第172話~乱入者、現る~

「何だって?俺に客が来ている、って?」


 ジャスティスとの勝負まで後2日。

 俺はエリカの実家の王都屋敷の庭で、勝負に備えてリネットと訓練をしていた。


 すると、屋敷の執事さんが来て、俺に来客があることを告げた。


「はい、今応接室で待ってもらっております」

「そうか。わかった。着替えてくるから歓待しておいてくれ」

「畏まりました」


 執事さんに客のことを頼み、一旦着替えのために自室に行く。


「まあ、お客様ですか?わかりました。すぐにお着替えを用意しますね」


 自室に行き、エリカに頼んで着替えを出してもらう。


「よし、これでいいな。それじゃあ、行ってくるよ」

「お気をつけて」


 着替えが終わると、エリカに軽くキスをし、そのままエリカに見送られて応接室に行く。


「お待たせいたしました」


 一応来客ということなので、愛想笑いを浮かべながら入ると、そこには見知った顔がいた。


「確か、あなたは剣聖の一番弟子の……ゾンネ・エペさんでしたね」

「そうだ。ホルスト・エレクトロン殿。久しぶりだな」


 何と来客とは、以前王国武術大会で戦った剣聖の一番弟子のゾンネ・エペだった。


★★★


「久しぶりだな。ホルスト・エレクトロン殿」


 何と、王国武術大会で戦ったゾンネ・エペという男が俺を訪ねてきた。

 しかも連れまでいる。


「先に紹介しておこう。こちらが拙者の師。剣聖ハンニバル・ヴァルムンクだ」


 ゾンネの紹介で、ゾンネの連れの男が立ち上がり俺に挨拶してきた。


「貴殿が私の弟子を破ったというホルスト殿か」

「はい、その通りです」

「お初にお目にかかる。私はハンニバル・ヴァルムンク。剣聖だ」

「ホルスト・エレクトロンです。こちらこそよろしくお願いします」

「うむ」


 そこまで話すと剣聖が手を差し伸べてきたので俺たちは握手した。

 剣聖の手は大きくて力強い手だった。


 醸し出す雰囲気も剣聖と呼ばれるにふさわしく覇気のあるものだった。

 それだけでも、この人物が強者だというのはわかった。


 ただ、俺的にはどこか物足りなく感じられた。

 多分、ジャスティスの強さを知ってしまったからだと思う。


 最強の剣士と言われる剣聖といえど、ジャスティスと比較すると足元にも及んでいない感じがする。

 まあ、向こうは武神で目の前の剣聖は人間に過ぎないからな。

 本来、比較対象にすらなっていないと思う。


 ただ、俺がこんなふうに思っていることが相手に知られたら失礼だ。


 俺は『地の行』で得た生命エネルギーのコントロールを駆使して、相手に感情が漏れないように気を付けた。

 というのも、生命エネルギーが乱れると、感情が相手に伝わってしまうことがあるからだ。


 幸いなことに、今回剣聖に生命エネルギーの変化は感じられない。

 どうやら、うまく感情を隠せたようだ。俺はほっと胸をなでおろした。


 さて、一通り挨拶が終わったので、俺たちは席に着く。

 そして、俺はゾンネたちに来訪の目的を尋ねる。


「それで、本日はどういった用件でいらっしゃったのですか」

「ホルスト殿、なぜ貴殿は今年の王国武術大会に出場しなかったのだ」


 王国武術大会?

 ……あー、そういえば、あれって毎年やっているんだっけ。


 でも、今年どこでやったのかさえ知らないや。

 大体、前に出たのだってノースフォートレスのギルドマスターのダンパさんに頼まれたから出ただけだし。

 実は優勝したからもう興味ないし。


 ただ、それを正直に言うと怒られそうな気がしたので、別の言い訳をすることにする。


「ええ、今年の夏ごろは仕事でドワーフ王国に行っておりまして」

「ほう、ドワーフ王国ですか」

「ええ、そこで仕事をしておりまして。何せ、自分は3人ほど奥さんを抱えておりますので、その奥さんたちや今いる子供、将来生まれて来るであろう子供たちを養っていくためにも、馬車馬のように稼がなくてはなりません。ですから、特別な事情がない限り、仕事優先でやっております」

「そうか。ならば武術大会に出られないのは仕方がないな」


 ほ。俺の話を聞いてゾンネは納得してくれた。


 まあ、俺の言ったことは嘘ではないからな。

 都合の良い事実だけをくっつけて作った虚構の真実だけどな。

 話の成分に嘘はないけど、全体でみると虚構だというだけの話だ。


 ただ、話としては納得したが、ゾンネは俺に伝えたいことがあったらしい。

 俺の話を聞いた後に、こう切り出してきた。


「なあ、ホルスト殿。拙者と試合をしてくれないか」

「ゾンネさんと試合ですか」

「そうだ。拙者貴殿との再戦を夢見て今年の武術大会に参加し、優勝までしたのだが、貴殿と戦えなくて拍子抜けした思いだ。実はここに来たのも貴殿と試合できたらと思ってきたのだよ。何卒受けていただけないだろうか」

「別に構いませんよ」


 俺はあっさりオーケーを出した。

 ジャスティスとの修行の成果を普通の人間相手に使えばどうなるか。

 試してみたかったからだ。

 ゾンネならば相手として十分だった。


 と、ここで今まで黙っていた剣聖が口を挟んできた。


「ホルスト殿、私からも頼みがあるのだが」

「何でしょうか」

「ゾンネと戦うついでに、私とも戦ってもらえないだろうか」


 剣聖の頼みとは、俺との試合だった。


「いいですよ」


 これもあっさりと了解した。

 ゾンネ以上に手合わせの相手として申し分ないと思ったからだ。


「そうか。なら、試合の日程はどうするかね。明後日とかが日程的に良いと思うのだが」

「いいですよ。……あ」


 ここで俺は思い出す。

 そういえば、明後日はジャスティスとの試合の日だった。


 予定を変えてもらおうか。

 俺がそう言おうと思っていると、俺の様子がおかしいことに気づいたのか向こうから聞いてきた。


「何か、問題でも?」

「いや、明後日自分が剣を習っている方と試合予定だったのを失念しておりまして」

「ほほう。貴殿の剣の師がいらっしゃるのですか」


 俺がジャスティスと試合をすると聞いて、ゾンネが身を乗り出してきた。


「それは素晴らしい。貴殿に剣術を教えられるほどの人物。さぞかしお強いのでしょうな。是非、お会いしたい。どうぞ一緒に来てください」

「いや、しかし」


 俺的にはあのシスコン脳筋野郎を人前に出したくなかった。

 だが、ゾンネは、それと剣聖も執拗にお願いしてきた。

 師匠との試合があるのなら、自分たちの試合は別の日でもいいと言ってきた。


「そこまでおっしゃるのなら構いませんよ」


 断り切れなかった俺はついそう言ってしまった。


「それではまた明後日ということで。試合会場は王都の闘技場を抑えておりますのでそこをお使いください」


 それだけ言うと、「では、また」と言って、二人は帰って行った。


「なんか、疲れたな」


 二人が去った後、俺は心労で非常に疲れを感じるのだった。


★★★


 その日の夕食の後。

 俺はパーティーメンバーとジャスティスを呼んで、昼間あったことを話した。


「ということで、明後日の試合を剣聖たちが見学に来ることになったんだけど、ヴィクトリアのお兄さんはそれでも大丈夫でしょうか」


 勝手に人前で試合をすることを決めてしまって、ジャスティスが怒るかなと思ったが、当のジャスティスはあっけらかんとしたものだった。


「別に、私は構わんぞ。それよりも、試合会場に闘技場を使わせてくれるというのであろう。良い人間たちではないか」


 それを聞いて俺は思ったね。

 やっぱり、こいつはヴィクトリアの兄貴だってね。


 今は昔ほどではないが、出会ったころのヴィクトリアは考え方が人間と大分ずれていた。

 こいつもやはりずれている。

 勝手なことをされて怒るどころか、いい試合会場を使えることを喜んでいるくらいだからな。


 そんなことを考えていると、ジャスティスがこんなことを提案してきた。


「あ、そうだ。弟子一号。どうせなら、私と試合をする前に、その二人と試合をしてしまえ」

「え、お兄さんとの前にですか」

「そうだ」


 俺の問いかけに対して、ジャスティスは当然だという反応をする。


「相手が折角用意してくれているのだ。別の日に試合とか、相手に迷惑をかけてしまうだろうが」

「いや、でも3連戦とか。結構日程的にきついのですが」

「何を言うのだが。お前は神の復活を阻止するのだろう?ならば、この位で根を上げてどうするのだ」

「しかし……」

「ああ、情けない。この位の試練も乗り越えられないようなら、妹との仲を認めるわけにはいかんな」

「……わかりました。そこまで言われたら、俺も男。やってみます」

「よし、よく言った」


 俺の返答にジャスティスは大きく頷いた。


 こうして、明後日の試合で、俺はゾンネ、剣聖、ジャスティスの3人と試合をすることが決まったのだった。

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