第438話~月へと続く遺跡 その6 四階・都市エリア編 前編~

 四階の入り口の扉の所の窓から外を見ると、大分間近に迫った月の姿が確認できた。


「月って近づくとこんなに大きいんだ」


 その月を見て妹たちが感動したような顔をしている。


 まあ、地上から見える月は小さくて、ここで見るように月の上の細かい様子を見ることはできないからな。

 だから、物珍しいのだと思う。


 だが、妹よ。一つお前は勘違いしている。

 月の上に降り立った時の感動はこんなものじゃないぞ。


 そう言ってやろうかと思ったが、それでは実際に到着した時の感動が薄れてしまう気がしたので、黙って置いたけどね。


 俺って、何て優しい兄貴なのだろう。

 俺は自分のことをそう思ったのだった。


★★★


 四階への入り口の扉を開けて中へ入ると、入ってすぐの所にまた扉があった。


 しかもその扉の前には何か白いものがいた。


 何だろうと思ってよく見てみると、それは白いネコだった。

 白ネコは扉の前で丸くなってのんびりと寝ているようだった。


 それを見て動物好きのヴィクトリアが早速飛びついて行く。


「キャー、かわいいネコちゃんです!」


 そうやって猫を拾い上げると、なでなでし始めた。

 ただ急に起こされた猫の方はびっくりしたようで、抗議の声をあげる。


「いきなり何をするにゃ。初対面の相手に図々しいにゃ」


 そうやって目を吊り上げながら怒り始めた。

 それを見て妹たちが驚いている。


「ネコが……しゃべった?」


 そうやって四人そろって目を丸くしている。

 まあ、妹たちの反応は無理もない。俺たちは動物たちが人間の言葉を話すのを見慣れているから平気だが、普通の動物は人の言葉を話したりしないからな。

 だから、こう説明してやる。


「レイラ、世の中には人の言葉を話す動物も結構な数いるんだ」

「え?そうなの?」

「ああ、特に目の前のネコは白いだろう?こういう動物は神の使いである可能性が高い。それに普通のネコがこんな遺跡の中にいるわけが無いだろう。だから、余計このネコは特別なネコである可能性が高い。だから人の言葉を話したくらいで一々驚いたりしていたら身が持たないぞ」

「そう言われればそうかも。わかったそういう事にしといてあげる」


 俺の説明に妹たちも納得してくれたようで、それ以上は驚かなくなった。


 さて、妹への説明も終わったことだし、ネコとの会話に戻るとしよう。

 ネコは俺の説明がしっかりしていたのを聞いて感心したのか、怒るのを止め、俺にこう話しかけてきた。


「ほう、人間。よく分かっているじゃニャーか。お前、何者にゃ」

「俺の名はホルストだ。それで、そちら様はどちら様でしょうか」

「うむ、よくぞ聞いてくれたにゃ。吾輩こそは、この世界のネコ族の長にして、月の女神ルーナ様にお仕えする神猫しんびょうミー様の甥にして、この遺跡の番人を勤めるワルツにゃ」


★★★


 どうやら目の前の白ネコはワルツという名前で、ミーの甥っ子らしかった。

 それを知ったヴィクトリアが再びワルツのことを撫で始めた。


「まあ、あなたミーちゃんの甥っ子ちゃんなんですね。ミーちゃんに似てかわいいですね」

「お前、ミー様のことをミーちゃんなどと気軽に呼ぶでにゃーよ。……というか、お前、その口ぶりだとミー様のことを知っているにゃーか」

「ええ、月のクレーターの底の遺跡で会いましたよ」

「月って……お前、どうやって月に行ったにゃ?ここを通らないと月に行けにゃいのに。でも、ここを通った人間なんて今までいなかったにゃ」

「それは、おばあ……ルーナ様に月へ連れて行ってもらったからですよ。それで、月のクレーターの遺跡に行ってミーちゃんと会いましたよ」

「嘘にゃ。ルーナ様がそう簡単に人間にそんな待遇を与えるわけがないにゃ」

「いや、本当に連れて行ってもらったんだ」


 ヴィクトリアの話を中々信じようとしないワルツに俺が話しかける。


「証拠もあるぞ。俺はそのミーと神獣契約をかわしているから、いつでも召喚できるし」

「え?神獣契約?お前ら、一体何者にゃ?」

「ちょっと来い、その辺を教えてやる」


 そう言いながらワルツを抱いて少し離れた場所に連れて行くと、他のメンバー、特に妹たちに聞かれないように事情を話してやる。


「実は、今お前が話していた女、ヴィクトリアという名前なんだが。あいつ、お前のご主人様であるルーナ様の孫だぞ」

「え?ルーナ様のお孫様?ということは天界の女神様?」


 ヴィクトリアがルーナの孫を聞いてワルツが信じられないという顔をしている。


 まあ、気持ちはわからないでもない。

 あいつあまり言動とか女神らしくないからな。


 だが、事実だ。だから俺はこう説明してやる。


「信じられないかもしれないが事実だ。あいつの顔を思い浮かべてみろ。ルーナ様の面影があるだろう?」

「そう言われてみれば確かに面影があるような気がしますにゃ。なるほど、あの方は女神様でしたかにゃ。それならルーナ様の厚遇の理由もわかりましたにゃ」


 俺の説明を聞いて納得したのか、ワルツはうんうんと頷いている。

 これで、ワルツへの説明は終わったので皆の所へ戻る。


 戻ったワルツは全員を目の前にしてこう言うのだった。


「皆さんの事情は大体理解したにゃ。吾輩の仕事はこの先のエリアに進むための試練を与える事にゃ。試練は二つあるのにゃが、その一つは第二の試練を受けるにふさわしいかを見極める事にゃが、そっちについては、皆様はルーナ様に認められているようだから免除でいいにゃ。ということで、今から第二の試練を行うにゃ」


★★★


 ヴィクトリアのおばあさんの月の目がルーナの知り合いということで第一の試練を免除された俺たちは、目の前の扉を通過するため第二の試練を受けることになった。


「それで、第二の試練とは何なんだ?」

「簡単なことだにゃ。この扉を開くには合言葉が必要だにゃ。この部屋にそのヒントがあるからそれを探すにゃ」


 合言葉を探せか。しかもヒントはこの部屋にあると。

 俺は周囲を見渡す。すると、部屋の片隅に張り紙のようなものがあった。

 それに近づいて見てみると。


「『私と素敵な旦那様との結婚記念日は何月何日でしょうか』ってあるな」


 と、書かれていた。


 え?もしかしてこの答えが合言葉なのか?

 だとしたら、ヴィクトリアのおばあさんに呆れるんだが。

 そんなこと当事者でない俺たちが知るはずがないし、そんなのろけ話の答えを合言葉にされても困惑するばかりだからだ。


 それでも俺たちには二人の孫であるヴィクトリアがいる。

 ヴィクトリアならもしかして知っているんじゃないかと思った俺は、ヴィクトリアに聞いてみたが。


「ワタクシも知らないですね」


 返って来たのはそんな答えだった。

 そりゃあそうだ。俺だって両親の結婚記念日なんか知らないしね。

 そんなことヴィクトリアが知っている方がおかしいのだった。


 とはいえ、このままでは埒が明かないので、ヴィクトリアに、


「何でもいいからヒントになりそうなことはないか」


と、聞いてみた。


「うーん、そうですね」


 俺に聞かれたヴィクトリアは必死に思い出してくれる。

 そして、しばらく頭を使った結果、何かを思い出したのか、突然ポンと手を叩いた。


「そういえば、ルーナ様とリンドブル様は毎年三月の頭くらいに旅行に行っていますね。ワタクシは何でその時期に旅行をするんだろうとずっと思っていたのですが、もしかして、あれは結婚記念の旅行だったのでは?」

「なるほど、確かにそれはありうるな」


 ヴィクトリアにヒントをもらった俺は早速扉の前に立ち、三月の日付を適当に言ってみる。


「三月一日」


 反応なし。


「三月二日」


 反応なし。


「三月三日」


 ここでパタンと扉が開いた。

 どうやら三月三日が正解だったようだ。


「おめでとうございますにゃ」


 扉が開いたのを見て、ワルツがお祝いの言葉をかけてきた。


「この先のエリアにはルーナ様が用意したお宝がたくさんあるにゃ。魔物もいにゃいので、じっくり探してご自由にお持ちくださいだにゃ」

「わかった。そうさせてもらう。それとお前には世話になったな。そうだ、ヴィクトリア。ワルツにお礼をあげてくれ」

「ラジャーです」


 俺の指示に従い、ヴィクトリアは収納リングから魚を数匹出すと、ワルツに渡す。

 魚をもらったワルツはニコニコ顔でお礼を言ってくる。


「これはありがとうございますにゃ。皆様の宝探しがうまく行くことを願っておりますにゃ。では、お気をつけて行ってください二や」

「ああ、じゃあな」


 そう言いながら次の部屋に行こうとする俺たちに対して、最後にワルツが声をかけてくる。


「あ、一つ言い忘れていたにゃ。月まで行くつもりにゃら、四階で十分休養を取った方がいいにゃ」

「ほう、どうしてだ?」

「四階には敵はいにゃいが、五階にはこの遺跡のボスモンスターがいるにゃ。だから、四階で休んで行くのがおすすめにゃ」

「わかった、ありがとう。それじゃあな」

「頑張るのにゃ」


 こうして俺たちはワルツと別れ、四階へと進んで行くのだった。

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