第8話

「あぁ〜かいちょーようこそ〜。」

手を洗って、服を着替え終えた爽がひょこりと顔を出し挨拶をする。

それに颯もおうと答え、3人で机を囲む。

4人がけの机に爽、爽の目の前に僕、僕の隣に颯という順番で並ぶ。肘がぶつかりそうなほど近いこの距離に、いつもドギマギとしながらご飯を食べる。

「「「いただきま(ー)す。」」」


挨拶をして、箸を手に取り各々好きな物から食べていく。低音でじっくりと焼いた鮭は、ほろほろと柔らかく焼きあがっており会心の出来だ。

「美味しぃ〜。」

爽も同じことを思ったのか、声に出して伝えてくれる。

「ありがとう。」

一生懸命作った物を美味しそうに食べてくれる、そして感謝をしてもらえるのはこの上なく嬉しい。

お互いに顔を見合せニコニコとしていると、爽が徐に口をパカりと開いてきた。

「?どうしたの?」

「ブロッコリー、食べさせてぇ!」

ニコニコ顔はそのままに、早く早くと急かしてくる。…それが狙いだったのか。

爽は苦手なものがあると食べさせて貰うまで食べないのだ。なんでも甘やかして食べさせてもらうと嫌いな物も美味しく感じるのだとか…。

いつもならしょうがないなぁと食べさせているのだが、今日は颯が隣に座っている。隣を見なくても何をしているんだという顔をしているのが想像出来る。

「ねぇねぇ真澄、早くぅ〜。」

口の中乾いちゃう〜なんて呑気に言う爽が恨めしい。なんで好きな人の前で他の人にあーんしているのを見せなければならないのか。

いや、それよりも男同士の恋愛を嫌っている颯のことだ。そんな恋人がやるような場面を見たらきっと嫌悪感を抱くのではないのだろうか?

爽に食べさせてあげたい気持ちと颯に嫌われたくない気持ちが僕の中でぐるぐると渦巻いていく。どうしよう…。

「食べさせないのか?」

「えっ、あっ、食べさせる、よ?」

意外にも勧めてきたのは颯だった。

あーんなんて1番嫌いそうなのに意外だな…と思いながらもありがたく提案に乗る。

やっぱり食べさせてもらうのが1番美味しい!と爽は満足気だ。

颯の発言を不思議に感じながらも夕飯を食べ終え、爽は汗かいたからお風呂入るね!と直ぐにお風呂に入ってしまった。


お皿を洗い終えた僕は、ソファで自分の部屋のようにくつろぐ颯に先程の発言のことを聞いてみることにした。

「そういえばさ、さっき颯があんなこと言うなんて思わなかったな。」

「?あんなこと?」

「ほら、僕が爽に食べさせてって言われた時だよ。」

なんの事かと思っていた颯であったが、僕の言葉に合点がいったのか、あぁ、と頷いた。

「別に田渕がガキなのはいつもの事だろ。」

「いや、颯は恋人っぽいこと見るの嫌いじゃん?だから絶対嫌がると思ってたんだけど…。」

「あれは、恋人っぽいことなのか?」

颯の感覚としては、親が子供にご飯を食べさせてあげるのに近かったようだ。

しまったと思ったけれどもう遅い。

「ど、同級生が食べさせるから、そう思うと思って…。」

“何でもかんでも恋愛に結びつけるのはここの生徒の悪い癖だ。”放課後に言っていた颯の言葉が脳内にこだまする。そうだ、僕だって12年この学園にいるのだ。その悪い癖に無自覚に染まっていたのかもしれない。


墓穴を掘ってしまい床に視線を落とす。

颯は黙ったまま何かを言う気配はない。あぁ、今度こそ終わりかもしれない。

ソファからギジリと音がし、颯が立ち上がったのが分かる。こちらに近づいてくるが、僕は金縛りにあったように動くことが出来ない。

お前も同じ穴の狢だったのかとガッカリされたのだろうか。

もう、颯とともに過ごすことは出来なくなるのか。

瞼をギュッと強くつむり、訪れるであろう最悪の展開をいくつも思い浮かべていく。

あと1年、たった1年だったのに。ここで全て壊れてしまうのだろうか。

しかし、颯の口から出たのは僕が想像していたものとは180度違った。



「なぁ、真澄。お前、俺の恋人にならないか?」

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