第19話(遥視点)
空はオレンジ色から徐々に紺色へと移り変わっていく。もし、このまま部活の時間が終わってしまったら、それこそ誰にも気づかれずにこの3人の上級生と取り残されてしまうのかもしれない。
けれども、声も出せず、力でも敵わない相手からどう逃げれば僕には全く見当もつかなかった。
「おっ?遥ちゃん諦めちゃった?」
「本当だ。静かになったね。」
「ラッキー、なら遠慮なくしようぜ。」
「まずはキスからいただきますかー!」
ファーストキス。
まだ誰にも許していない唇を渡すことになるだなんて。真ちゃんにも許していない初めてを、こんな奴らに奪われてしまうのかと思うと悲しくて悲しくて仕方がなかった。
「俺、1番!」
「あ、ずりぃぞ!俺が先だろ!」
どちらが先にするのかで揉めているのが分かったが、それすらももうどうでも良く思えてしまった。
「ほら、2人とも喧嘩してたら誰かに見つかるかもしれないから────…。」
「その手、離してもらおうか。」
突如聞こえてきた第三者の声にその場にいる誰もが驚いて主を探す。
僕は、この声をよく知っている。
「真…ちゃん…?」
「遥、ごめん。怖かったよね。」
いつものキリリとしたポーカーフェイスはどこへやら、悲しそうに眉を八の字に垂らす姿は大型犬を彷彿とさせる。
真ちゃんが、来てくれた。
その事実だけで僕は安心してしまった。
「今、助ける。」
「何何?格好良いじゃーん!でもさ、分かってる?お前は1人だけどこっちには3人いるんだよ?どう考えたってお前の方が不利でしょ!」
そうだ。いくら真ちゃんの体格が良いからと言っても、1対3では勝ち目は無い。
「真ちゃん…。」
「遥、大丈夫。信じて。」
真っ直ぐな瞳で僕を見る真治。
真ちゃんは、僕に嘘をついたことはない。だからきっと、大丈夫。
「ヒーロー気取ってんじゃねぇよ!!」
片側にいた男が真ちゃんを目がけて拳を振り上げ突進していく。
真ちゃんはそれをひらりとかわすと手に持っていた竹刀で男の首に峰打ちを落とす。
「ぐっ!」
手加減はしているだろうが、峰打ちでも大分痛いはずだ。
男は痛みに悶え、立ち上がることが出来ずにいた。
反撃をしてこないと分かると残った2人に狙いを定め、歩みを進める。
竹刀を持った全国屈指の剣豪である真ちゃんと、上級生ではあるが丸腰の2人とでは力の差は火を見るより明らかだ。
適わないと悟ったのかリーダーはパッと両手を頭の高さまで挙げ、降参だとでも言うようにひらひらと降った。
「ナイト君が来たんじゃしょうがないね。ここらでお暇させてもらうよ。」
「えっ!そんなっ…!」
「ならお前勝ってきてよ。」
「……チッ」
どう足掻いても無駄だと分かった途端、僕を掴んでいた手を離し、足早にもう1人を連れてどこかへ行ってしまった。
リーダーも同じ方向に歩いていった。
手が離されたことで支えを失った僕は、その場に崩れ落ちるようにして座り込んだ。
「遥!」
「真ちゃん…。」
走りよって来てくれた真ちゃんの手の温もりに、本当に助かったんだと実感が湧いてきた。
「真ちゃん!真ちゃん!す、すごい怖かった!!」
「うん。うん。すぐに気づいてあげれなくて、ごめん。」
真ちゃんが謝ることなんて何も無いのに、何度もごめんと謝っては泣きじゃくる僕の背中を撫でてくれた。
「なんでぇ!あの人、たち、なんなのぉ!!」
「遥、聞いて。」
「…?」
「あのね、遥は、可愛いの。」
いきなりの言葉に僕は目を丸くする。
僕が可愛いのなんて、ずっと前から知っている。
「小等部ではね、無かったけど、中等部からは、こういうこと、あるの。」
“かもしれない”ではなく“ある”と断定された話に背筋が冷たくなるのが分かる。
今日は助かったけれど、次は?今度こそ本当に最後までされちゃうんじゃないか。
これまで考えてもみなかった事実を目の当たりにし、恐怖が襲ってくる。
「や、やだ!二度とやだ!」
「…遥…。」
「ねぇ、真ちゃん、どうにかならないの?僕やだよ。こんなのがまた有るなんて耐えきれないよ!」
どうにかならないのかなんて真ちゃんも言われて困るだろうに、その時の僕は真ちゃんに頼る以外何も思いつかなかった。
泣き喚く僕に困り果てた真ちゃんが出した答えは
「分かった。俺が、遥を、守る。」
「え?」
「俺が、彼氏になって、守る。」
僕の彼氏になって傍にいるという事だった。
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