第178話~真祖~

 俺はフレデリカに案内されてある宿屋に入った。

 入った瞬間、俺は周囲に漂う魔力の波動を感じた。


 『魅了』の魔法?

 そんな感じがした。


 もっとも、俺は今魅了にならないようにマジックアイテムを身に着けているので魅了状態にかかる心配はない。

 ただ、魅了にかからないと話が進まない可能性があるのでかかったふりをする。

 フレデリカにくっついて行き、腕を組む。


 それを見てフレデリカがほくそ笑む。


「ふふふ。バカな男がまた一人罠にかかったようね。これで、ステラ様もおよろこびになるわ」


 そう言いながら、フレデリカはある大きな部屋に俺を連れて行く。

 そこはちょっとした大きさの部屋で、2、30人くらいは入っても余裕がある部屋だった。


「おや、フレデリカ、戻ったのかい」


 俺たちが部屋に入ると部屋の奥にいる女が声をかけてくる。

 その女はピンク色の髪、赤い瞳を持った怪しげな雰囲気を醸し出す美女だった。


「はい、ステラ様。ただいま戻りました」

「ほう、今回の男は中々屈強そうで搾り甲斐がありそうだね。よくやったよ」

「はい、頑張りました。ステラ様」

「うん。もう少ししたらレイラも帰ってくるだろうから、二人まとめて搾るよ」


 どうやら目の前の美女の名前はステラというらしい。


 というか、レイラ?

 ステラの手下にはレイラという女もいるのか……って、俺の妹じゃないよな。

 そう思っていると。


「ただいま戻りました」


 別の女が部屋に入って来た。 俺はチラリとその女を見た。見るなり怒りがわいてきた。


 このバカ妹が!こんなところに居やがったか!


 入って来たのは妹のレイラだった。長い黒髪に緩いウェーブをかけ、派手な恰好をしていた。

 レイラは部屋に入るなりステラの下へ直行する。幸いなことに俺の存在には気が付いていないようだ。


「ステラ様、今宵も屈強そうな生命力の強そうな男を捕まえました」


 見ると、レイラは背の高いまあまあ強そうな戦士を連れていた。

 表情がどこかうつろな所から、『魅了』の魔法にかかっていると推察できた。


 レイラの報告を聞いて、ステラがにっこりとする。


「さあ、これで全員揃ったね。それじゃあ、早速血をいただくとするかね。あんたたちも協力しな」

「「はい」」


 そして、自分たちがこれから行うことを確認し合う。

 それを聞いて、俺はこいつらが今回の事件の犯人であることを確信する。


 俺は心の中で静かに魔法を唱える。

 『空間操作』


★★★


「「「なに?」」」


 突然目の前に現れた転移門を見て、ステラたちが驚きの声を上げる。

 その隙に俺は右手で剣を構え、残った左手で胸のペンダントを握り、エリカたちへ指示を出す。


「エリカ、犯人を見つけた。急いでこっちへ来い!」


 すると、すぐに転移門を通ってエリカたちが現れる。


「旦那様、犯人はこの方たちですか?……って、レイラさんがいるではないですか」

「え、エリカ様?ということは……げ、くそ兄貴!」


 アホ妹がようやく俺の存在に気が付いたようで、俺の顔を見て驚いている。


「これはどういうことだい?」


 事態を把握できていないステラが絶叫に近い驚きの声を上げる。

 それに対して俺が説明してやる。


「簡単な話だ。俺はこのあたりで起きている殺人事件の調査をしている。そして、酒場が怪しいと踏んでおとり捜査をしていた。それにお前らが見事に引っかかって、俺の仲間が今ここに乗り込んできた。そういうわけだ。お前たちの悪事もここまでだと知れ!」

「おのれ、こうなったら……あんたたち、やりな!」

「「はい」」


 ステラの命令でレイラとフレデリカ、ついでに魅了されている戦士も襲い掛かってきた。

 ああ、やっぱり実の妹を俺の手で始末しなければならない展開になったか。

 しかし、こうなったら仕方ない。せめて苦しまないように……。


 そう思っていると。


「落ち着くのだ。弟子一号」


 ポンとジャスティスが俺の肩をたたいてきた。


「あの娘たちは、そこのヴァンパイアに操られているだけだ。今ならまだ助かる可能性があるぞ」

「本当ですか」

「ああ、間違いない。ここは私に任せるのだ」


 そう言うと、ジャスティスが一歩前に出る。

 そして、剣も抜かず素手のまま構えると、技を繰り出す。


「邪悪な意思を断ち切れ!『天断』」


 あっという間に三人の懐に飛び込み、3人の意識を刈り取る。

 バタンと3人がその場に崩れ落ちる。


「これで、3人とそこのヴァンパイアの関係を一時的に断った。後はそこのヴァンパイアを倒せば元の状態に戻れるだろう」


 そんなことができるのか!さすが神!


「ありがとうございます」


 妹を始末しなくてもよくなった俺は、ジャスティスに心からお礼を言った。


「お兄様、ありがとうございます」


 ヴィクトリアも俺に続いてお礼を言った。

 多分、妹を始末しなければならなかった俺の苦悩をわかっていて、それを解決してくれた兄へお礼を言っているのだと思う。


「いや、妹よ。このくらい、お前の兄にとっては朝飯前だからな」


 ヴィクトリアにお礼を言われたジャスティスは照れくさそうにする。

 さて、妹たちもどうにかしたことだし、後はボスだけだな。


「さあ、ヴァンパイア、覚悟しろ!」


 俺は剣をもって、ヴァンパイアの前に立つのだった。


★★★


「おのれ!こうなったら私自らがやるしかないようだね」


 配下を倒され、いや、戦線離脱させられたステラが襲い掛かってきた。

 爪を長く伸ばし、それで切り裂こうとしてくる。


 だが、その程度で俺たちをどうにかできると思うなよ。

 ザン。

 愛剣クリーガをふるい、爪を叩き切ってやる。


「おのれ!人間風情が!」


 爪を切られたステラは怒り狂う。

 そして、すぐにまた爪を伸ばして襲い掛かってくる。


「無駄だ!」


 俺は再び爪を切り飛ばしてやる。

 爪を切り飛ばされたステラは三度爪を伸ばして襲い掛かってくる。

 それが何度か繰り返された後。


「これならどうだい!『黒火炎』」


 ステラが攻撃パターンを変え、魔法を放ってくる。

 『黒火炎』は闇の力を帯びた炎を放つ魔法だ。

 以前戦ったリッチが使ったのを見たことがある。


 結構強力な魔法なので使えるものは少ないはずだが、それを使えるということは目の前の女ヴァンパイアはかなり高位のヴァンパイアなのだと思う。


 というか、屋内で炎の魔法なんか使うんじゃねえよ!

 火事になるだろうが!


 いつまでもこいつを野放しにしてはダメだ。

 俺はさっさと決着をつけることにする。


「『天凍』」


 魔法を使用し相手の魔法を相殺すると、一気に相手の懐へ切り込んでいく。


「グハッ」


 俺に胸を切り裂かれたステラが絶叫し、その場に倒れ込む。

 『神強化』を使って、聖属性を付与した攻撃のはずなので、俺はこれで終わりかなと思った。

 実際、ステラは地面に倒れて動かなかったし。


 ただ、その俺の見通しは甘かったようだ。


★★★


「しっかりしろ」


 誰かが私を呼ぶ声をする。


 私、レイラ・エレクトロンは今暖かい場所にいる。

 そこはとても気持ちの良い場所で、永遠にそこに居たいとさへ思えた。


 だが、誰かが私をそこから出そうとしている。

 私はそれに怒りを覚える。

 思わず叫ぶ。


「うるさい!」


 その声とともに私は目が覚める。


「よお、目覚めたか。妹よ」

「げ、くそ兄貴」


 目覚めた私の目の前にいたのはくそ兄貴だった。今私が一番会いたくない人間だった。


「何で兄貴がここに」

「何だ。お前覚えてないのか。お前、間抜けにもヴァンパイアの手下にされて、人間を襲うのに協力させられていたんだぞ」

「私がそんなことを?」

「そうだ。お前の協力のおかげで何人も死んでいる。お前、もしかしたら死刑になるかもしれないんだぞ。わかっているのか?」

「え、死刑?」


 死刑と聞いて私は身が震える思いになった。

 すぐに涙があふれてきて止まらなくなる。


 そして、気が付いたら兄貴に助けを求めていた。


「死刑は嫌だよお。助けてよお。お兄ちゃん」


 それを見て兄貴がクスクスと笑い、こう言った。


「冗談だ。お前は邪悪なヴァンパイアに操られただけだから死刑までにはならないと思うぞ」

「本当?」

「ああ、本当だ。こう言えばお前が少しは反省するかもしれないと思ってそう言っただけだ」

「ああ、よかった」


 死刑にならないと知った私は心底ほっとした。だが、兄貴はそんな私を絶望に突き落とすようなことを言ってきた。


「ただ罰はきちんと受けてもらうからな」

「罰?」

「そうだ。お前、修道院を脱走してきただろうが!それに操られていたとはいえ、ヴァンパイアに協力してしまったんだ。罰を受けて当然だろうが!」


 はっ。そうだった。私とフレデリカは修道院から逃げている最中だった。

 それなのに、兄貴に捕まってしまうとか。私はこの先どうなってしまうのだろう。


 私は再び泣き出しそうになった。


 その時だった。


★★★


 カサ。

 俺が妹を説教していると、背後で物音がした。


 俺が振り返ると、そこには倒したはずのステラが立っていた。


「おのれ、人間の分際でよくも私の美しい体を傷物にしてくれたな。絶対生かしては返さないよ」


 それだけ言うと、ステラの体が変化し始める。

 服が破け、体毛で覆われた肌が露出し、背中から蝙蝠の翼が生えてくる。

 整っていた顔にも体毛が生え、見るも無残になる。


「コウモリ人間……」


 変わり果てたステラを見た俺は思わずそう呟く。


「はああああ」


 姿を変えたステラはさらに自分の体を大きく変化させる。

 その体はたちまち部屋より大きくなり、部屋の壁や屋根を突き崩す。


「ヴィクトリア!」

「はい。『防御結界』」


 崩れる建物の中、俺たちはヴィクトリアの魔法でやり過ごすことに成功する。

 そして、がれきの山から這い出てステラの方を見ると。


「でかいな」


 そこには真の姿を現した巨大なヴァンパイアがいた。


★★★


「あれは真祖ですね」


 変わり果てたステラを見て、ヴィクトリアがそんなことを言う。


「真祖?」

「生まれつきのヴァンパイアのことですね。ヴァンパイアの原種ですね。普通のヴァンパイアよりも丈夫なので、ホルストさんの攻撃でも死ななかったんですね」


 なるほど。

 ステラの頑丈さの秘密はそこだったのか。

 俺はヴィクトリアの意見に感心した。


「それで倒すにはどうすればいい?早く倒さないと、王都中がパニックになりそうなんだが」


 実際、町中に巨大な魔物が突然現れたことで、スラム街は大騒ぎになっていた。

 あちこちから人々の悲鳴や、逃げ惑う声が聞こえてきていた。


「簡単なことです。こちらもパワーアップすればいいだけの話です。……ということで、えい」


 そう言うと、ヴィクトリアが俺に飛びついてきてキスをした。


 俺はいきなりなんだと思った。

 ジャスティスの奴が俺のことをにらんでいるじゃないか。

 後が怖いじゃないか。どうしてくれるんだ。


 俺がそう考えていると、俺の頭の中にいつもの声が聞こえてきた。


『シンショウカンプログラムヲキドウシマス』


 あ、そっちだったか。

 俺はそう思いながらも、ヴァンパイアとの戦闘準備に入った。

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