第23話
「ごめんね。男同士の恋愛なんて興味が無い真澄にこんな話して…。」
「いや、全然…。」
“僕も同じだから。”その一言を言おうかどうしようか迷った。
でも、僕と颯は1年きりの関係だ。わざわざ言って混乱させることはしたくないし、遥も自分のことで精一杯のはずだ。そう考え、僕は黙ったままでいた。
「結構遅くなっちゃったね、泊まってく?」
「良いの?」
「良いの良いの!てかむしろ泊まってってよ!真澄が僕のところに泊まるなんて初めてじゃない?」
「そういえば、そうだね。」
クラスが違うから当たり前と言っては当たり前なのだが、僕と遥が仲良くなったのは2年の冬からだったりする。
Sクラスにとても可愛い子がいるというのは噂で聞いていたが、接点が無かったのだ。
「てか敬語も取れてるじゃん!嬉しい〜!!」
「あ、あの敬語は生徒会の時だけで…。先輩たちにうっかりタメ口で話さないようにするためにしてたんだよ。その癖が3年になっても抜けないだけで寮とかでは普通に話してるし。」
「そうなの!?てっきり敬語キャラなのかと思ってた〜。」
先程までのしんみりとした空気を払拭するように明るく振る舞う遥。
遥は、僕が思っていたよりもずっと強いようだ。
「人が泊まりに来てくれるのとか久しぶりだな〜。」
「僕も。誰かの部屋に泊まるのなんて久しぶりかも。寝る時にはもう1つの部屋のベッドを使えば良いよね?」
確認のためにそう尋ねると、遥は不満そうに口を尖らせた。
もう1つの部屋は、かつて遥の同室であった優希が使っていた部屋。退学後、新たな入居者はなく、遥は二人部屋を一人で使っていた。縁起というか、なんとも使い難い部屋ではあるが、ソファーで寝るよりかはマシであろう。
「えぇ〜なんで!一緒に寝ようよ〜。」
「いやいや、シングルベッドに男子高校生二人はキツイでしょ…。」
「何もしないよ?」
「何も起きないとは思ってるけど!」
「だぁーいじょうぶだよ!僕小さいもん!真澄だって細いんだから余裕余裕!!」
バシンと背中を叩かれると、遥も男子高校生なんだなと変なところで実感してしまった。
「いてて…分かったよ。じゃあ遥の部屋にお邪魔させてもらうよ。」
「わーい!そうこなくっちゃ!」
両手でバンザイをして大きく喜ぶ様子を見ると、こんな事で喜んでくれるならまぁいいかと思ってしまう。
「じゃあお風呂入ってくるね!真澄は?」
「あ、僕はもう入ってご飯も食べてきたんだ。」
「そっか、一緒に入ろうと思ったのに。残念。」
「流石にお風呂は一緒に入らないよ?」
どこまでが本気なのだろうか。しょぼんとした顔を見ると罪悪感が湧かないでもないが、お風呂は許容できる範囲から外れている。
「ねえねえ、遥。良ければ参考書をちょっと貸してくれない?」
遥が入浴中何をしようか考えていた時、僕は大事なことを思い出した。
「ん?なんで?」
「なんでって…明日模試があるじゃない。だからちょっとでも勉強しとこうと思って。」
「あぁー!そっかすっかり忘れてた!明日模試かぁ!」
あんなに模試に生徒会に部活に忙しくて嫌だ!と騒いでいたのに、泣いていたことで頭からすっぽり抜けていたようだ。
「そうだよ。出来れば数学の参考書が良いんだけど…。」
「あっぶなーい。真澄が来なかったら絶対忘れてたよ。推薦もかかってるから落とせないのに。」
実はこの蒼明館学園には大学もある。なので幼稚舎から大学までエスカレーターで通うことも出来るのだ。
しかし、エスカレーターというと楽に通りそうに聞こえるが、ここの学園はそんなに甘くは無いのだ。
高等部から大学に入学するためには、教師からの推薦書が必要になる。この推薦書が貰えれば受かったも同然なのだが、貰える条件としてスポーツや芸術などで優秀な成績を納めること、または、定期テストや模試で上位に入ることが挙げられる。
考慮されるのは3年生の間の成績になるため、Aクラスの僕でも努力次第では推薦書が貰えるし、遥もSクラスだからといって安心できる訳では無い。
僕もこの学園に入ったからには大学まで通い切りたいので、定期的にある模試にも全力を出している。
いつもだったら部屋で問題を解いているので、遥に参考書を借りて同じように過ごそうと思った。
しかし…。
「参考書僕持ってないよ?」
「えっ!?」
「教科書とか…学校で配られた物なら有るけど…それでも良い?」
「参考書が…無い…。」
衝撃的だった。定期テストも模試もそれなりの難易度がある。僕は学校から配られる物だけでは着いていけないため、購買で参考書を買っているというのに。
「賢い人は参考書が要らないのか…。」
「真澄ー?ねぇ、なんか…ごめんね。」
「いや、凄いなぁって思っただけだから。よくよく考えたら爽も同じタイプだなって。」
「爽君も?」
「爽も。テスト前でもふわふわしてる。」
「なんか想像つくね。え、で、教科書でも良い?」
「うん。数学の教科書借りていい?」
天才は突き抜けてしまえばもう嫉妬心も怒らない。とりあえず教科書で公式でも確認するかと開き直った。
「もう寝よっか。」
ふと時計を見てみると針は頂点を指していた。集中をしていて時間がこんなにも経ったことに気づかなかった。
遥がお風呂から上がった後に僕の分からないところを懇切丁寧に分かりやすく教えてくれるものだから、ついついあれもこれもと聞いてしまった。
「本当だ。こんな時間…。ごめん、たくさん聞いたね。」
「良いよ!僕も復習になるし!」
さ、寝よ寝よと遥の寝室に促される。
向かい合うようにベッドに入ると、遥が言ったように男子高校生二人なのに普通にシングルベッドに収まってしまった。
少々悲しい気もするが、今は何も考えないようにする。
「明日はちょっと早めに起きて制服に着替えてこなきゃ。」
「だね。でもパジャマがピッタリで良かった。」
「遥には大きいやつだよね?」
「そうだよ。寝る時に締め付けられるのは嫌いだからね。」
10cmは身長が違う遥のパジャマがピッタリだったらもう立ち直れそうにない。大きめだということを確認し、少し安心する。
うとうとと微睡み始めた頃、遥が小さく呟いた。
「真澄が、副会長で良かった。」
「ん…?」
「会長も山田も…真ちゃんも、個人主義なところがあるじゃない?」
颯も山田も真治もとても優秀だ。優秀であるがために、自分は自分、他は他。と割り切っており、それぞれのプライベートには干渉することが無い。
「干渉してこないのは楽なんだけどさ…こういう時にはやっぱり、話を聞いて欲しいって思っちゃうんだよね。」
今日だって彼らは遥自身が気持ちの整理をつけて立ち直るのを待っていたに違いない。
「お節介かと思ってたけど、そう言って貰えたなら良かったよ。」
「初めはね、真澄すごいお節介だったよね。」
「爽が身近にいたからね。その話はもう良いでしょ。」
出会った当初のことを思い出してクスクスと笑う。僕は消したい記憶の一つだ。
「うん。ふふ、真澄、本当にありがとうね。」
「…おやすみ、遥。良い夢を。」
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