第212話~ホルストの虎退治 前編~

「『体力回復』、『小治癒』」


 とらえた鹿を木に縛り付けた後、ヴィクトリアが回復魔法をかけてやる。

 すると、ボス鹿はたちまち息を吹き返す。


 ただ、状況がいまいち把握できていないのか、頭をきょろきょろさせて周囲の様子をうかがっていた。

 そこで銀が話しかける。


「鹿さん、鹿さん。大丈夫ですか?」


 そうやって優しい声で話しかける。


 これこそが、銀が言っていたいい考えだった。

 というのも、神獣には獣と言葉を交わす能力があり、しかも周囲の人間にも話が分かるようにすることができるらしかった。


 銀はまだ神獣見習いだが、この能力を使えるらしく、それを使ってボス鹿から話を聞こうということになったのであった。


「あなたは、私の言葉が分かるのか」


 銀に話しかけられたボス鹿が驚いてそんなことを言う。

 そして、その声はちゃんと俺たちにも理解できた。

 どうやらうまく行ったようだった。


「ええ、わかりますとも。銀は今は人間の姿をしていますが、正体は神獣白キツネの娘で、狐ですもの。だから、動物の言葉もわかりますよ」

「神獣?なるほど。それで、私に何用かな」

「ええ、その件なんですけど、まず先に謝っておきます。こうやってあなたを乱暴に捕まえるような真似をしてごめんなさい。ただ、あなたも仲間を抱えていて気が立っているようだったから、話を聞いてもらうためにこうやって捕まえたの。気分を悪くしましたか?」

「いや、別に構わないよ。確かに私も気が立っていたから、普通に話しかけられても君を襲っていたかもしれないしね。それで、用件とは?」

「実は今銀はですね、女神ヴィクトリア様にお仕えしておりまして、そのヴィクトリア様の旦那様があなたたちが畑を荒らすのを何とかしてほしいと頼まれまして、ね。それで、聞けば、あなたたちが畑を荒らすようになったのは最近の話だというではありませんか。だから、事情があるのなら聞こうという話になって、こうして聞いているわけです」


 銀の話を聞いて、ボス鹿は大きく頷く。


「なるほど、そういうことですか。わかりました。お話ししましょう」


 そして、ボス鹿は人間の畑を荒らすようになった理由を、コンコンと話し始めるのだった。


★★★


 次の日の昼頃。


「あそこが問題の洞窟だな」


 俺たちはボス鹿に聞いた森の中にあるという洞窟に来ていた。


 あのボス鹿の話によると、最近になってこの森の中に凶悪な魔物が棲みついたらしく、そいつが鹿たちに容赦なく襲い掛かってくるので、鹿たちが満足に食事を食うことができなくなり、人里の方に避難してきたということだった。


「ですから、もしその魔物を退治していただけるのでしたら、私どもも元の森へ帰ることができて、畑を荒らすようなことも致しません」


 ということで、ボス鹿の頼みを受けて、俺たちがその魔物を退治すべくこうしてやって来たというわけだ。

 それで、この洞窟こそがその魔物の住処ということだ。


 ビッグヘルキャット。

 それがこのあたりに住み着いた魔物の名前だ。


 まあ、要はでかい虎だと思ってくれたらいい。

 大体普通の虎の3,4倍くらいでかいらしい。

 しかもそれだけでかくなっても、俊敏さが失われていないどころか、普通の虎よりも随分速く動くらしかった。

 その上、牙も爪も普通の虎よりも大きくて鋭く、熊くらいなら一撃で殺すことができるらしい。


 まさにネコ科の獰猛な魔物と呼ぶにふさわしい魔物で、こんな場所に居ていい魔物ではなかった。


 一応エルフの森にもいるらしいのだが、もっと森の奥、禁足地と呼ばれるようなところにいるらしかった。

 それがここにいるとはどういうことだろうと思ったが、それは今考える時ではない。

 さっさと退治して先へ進まないとな。


 後、聞くところによるとビッグヘルキャットの毛皮は高く売れるらしかった。

 今回報酬は少なめなので、毛皮でも売っ払って、少しでも回収したいものだと思う。


「ところで、ホルスト様。知っていますか?」


 俺がそんなことを考えていると、銀が話しかけてきた。


「何をだ?銀」

「狐って、実は犬に近い種族なんですよ」

「へえ、そうなんだ」

「だから、すごく家族の絆が深いんですよ。ですから、銀の家族もとても仲が良いんですよ」

「そうだよな。この前ナニワの町へ行った時も、銀はお母さんと仲良くしてたものな」

「そうでしょ。対して、虎さんをはじめとした猫さんって、個人主義の場合が多いんです。ですから、ここの虎さんも……」

「なるほど、一匹だけという可能性が高いわけか」


 ということなら、それを前提として討伐作戦を考える必要があるな。

 さて、どうしようか。

 俺は頭を回転させるのだった。


★★★


 その夜。


「ホルストさん。出てきたみたいですよ」


 問題の洞窟の近くで俺たちが待機していると、ヴィクトリアが配置していた木の精霊が獲物が洞窟から出てきたのを報告してきた。


「さて、動くか」


 俺たちは早速行動を開始する。


「『神強化』」


 全員で近くの木に登った後、俺が『神眼』をつかって敵の姿を確認する。


「ほほう、噂通りでかいな」


 木の上から確認できるビッグヘルキャットは大きかった。

 多分、7,8メートルくらいはあると思う。


「それに、立派な模様の毛皮を持っていやがる。これは好事家たちが高く買ってくれそうだ。いくらで売れるか今から楽しみだ」


 嬉しすぎて思わずよだれがこぼれ出そうになった。


 おっと、今は戦闘前だった。

 『捕らぬ狸の皮算用』という言葉もあることだし、ここで気を抜いてはいけない。


 ただ、なるべく毛皮を高く売りたいので、毛皮が傷つかないように始末したかった。

 ということで、奇襲で完全に攻撃する暇を与えることなく地獄に落ちてもらうことにする。


「リネット」

「任せて」


 俺の指示でリネットが盾を構える。

 これでビッグヘルキャットの頭をガツンとやるつもりなのだ。


 リネットの盾は知っての通りオリハルコン製だ。

 これで頭を思い切り殴られたのなら、正直鋼鉄のハンマーで殴られた場合よりもダメージがでかいと思う。

 いくらビッグヘルキャットが強いと言っても、これで頭を思い切り殴られたらひとたまりもなく意識を刈り取られることと思う。


 さて、作戦も決まったことだし、すぐに実行するとする。


★★★


「『姿隠し』」


 まずエリカに魔法をかけてもらって姿を消す。


「『重力操作』」


 そして、リネットを抱きかかえた状態で空中に移動する。

 ビッグヘルキャットの上まで来ると、リネットに囁くように言う。


「準備はいい?」

「もちろんだ」


 リネットのお許しが出たので、はあっと俺は一呼吸着く。

 そして、ビッグヘルキャットめがけて一気に突っ込んでいく。


 ビュッと風を切る凄い音がする。

 これだけの音だとさすがに気が付かれたかも。


 そう思ったけれど、当のビッグヘルキャットは状況をいまいち理解できていないようで、そのアホ面をさらすのみである。


 ドッゴオオオオオオオン!

 オリハルコンの盾とビッグヘルキャットの頭がぶつかりすさまじい音がする。

 その衝撃はすさまじく、ビッグヘルキャットが吹き飛ばされ、周囲の木に激突し、ペチャと鈍い音がしたかと思うと、そのまま動かなくなる。



 近づいて調べてみると、白目をむいて意識を失っていた。

 一応心臓は動いているので、まだ生きてはいるようだ。


 俺は愛剣のクリーガを抜く。


「弱肉強食。世界の真理だ。悪いがお前の命をいただいて、俺たちの生活費の足しにさせてもらう」


 そう言いながら、俺はビッグヘルキャットの心臓に優しくクリーガを突き刺してやる。

 すると、ビッグヘルキャットの目から完全に光が消え、血液の流れる鼓動も止まった。


「終わったな」


 こうして俺たちはビッグヘルキャットを退治することに成功したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る