【甘くて冷たい】
「好きなんだね、写真。なにかあると、チェキで撮ってる」
「私、忘れっぽいから。この光景は残しておかなきゃって思ったら、すぐに撮るようにしてるんです」
ジジジ……とチェキから吐き出されたベリーソフトの写真を、手帳の空白ページにマスキングテープで貼りつけた璃子は、隣でベリーティーフロートのアイスを柄の長いスプーンで突く部長を見遣る。
「先輩を撮ってもいいですか」
「ダメでーす。私は被写体代高いよ」
「い、いくらですか……」
「カメラマンのこれからの人生全部。一回撮ったなら、私が死ぬまでずっと撮ってもらわないと。あ、私が先に死んでも、私以外の人は撮ったらダメね」
「払いますって、言ったら?」
「ダメ。私が許可しない限りは撮らせない」
流行りのカフェは、璃子達のような学生もいれば、コーヒーを片手に談笑を楽しむ老爺達もいる。『オーガニックの卵と苺を使ったこだわりスイーツ』という話題性だけで成り立っているわけではないカフェは、何時間でも居座ってしまいたくなる安心感を璃子に与えてくれた。
「いいね、ここ。初めて来たけど、素敵な雰囲気。外観のおしゃれさでなんとなく避けてたのがバカみたい」
「先輩も、そういう敬遠するんですね。こういうところ、慣れてるのかと思って選んだんです」
この空間に似合う、部長が着ているエメラルドグリーンのタイトなノースリーブトップス。髪色と相俟ってチョコレートミントみたいだと思いながら、璃子はベリーソフトを一口食べる。
「まさか。家に長々といるのは何となく嫌だけど、出かけるのもあんまり好きじゃない。海浜公園のベンチで時間潰すぐらいだね」
「あそこもいいところですよね。奇勝地の崖からの風景は、何枚も写真撮ってます」
「何回も通ってるってこと? 勇気あるね。足元危なくて、中学校の遠足ぐらいでしかいったことないよ」
「うっかり落ちる人、たまにいるらしいですね」
「本当? 下って岩だらけだから、下手したら頭打って死んじゃうじゃん。こわっ」
楽しいけど、素敵なデートってこれでいいんだろうか。そう首を傾げながらも、ソフトクリームを味わっていると、璃子の目の前に淡い赤のソーダが目に鮮やかなグラスがやって来る。
「アイス好きなら、上のヤツあげる」
「えっ。けど先輩全然食べてない」
「いいの。一口食べたら満足しちゃった」
はい。と渡されたスプーンを受け取った璃子は、戸惑いながらもアイスクリームを口に運ぶ。
「美味しい?」
「先輩みたいな味」
「なぁにそれ。どんな味?」
「甘くて冷たい」
「それってつまり、普通のアイスクリームの味じゃん。変な璃子ちゃん」
舌にバニラの風味の余韻を感じながら、それを途切れさせまいと璃子はもう一度アイスクリームをスプーンで掬う。
「先輩、もしかして甘いの苦手でしたか」
「ううん、普通。けどママの作るお菓子は嫌い」
「普通のお菓子とは違うんですか?」
「そう、甘ったるいの。普段のご飯も甘すぎ。お弁当に入れる卵焼きが、一番嫌い」
けど、先輩がお弁当食べてるところ、見たことないな。と、たまに昼休みの部室で購買のパンを食べている部長の姿を思い返す。
「だから私は恋しない。好きなものに感情を振り回されて、ママみたいに好き嫌いが激しくなって、好きなものも嫌いになるのは、絶対いや」
しかし、部長の唐突な言葉によって現実に引き戻された彼女は、スプーンをトレーの上に落とした。
「……私、それでも先輩と付き合いたい」
「それは私が『頼りになる先輩』だから? 璃子ちゃん、頼りたくなる人好きそうだもんね。けど、私はそんなんじゃないよ。家族と一緒にいるのを嫌がるぐらい我儘で最低な人間」
「『痘痕も笑窪』ってことですよ」
「そんなの大噓。ママは父さんに、自分にとって好ましくないことを全部やめさせた。あんなの見たら、信じられるわけない」
「先輩は、先輩のママさんじゃないです」
「分かってる。けど、どうしても似ていくの。嫌いなものばかり増えていくの」
「じゃあ、先輩のダメなところも、嫌いなものも、全部教えてください。そうしたら、私はそんな嫌いなものだらけの先輩を、絶対に嫌いになりません」
「それだと、私ダメなままじゃない」
「だって、そうしたら先輩のダメなところは、私と先輩しか知らずに済むじゃないですか。それって、『特別』ですよね」
「……ヤバいね、璃子ちゃん」
「ヤバいですか」
「うん。ま、そんなところも嫌いじゃないよ」
そう言って、部長は璃子からスプーンを取り戻すと、アイスクリームを一匙掬う。
そして、色つきのリップクリームで淡い桃色に色づけられた唇を薄く開いて、バニラ色の氷菓を舌の上へと滑らせた。
「璃子ちゃんにとって、私ってこんな感じなんだ。バニラアイスクリーム、好きになれそう」
「この後は、どこに連れて行ってくれるのかな? 璃子ちゃんのデートプラン、素敵な場所ばかりでワクワクしちゃう」
「市営体育館です」
県内外を問わず、様々な場所から訪れている人達で溢れている海水浴場からほど近い海沿いの道。そこを璃子とともに歩いていたはずの部長は、今後の行先によってピタリと歩みを止めてしまった。
「璃子ちゃん、そこはよくないね」
「約束したんです。バスケの試合、応援しに行くって」
「やだな。デート中なのに、璃子ちゃんの過去の男応援しに行くなんて」
「今は友達です」
「もう! 璃子ちゃんのバカ。さっきまで百点満点のデートだったのに、七十五点になっちゃった。璃子ちゃん嫌い」
「またデートしましょう。そしたら、百点満点のデートにします。今回は、初デートなので大目に見てください」
璃子の説得によって、どうにか部長は渋々ながら歩み始めたものの、唇を桜桃のようにぷっくりと尖らせている。
それを見て、やってしまったなと反省しながらも、同時にすぐに機嫌を直してくれると璃子は確信していた。彼の魔法みたいなシュートは、きっと彼女の好きなものを増やしてくれるに違いないと。
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