第21話(遥視点)
部屋の中を瞬時に見回すけれど、リーダーの男以外の姿は見えなかった。しかし、他の部屋に隠れている可能性も捨てきれない。
それよりも、だ。
同室の優希の姿がない。
まだ帰っていないのだろうか、それとも…。
最悪のシナリオが頭をよぎる。
「何?」
「やだなぁ。そんなに警戒しないでよ。」
「無理でしょ。あんなことした癖によくそんなことが言えるよね。」
ドアを背にし、いつでも逃げられるような体勢をとる。
「ま、信じてもらえるとは思ってないから良いけど。」
そう言って肩をすくめると自嘲気味に笑う。
「俺ら、どんな処分になると思う?」
「そんなの興味が無いよ。」
「冷たーい!…あのね、良くて謹慎処分、悪ければ退学なんだって。」
「妥当でしょ。」
僕だけでなく他の子も歯牙にかけたのだ。当然の報いだろう。
「でもさ、酷いと思わない?俺らは頼まれたことをやっただけなのにさ、退学まで追い込まれるって。」
“頼まれた”
確か宝条も同じようなことを言っていたはずだ。
「その…頼まれたって本当なの…?」
「本当だよ!これは嘘じゃないよ!」
何が正しくて、何が間違っているのか、もう分からない。
「なら、僕を襲うように言ったのは誰なの!?」
「僕だよ。」
優しく。真綿を包み込むように後ろから抱きしめられる。耳元に吹かかる息に全身の産毛が総立った。
「優、希…?」
「そう。僕。」
4月から同室者として過ごしていたのだ。わざわざ後ろを振り向かずとも、声だけで判断することが出来る。
「なんで…優希が…。」
「遥って酷いよね。」
“美作君”と控えめに名前を呼ぶ普段の姿からは想像ができないほど冷えた声で、優希は話し始める。
「俺ずっと遥のこと好きだったんだよ?」
「えっ…。」
「遥は俺の事全然知らなかっただろうけど、俺はずっと遥のこと見てたんだよ。それこそ、入学した時から。」
優希が僕を抱きしめる手に力が込められる。あまりの強さに思わず顔を顰めてしまった。
「一目惚れっていうの?入学式で見た瞬間にさ、稲妻が走ったよ。“世の中にはこんな可愛い子がいるんだ!”ってね。それで俺は思ったんだ…俺の家が金持ちで、俺の顔が可愛いのはこの子に出会うためだったんだって。遥が頭が良いのは誤算だったね、同じクラスになれないのがもどかしかったよ…。でもやっと、同じになれた。」
うっとりと陶酔した声で僕の頬を撫でる。
触られないように身をよじるが、抱きしめられているのでそれも叶わない。
「同室になった時には震えたね!やっぱり俺らは運命なんだって思った。でもあいつ。松井、あいつが邪魔をしてきた。」
突然出てきた真ちゃんの名前に、びくりと肩が跳ねる。
「俺の計画では遥がこいつらに犯されて、身も心もボロボロになったところを俺が癒すはずだったんだ。完璧なはずだった。」
優希には放課後どこで何をしているのか話したことがある。
じゃああの日あの時、こいつらが現れたのは偶然ではなく優希の差し金だったということなのか。
「帰ってきたら遥はボロボロになるどころか嬉しそうにしてるし、松井と付き合うことになってた!有り得ない!!」
吐き捨てるように優希が言う。
「優希は相変わらず辛辣だね〜。」
「うるさいな、役立たずが。しかも生徒会の奴らにバレやがって。」
リーダーの男が微かに眉を顰める。激昂している優希はその僅かな変化に気づかなかったようで言葉を続ける。
「これじゃこれから気に入らない奴がいてもどうすることも出来ないじゃん。どうしてくれるのさ。」
「呆れた。もしかして、優希って気に入らない子がいるといつもこの人たちに襲わせてたの?」
その言葉を聞いて黙っておられず、思わず言葉を返してしまった。
僕の言葉に優希は悪びれる様子もなく、さも当たり前だというように肯定の意を示す。
「そうだよ。だってそれが一番手っ取り早いし。」
「自分でどうにかしようと思わないの?誰かにやってもらうだなんて、ダサくない?」
「遥…。」
一段と低くなった声に、しまったと思っても遅く、髪をぐっと掴まれ後ろに引かれる。
「いっ…!」
「いくら遥でも、言っていい事と悪い事があるよ?…そうだ。遥って守ってもらうために松井と付き合ってるんだよね?」
「でもさ、それって本当に付き合ってるって言うの?」
優希のその一言は、僕の胸に突き刺さった。
「…どういう意味…。」
「だって、遥が怖がるから仕方なく提案してくれたんでしょ?それってさ、両想いってわけじゃないよね?」
優希は的確に僕の胸を抉ってくる。
「その証拠にさ、外にデートに行くことも無ければキスとかもしてないじゃん?早く解放してあげなよ。」
「それで俺と付き合おう?松井よりもずっと遥のことを愛してあげるよ。」
チュッと首筋に唇を寄せる。
真ちゃんから愛の言葉を紡がれたことはない。それどころか傍に行くのは常に僕からで、真ちゃんの方から来たことは無い。
真ちゃんは、幼なじみとして仕方なく傍にいてくれているだけで僕を愛していないことなんて、分かっていたはずなのに。
改めて言われるとやはりそうなのではと不安が生まれてくる。
「そんな…こと…。」
「無いって言いきれる?」
優希の言葉に、強く否定できないのは肯定するだけの自信が僕には足りないのだ。
「そこまでだ。懲りない奴だなお前も。」
不遜な物言いで部屋に入ってきたのは、宝条だった。
「さっきまでの会話は全て聞かせてもらったぞ。今までの強姦被害の首謀者としてお前には重い処分がくだされるだろうよ。」
「なっ…!なんでここに宝条が!?」
「ごめんね〜優希。」
「お前…!」
「いや、俺だってさ流石に退学にはなりたくないんだよね〜。」
「処分を軽くするという約束で協力してもらったんだ。目論見通りお前は今までのことを吐いたから良かったよ。」
「…くそっ」
優希は悔しそうにそう吐き捨てるが、仲間に裏切られ宝条も登場した今、逃れることが出来ないと分かったのだろう、特に抵抗することも無く大人しく宝条に連れられ寮部屋を出て行った。
「遥ちゃん、ごめんね。」
リーダー格の男も、その言葉だけを呟いて2人の後をついて行った。
結局、優希は退学処分となり僕の日常には平和が戻った。
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