@MichikoMilch

崖の上から

私たちはふたり、崖を登っていた。

絶えず、海からの風が生い茂る草をわささと揺らしていた。海面は遠く私たちのいる場所は高い。

乾燥に強い草が生い茂り、それが次に踏むべき足場を覆っている。私たちはお互いへの信頼だけを持って、崖伝いに歩いている。ここに届く海風は、ろうそくを吹き消そうとする吐息のようだ。

夕焼けだ。朝焼けかもしれない。太陽の光線はピンクで、世界は太陽の光を蒼く反射して美しい。海風で乱れた髪を耳にかける彼女の顔も照らされている。

カラカラと弱い音で崖が小さく崩れる。間一髪、私は彼女の手を取って助かった。

崩れた石は遥か下で波に吸い込まれていった。死ぬところだった。

…死ねなかった。

「ねえ、」

胸が苦しい。不安定な足場を確かめながら歩き続けて、息が上がっている。草が揺れる音、遠い海の音、それらのせいで彼女も私もからからの喉を絞らないと互いの声が聞こえないのだ。

「私、死ねなかった」

「それでよかったんだよ」

そんなはずない。海の鳴る音が大きくなる。

「なんでよ、このまま落ちて死にたいの、私、生きてる意味なんてもう無いんだもの」

彼女の長い黒い髪が、急に強くなった海風に乱されて、ざざあ、と、いう音で彼女の言った言葉が、

「聞こえないよ」

海から飛んでくる飛沫なのか、自分の涙なのかわからない。頬が塩からく濡れている。しゃがみ込む。もう進みたくないのだ。遥かな下で、波音が呼んでいる。生きてる意味なんて無い。もう進めない。生い草が頬を鋭く撫ぜる。私の手の下で、土がざりりとほどける。波が鳴る。

彼女の手が私の肩に置かれた。

救いだ、と思った。海風に晒され、草を握り、私の指先は冷え切っているのに彼女の手のひらはなぜか温かかった。ざざあ。波が、鳴る。

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