アワリナ王国編

第1話

パーティーが解散してから2ヶ月が経過した。

俺と同じ様にそれぞれが別の道を進んでいるだろう。そんな中俺はフーラ村という場所でかれこれ二週間いや1ヶ月は住んでいるだろう。

フーラ村はド田舎の小さい村で人口も200人以下の本当に小さい村だ。それもあってか俺アルト・ラガルトは今のところは正体を暴かれていない。まあそもそもの段階でド田舎のフーラ村に情報がいきわたることは多分ないだろう。だが油断は禁物だ。顔は知らないとしても名前くらいは知っている可能性のほうが高い。そういうことで俺はアルト・ラガルトの名を伏せ今はアルという偽名を使い行動している。

そして、この村に入る時に高価なマジックアイテムや聖剣オーロラなどは全て川に捨てた。

「大変だ!!!」早朝にも関わらずフーラ村の青年が大きな声を出しながら叫んでいる。

俺は急いで泊まっていた宿を出て青年の元に駆け寄り「何かあったのか?」と質問すると「か、下級デーモンが俺の妹をさらって……」青年は涙を滝のように流しながら俺に伝えた。

下級デーモンが子供をさらうのは決して珍しくはない。

下級デーモンが子供をさらいそれから何をするのかまでは分からないが、下級デーモンが子供をさらってから子供が戻ることは確実にない。

つまりは、今すぐにでも下級デーモンを追わないとこの青年の妹は下級デーモンに殺されてしまうだろう。

「君名前は?」

「ウィ、ウィルです」

ウィルは涙をこらえながら言った。

「俺はアル。ウィルの妹を一緒に救おう」

「ほ、本当に⁉」

俺は優しい笑顔をウィルに向け「ああ」と答えた。

俺が手を差し出すとそれに全力で答えるかのようにウィルは俺と堅い握手を交わした。


俺とウィルは安物の鋼の剣を鞘にしまい広大に広がる茂みの中を進んでいた。

ウィルの妹をさらった下級デーモンはこの茂みの先にある洞窟にいる。ウィルは本当かどうか不安になっている様子だが俺には感知スキルがあるため下級デーモンの場所なんてすぐにわかる。だが流石にそれを言ってしまうと何者かを聞かれてしまう可能が高いため特殊なマジックアイテムを使ったといいこの場を乗り越えた。

「お! 見えてきた」

茂みを抜けた先にあるのはまだ朝だと言うのに真っ暗に染まり先が見えない洞窟が存在していた。

「こ、この場所にレナが!」

レナとはウィルの妹の名前だ。

ウィルの両親は子供が物心ついてきた頃に大国のフィージ王国へと姿を消した。つまりは自分の実の子供を捨てたということだ。

その過去のおかげなのかウィルには自分の妹をこの手で守らなければならないという強い気持ちが感じられる。

「いいお兄ちゃんだ」

俺はウィルを見失わないようすぐさま後を追った。

俺は兄失格だ。後悔ばかりが心に残る。

そんな事を考えている時にウィルの妹をさらった下級デーモンが姿を現す。見た目といったら牙が剝き出しになっているのが特徴的だ。ほとんどの人はこの恐ろしい姿に腰を抜かしてしまうのだがウィルはそんな様子が一切なく妹を救うためにと鋼の剣を鞘から抜き取り下級デーモンを睨み続けている。

ウィルは今まで剣を握ったことすらないと言っていたが今俺の目の前に立っているウィルは数々の戦いを経験してきた英雄にみえた。

「グガァァァ!!!」

下級デーモンの怒声にウィルは怯む様子すら見せずただ下級デーモンを殺すことだけに集中している。そして、ウィルは猛烈な勢いで走り下級デーモンの心臓を貫いた。

ウィルは剣術を使っていないのにもかかわらず下級デーモンの心臓を正確に貫き即死させた。

下級デーモンを殺すことはCランク冒険者でも苦戦する。そんな下級デーモン相手に今まで剣すら握ってこなかったウィルが下級デーモンを無傷で殺したことに俺はウィルに興味がわいていた。俺はウィルに剣の天性の才能があると確信したのだった。

「レナ!!!」  「レナ!!!」

ウィルがいくら叫ぼうともウィルの妹であるレナの返事が返ってこない。

感知スキルでこの洞窟全ての範囲を感知したが人の存在は感知されない。

俺の持つ感知スキルは生きている者だけに限定される感知スキルではない。死んでいる者も感知対象だ。それが感知されないということはウィルの妹であるレナはこの洞窟には存在しない。

今ここにレナがいないのは正直あり得ない。考えられるのは、レナは自分で下級デーモンから逃げ出したということになる。

だとしても、幼い少女一人で下級デーモンから逃げ出したとは思えない。

まさか! 「ウィル! 今すぐ洞窟からでろ!!」

「え?」

その瞬間洞窟の入り口が結界によって封鎖された。

俺とウィルの目の前にいたのは黒色の大きい翼を背中に宿し、漆黒の剣を右手に持った特級デーモンが立ちはだかっている。

なんでこんなところに特級デーモンがいるのかは分からないが特級デーモンがいる以上倒すしかないだろう。

隣にいるウィルを見てみると恐怖で腰を抜かしている。

特級デーモンを倒せるものはこの世界にSランク冒険者がしかいないだろう。それに対しウィルは冒険者ライセンスすら持たない一般人。ふつうなら気絶してもおかしくはないのだがウィルは勇敢に立ち上がり剣を鞘から抜き特級デーモンに立ち向かおうとしている。

「レナを返せ!!!!」

ウィルは敵が特級デーモンにも関わらず剣を握り特級デーモンに猛突進していた。

だが、その勇気ある行動は虚しく特級デーモンが指を鳴らしただけでウィルの体は全身麻痺状態になってしまった。

「くそ!くそ!」

ウィルは泣きながら自分の力のなさに悔やんでいる。

「さて、虫は大人しくなりましたね」

そう言って不気味に笑うのは特級デーモンだ。

デーモンは普通喋ることは出来ない。だが特級デーモンとなると魔力を微調整しながら言葉を発する。

「魔法で強さを隠しているようですが私にはわかりますよ。この鑑定の能力でね」

鑑定とは、相手の魔力やスキルなどを見切る能力だ。世界でも指で数える程度しか鑑定を使える者はいない。つまりは物凄くレアな能力というわけだ。

ましてはデーモンが鑑定を使えるなんて聞いたことすらない。

もう解散してしまったが俺の元いたパーティーではルアだけが持っている能力だ。

「俺と勝負するのか?」

「まさか私ごときが魔王殺しのアルト・ラガルトに適うはずもありません」

特級デーモンが苦笑交じりに言った。

「じゃあなんだ」

俺が殺気交じりいったが特級デーモンは怯む様子がない。

「パチン!」

特級デーモンが指を鳴らした瞬間洞窟にある岩が砕けその中には10人程の子供達が縄で縛られていた。

どうやら人質を持っているということか。

「レ、レナ!!!!」

ウィルは全身が麻痺状態にも関わらずレナの元へと体を引きずりながら向かっている。

「雑魚が! その場で倒れたらいいものを」

特級デーモンはそういい、漆黒の剣をウィルに振り下ろした。

もちろん、俺がウィルを見捨てるわけがない。

俺は一歩で間合いを詰め特級デーモンが振り下ろした剣を鋼の剣で受け止め、剣技。受け流しで特級デーモンの漆黒の剣を遠くに弾き飛ばす。

「剣がない⁉」

どうやら特級デーモンは剣が弾きとばされたことに気が付いていない様子だ。

「カラン」俺が弾き飛ばした漆黒の剣が地面に落ちた音が聞こえた。それでようやく自分の剣が弾き飛ばされたのを知った。だが、もう遅すぎる。

俺は鋼の剣を特級デーモンの心臓に突き刺した。

特級デーモンは膝をつき「あなたは神を超えている」と最後に言い残し静かに死んでいった。

ウィルの全身麻痺も特級デーモンが死んだ事により麻痺の呪いが解放された。

「アルさん……あなたは一体何者ですか?」

俺はウィルに優しい笑顔を見せ「ただの旅人だよ」と笑って答えた。

「絶対噓じゃないですか!」とウィルは俺の笑顔に釣られて笑っていた。


フーラ村。

俺の正体はウィルには打ち明けたが今まで通りアルと呼んでもらうことにした。

俺の正体を聞いた時、ウィルは驚きのあまり声すらも出していなかった。

その様子を思い出すと思わず笑ってしまう。


俺はそろそろこのフーラ村を出ようと思う。

1ヶ月程度の滞在だったがなかなか興味深い村だった。ウィルの妹のレナはとても元気で村のみんなの人気者だ。

レナ以外にいた他の子達もこのフーラ村で行方不明になっていた子達で無事さらわれた全員が親の下に戻った。

「アルさん!」

声のしたほうに振り返るとそこには以前の滝のように涙を流していた青年の姿はそこにはない。今の青年はたくましくそして勇気に満ち溢れていた。

「どうかしたか? ウィル?」

「もう、フーラ村をでていってしまうんですか?」

「ああ」

俺の返答を聞いてウィルは複雑な気持ちになっていた。

そして、ウィルは大きく息をし「お、俺と模擬戦をしてください!!」

「模擬戦?」

「はい!」

模擬戦とは、相手を降参させるか相手にギリギリの場所で剣を当てないようにする勝負だ。

「いいだろう」

「ありがとうございます! それと一つお願いがあります」

「なんだ?」

ウィルは真剣な表情で「この模擬戦でアルさんを認めさせることが出来たら僕を弟子にしてアルさんの冒険に行かせてください!」

一瞬戸惑ったが俺は表情を変えることなく即答する。

「わかった、でも妹は大丈夫なのか?」

ウィルが説明しようとしたときにウィルの妹であるレナが村の小さい村から駆け出し「私のことは大丈夫! 村長さんがいるし他にも村の仲間がいるから!」

俺とウィルを見守っていた村のみんなは歓声をあげていた。俺はその様子にますますこのフーラ村に興味がわいた。

「決まりだな!」

俺は鞘から鋼の剣を取り出した。


「では、よろしくお願いします!」

ウィルは鞘から俺と同じく鋼の剣を取り出した。

「それでは! 始め!」

レナの開始合図に俺は心の中で微笑んだ。

「うぉぉおお!!!!」

ウィルは剣を突き出し突進してきた。

俺は容易くウィルの攻撃をよけウィルの足を引掛け転ばした。

「まだだ!」

ウィルは鋼の剣で色々な方向から剣を振ってくるが俺とルイトしか使えない固有スキルの『先読み』で相手の攻撃パターンがまるわかりだ。ウィルのフェイントも軽々かわし俺はウィルにまた足をかけ転ばした。それでもウィルはくじけることはなく全力で俺と戦っている。

ウィルは英雄になる素質が備わっている。人を助ける優しい心。どんな敵も恐れない強い勇気。そして諦めない心。俺はウィルがますます気にいった。


「降参だ」

ウィルは何が何だか分からない顔をしている。「ウィル! 君は英雄の素質がある。俺と冒険をしないか?」

俺が右手を差し出すとウィルは俺の右手を掴み笑顔で「よろしくお願いいたします!」と答えたのだった。


向かう先はアワリナ王国。別名冒険者の国。

「ウィルここがアワリナ王国だ」

200メートル先に見える大きな門を遥かに超え大きな存在感を与えているのはそう「あれが、城……」

ウィルは口をポカンと開けながら感動している。

俺はそんな様子に思わず苦笑した。


アワリナ王国。

この王国は、他の大国スラッカー王国などには到底及ばないがそれなりの物資や軍事力は備えてあるし外交関係だってよい傾向だ。

しかし、この王国アワリナ王国には大きな問題がある。それは冒険者が国の中心になっていることだ。

つまり国の治安はまず最悪だ。そしてアワリナ王国の中心が冒険者なだけあってこの王国内は完全な実力主義の世界だ。

弱いものは支配下に置かれ強いものが支配する。そんな国だ。

そんな国になぜわざわざ行ったのかというとアワリナ王国産の冒険者ライセンスを得るためだ。

冒険者ライセンスとは、その名の通り冒険者である事を証明する道具だ。冒険者はそれぞれランクというものが存在する。冒険者ランクは基本EからAまで幅広くある。冒険者はランクが上がるほど受けられる依頼が増えるし報酬も冒険者ランクによって大きく変わる。

なぜアワリナ王国で冒険者ライセンスを取得するかというとアワリナ王国産の冒険者ライセンスは他の国で作った冒険者ライセンスより遥かに冒険者ランクが上がりやすいからだ。理由は定かではないがおそらく冒険者が中心になっている国だからだろう。そのためほとんどの冒険者はこのアワリナ王国で冒険者ライセンスを取得するケースがほとんどだ。


「冒険者ライセンスはお持ちですか?」

「いえ」

「わかりました、ではこちらの切符を保管しておいてください」

「わかった」

俺とウィルは門番から切符を受け取り無事アワリナ王国に入国した。

「さて、冒険者ギルドに行って来るか」

「わかりました!」

辺りを見渡せば動物の死体が無数に放置されていたり人の叫び声も聞こえる。

「アルさん俺我慢出来ません! さっきの悲鳴を出した人を助けます!!」

そういいウィルは悲鳴の場所へと向かっていった。

俺は感知スキルを使いウィルの後を追う。

「大丈夫ですか!?」

ウィルが倒れている少女に声をかける。

少女がウィルを見た瞬間不気味な笑みをこぼし少女は左手で印をすぐさま描き「ファイヤーフィールド!!」と魔法を発動した。

ウィルはすぐさま逃げ出そうとするがもう手遅れだ。

逃げ出せなくなったウィルをみて少女は笑う。

「君この国に来たばかりでしょ」

「それがどうした!」

ウィルは鞘から鋼の剣を抜き出し、「うぉぉおお!」と怒声を上げながら剣を突き出し少女の心臓に向かって一点集中で狙う。

「ファイヤウォール!」

少女が魔法を発動した瞬間炎の壁が作られウィルは大きな火傷を負う。

「ファン!」

剣が振りおろされた瞬間少女が発動したファイヤーフィールドの魔法が何事もなかったかのように消える。

「あ、あんたがなんでこんなところに!」

少女は顔を真っ青にしながら震えている。

「せ、世界一の大剣豪サニー・マルセリン」

世界一の大剣豪? 俺は大火傷しているのにも関わらず体を引きずりながら移動し世界一の大剣豪と言われるサニー・マルセリンを目に焼き付けた。

サニー・マルセリンは両手に大きな大剣を持っていた。

その、大剣は黒色の鉱石を使っているのかあまり目立たない見た目だが不思議なことにその大剣は今まで見てきた剣の中で一番輝いている。

サニー・マルセリンの大剣が大きく一振りしただけで辺り一帯は地割れが起り物凄い風圧が発生したおかげで少女はどこかに飛ばされ俺は必死に風圧に耐えていた。

と、その時風圧がなんの前兆もなく止んだ。

「アルさん!」

そこには、俺が一番尊敬している人物のアルさんが俺を助けに来た。


「新月斬り!!」

俺の鋼の剣が間合いを詰め一気に切り刻むが相手の受け流しによって上手く流される。

俺の受け流しの技術に随分と似ている。それにあの大剣……

「螺旋斬り」

この、状況で螺旋斬りとはなかなかの実力者だ。顔は帽子によって隠されているためよく見えないがAランク冒険者以上の実力はあるだろう。

そしてこの螺旋斬り。俺の固有スキル先読みがないと確実に斬られていただろう。

俺はかすり傷すらせずに螺旋斬りをよける。

そして「勝負あったな」と俺はいい螺旋斬りの僅かな隙を見切り鋼の剣を上手く相手の剣に交差させ相手の大剣を空の上へと飛ばした。

「フォール」俺は上にあった大剣をすぐさま魔法で引き寄せ大剣を片手で受け取る。

「さすがは、アルト師匠です。」

この声はどこかで聞いたことがある。

まさか!「お前サニーか!?」

「隠してすいません師匠」

サニーは俺に笑顔を見せて答えた。

俺もサニーの笑顔に釣られて笑った。「ほれ!」俺はサニーの大剣を返した。

さて、ウィルはどこだ……

「ウィル!?」

そこには、大火傷をしたウィルの姿があった。

俺は急いでウィルの元に向かう。

「リワインド」

俺の固有スキル。リワインドは時間を巻き戻すスキルだ。

死んだ者を生き返らせる事は不可能だが生きている者だったら重症を負ったとしても重症を負う前に時間を戻せば傷がない状態になる。

ウィルの大火傷は何事もなかったかのように完治した。

「す、凄い……」

ウィルは両手で自分の体を触りながら言った。

「アルト師匠その子は?」

「ああ、俺の新たな弟子だ。ちなみに今は偽名を使ってアルと改名したからそこら辺はよろしくたのむぞ!」

「分かりましたアルト師匠……じゃなくてアル師匠!」

ウィルは俺とサニーの話が終わったのを見計らい「ウィルさんとサニーさんの関係ってどうなっているんですか!?」と少し高めの声でウィルが言う。

俺とサニーの関係か……

俺はあの時の事を思い出してみると、懐かしいという感情がこみ上げ俺は思わず微笑んでしまった。

「さあ、少しの思い出話をしよう!」

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