東北の鬼
2032年6月18日
岩手県盛岡市山中
統太と目連はとある宗派の寺に来ていた。
ここには「ある物」を守護している僧侶がいる。
この宗派では複数人で守護して守る事で最悪の事態に備えている、目連はその状況の確認する為に今回の観光が計画された。
目の前の階段を上がればその寺がある。
「先生?本当に観光で来たんですよね?」
統太は目連を疑っていた、確かに目連も歴史的には釈迦の弟子として修業に励んでいたが、
釈迦が好き過ぎた目連は釈迦を否定する者、理解出来ない者、興味すら持たない者に神通力を使い粛清して回ろうとして釈迦に止められ、咎められた過去がある。
そんな目連が寺に足を運ぶことに、統太は疑念を抱かずにはいられなかった。
「本当に観光ですよね?道場破りみたいな事しないですよね!」
「何を心配しているのですか?私はもうそんな愚かな事はしませんよ?ですが長い歴史があるのに師匠の言葉を未だに、理解出来ない人は少しお話が必要かもしれません」
あっ終わったな、ここに居る人には今すぐ避難勧告出さないと血祭の始まりかも・・・
統太が青ざめた表情で立ち尽くしている内に、目連は先に階段を上り始めた。
「先生、本当に冷静で居て下さいよ!」
後ろから目連に叫びながら階段を上る統太。
階段を上りきると世界が変わった。異様な雰囲気、重たい空気、強い風が吹き木々は揺れる。まるで自分達を拒むかの様、先程まで晴天だった空も曇り暗く、その重たそうな雲は今にも落ちて来てしまうのでは?そう思わせる程に世界が変わった。
統太は肌寒いはずなのに頬を汗がゆっくりと垂れる。
すると1人の男が寺から出て来た、男が出てくると嘘の様に晴れ間が戻り、風は止み静寂に包まれ、より統太に緊張感が走った。
「どうしました?観光の方ですか?ここに人が来るのは稀なので驚きましたよ」
男は悠然とした態度で2人に向かって歩いて来る、距離が近くになるにつれて、また風が吹き、空も曇り始めた。
「えぇ、初めて来たもので良い「物」が見られると良いなと思い来ました」
目連は微笑みながら答えていたが、その目は鋭く相手を見つめている、統太は普段怒られる時と違う目つきの目連に後退りしていた。
「ほう?その「物」とは何ですかね?良かったら中を見て行って下さい」
男は体を反らして寺の方に手を向けて招く様に微かに頭を動かした、統太は自分達が昇って来た階段を下りたくなり、振り返り階段を見るが階段が消えている。
階段があった場所には木があり、この森が、この空間が自分達を帰す気が無い。その時、直感的に理解した。
理解した瞬間に目連に向かって行くのを止め様と言おうとしたが、目連はそっと統太に声を掛けた。
「安心なさい、私が付いてます。それにあの男は何かを隠しています」
「先生!それは分かりますが、ここは危険です!一旦離れましょうよ」
統太の表情には余裕が無く冷静に物事を考えられる事が出来ない、本能が危険の鐘を鳴らしている、パニック状態に落ちそうになっていた。
「坊?師を信頼なさい?それにここはもう奴の結界の中です。前に進むしか私達には帰り道はありません」
そう言うと目連は歩き出した、その姿を見た統太は自分が情けなくなる感情が込みあがって来た、自分は一人じゃない、目連が居れば危険なんてありえない。そう思えた。
高天原での稽古を思い出し、統太は目連より強い者はこの世に居ないと信じられる程に、目連は力の片鱗を出す事が無い。
最悪、目連が助けてくれるならどんな危険な場所も問題ない!そう思えば気楽になった。
統太は冷静さを取り戻し、目連の後を追った。
「先生あの人、少し異様な感じですけど?」
「坊も気が付きましたか?私にもまだその理由は分かりませんがあの方は・・・」
統太と目連が話をしていると。
「ではお茶で良いですか?」
「お構いなく」
「では、少しお待ちください」
男が席を外した、目連は天耳通を使い男が部屋の外で何か話さないか聞こうとした、だが何も聞こえない、無音。
部屋の外の音が全くしない、目連は範囲を広げ外の音も聞こうとしたが無音のまま。
一瞬、なにが起きているのか、そう思ったが目を開けた目連は統太に話し出した。
「坊、私達は完全に閉じ込められています。多分ですが私達はここから自分達の意思では出られません。出してもらうしか方法は無いと思います」
真剣な表情をしている目連は自分達が男の策にハマった事を悔いている、そんな思いなのか何かを考える様に静かに目を閉じた。
「本当ですか!」
統太は立ち上がり、部屋の引き戸に向かって走り出ようとするが開かない。
反対側から誰かが抑えている様な感覚になる程、力強く閉まっている。
統太は諦め目連の方に疲れた顔で戻って来た。
「坊!こういうのは、河童の川流れ、って言うんですかね?」
目連は突然目を開くと、唐突にことわざを言って来た、目線を統太の方に移す目連だが、
統太は危機的状況でふざけた事を言う目連に苛立った。
「先生は亀の甲より年の劫って意味を調べて下さい!何ですか、さっきの師を信頼なさいってカッコつけているから天眼通でも使って予知したと思っていたのに!」
呆れながら座る統太、目連は統太が天眼通を使ってと言ったのを聞いて、その手があったか!と手を叩いた。
「猿も木から落ちる、です!」
統太の方を見ながら、目元に左手でピースサインをしながら言う目連に統太の冷めきった視線が送られる。
「アンタに神通力は豚に真珠だよ!」
自分の親が痛々しい痴態を晒しているにも関わらず、本人がその気で何も言えない。
そんな心境に自然と目から光が無くなり、ゆっくりと顔を前に戻す統太。
「最近、坊が私に当たりがキツイ気がする?何だか寂しい気持ちになりますね」
統太の方を見ながら俯きながら声にいつもの軽薄さが霞んだ。
「先生はいつも元気づけようとしているのは知っていますが、少々度が過ぎます」
少し申し訳なさそうに答えた、普段言えない様な事も言った為、恥ずかしさも隠している。
そんな様子を見た目連は口角を少しだけあげ、一緒に過ごして来た中で初めて言われた言葉に。
「青は藍より出でて藍より青し」
目連の言葉に統太は頭の上に?マークが並び分からなかった、そんな様子を見た目連は、今こうして部屋に閉じ込められているが、「時」という自分には無限にある物に感謝しつつ、
横に居る統太の成長を楽しめる事が幸せであった。
突然引き戸が開いた、男が戻って来たのだ。
「遅くなりました、申し訳ありません」
男はお盆に茶碗などを乗せ戻って来た、南部鉄瓶からは湯気が出ておりお茶の準備を始めた。
2人は何も言わず出されたお茶を飲み、静寂を破る様に目連が口火切る。
「少々お尋ねしたい事が?」
部屋の空気が一気に張り詰めた、目連と男の間には机だけしか無い距離だが2人共微動にせず、統太は外で男の秘めた何かに感覚的に気が付いており、もしこのまま目連と一触即発になれば!そんな思いからか胸の高鳴りを感じていた。
「何でしょうか?あまり込み入った話は困るのですが、お答え出来る範囲で答えますよ」
男は茶碗などと盆の上に片し、畳の上に置いた。表情は柔らかく、張り詰めていた空気が柔らかくなる。
「5月中旬から今日までに4件の事件がありました。事件と言いましたが、警察が動いていませんので事件とは言えませんかね?ですが6人が犠牲になっていますよね?」
「はて?私は知りません?」
男は表情を変えず、柔らかい物言いのまま目連の問いに答える。
「では、船場健介・36歳秋田県在住、最上薫・21歳秋田県在住、南部鉄斎・78歳青森県在住、南部信之・53歳青森県在住、對馬稔・27歳青森県在住、佐々冬治・34歳岩手県在住、鬼柳玲さん?貴方は26歳ですよね?」
目連もにこやかな表情で名前を並べた、男の眉間が少し動き反応した。
「さて?誰ですか?その方々は?アナタのお知り合いなのですか?」
鬼柳は声量が少し増えた、机で見えないが鬼柳は自分の手を触り、落ち着いたのか目線を目連に戻した。
「亡くなられた方々の名前ですよ?貴方が一番存じていると思っていました?確かに答えられる範囲を越えているかも知れません、ですが私も仕事(観光)で来ているのです、答えられません。では困ります」
目連の目が冷たく、鬼柳をその場から逃げられない様に縛り付けている様に見え、統太は男に早く答えないと知らないよ?僕は面白いのが見られそうだから良いけど?
そんな風に思いながら、お茶をすする。
「アナタは誰ですか?観光なら家に帰るまではハメを外さない方が良いですよ?観光先で怪我したくありませんよね?」
鬼柳は声量が少し落ち脅すほどの声を張らない。注意をしている、そんな感じだ。
普通の人に注意をしているなら効果は多少はあるだろうが、相手が目連となると話が変わる。無意味な行為になってしまう。
子豚がライオンに威嚇してもライオンは怯まない、動物の世界は分かりやすい弱肉強食が本能で理解出来るのだから。
強者は誰なのか?その敵から逃げる事で生存それが「正義」だが、目連の目の前の鬼柳にはそれが出来ない、いや理解していないのだ、自分が子豚だという事実。
「確かに怪我をしたくありませんね?ちょっと小耳に挟んだもので聞いてみたかっただけです。申し訳ありません」
目連の表情はいつもの様に笑顔になっており、自分が言った言葉は冗談であった様にした。
掴みどころのない目連の態度に統太は、あぁいつものね?程度の顔をして和菓子を食べている。
「お話はこれで終わりですか?」
「じゃあ最後に聞きたいのですが?アナタ「鍵」持っていますよね?」
「鍵?家の鍵ですか?それは持っていますよ」
「ハハハ、面白い!さすがお坊さんですね!でも違いますよ?亡くなった方々が持っていた物です。それは一つの鍵になり、十八宗がそれぞれ所有する「ある物」その一つになる、アナタがその鍵を持っているのは分かっています。
ですが、アナタが鍵を持っているのは少々心許無い。大本山に預けるのが良いと思いまして」
「アンタ何者だ?そこまで知っているなら一般人じゃないな?それにこれは俺達の問題だ!大本山の連中に任せられるか!仇は俺が取る」
鬼柳の眼勢が目連に向けられるが目連は微笑み、そんな事を気にも留めていない。
「そうですか?これ以上言ってもアレなので帰ります。急に押しかけて来て申し訳ありませんでした。気分を悪くしてしまったなら謝らせて頂きます」
目連は鬼柳の思いをくみ取り、これ以上の話は揉め事になると思い帰る準備を始め、席を立った。
「いえ!私もせっかく足を運んで頂いたにも関わらず、無礼な態度を取ってしまい申し訳ありませんでした」
鬼柳は頭を深く下げた、目連と統太は立ち上がり部屋を後にして外に出ようとした時、
目連は最後に言葉を掛けた。
「鬼柳さん仇討ちは身を滅ぼします、既に信仰心を捨て、魂を鬼に売ってしまった様ですが、体まで犯されない様に気を付けて下さい。それに最上薫さんのお兄さんらしいですね?
船場健介さんが亡くなった後にアナタが、殺し(やり)ましたね??
アナタの仇討ちの言い訳にされる、弟さんも可哀そうだ?殺したのがアナタにも関わらず」
目連は振り返る訳でなく、顔を少し後ろに向ける素振りをして語り掛けた。
その口から出る言葉は悪意に満ち、鬼柳を挑発する様に白い歯を見せ笑ってみせた。
2人は部屋を後に外へ出た。
統太は呆れた表情をしつつ、目連の横を歩く。
「坊?どうなると思います?私はこれから面白い事が起きると予想しています!」
顔を少しだけ上に向け、楽しそうに語り掛ける。
「それは楽しみですね?僕は関係ありませんからね?先生が対処して下さいよ?」
統太は両腕を頭の後ろで組み、呆れているが目連がやる事には意味がある、そう思っている
「帰らせるか?お前らも敵だ。」
鬼柳は部屋から出てくると大きく叫んだ・・・・・
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