鉄の塊は、発着場にある人工の光を鈍く照り返して、その四股がもがれている。

 コウが弄っており、アンズがメンテナンスを頼んだ機体は、この星に住む者が使う艦外作業用のパワースーツだ。

 外骨格のみで形成されて、余計な装甲は一切ついていない。

 人で言えば、お尻に当たる部分から巨大な円錐型の大型ジェネレータと燃焼式のガスタービン式の物が搭載されている。

 実際に駆動させると人の四股のように伸びた骨格の内側から、空中での機動と姿勢制御を想定されている為に、小さな蜂が飛んでいるようにも思わせた。

 故に、これら外骨格の機体は全て《ホーネット》と人々からは呼称されている。

 ジェネレータとエンジン部は動力とは別に冷却と温暖を行う事を目的として取り付けられ、此処だけは取り外すことその物が大掛かりな機材が必要になる為、しっかり取り付けられたままなのだが。

 ホーネットという機体は資源の乏しいこの場所に置いて、貴重な物資を費やして作られる高価な物である。

 そんなシップ・スパイダルにおいて大事な物を、許可なく解体する奴は普通は居ない。

 ここに居たが。

 でも、コウの常識においてはこの突飛な行動が、ごくごく当たり前の行動であることもアンズは知っている。


「とにかく! 出動前に分解メンテナンスなんてする馬鹿が一体どこに居るっていうの!」

「分かってるって! それで急いで外してたんだってば! 使ったら点検は怠れないだろ? まだ時間には余裕もあるし、もう事故が起きるのは嫌だしさぁ」


 コウの言葉にうっ、と一瞬言葉に詰まるも、アンズもそんな事は分かってるわとぶっきら棒に言い放つ。

 彼のいう様に、もう二度と事故は御免だ。 手足だけの解体なら、数時間あれば間に合うのも、メンテナンスが容易なのも確かだ。

 ホーネットはその運用特性上、出来るだけ機体は簡単に組み立てられるように設計されている。

 だが、一度使ってすぐに細部の部品―――例えば関節球などの金属やアクチュエーターなど―――まで即交換を行っていては、ただでさえ乏しい備品が枯渇してしまう。

 十分な交換部品や資材があるなら良い。

 むしろそうであるなら推奨されるべき行動だ。

 だが、それが出来ない理由がある。

 アンズは諦念めいた溜息を吐き出して頭を振った。

 やる事なす事、食い違ってしまう。

 いつもアンズの中の常識と、コウの常識はすれ違ってしまった。

 ほんとうに、何度言っても分かってくれないんだから、と心の中で愚痴っても、コウがただの馬鹿でないことを彼女は知っている。

 目の前で首を傾げる男と、互いの常識がすれ違うのも、アンズたちの常識に倣おうと頑張って学ぼうとしてくれているのも分かっている。

 コウの知っている世界と、自分たちが住んでいるこの星では、きっと余りに違っていたから。

 彼は―――《祖人》だから。

 この星に住む人間は、コウのような《祖人》を失わない様に、また貴重な技術を失わない様に発見された場合には手厚く保護する義務が課せられている。

 少なくとも、アンズにはある出来事を通じて、義務以外にも彼と接したい理由が出来ていた。

 少しでも早く、この星の常識に適応して欲しいと願ってしまう。

 渋々と言った様子で機体を組み立て直し始めたコウの後姿を眺め、アンズは今となっては忘れられない、彼が目覚めた時の事を思い出していた。

 機体の脇に置かれている、植鉢をそっと見つめて。

 あれは今から丁度、三カ月ほど前の事だ。

 コウ・キサラギという目の前の青年を発見した……あの時から―――― 



 土煙がもうもうと立ち上がり、大気そのものが揺らいでいるような暈ける視界の中、岩盤に挟まれた窪地で蜂を模した機体が周囲に水蒸気をまき散らしていた。

 ジェネレーターとエンジン音の轟音が、砂の大地につんざき響き、地面を叩く音と穴を穿つ音が周囲に反響してけたたましい音を奏でる。

 蜂が慌ただしく動く様子は、一機や二機ではない。

 十を越える艦外用パワースーツに身を包み、掘削作業機体のホーネットが黄土色の岩盤を溶かすように削っていた。

 掘削して得た鉱物を始めとした資源が、蜘蛛の腹の中に蜂が入っていって運び入れられては、また外に飛び出していく。

 そんな喧噪の中で、外部設置アンテナを立てていたアンズに、掠れた通信が届いた。

 ヘルメット内部に取り付けられているイヤホンからノイズに混じって耳朶を震わせる。


『ハッハー! アンズ! ちょっと来いよ。 面白いもんが出てきたぜ!』

『なに? 問題?』

『問題っちゃ問題だな、いいから来て見ろよ』


 アンズは細い眉をしかめた。

 採掘用の作業機、ホーネットの操手の環境は過酷な為、問題事はとにもかくにも避けたい。

 分厚い宇宙服にも見える作業服と、特殊なバイザーが取り付けられ頭部を保護するヘルメット。

 外骨格だけの機体を器用に動かして、同僚が無骨な金属の指で指している場所へと移動する。

 バイザー越しに見えてきた、岩肌の表面から現れてきた物に、思わず息を漏らして呆けてしまう。


『スヤン、これって……』

『ああ、CPSTの遺産だ! ここを掘ったのは、当たりってことだぜ!』


 アンズの隣に立つスヤンは、ホーネットの機体を精微に動かして見せ、まるで人であるかのようにおどけた様子で肩を竦めた。


 

 CSTP。

 それはコールドスリープを用いた大量移民計画の略称である。

 地球から宇宙へと進出した人類は、そこから居住可能な星の探索と開発。 軌道住居塔の建立など、順調に進んでいたが頭打ちはすぐにやってきた。

 技術的問題も重なって、発見は出来ていても太陽系外への進出は困難を極めたのである。

 すなわち、距離の壁だ。

 簡単にいえばワープやワームホールなどと言った、遥か過去から提唱されていた技術の獲得がまったく出来なかった。

 光の速度を越えてFTL航法などを用いて宇宙船を飛ばす技術などの、超長距離航行手段が産まれなかったのである。

 それでも、かなり長い期間で問題は無かったように装ったが、限界は近づいていた。

 宇宙圏にまで足を伸ばした人類の、人口規模がだ。

 惑星に、あるいは軌道上に、ところ狭しと犇めいた居住区画がそれを証明していた。

 しかし人口過密が進み、非人道的な手段すら提唱され始めた頃に長期間のコールドスリープが可能となる機器が開発される。

 当時の宇宙政府からすれば、まさに渡りの船。 日照りに雨といったところだ。

 瞬く間にこのコールドスリープ技術は人類の救世主であるかの如く喧伝され、超長航行での移民計画が発足。

 老若男女のバランスが考えられた人員、系外惑星での生活、或いは移民船そのものの生活に必要な物資と技術者が高度人口AIによって選別されていった。

 一つの移民船に三億人以上の人間と、数多の動植物が乗せられ、銀河をまたぐ大移動が始まったのである。

 移民船そのものが全長42kmにも及ぶ箱舟であり、その規模の移民船が三十個も建造されて宇宙の果てに飛び出したと言うのだから、どれほど大きく壮大なプロジェクトであったのかが伺い知れるだろう。


『まだ今でも見つかるなんて、大発見じゃない、スヤン! 回収しましょう!』

『落ち着けアンズ。 カプセルが熱で岩盤に癒着しちまってるぜ』

『え? まさか死んじゃってるの!?』

『いや、装置そのものは生きてる。 熱そのものをエネルギーに変えてるんだな。 《祖人》の技術力は何時みても、おったまげるな』

『そう……生きてるなら、回収しない訳にはいかないわ。 岩から切り離すには換装する必要がある?』

『ああ、残念だが一旦は引き返すしかねぇ』

『そうね』


 移民船のコールドスリープカプセルが見つかったのは、アンズが記憶している限りでも数十年ぶりのはずだ。

 世紀の―――とは言わないが、これはこの星にとって見逃せない大きな大きな発見だと言えた。

 金属の擦れる音を鳴らし、アンズの機体がカプセルの表面を撫でると、盛大に土埃が舞い上がって彼女のバイザーと、隣にいるスヤンのヘルメットを茶色に染める。

 いきなりの行動に巻き添えを食らったスヤンはぼやいた。


『おいおい、一言あっても良かったんじゃねぇか?』

『ごめん、すぐに確認したかったの』

『しょうがねぇな』


 カプセルには識別番号というか、移民番号が記載されている。

 もしかしたシップに登録されているデータベースを参照すれば、誰が乗っているのか分かるかも知れない。

 だが、残念なことに年月によって劣化してしまったのか。 数字の大半が削れて霞んでおり、七桁目までしか数字を読み込むことができなかった。


『アンズ、ぼやっとしてんな。 シップに戻るぞ』

『ええ!』


 スヤンの声に、アンズはヘルメットと外骨格の影に隠れて見えないだろうと知っていても、ついつい頷いてしまったのだった。 





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