第176話~名探偵エリカ~
「ホルスト君、折り入って話があるんだけど」
さて、これからヴァンパイア事件の調査に入ろうかという日の朝。
俺はエリカのお父さんに呼び出しを受けた。
「旦那様、私もついて行きます」
エリカも話を聞きたいというので、エリカ同道でお父さんの執務室に行った。
「オヤジ?」
部屋に行くと、俺のオヤジの姿が確認できた。
何か知らないが、妙に神妙にしているように見える。
それを見て、俺は今日のお父さんのお話はエレクトロン家にかかわりがある話で、かつ禄でもない類のものであることを悟った。
「まあ、二人ともとりあえず座りなさい」
お父さんに促され、俺とエリカが席に着く。
「ホルスト様に、エリカお嬢様、お茶をお持ちしましたので、どうぞ」
すぐに屋敷の執事さんがお茶を出してくれたので、それを飲みながらお父さんの話を聞くことにする。
「ホルスト君、悪い話ともっと悪い話の二つの話があるんだけど、どっちから聞きたい?」
席に着いてお茶を飲み始めるなりお父さんがそう聞いてきた。
重い。朝から重すぎる質問だ。
朝一からそんな質問はされたくなかった。
だが、逃げるわけにはいかない。
ただ、かといって、心の準備はまだできていない。
ということで、まず悪い方の話から聞くことにする。
「悪い方からお願いします」
「そうか、わかった」
お父さんは頷くと、悪い話とやらを話し始める。
「実はね。ホルスト君の妹のレイラちゃんなんだけどね。修道院送りになったのはホルスト君も知っているよね?」
「ええ、まあ、知ってます」
「そのレイラちゃんなんだけどね。修道院から逃亡したそうなんだ。そう家に連絡が来たんだろう?オットー」
エリカのお父さんが俺のオヤジに確認するように聞く。
「はい、その通りです」
その問いにオヤジが肯定の返事をする。
それを聞いて、俺は驚く。
「え?それは本当の話なんですか。レイラの奴が送られたのはすごく山奥の修道院で、逃げるのは到底不可能だと聞いていますが」
「僕もそう聞いていたんだけれどね。どうやら夜闇に紛れてうまいこと逃げたらしいよ。そうだろ?オットー」
「はい、そのように修道院から連絡が来ています」
何ということだ!あのバカ妹何を考えているんだ。
多分、こらえ性のないあいつのことだから、修道院の厳しい生活に耐えきれなくて逃亡なんてしたのだと思うが、それにしてもバカだと思う。
後、数か月も我慢すれば堂々と修道院から帰れたはずなのに。
一体何を考えているのだろうか。
本当に理解不能だった。
「それで、お父様、逃亡したレイラさんの行方は分かっているのでしょうか?」
あまりの出来事に言葉を失っている俺の代わりにエリカがお父さんに聞く。
「うん、それがもっと悪い話につながるんだ」
そう言うと、お父さんは話を続ける。
★★★
「レイラさんと悪い話がどうつながっているのですか?お父様」
レイラのアホがもっと悪い話に関係があると聞いて、エリカが興奮気味にお父さんに聞く。
「実はね。レイラちゃんをスラム街で見たという情報が入って来たんだ。それもスラム街でも治安が良くないと評判の飲み屋街でね」
「治安の良くない飲み屋街ですか?」
ようやく思考停止の輪から抜け出た俺がお父さんに聞き返す。
飲み屋街で見たということは、妹の奴はそこで飲み屋の店員でもしているのかと思った。
だが、そうではないらしい。
「まあ、一応飲み屋街だね」
「一応?」
「その飲み屋街ね。客が女性店員のことを気に入ったら、飲み代に割増料金を支払って、女性と個別に遊ぶことができるらしい」
「お父様、それって……」
「エリカ、それ以上は聞かないでくれ」
俺はそれ以上エリカに聞かないように頼んだ。
実の妹がそんないかがわしい店で働いているとか、聞きたくなかったからだ。
それにしてもあいつは何を考えているのだろうか。
皆を心配させるようなことばかりしやがって。
俺は妹のことは大嫌いだが、それでも、さすがに血のつながった妹がひどい目に遭っているかもと思うと心配にはなる。
あいつ、絶対に許さねえ。
とっ捕まえたら、一生家から出られないようにしてやろうと思った。
お父さんの話はそれで終わりだった。
「もうエレクトロン家の家督は俺が継いだからな。もし見つけたらレイラは厳しく処罰する。オヤジにも文句は言わさないからな」
最後にオヤジにそう言い残すと、俺は部屋を出た。
今日はこれから仕事をしなければならない。
いつまでも妹のことに構っていられないからな。
★★★
「ところで、旦那様」
調査の支度ができたので、いざこれから出発しようとしたとき、「二人だけで話がしたい」と、エリカがそう切り出してきた。
「何だい?エリカ」
「レイラさんの件ですが、これから調査を行う過程で見つかる可能性が高いわけですが、見つけたらどうなさるおつもりですか」
「見つかる可能性が高い?」
「そうですよ。レイラさんが目撃されたのはいかがわしい飲み屋街。今まさに私たちが向かおうとしているところではありませんか」
「あっ」
俺はエリカに言われてそのことに初めて気が付いた。
確かに俺たちはこれから警備隊の協力の下、そのあたりの調査を行う予定だ。
そうなると、必然的に妹を見つける可能性も高いわけだ。
ただ、妹の処分に関してはもう俺の中では決めている。
「そうだな。あいつを捕まえることができたら、もう二度と他人に迷惑が掛からないように一生家に閉じ込めておくかな」
俺はそう宣言した。
ただ、そう宣言した俺に対して、エリカはジッと俺のことを見てきた。
「そうですね。普通にいかがわしいことをしているだけならば、そのくらいが妥当だとは思いますが」
「普通に?」
「旦那様、よく考えてみてください」
エリカの目つきがさらに真剣なものになる。
「レイラさんって、妙にプライドが高い子でしょう?そういう子がお金に困っているとはいえ、そういういかがわしい仕事しますかね?大体、あの子、一応魔法使いなのですよ。魔法が使えれば、食うに困らないくらいの仕事は簡単に見つかるのに、ですよ」
「ああ」
確かに言われてみればそうだ。
この世界、魔法を使える人間は少数派だ。
だから、魔法が使えればそれなりに裕福な暮らしができるはずだった。
「それなのに、そういうことをしているって……どういうことだ?思ったより魔法で稼げないからそういう仕事をしているのか?」
エリカが首を横に振る。
「そうではないと思います。旦那様、ここから先は心して聞いてください」
エリカの声が小さくなる。多分あまり言いたくない話なのだろうと思う。
「これは私の想像なのですが……。最近、怪死事件の犠牲者になっているのは屈強な傭兵や冒険者たちです。彼らは普通に襲おうとしても簡単には行かないと思います。では、どうするか」
「どうするんだ?」
「うまいことベッドに誘って、そこで襲うのです」
「それをレイラがやっていると?」
「残念ながら、その可能性は高いです。レイラさんが目撃された時期と、二回目の犯行の時期がもろ被りですので」
何ということだ!身内がこんな凶行に手を貸しているかも、だなんて!
俺の明らかな狼狽っぷりを見て、エリカが慌てて言い直す。
「旦那様、落ち着いてください。可能性があるだけの話です。それにかかわりがあるとしても主犯ではないでしょう。最初に事件が起こったときと死に方が同じですし、最初の時は、レイラさん、まだ修道院にいたので確実に無関係ですしね。犯行にかかわっていたとしても、黒幕に操られているとか、そういう可能性の方が高いでしょう。捕まっても、死刑とかにはならないとか思いますよ」
「ああ、そうだよな。いくらあいつがバカでも、主犯とかないよな」
「ただ、非常の場合は考えておいた方がいいです。その時は、お覚悟を」
「……そうだな。わかった。その時は俺の手で処理する」
エリカの話を聞いて落ち着いて、覚悟の決まった俺はそう言って、自分の覚悟を語った。
非常の場合。
アホ妹が主犯だったり、自らの意思で犯行に手を貸していた場合だ。
その時は俺の手で……。
それが俺があいつにかけてやれるる最後の愛情だったからだ。
まあ、あのアホ妹はそんなにアホではないと思うので、そこまで心配する必要はないと思うが。
それはともかく、エリカとの二人きりの話はそれで終わりだ。
俺は他のみんなと一緒に屋敷を出て、いざ、スラム街へと向かうのだった。
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