第22話
遥の口から明かされた過去の話に驚きを隠せない。まさか、そんな事があったなんて。
「…知らなかった…。」
「真澄、クラス違ったもんね。知らなくて当たり前だよ。」
中等部から完全に成績別にクラスが分けられるため、Sクラスの遥の事件は全くと言っていいほど耳に入ることがなかった。
「その時からかな?ずっと…ずっとね、真ちゃんは僕と仕方なく付き合ってるんだろうなって思ってたの。」
折角用意してくれたコーヒーの熱はすっかり冷め、マグカップを握っていても温かさなんて感じないだろうに、遥は両手でしっかりと包み込んでいた。
「そんなこと、ないと思うけど…。」
生徒会では恒例となった颯と遥の小競り合い。それを止める真治の言葉に嘘はないように感じる。この前だって、遥の応援がないと力が出ないなんて言ってくれていたではないか。
「この前だって遥の応援が必要だって言ってくれてたじゃない。」
「それだって本心か分かんない…。けど、そう言って欲しくてわざと会長と喧嘩してるんだよ…。」
構われたくて故意的に颯に突っかかっていっているのは分かっていた。でもそれもただ寂しいからだけだと思っていた。
「真ちゃんはね、優しいの。僕の欲しい言葉をいつだってくれるの。言葉だけじゃなくて、物だって強請ったらくれるの。」
“本当は嫌だったとしてもね。”
悲しい顔でそう呟く遥は、普段の遥よりも大分大人っぽく見えた。
「じゃあ、その時も遥が恋人になって欲しいと思ってたからそう提案をしたってこと?」
「多分ね。僕は真ちゃんのこと好きって公言してたから。」
「でも、それだけじゃ5年も付き合うなんて出来ないと思うよ?」
「…付き合うっていうのかな、これは幼なじみの付き合いの延長線のように感じるよ。キスだってやったことないのに。」
「!?」
あんなにラブラブそうに見えたのに、その実キスもまだだったとは!
「えっ、でも…デート!デートは?それはした事あるでしょ!?」
「外では無いんだよ。いっつも部活があるし、部屋に行くのはテスト期間中で部活が休みって時だけだから…行っても真ちゃんはずっと勉強してるんだよ。まぁこれは一応お部屋デートって言ってるけど…。」
それを言われてしまうと『真治は遥のこと好きだよ!』なんて言えなくなってしまう。
「剣道部で忙しいからって思うようにしてるんだけど…さすがに5年も何も無いともう行きたくないんだろうなって分かっちゃうよね。」
「遥…。」
なんとか励ましてあげたいけれど、なんと声をかければ良いのか分からない。経験のなさがこんなところで出てくるなんて。
「今日、遥が怒ったのはそういう事だったんだね。」
結局、出てきた言葉はなんの捻りもない、起こった事実を確認するだけのものだった。
「うん…。あ、でも怒ったって言うより、焦ったの方が近いかな?」
「焦った?」
「ほら、僕達ももう高3だから…。将来のこととか、いろいろ…ね。」
高等部が終われば、寮生活は終わる。
それは同時にこの切り離された世界から日常に戻ると言うことを意味する。
「このまま、真ちゃんに好きになって貰えなかったら卒業と同時に守ってもらうのも終わって、別々になるのかなって思ったら我慢できなくなっちゃって。」
卒業したら好きな人が離れていってしまう。そんな状況が酷く似ていて、僕の胸まで締め付けられる。
「それに、聞いたんだ。真ちゃんにお見合いの話が来てるって。真ちゃんのお母さんがすごく嬉しそうに話してた。」
家族ぐるみで仲の良い2人のことは、お互いの両親を通して筒抜けらしい。
お見合いをしても必ず結ばれるとは限らない。けれど、長い間孤立した世界にいた僕らだ、どうなるのかは分からない。
「真ちゃんのお母さんが選ぶ人だもん、きっとすごく素敵な人だよ。」
再び涙を流す遥を僕は黙って抱きしめるしか出来なかった。
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