ガリ、と火を点ける。発火石を削れば着火するくらい何もかもシンプルならいいのに。

 

 消費される事に慣れ、麻痺し、壊死し、欠落したことにも気付かず、等しく均される。

 

 疲れてしまった、もう。大人は笑うかもしれない。大人でも子供でもない、何にも成れない曖昧糢糊な、人。それが『ぼく』の成れの果て。私だ。揺れる輪郭を辛うじて留めているだけの私は、泥に脚を奪われてしまった、とべそをかいて助けを乞う。みっともなく抗う。泥など無いと分かっているのに、囚われたお姫様で在りたい。悲劇に立ち向かう勇敢なヒロインで在りたい。

 

 とぼけ顔で飄々と渡り歩く小狡い同期が苦手だった。私が成れなかった大人なんてみんな嫌いだ。大嫌いだ。

 

 吐き気がする。抑えた指の隙間から絶え間なく滲み出る悪態に、性根の腐りを痛く知って心底、私は生きていると思った。

 気付けば、母がくれた『ぼく』の写真を手繰っていた。スクロールが、た、と止まる。呆れた。

 追憶の空は、不貞腐れた私が歪曲したものだったらしい。

 

 そういえばそうだった。あの日、砂浜に萎えた母を笑ったあの時、確かに雲は切れたのだ。焼けた赫灼の刃のような光線が、はっきりと輪郭を切り抜かれた『ぼく』の後光となっていた。

 

 不機嫌とも微笑みとも読めるぬるま湯のような写真に、こうも救われるとは。

 

 ぷす、と小さな破裂音が、悪態の代わりに指間から漏れ出た。矢継ぎ早に肩が震え出し、私としては近年稀に見るほどの大きな声を上げてしまった。堪え切れなかった。

 

 勝鬨にも産声にも似た慟哭を合図に、街灯が消えた。空が染まりかけていた。あの日切り取った野蒜海岸のような、鮮烈な橙が私の目を柔らかく焼いた。優しく涙を乾かしてくれる陽射しを無下には出来なかった。

 

 23時間ほど定位置に座する腕時計を持ち上げると、5:00を指していた。目覚ましのお株を奪うため、私は石段を、今度は一段ずつゆっくりと降りる。


 環状線は、今日も私を待っていた。

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