第459話~セイレーン降臨 そして、ヒッポカンプ公爵お仕置きされる~

「こんな試合無効だ!地上人がセイレーン様に認められるなんてことはありえないんだ!」


 俺たちが勝利して、海底王が俺たちに海底での滞在許可を与えようとした時、ヒッポカンプ公爵がまだ異議を唱えてきた。


 こいつ、本当にしつこい。


 自分からエキシビジョンマッチで俺たちの実力を試すとか言っておきながら、俺たちがエキシビジョンマッチに勝ってもまだこんなことを言うとか、往生際が悪いにも程があった。


 これにはさすがの海底王も思う所があったらしく。


「ヒッポカンプ公爵。この者たちに試合までさせておいてそれは無かろう。しかもこの者たちはその試合に勝っておる。これ以上、この者たちにあれこれ言うのはどうかと思うぞ」


 そう言って公爵を説得してくれようとしたのだが、公爵は海底王の言葉に耳を傾けようとしなかった。それどころか。


「いえ、陛下。地上人など決して信用してはいけないのです。何せ奴らは無知で野蛮なのですから。もし地上人を我が国に置いたりしたら、きっと海神セイレーン様のお怒りを買うに決まっています」


 そんな風にセイレーンの名前を出してまであくまで俺たちを受け入れないように主張するのだった。


 というか、お前は知らないと思うが、ここの観客席にはそのセイレーン本人がいるんだぞ。

 お前のような下らない言い訳ばかりする人間が、セイレーンの名前を用いて、そのセイレーンまで追い出そうとするとか、俺はどうなっても知らないぞ。


 そんなことを俺が考えていると。


「何だ、この光は?」


 公爵が突然上を見ながらまぶしそうな顔をし始めた。

 見ると、上空から強烈な光が降り注いできて、何かが闘技場へ降り立とうとしているのが目に入った。


 俺はこの現象に見覚えがあった。

 前にこんなことをやったのはヴィクトリアのお母さんとおばあさんだったと思う。

 ということは、まさか。


 そう思った俺は海底王とヒッポカンプ公爵の方を見る。


 すると、光に包まれた何かは海底王の前へ降りると、厳かな感じでこう言うのだった。


「久しぶりね。海底王。こうやって会うのは、あなたが即位した時以来かしら」

「この感じ、このお声。まさか!あなたはセイレーン様?」

「ええ、そうよ。海底王、元気にやっているみたいね」


 海底王の前へ突然降り立った者の正体。

 それはセイレーンだった。


★★★


 驚いた俺は観客席を見る。

 すると、そこにも相変わらずセイレーンがいて、お菓子を食べながらのんびりと事態の推移を見守っていた。


 セイレーンが二人?一体どういうことなのだろうかと思ったが、後で確認したところによると、「ああ、海底王の前に現れたのは私の分身体ね」ということらしかった。


 そういえば、前にヴィクトリアのお母さんたちも分身体を使っていたことがあったな。

 あれと同じことをセイレーンもできるのだと思う。


 多分神様なら同じことができるのではないかと思う。

 まあ、うちのヴィクトリアはできないけどな。


 ちなみに神の分身体は本体と遜色ない力を持っているらしいので、突然現れた分身体の方も神の威厳にあふれていて、その威厳を受けて会場の人たちも分身体に対して畏怖しているようだった。


 おまけに分身体の方は神の正装らしい神々しいローブと杖を身に着けていて、恰好の方もばっちりで、これでは知らない人なら本物と見分けは絶対つかないはずであった。


 それはともかく、海底王の前に現れたセイレーン(分身体)に対して、海底王が平伏する。


「これはセイレーン様。ようこそお越しくださいました」


 そうやってセイレーン(分身体)に必死に挨拶している。


「え?セイレーン様?まさかこんな所に?」

「大変だ!早くひれ伏さなきゃ!神罰が当たっちゃう!」


 海底王の態度を見て、目の前にいるのが本物のセイレーン、まあ本当は分身体だけど、だと察して、海底王国の役人たちや観衆たちまでもセイレーン(分身体)に対して平伏している。


 それを見て、俺たちも周囲に合わせて平伏しておく。

 こうしておかないと、後で無礼だと群衆に言われそうなので、予防措置としてそうしておいた。


 さて、そうやって全員が平伏したのを見たセイレーン(分身体)は厳かな声でこう言うのだった。


「さあ、私のかわいい海底王国の者たちよ。顔をあげなさい。私は別にあなたたちをどうこうしようと思ってここへ来たのではないのですから。私の目的はただ一つ。そこのヒッポカンプ公爵とやらに用があって来ました」

「え?セイレーン様。私に用があってこられたのですか?」


 セイレーン(分身体)に突然名指しで指名されて、ヒッポカンプ公爵が慌てふためいている。


「ええ、そうですよ、公爵」

「それで、何の用があって参られたのでしょうか?」


 セイレーン(分身体)に恐る恐る問い返す公爵に対し、表面上だけは笑顔で、セイレーンはこう答えるのだった。


「天界からずっとあなたの所業を眺めていたのですが、あなた、私が認めた子たちに随分なことをしてくれたみたいですね」


 随分なことをしてくれた。

 その言葉に身に覚えがあり過ぎる公爵は、額に冷や汗を流しながら震え上がっていた。

 当然だ。自分たちの崇拝する神にそんなことを言われては、いくら面の皮が厚い公爵と言えども平気なはずが何かった。


「いえ、それは違うのです。誤解なのです」


 慌てて言い訳をしようとするが、そんなものがセイレーン(分身体)に通用するはずがない。


「誤解?あなたは何を言っているの?私はちゃんと天界から見ていたのですからね。私が認めてここへ派遣したホルスト君たちに、あなたが意地悪していたのを。確か『こいつら弱そうだから、試合をして実力を試すべきです』とか、言っていたわよね?」

「いえ、それは、その……」

「しかもその試合にホルスト君たちが勝ったら勝ったで、今度はインチキ扱いですか。本当に見苦しいですね。私、天界からあなたの行いを見ていて本当に腹が立ちました。だから、こうして下界へと降りてきたわけです」

「いえ、だからこれには深い訳が……」

「お黙り!」


 あまりにも見苦しい公爵に対して対にセイレーン(分身体)が、というか本体もだけど、キレたらしく、厳かだった笑顔もいつの間にか消え失せ、きつい表情で公爵のことを怒鳴りつける。


「深い理由も何もあるものですか。私はずっと見ていたんですよ。あなたが気に入らないという理由だけでホルスト君たちを排除しようとしていたのを。それとも何ですか。お前は私の目が節穴だとでも言いたいのですか?」

「いや、セイレーン様の目が節穴だ、などと。そんなことは思っておりません」

「でも、あなたがホルスト君にした仕打ちを見ればそうとしか思えないですよね」

「それはそうかもしれませんが。これには理由が……」

「もういいです。あなたの言い訳など聞きたくないです。そして、お前のような神の言葉に従わない者など王国の公爵にはふさわしくないと思います。ですから、しばらく反省しなさい!」


 そこまで言うと、セイレーン(分身体)は持っていた杖をヒッポカンプ公爵に対して振る。

 そうすると、公爵の体が輝き出し、次の瞬間。


「お前にはこの姿がお似合いです!その姿をみんなに晒して、屈辱にまみれた日々を過ごすがよいです!」


 公爵はセイレーン(分身体)の手によりカエルの姿にされてしまった。


「うわー。公爵様がセイレーン様にカエルにされてしまったぞ!」


 当然会場中から驚きの声が上がると同時に、「ぎゃはは」「くくく」という公爵をバカにするような笑い声も聞こえてきた。

 そこから察するに、ヒッポカンプ公爵。民衆の受けも相当悪かったようだ。


 そんな公爵に対して、セイレーン(分身体)はこう言うのだった。


「言っておきますけど、お前が心から今回のことを反省するまではこのままの姿ですからね。海底王。それまではこの愚か者を水槽にでも入れて監視しておきなさい」

「はい。セイレーン様。おい、誰か水槽を持って参れ!」


 こうしてヒッポカンプ公爵はカエルの姿にされ、さらにその水槽は以降王宮の門の所に飾られることになり、彼は『神の怒りを買った愚か者』として、人々の間で笑われる羽目になるのであった。


 さて、これでヒッポカンプ公爵へのお仕置きは完了だ。


「さて、これで愚か者の処分は終わりです。それでは海底王……」


 続いてセイレーンは、海底王の方を向き、海底王と話し始めるのだった。

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