第5話

「ただいまー。」


あの後、無事仕事を終わらせた僕は寮の自室へと戻っていた。

「おかえり〜。生徒会おつかれ〜。」

おやつをもぐもぐとしながら声をかけてくれたのは、同室の田渕爽(たぶち さわ)だった。

爽は肩までのサラサラの栗色の髪にとろんと眠たそうなたれ目をしており、僕より若干背が高いもののとても癒される風貌をしている。

本人も4人兄弟の末っ子ということもあり、甘え方が上手でついつい世話を妬いてしまうのだ。あの生徒会の末っ子、遥でさえも爽のことは可愛がっているほどだ。

「今日のおやつは何食べてるの?」

「今日〜?今日はねぇ、えっとね〜チータラだよ〜。」

ほら、と見せてくれた袋には「徳用チータラ」の文字が踊る。

「チータラ?」

「えぇ〜?食べたことない?チータラ、チーズと鱈をあわせたお菓子だよ〜。良かったら1本食べてみる?」

「うん。」

恐る恐る1本取り出し、口に含んでみる。すると、チーズの濃厚な味わいが口の中に広がった。

「あ、美味しい。」

もぐもぐと口を動かしながら感想を伝えると、褒められたのが嬉しかったのかパッと笑顔になり袋の口をぐいぐいと押し付けもっと食べてとアピールをしてきた。

「でしょ〜!美味しいよねぇ!もっと食べる?いっぱいあるよ!」

ほらほら!と机の上を指差すと爽が今持っている袋と同じものが山積みになっていた。


お前!そんなに有ったのか!!


「爽!またこんなにお菓子を買ったの!?」

「違う!違うよぉ〜!これは兄ちゃんが送ってきてくれたのぉ!!みんなで食べなよって〜!」

首をふるふると横に振り、自分は無実だと主張をする。

あ、甘い!!甘すぎる!!

爽が甘え上手なのもあるが、それ以上に田渕家は爽を甘やかし過ぎている。それこそ入寮した当初は、家で蝶よ花よと育てられたせいでお風呂の沸かし方はおろか、テレビの付け方も知らなかった。

ご飯は座ったら出てくる物だと思っていた節もあり、夜になってもずっとリビングにあるテーブルの椅子に座り、泣き始めた時にはたいそう驚いたものだ。

それからはご飯は用意しないと出てこないので、食堂に行くか材料を買って作らないといけないことを教えたり、ここのテレビは声ではなくリモコンで操作することを教えたりした。

そして、爽以上に困ったのが田渕家の対応だった。洗濯機を回せないと爽が言うと「なら毎日違う服を着ればいいじゃないか」と段ボール3箱分の制服のワイシャツを送ってきたり、今回のように美味しい駄菓子や珍しい物を見つけると段ボールいっぱいに詰めて送ってくるのだ。

爽も田渕家の感覚には慣れているので「そうだね!」と了承して実行をしようとする。

なんでもほどほどに!と言ってはいるものの、田渕家はほどほどの加減が分からないらしい。おかげで田渕家からは一家のお母さん認定をされてしまい、たまに「これはほどほど?」と確認の電話が来ることもしばしばだ。

しかし、お菓子に関しては僕がほどほど=3袋までと決めたにも関わらず大量に送ってくるのだ。向こうの言い分としては「3は少ない!」との事なのだが、いつもお菓子の食べ過ぎで晩御飯を満足に食べてくれない爽を見ているこちらとしては、3でも多いくらいなのだ。


「みんなで食べなよって送ってくれたのか〜…。爽、今それ何袋目?」

じとりとした目で見ると、爽はしまったという顔をしてあからさまに目線を泳がせ始めた。

「えっ、えっ…えぇ〜っとぉ〜…2つ目…かな?えへ?」

笑って小首を傾げる様はいつもなら頭を撫でてしまいたくなるほど可愛いが、今はそうはいかない。晩御飯まで後2時間、2つ目のチータラの徳用袋は3分の2が無くなっている。爽のお腹はほとんど満たされているだろう。

「晩御飯前にはたくさんお菓子食べちゃダメっていっつも言ってるよね!?」

「あっあっ、ごめんなさいお母さ〜ん!」

「お母さんじゃありません!!寮の周りを2周走ってきなさい!!」

「え〜ん!!行ってきます〜!」

「はい!行ってらっしゃい!!」

お腹を空かせるためにランニングを促し、机の上に放っておかれているチータラを片付ける。机の上に置かれているだけでも10はある。近くに置かれた段ボールの中にはまだギッシリと同じものが詰まっている。


生徒会のメンバーに2袋ずつ配って、自分たちも2袋ずつ残しても12袋しか減らない。賞味期限を見ると、まだ暫くはもちそうなので残りのチータラをどうやって処理するのか考えるのを止める。

それよりも晩御飯を作ろう。




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