孤児院に隠された真実~エマの涙~

「パパ」


止めてくれ!




「なんでエマを助けてくれなかったの!」


止めてくれ!




「パパは私の事なんか嫌いなんだ」


違う!




「結局、娘より仕事を選んだのね」


違う!




「私を見殺しにしたくせに」


違う!俺はあの時・・・




「あの日も言い訳していたわよね」


違う!違うんだ!






2032年6月8日深夜3時5分・孤児院地下研究施設




「知ったような口をきくな、小僧がぁぁぁ!」




男の手に黒い槍が作られ始めた。槍に込められたエネルギーは人間の負の感情が凝縮しているような、様々な感情がその槍には込められていた。


冷たく胸の辺りがギュっと締め付けられる痛み。楽しい人生を送れるのが当たり前では無く、楽しい人生を送れる土台にさせられた人の悲しみが集まっていた。


槍は男の手に、触れる事は無く浮いていた。




何かが起きたわけでも無いが、計り知れない危険性を感じた統太は身構える。


そして男はソレを腕の力だけで投げて来た。


風を切りながら振った腕は「ブォン」と音を立てる。




遮る物が無い槍は床をえぐりながら向かって来る。槍は床に触れてもいなのに、破壊されている。




轟音を立てながら向かって来る。


それなら危険性を瞬時に理解できるが、ただ静かに、何も起きていない様な雰囲気で、微かに出ている音は、チリチリと何かが擦れているのかと思わせる程度のものだった。




統太は槍を弾き返すつもりでいたが、その異様な光景に違和感を感じ向かって来た槍を横に飛んで避けた。


避けた統太は男に目を向けた。目に映った男は構える事もせず、ただ茫然と立っている。今の状況で呆然と立っている。何かがおかしい・・・・。




統太は顔を横に向け槍に目をやると、避けて後方に行ったはずの槍が自分に向かって戻って来ている。音も立てず、静かに迫って来る。


槍に込められた人を憎み恨み呪う思いが、「遺志」となって槍を支配していた。




迫って来た槍を弾く事が出来ず、正面からくらってしまい、入り口付近まで吹き飛ばされた。


壁は衝撃で壊れた。




「見たか!これが神の力!貴様など神の力の前では立っている事も許されない。壁の中で眠っているがいい」




男が声高に語り、自分が知っている普通の人間以上の存在になり、まさに、選ばれし者になった事が嬉しく、高揚している。




神に自分が一番近い存在になれた、その事が嬉しかった。男の心が何かに満たされていく。


壁の中から音がした。


大きく、重たい瓦礫が床に落ち、転がる音。


それは、統太が自分の上に乗った瓦礫を退けていた音だった。




統太は疲れ、やる気を失った顔をして、壁の中から出て来た。


「なっ!なぜ貴様はまだ生きている!」


男は動揺した、それもそのはず。「普通」の人間が生きて居られる。そんな奇跡が映画や


ドラマ、漫画にアニメの様に起きる訳が無いからだ。だが統太は普通の人間ではない・・・。




「あぁ、もう良いよ?もう面倒だし、自分に酔いしれているオッサン相手にするのも疲れた。


今から力の差って奴を見せてやるよ?」




「ふざけた事を言うな!旧世代の人間がぁ!」




男の肉体が見る見るうちに変化していく、体は既に人間の体に非ず残っていた顔まで変わり、まるで、悪魔の様な姿に変わり果てた。




「その見た目、皮肉だな?」




皮肉、統太の過ごしていた、元の世界と今の世界は少し違うだけの日本。


地球の誕生から恐竜の絶滅、生物の奇跡的進化、人類の誕生、文明、戦争、宗教、世界大戦、目連この世界の事を聞いていた。


この世界は元の世界に居た人間が選ばなかった選択肢の世界「パラレルワールド」




「その姿は悪魔?神から力を借りて、辿り着いた姿が神の敵なのは「皮肉」以外の言葉が出ないな、オッサン?」




瞬時に移動する事が出来る統太だが、それをあえて使用する事もせず、男に自分の姿が見える程度のスピードの移動を繰り返していた。




男は統太の移動に合わせて蹴りを出し攻撃してきた。男の足に手を着け前転をする様に避けた。


男は蹴った足を戻し、統太も床に着地すると同時に男に向かって突っ込んだ。




統太と男の拳と拳がぶつかり合い、衝撃で床を破壊したが、力比べをしているかの様に見え体格さで勝る男が押すが、統太は更に腕に力を入れ、拳を振り切った。




次は男が壁まで飛ばされた。


壁の中で瓦礫を掛け布団のかけて倒れている男、統太はそんな男に向かって静かに声を掛けた。




「立てよオッサン、まだ終わりじゃないぜ?」


統太が見せた力は一瞬であったが、人間を辞めた男を圧倒した。




「騒ぐな小僧が1度や2度、私を傷つけた程度で勝ち誇るな」


壁の中に居る男の姿が見えないが、一瞬白い光が見えた。




統太は寸前の所で避けたが、さっきまで自分が居た場所を見ると壁と床が溶けて融解していた。


室内は異常な高温に達し、統太が着ていた上着は直ぐに燃えて消えた。


先程まで薄暗かった部屋は融解面が光り、ライトの明かりによりも眩しい。




壁の中に居る男の姿も明かりにより見えた、統太の一撃で吹き飛んだ腕は超回復し始めている。骨が再構築され次に血管、筋肉と再生された。




立ち上がった男の腕は皮膚だけが再生されていないが、腕自体は元の太さまで戻っている。。


ゆっくりと壁の中から出て来た。息を切らし、口は開いたまま唾液を垂らし、瀕死の状態。




「ブリタンニアに眠る英霊達よ我に力を貸したまえ、エマ!今こそ恨みを晴らす時だぁぁ」




男が唱えると突如、男の前に人が現れた。顔の上半分だけ仮面を付けており、見えているその唇は真っ赤に染まっていた。


黒いドレスを着ている女性の肌は雪の様に白い。天使か悪魔か。そんな言い争いが起こりもしない、心を奪われた時点で魅了された。




手にはメイスを持ち統太に近づいて来るや否や、メイスを振りかざし攻撃をして来た。


細い腕からは予想も出来ない速さで振り下ろす。


統太は腕を振り上げられた時には間合いから離れ、攻撃が当たらない距離まで離れた・・・


はずだったが腕には火傷の跡があった。




火傷をした腕を見て不思議に思った。攻撃自体は余裕を持って避けた。にも関わらず相手の攻撃を貰ってしまった。


メイスで直接叩かれた訳では無い、だがその答えには辿り着かなかった。




「攻撃を避けても無駄、逃げるのも無駄、簡単に死ねなくなるから全てが無駄だ。エマに勝てると夢を見るのも無駄だ、高温のメイスが放つ熱風は貴様の体に届く限り、貴様に勝ち目など無い、熱風が貴様を焼き殺す」




エマはメイスを大振りしては、床にメイスを叩き付けた。その度に熱風が統太を襲う。


顔への熱風は腕を使いガード出来るが、その代償は大きく、両腕は赤く腫れ始めている。




男は自分の再生能力を利用して、エマの放った熱風と一緒に飛んで来た。


統太は避けたが、避けた先にエマがたま熱風を放って来た、それに合わせる様に男も違う方向から攻撃を仕掛けて襲って来た。




「さっきまでの威勢はどうした?」




「悪かったよオッサン、一瞬で終わらせる」




統太は男の目に映らない速さで移動し、エマの後ろに回った。背中の腹部付近を殴り上げる様に強打し体制を崩させた。エマの顔が天井を見上げた瞬間に顔面を蹴り、床に叩きつけた。


男にはエマが突然姿勢を崩し、床に倒れ込む様にしか見えず、理解出来なかった。


だが、次の瞬間、目には見えないが統太の声だけが聞えた。




「待たせたな、行くぞ」


言葉を理解するよりも先に脇腹を殴られ、体が反る、すかさず反対側を殴られ、体の反りを戻される。


男は吐血し、後ろに倒れそうになるが後ろから蹴られ姿勢が直る。


速すぎる攻撃に恐怖を抱く余裕さえ無かった。


男は意識が混濁する中、声が聞えた。




本国で平穏に暮らし、敬虔な信徒として協会に尽くしていた日々、あの日、娘が教会に殺された。




「パパ・・・○○○○○」


最後に聞いた声が不安を押し殺し、男を失望させない様に言った言葉。


娘が帰って来た時は人では無かった。




自分の娘は特別な存在であり、選ばれし神の子、そう思っていた自分を呪い、恨みが心を支配した。


男は薄れゆく意識の中で僅かに目を開け、倒れているエマが見え意識が戻った。




「おぉぉぉぉ」




あの時、助けられなかった。なぜ・・・あの日の事を。


許せない、神が協会が自分が・・・憎い。




男の中で膨れ上がった感情・・・辛辣・憎み・怨嗟・憤り・憤慨・忿怒・怨恨・怨み・激憤。


長い時間が心の中に住み着いた、黒いモノを払い出せる・・・人間にはそれが出来る。


ただ時折、例外が突然起きる。それは愛が歪んだ末に起きる変化。


本人が望んで心の闇に落ちて来る。


強がろうが寂しく、誰かに愛されたい。


そして愛した愛しい人を失った時、人は自分を恨み、他者を恨む。


だが、本当は・・・・・




男が叫ぶ、統太拳を握り直し全力で殴った。


男の体は吹き飛び、殴った衝撃により、後ろの壁まで飛んで行った。


直後、男が召喚したエマも消え始めた




「パ・・・パ」




召喚されただけの魔物が発した言葉が何を言いたかったのか、それは分からない。


だが、男が娘を愛していた様に、娘も父親を思い、死んで逝ったのだろう。


そんな二つの思いが起こした軌跡なのかもしれない。








戦いから1週間、6月15日


嵩一と寧々は孤児院を出て、児童養護施設に来ていた。




戦いの後、孤児院は運営責任者であった司祭が本国の協会の意向に背き、独断で行っていた研究が露呈した事により、孤児院を閉鎖し、警察の介入が入る前にもみ消した。


犠牲になった子供達はこの世に存在しなかった。それが、教会の出した答えだった。




「あっ!統太くん、いきなり居なくなるから心配してたんだよ?」




「ハハ、ごめんごめん」


統太はあの後、気を失ったままだった嵩一を部屋に戻し、姿を消した。




「よっ!」


嵩一が統太の肩を横から軽く小突いた。




「フッ、なんだよ?」


統太は何処か、嬉しそうに少し笑みを浮かべ、嵩一に目線を移した。




「いや?性格の悪い奴が見えたから来たんだよ」


嵩一も嬉しそうに笑った。


同じ施設の年下の子と遊んでいる寧々、2人は少し離れた場所で話をしていた。




「俺はあの時、怖かった。昇があんな事になっている事を知らなくて、次は自分、その次はアイツ(寧々)がこのベットに寝るんじゃないか?って」


嵩一は少し俯きながら語る。




「今までは誰かが助けてくれてたけど、もうダメなんだって思ったら怖かった、でも起きたら何も無かった様に終わってて、お前も消えてた・・・」




「・・・・」




統太は空を見ながら話を聞いている、その表情は何処か悲しげで、過去に自分が現実から目を背け、前に歩き出せなかった後悔。


心に大きな穴を空けてしまい、虚空の空間を彷徨い自分が生きているのか、死んでいないだけの、傀儡人形では無いか?そんな苦しい過去が蘇っていた。




「って話聞いてんのかよ?」


嵩一が語気を強め聞いて来た。




「あれだろ?食パンのミミは最初に食べる派かどうか?って話だろ?」




「ちげーよ!ったく何にも聞いてねーじゃんかよ!」


嵩一は不貞腐れ、歩き出そうとした。




「次はお前がちゃんと守ってやれよ?」


嵩一は後ろから統太にそう言われ。




「しるかよ」


嵩一は歩き出した、決意に満ちた表情が一瞬だけ統太に見えた。


統太は走って嵩一の横まで行き小声で話す。




「えっ?じゃあ寧々は僕が守るって事で良い?」




「はっ!良いわけ無いだろ!」




「だって、さっき!」




「うるせい!俺が守るんだよ!}




「ハッハーン?やっぱり寧々の事が・・・・」




「知らねーって言ってんだろ!」




「素直りなれよ?少年?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る