鬼の傀儡
ある男の子は生まれた時から,自分で選ぶ事の出来ない運命を呪った。
小学生の時、授業で将来の夢を発表する事があった。
周囲の同い年の子がそれぞれ「夢」を楽し気に語り、
担任は聞いた夢に素晴らしいと言っていた。
男の子の順番になり、前に出たがなかなか声を出せずに立ち尽くす、
何も言えず棒立ちのままで居ればクラスメイトから徐々に声が出始める。
だが、そんな声は耳に届いていなかった。
幼少期は集団での共存の意識など育っているわけでも無く、誰か一人が口火を切れば次々と言葉の暴力がクラス中に感染する。
担任が嘲笑するのを注意しながら男の子に声を掛け様としたが、書かれていた文字に恐怖し息を飲んだ。
「○○○○○○」
2032年6月18日
鬼柳は静かに立っている、その顔は悲壮感から胸をえぐられる様な悲痛な表情を浮かべていたが、目の奥に見える感情は怒、忿懣、鬱憤、怒りに満ちていった。
この世の全てに否定され、抑えようのない怒りが体の外に出ようと暴れまわる。
風に苛立ち、音に苛立ち、匂い、光、木々、自分に見える全てが憎い。
憎しみが心を支配している。
「俺を笑う奴は全員敵だ、認めさせてやる。俺がやる事は全て正しい、笑う奴が悪い。
俺は周りの奴より優れている、それは俺に力があったから。
なのに弟に継がせて、俺をこんな所に継がせた親が憎い、俺に劣るアイツが憐れんだ目で俺を見るのが不快だった。
糞の役にも立たない守護者共なんて要らん!弟より俺の方が優秀なんだ!
協会の奴らが欲しがっている力をなぜ自分達で使わない?俺が大本山の連中に知らせてやるんだ。そしたら奴らは俺を無視できなくる!」
鬼柳は自分の手を見ながら話していた。
今まで周りの人間からは理解されず苦悩し、認められたい気持ちが込み上げて来ても、
押し殺し我慢していた。
ただ褒めて欲しかった、自分と一緒に居てくれる仲間が欲しかった。
長年積み重ねた欲望で心は歪み、自分を呪い、理解出来ない周りを呪った。
次第に自分の中にある感情を正当化し、自分が正しい、周りが間違っている。
世界が間違っている。
そんな思いから両手を広げながら大きな声で語った。
風は止み、草木は静まり返っていた、まるで嵐の前の静けさの様。
「坊?あれが彼の本性ですよ?人は心の闇が深ければ憎悪を糧にする者に取り憑かれ、元の人に戻る事は出来ません」
目連は鬼柳を見ながら話す、魂を鬼に売り、自分の弱さから逃げた。
鬼柳は目連が心配した状態にまで堕ちていた。
全身が灰色に包まれ、筋肉が一回りも大きく張っている。
頭部には角が生え「鬼」その者だが、統太のイメージしていた鬼より一回り小ぶりだった。
だが、その肉体から放たれる黒いオーラは小物とは認識させず、心が高鳴り笑みを浮かべた。
「坊?アナタ1人で相手や出来れますか?」
この程度なら坊でも問題ない相手ですね、でもまさか、本当に人間が鬼に魂を売るとは思いませんね?本当にこの人間に鬼を呼べるのか?誰かが関わっている?
「任せて下さいよ!寧ろやらせてくれなかったらブーイングですよ」
嬉しそうに答えると、歩き出し近づく一歩足を前に出す度に統太の体には鬼柳。
いや、鬼から放たれている圧が体に圧し掛かる。
統太は拒否も出来たが自分で戦う事を選んだ。
そして圧し掛かる鬼の圧に押しつぶされる事無く、確実に一歩ずつ歩んで近づいて行く。
「こんな子供に何ができる?俺様は八百万の神々の力を手に入れた。
それは貴様ら外野から噂を聞いて興味本位で口を挟む奴らには手に出来ない力だ!」
鬼柳も統太に近づきながら語る、鬼柳には統太が小さく見えている。
それは当たり前の感覚、自分が相手より勝る能力、力を手に入れれば相手は小さく凡庸な人間に見える、手を抜くなと思っていても心がそうさせない。
相手は自分よりも劣る劣等種、見下し自分が優れている事を確認したい、欲が出る。
「アンタは何がしたいのか、僕には理解出来ないけど目的は?」
統太は両腕を伸ばし、肩を回しながら問う、鬼柳の目的に興味など微塵も無いが時間潰しに聞いてみた。
「俺様1人居れば「鍵」は十分守り切れる、教会などに怯える必要などない!」
「あっそう?でも守れない時は仲間と共闘って、選択肢が無いけど?平気ですか?」
少し疑問に思った、確かに相手の戦力が自分の想定を越えれば、戦闘を継続する事自体が難しくなり、最悪の場合、負ければ奪われる事態を招く事になるのだから。
それでも鬼柳は1人で十分と判断して、今の状況を作った。
それは鬼柳が力を手に入れた事による事も大きいのかも知れない。
「貴様を倒すのは造作もない、後悔する暇を与えずに逝かせてやる」
鬼柳は足を止め、構えもせずに待っている
「僕はつい最近、アンタより大きいバカなオッサンを相手にした」
「何が言いたい?戦うのが怖いから止めよう。などと言うつもりじゃ無いよな?」
「全然?けど違う事を選択してくれれば、違う未来があったのかな?って」
「貴様の様なガキには分からない、これが俺様の答えだ!」
鬼柳は構えると突っ込んで来た、統太に向かって振り下ろされた右腕、両腕をクロスさせ受け止めた。統太の身長よりも高い所から殴られた衝撃、全身を使い地面に逃がしたが地面は大きく窪んだ。鬼柳の拳の威力、衝撃、それは地面を見れば異常なのが分かった。
「スゲー痛いじゃん!ビックリした!」
何だよ!見た目以上に力あるじゃん!これなら少しは楽しめそうだな!今まで毎日稽古していたのに急に休みなんて言われて嬉しいけど、やっぱり動いていないと落ち着かないな!楽しませてくれよ!
統太も受け止めた腕が痛いのか、摩り乍ら口に出した。
鬼柳は少し驚いた様子だったが、また直ぐに攻撃を始めた。
統太は油断をしては居なかったが、話終わると同時に殴打の嵐が来るとは思っていなかったのか、少し反応が遅れ守り切れずに何発か顔と脇腹に貰ってしまった。
後ろに飛び距離を開けた。
「坊?今のはダメです!」
「でも先生、今のはしょうがないよ?」
ヤベッ!さすがに貰わないで済んだ殴打を貰ったのバレたか!
「でも。なんて聞いていません、今のはしょうがない。それで坊は何発貰いました?1発でも貰ったら死ぬ覚悟、それを私は教えましたよね?私が相手なら確実に今の攻防で坊を殺しました、相手が未熟、坊の油断、それが今の結果です。運が良かっただけですね」
「何を話している?そんな余裕があるとは俺様も舐められたもんだな?なら次の攻撃はどうだ!」
鬼柳は頭部の角の間に黒球を作りだした。
その黒球からは人の憎悪、怨念、妬み、負の感情が滲み、球体の表面には人の顔の様な物が今にも飛び出し人の魂を食らいそうな勢い。
黒球は徐々に大きくなり鬼柳の上半身が隠れ、黒球は放たれた。地面をえぐり騒々しい音を立てながら飛んで来る黒球、統太と目連は向かい合い話し込み、飛んできている事には気が付いていない。
鬼柳はそんな2人が無様に死にゆく事が面白く、豪快に笑い、2人の死に様を楽しみにしていた。
「煩いです。私は黒く醜い塊を拒絶する。停止せよ。」
目連は黒球を横目で見ながら呟くと、黒球は動きを止めその場で静かに止まっている。
音も立てず、ただその場に静かに浮いている。表面に浮かび上がっていた顔は口を開けたまま止まっている。
鬼柳は何が起きたか理解出来ず動揺した。
笑っていた鬼の顔には笑って居られる余裕が無くなり、額には汗が滲んでいる。
「貴様!何をした!なぜ俺様の攻撃が止まった!」
興奮している鬼柳は唾液を飛ばしながら大声で話した。
だが、統太と目連の耳には届いていない様子、話し込む2人に苛立ち、両肘を曲げ体の横に持って行き構えた。2人に直接攻撃を仕掛けようとした瞬間。
「停止せよ。」
目連は鬼柳に言い放つ、鬼柳は動けなくなった。
額の汗も垂れる事無く、呼吸も出来ない、動きの全てが止まり目と耳に入る情報のみが処理され、更に混乱させる。
「あっ・・いっ」
鬼柳が言葉を出そうとするが声が出ない、統太と目連は話が終わったのか、統太は鬼柳の方に体を向け、目連は統太から少し離れた後方に歩いて行き、体を反転させ唱えた。
「黒き塊は消滅せよ!鬼は自由にせよ」
統太の目の前にあった黒球は風船が割れる様に消え、その後ろで固まっていた鬼柳も動いたが、すぐに膝が折れ、地面に手をついて溢れ出す汗が落ちて行くのを見ていた。
呼吸を整え冷静を装うと心を落ち着かせる。だが体は恐怖を覚えた。
俺様は何をされた?あの球を止める事など人間事気が出来る訳が無い、それに俺様自体が動けなくなる事などありえない!神の力は絶対だ!この現世で俺様以上に強い者など存在しない!
「そこのお前!何をしたんだ!」
膝に手を掛けながら鋭い目つきで目連を睨む、一瞬の出来事だったが心に刻まれた恐怖。
「死」という絶対的強者から与えられる産物。
死を受け入れ、背水の陣で挑むか、死の恐怖に負け無様に肉塊となりはてるか?
「私は球と貴方に「停止」を命じただけです」
目連は簡単に答えた。当然「停止」を命じた事以外特別にしていないのだから。
だが、鬼柳には納得のいく答えではない、それも当然。神の力を得た。自分が得体の知れない、それも命じただけ、そんな一言で納得がいくほどの幼稚な事が起きた訳でも無い。
「ふざけるな!そんな簡単な事で俺様が動けなくなる訳がないだろ!」
鬼柳は考える事を止め、目連に向かって最短距離で飛んで突っ込んだ、目連は目を細くして穏やかに微笑んでいる。
鬼柳はその表情に怒った、自分を笑っている、馬鹿にされている。そんな自分の中にあるコンプレックスが力の源であり、鬼に魂を犯された事で肉体にも更なる変化を齎もたらした。
全身は灰色から漆黒に染まり、紅い模様が上半身から指先まで浮かび上がると鬼柳が攻撃を止め、両膝を地面に着き苦しみ始めた。
上半身を天に向ける様に反らし、浮かび上がった模様を搔きながら呻きを上げる。
熱い!体が熱い、燃える、死んでしまう。
なんで俺様がこんな思いをしなければいけない!
なんで?なんでだ?俺様は生まれた時から周りの凡人とは違う。
親だってそうだ、俺様を産めた事に感謝すべきなんだ、クラスの連中は何を勘違いしている?
俺様はお前達クズとは生きる世界が違う、同じ空気を吸える事に頭を床に擦り付けて感謝を述べ、俺様に喜んで奴隷を申し出る事も出来ないのか?
薫の方が家督を継ぐのに相応しい?そんな訳が無い。
アイツは何も出来ない無能だ、全部、俺様に与えれば良い、
無能は無能なりに生きろ、俺様が世界を変えてやる。
心が渇いていく、欲が収まらない、俺を認められない人間を支配したい。
欲が渇き続ける、俺様に跪け、俺様の言う事だけ聞けば良い!
鬼柳が突然苦しみ始めた事に統太は驚いた、何が起きているのか分からない統太は目連に聞いた。
「先生、何が起きているのですか?」
統太の問いに目連は暫く沈黙していた、苦しんでいる鬼柳の目の前に行き、しゃがみ込み様子を観察している、目の前で起きている事態を冷静に見極める。
数秒経った頃、目連は口を開いた。
「この「鬼」は先程よりも強くなる進化の途中です、今取る選択肢一つ目は、今すぐ首を落とす。二つ目は、進化した後に私が相手をします、坊はそれを見て勉強と今後似た事態に遭遇した場合に備えて覚悟を決めておく。三つ目は坊が死ぬ気で戦う。
最後以外なら簡単に終わります?どうします?」
流石にこの状態になると坊が相手するには荷が重いか?赤鬼と黒鬼がこの人間の中でうまい具合に混ざっているな?この鬼は坊が前に戦った悪魔よりも格段に強くなるのは間違いない!
目連は後ろで立っている統太に聞いた。
「先生、僕は負けませんよ!先生が相手をするのは、稽古の時の僕だけで十分です!」
期待はしていたが、戦いの緊張感が途切れず、自分の意思で戦う事を決めた統太に目連は表情が緩んだ。師として弟子の成長を喜びつつも、その表情は見せなかった。
坊、アナタは本当に頼もしくなりましたね!そうですね、私が相手をするのは坊だけで満足です。ですが油断は禁物です坊。この人間に力を与えたのは恐らくは「奴」の仕業。
これは単なる恨みで魂を乗っ取られた話ではありませんね。でも奴は何が目的?
「坊?全力で戦いなさい!」
「はい!」
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