東北の守護者

2032年6月11日金曜日




秋田県・山中にある集会所。


集会所の中は暗く、電気の光は無い。


蝋燭が怪しく揺らめき、奥の壁の前には仏像が立っているが、蠟燭の明かりでどこか、悍ましく、悪寒が走る、そんな雰囲気が漂っている。




「今日集まって貰ったのは他でもない、例の協会がこの県に来たらしい」




「それは本当ですか!」




「間違いない、上からの情報によれば、健介!お前が管理している例の「アレ」を探している様なのだ。上からは「アレ」を総本山に送り、敵を倒せっと言ってきとる」




「そんな!あれは代々我々守護者が守護してきた物を今更、危ないからと」




「薫!黙っておれ!貴様の様な小童が口を挟むな!」




「くっ!」




「分かりました、すぐに送りましょう!」




「健介さん!」




「薫、すまないな!声を上げてくれたのに」




「健介、敵もすぐに来るだろう?人を回そうと思うが誰が良い?」




「私1人で結構です、ただ」




「ただ、なんじゃ?」




「家族を守って下さい!」




「良かろう!では取り掛かれ」




ヴァ二―達が到着する2日前、とある集会が開かれた。


そこでは、ある物をより安全な場所に送る事が決まり、殺伐とした空気が流れていた。


船場健介・代々この地域の守護と例の物を管理してきた家系の男。




集会が終わり、次々とその場から帰る者が居るが、健介は正座したまま険しい顔をしていた。


これから起きる事は先祖も体験してきていない、いや、一度だけあった。


船場家初代当主の時代、千年以上も昔の事。


帰ろうとしない健介に声を掛ける者が1人いた。




「健介さん、大丈夫ですか?」




「薫か、すまない、帰るか」




「健介さん、1人でやり合うって本気ですか?僕も参加させてください」




「薫、お前いくつになった?」




「え?先月21になりましたけど?」




「21か・・・お前はこれからを背負って立つ大切な人材だ!それにまだ若い、未来のあるお前が死に場所を決めるのはまだ早い」




「健介さんにだって、まだ未来があるじゃないですか!娘さんはどうするんですか!」




「それは大丈夫だ、ミチルが居れば問題ないよ」




「そうじゃないですよ!奥さんが居るからって!まだ小さな娘さんを残して・・・俺には納得出来ないですよ」




「薫、お前も将来、結婚すれば分かるさ」




「俺は結婚とか興味無いですよ」




「そうか!でもいつか出会うさ、その時分かる、守る意味」




集会所を出ると目の前に夜景が広がっていた、街の明かりは温かく見ているだけでは「綺麗」


そんな感想しか出ないが、そこに、人が住み、家族があり、明かりの数だけ笑いがあり、


悲しみもあるが人が生きている。


その事を思えば綺麗は浅いのかも知れない。でもそれで良い。




「薫、見えるか?あの明かりの下には人が居る」




「何ですか?そんなの当たり前じゃないですか?」




「俺は93万人の命を守る為に戦う」




「だから、俺も一緒に!」




「ダメだ、俺が戦う事に意味があるんだ、そうする事で敵から守れる物もある」




「分かりました、でももし次ここが狙われた時は俺が相手をします!」




「分かった、その時は任せたぞ」




健介は家族が待つ家に帰った。


車から降り、玄関の扉を開けると、そこには、娘がオモチャを持って待っていた。




「パパ、お帰り!パパ今から花梨かりんとお医者さんごっこしよう?」




「花梨!パパは疲れているからダメよ」




「えー、するの!花梨と遊ぶの!」




「ミチル、大丈夫だよ?花梨、お風呂入ってからでも良いか?」




「えぇ!」




「花梨!我慢しなさい!」




「じゃあパパ早く出て来てね?」




「おう!パパはニューヨーク(入浴)に行ってくな!何が欲しい物はあるかな?」




「うん?じゃあね?今度のお休みに動物園に行きたい!」




「動物園?またどうして?」




「幼稚園でお友達から話を聞いたら行きたくなったみたいで」




「そうか・・・・じゃあパパも行ける様に頑張るな」




「?」




「さぁもう良いですから、早く入って下さい」




健介は湯船に浸かり目の前の壁を見つめながら考えていた。




「俺はあと何日あの子と居られるのか?敵が攻めて来た時、俺が家に居た時だったら、ミチルと花梨は守れるか?何人で攻めてくる?1人ならどうにかなるか?寝込みを襲われる事もあり得る」




その時、天井の水滴が湯船に落ちた「ポチャン」




「パパ、まだ出て来ないの?」




「あぁ、ごめんな!今から出るから待ってて」




「もうパパはやく!」




そうだ、今は花梨の側に居よう、悩むのは今じゃない!




健介は花梨を寝かしつけ、寝顔を見ていた




「アナタ、今日少し様子が変だけど、どうしたの?」




「ちょっと話良いか?」


普段娘に甘く、馬鹿な事も娘の為なら喜んでする健介だが、この時だけは真剣顔をしていた。




「えぇ」


健介はどこか寂し気な目をしつつ、花梨の眠る部屋の扉を閉めた。


2人はリビングに移動し、向かい合う様に座る、普段と少し様子が違う事に気が付き不安の大きかったミチルが切り出した。




「で、どうしたの?今日なんか変だよ?」




「ミチルはやっぱり凄いな!」




「何年一緒に居ると思っているの?」




「急なんだが、荷物を纏めて実家に帰ってくれないか?」


突然の事に驚いた、目を開けたまま息をする事も忘れ時が止まった。




「ミチル?」




「ねぇ!どうゆう事、ちゃんと説明してくれないと分からないよ!」


健介はそこから、集会で言われた事、いつ来るか分からない敵との戦いに家族を巻き込みたくない思い、その全てを伝えた。




「そう・・だからさっき薫君が来たのね?アナタも逃げる事は出来ないのよね?」




「あぁ、俺は皆を守らないといけない、それに俺はミチル、お前を愛している。お前と花梨の未来の為に俺は守らないといけないんだ」




「本当はまだまだ、一緒に居て喧嘩もするけど、楽しい生活が当たり前の様に送れる、そんな風に思っていたんだ。花梨が小学校に行ったら運動会で健介が頑張ってて、花梨にパパ頑張れって言われるそんな未来が来ると思っていたんだけどね」




「これから寂しい思いをさせるな」




「ホントだよ!34のシングルマザーにさせないでね?私は健介に恋をしたあの時から本当に楽しかった。健君、ちゃんと実家まで迎えに来てね?」


ミチルの目は涙が溢れていた、懸命に笑顔を作るが涙が溢れる。


一秒でも長く健介を見ていたい気持ちが涙を拭く事さえも止めさせた。




「ミチル」




健介は強く抱きしめた、離したくない、ずっと居たい、これからも横で笑っていて欲しい。叶う事の無い願いが脳裏をめぐるが分かっている「無理だ」ミチルは健介の胸の中で泣き、健介は自分の運命を呪った。




人生を生きていれば非常な事は経験するが、聞いた事のある範疇に収まる。


人は知らない事、経験した事の無い物事を常識外れ、非常識と言う。


守らないといけないから死ぬ。仕事でも無い、金も貰えない、なのに命を懸ける。非常識だ。


助けた奴の中から明日捕まる奴が出るかも知れない、助けた翌々日に殺人を犯す者が出るかも知れない、だが助けないといけない。


全てを承知して覚悟を決め全員助ける。集会所から見えた夜景の明かりの下に暮らす人の為、そして、愛する家族の為に覚悟を決めた!






次の日






「パパ、行って来るね!」




「おう!おじいちゃんおばあちゃんと楽しんで来いよ」




「行ってくるね」




「あぁ、気をつけて、ミチル」




「健介、好きだよ」




「俺も愛してる。花梨を頼んだ」




健介は二人の乗る新幹線を見送り、駅を出た。


送り出した事でどこか、安心したのか、歩く足の重さは無く軽く歩けた。


駐車場に止めていた車に乗り込もうとした時、薫が現れ話し掛けられた。




「本当に良いんですか?もう会えないかもしれないんですよ?


健介さんが逃げても誰も何も言わないのに!」




「良いんだよ?それに会えないなんて決まった訳じゃないからな!


薫?もし暇ならこれから準備に行くんだが、手伝うか?」




「健介さんの頼みなら行きますよ」


2人は車に乗り込み移動し始めた、相当遠くまで来たのか、薫は車を降りると同時に背中を伸ばした。




「健介さんここは何処ですか?」




「ここは俺の秘密基地!みたいな場所かな?」




「ふざけないで下さいよ」




「冗談冗談、ここで俺は敵を迎える、ここにある物を残す、それを敵は確認の為に絶対に来る、その僅かなチャンスでやるしかない」




「で、そのある物って何ですか?」




「これは遥か昔、神が人に授けたと言われる、宝玉のレプリカだ!力は非力ながらある、そうなれば敵は気になるから来るんだよ、で、この宝玉は時間が経つと自然消滅する」




「ちなみに健介さんはどんな武器で戦いを?」




「俺は普通の刀だよ、阿瀬見さんから真打を借りて戦うつもりだったけど、渡されたのはその逆、影打ちを渡された訳よ!」




「あの爺さんにお願いしたのが悪いですよ?勝手に蔵から持ち出しちゃえば良かったんですよ?どうせ蔵の中の掃除は俺らの仕事なんですから?」




「本当だよな、でも良いんだ、この名もなき名刀と共に戦う」




「健介さん、必ず生き残って下さいよ!」




「おう!」






~さらに数日が過ぎた~




「今日あたり来るはずだ、あれだけ分かりやすい反応だ、来ない時は俺は確実に死ぬ。


だが、ここまで罠だと言っている物に反応してきた場合は俺にも勝ち目はある。その時は予定通り進められるかだな?」




健介は森の中に身を隠しいつ来るか分からない敵を待った、1時間、2時間と時間が過ぎて行き、健介は帰ろうかと思った時、一台の車が来た。


ベントレーのアルナージが来たことに驚いた。


何処の金持ちがあんな極上車を虫が飛び回る、田舎、それも夜間はライトに反応して来るにも関わらず、と思っていると車内から異国の少女達が5人も出て来た。


それに健介は気が付いた、1人1人が自分と同等か、それ以上の力を持っている。




「やべぇーもう少し早く帰れば生き残れたのにな?本当に自分が日本人でルールや規律に厳しい事を今だけ恨むわ、真面目ちゃんか俺は!」




「ねぇ、本当にこんな場所にあるの?」




「小倉一心流・鬼胴切り」


健介は最高のタイミングで切り掛かり、相手の隙を突いた。確実に切った感覚が分かり直ぐに他の敵を探した。誰も居ない、切った相手も倒れていない。




「アナタ誰ですの?私の名はヴァ二―・ボナンザと言うます」


5人は木の枝に乗り上から見下ろしていた。




「どうも、俺の名は船場健介って言うんだ、アンタ達が探している物の管理者をしている」




「へぇー、では在りかを吐いて下さいまし」




それから1分ほど経った時、決着がついた。




「花梨、動物園にはパパ抜きで行ってくれ、ごめんな」




手から零れた一枚の写真が健介の顔の横に寄り添う様に静かに舞って下りて来た。


その写真には家族三人が写っていた。


はたから見たら平凡で何も特別な家族でも無いが、最愛の妻・ミチルに出会い、娘の花梨が生まれて来てくれた事に感謝する、それだけで健介の人生は幸せであり、他の何物にも代えがたい「愛」が詰まっていた。




船場健介・36歳死亡


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