第6話
冷蔵庫を覗き込みながら、何にしようかとメニューを決める。
各寮にはきちんと食堂があるが、自炊をしたい生徒のために部屋にキッチンも設けられている。
そこで晩御飯やお弁当を作るのが僕の毎日の日課となっていた。特別料理をするのが好きという訳では無いが、キッチンに毎日立つのには理由がある。
1つ目は爽が食堂でご飯を食べられないからだ。
入寮初日、晩御飯が座ったら出てくると思っていた爽は、ご飯が待てど暮らせど出てこないためお腹が空きすぎて泣き出してしまったのである。
その日は、初日なので食堂で適当に食べて帰ってくるだろうと思って、僕は友人と晩御飯を済ませて部屋に帰った。すると、真っ暗なリビングからすすり泣く声が聞こえてきて、この部屋はいわく付きだったのかと背筋を凍らせた。
しかし、よくよく見てみると暗闇の中で机に突っ伏して泣いている人がいるのが分かった。携帯の灯りを頼りに電気のスイッチを探し、着けると泣いているのが同室の爽だと分かった。
何故泣いているのかが分からず、刺激をしないように出来るだけ優しく声をかけた。
『あの…大丈夫…?どこか痛い…?』
その言葉に爽はガバッと起き上がると泣き腫らした目を向けて
『…お腹空いたぁぁぁ!!』
と叫んだのである。
まさかの言葉に僕は混乱して何も言えなくなったし、爽は人がいる安心感と耐えきれない空腹感からワンワンと盛大に泣きじゃくり僕らの部屋のリビングはまさに混沌としていた。
食堂は、小等部の校舎にも併設されており誰でも1度は使ったことがあると思っていた。操作方法などの勝手は同じなので、中等部からの生徒で無ければ迷うことは無いだろうと考えていたのだが、そこは田渕家、なんと爽は6年間で1度も食堂を使ったことがなかったのだ。
毎日毎日、爽の好物をこれでもかと詰め込んだデザート付きのお弁当を欠かさず持たされていたらしい。なので操作方法どころか、食堂に足を踏み入れたことすら無かったのだ。
そんな事があるのか!と思いつつも目の前でご飯が食べられず泣いている爽がその証拠である。すごい子と同室になってしまったと感じた僕は悪くないと思う。
とりあえず、食堂の使い方さえ分かれば後はどうとでもするだろうと考え、食堂に連れて行き買い方をレクチャーしたのだ。
初めての食堂に目をキラキラと輝かせて、あちこちをキョロキョロと見回す爽は同級生ながら微笑ましく感じた。
ボタン式の券売機が楽しかったのか色んなメニューのボタンを押して、ニコニコしながら券を食堂の人に渡していた。少し多すぎるかな?と思わないではいられない量の券を、ギョッとしながらも受け取った食堂の人は、爽の笑顔に釣られてか同じように満面の笑みで返していた。
これで一件落着。
と、思ったのが間違いだった。
問題はここからであった。
出来上がりを知らせるベルが鳴り、テーブルの上に並べられたのはハンバーグや牛丼などボリュームのある物ばかりである。
『…田渕君って結構食べるんだね…。』
『えぇ〜?そうかなぁ?』
『だってハンバーグに牛丼にコロッケに…ってさすがに多くない?』
『うーん…でもこれ全部食べるわけじゃないしぃ…。』
『え?』
食べないのなら、なんで頼んだのか。
『えっとね、僕あんまり野菜は食べれないからそれ以外を食べるんだ〜。』
絶句した。
爽が甘々の末っ子だということを知らなかった当時、なんて我儘な子なんだと思ったが、後に田渕家では爽の嫌いな野菜はカレーに入れるか分からないほど細かく刻んで混ぜて食べさせていたことが発覚し、甘やかしの弊害がここにも出ていたのかと頭を抱えたのだ。
二の句を告げなくなった僕のことはお構い無しに、メインだけを食べ進める爽。
そのスピードも遅かった。
美味しいねぇと言いながらしっかり咀嚼する爽は、飲み込むのに僕らの5倍時間がかかっていた。途中、せっかく作ってくれたから申し訳ないと、付け合せのサラダを僕が食べたのだが、3つのサラダを食べ終わる頃にようやくハンバーグ1個を食べ終えるくらいだ。
『あのさ…田渕君、僕、部屋に帰ってもいい?』
最後まで待ちきれないとそう提案すると、みるみる爽は不安そうな顔になり、置いていかないでと懇願された。
結局、爽が全てを食べ終えたのは1時間半経ってからだった。満足そうに手を合わせる爽に、これからは自分で来て食べることを伝えると、また捨てられた子犬のような目で僕に訴えてきたのだ。
『1人では無理ぃ。』
お願いお願いと子犬の目で頼まれると、僕の性格上断ることが出来ない。
しかし、毎日1時間半も食堂に居たのでは自分の時間が減ってしまう。どうしたものかと考えていると、パッと名案が浮かんできた。
『じゃあ、自炊はどう?部屋のキッチンで作ればいつでも好きなものを作れるし…』
『僕料理出来ない…。』
あぁもうどうしろって言うんだ!
せっかく浮かんだ提案も解決策にはならなかった。
ここで冷たく突き放したら今後の寮生活に支障が出ることは明らかだし、かと言って食堂で自分の時間を減らすのも嫌だ…。
考えに考え、出した苦渋の決断が
『なら、僕が部屋で作るよ…。』
僕が2人分自炊をするという選択だった。
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