第167話~居候、増える~

 聖都を離れて、しばらくすると王都のヒッグス邸に到着した。

 すると、エリカのお母さんが出迎えてくれた。


「おかえりなさい。あら、そちらの方は?」


 エリカのお母さんの視線が一人の大男の方へ向く。

 この大男とは、もちろんジャスティスのことである。


「エリカさんのお母さん、こちらはワタクシの兄です。ほら、お兄様挨拶してください」

「うむ」


 ヴィクトリアに紹介されたジャスティスが前へ進み出て、一礼して名を名乗る。


「お初にお目にかかります。私、ヴィクトリアの兄のディケオスィニと申します。妹がこちらでお世話になっているようで、感謝のしようもありません」


 深々と体を曲げながら挨拶をする。

 その姿は優雅で、それを見ていると、こいつって本当に神様なんだなって思ってしまう。


 ちなみに、ディケオスィニというのは偽名だ。さすがにジャスティスでは、有名過ぎてまずいだろうということでこうなったのだった。


「まあ、ディケオスィニさんとおっしゃるのですか。これはご丁寧にどうも」


 丁寧に対応されたので、エリカのお母さんもそれに合わせて丁寧に頭を下げた。


「ところで、お母様、話があるのですが聞いてもらえますか?」

「何ですか?」

「実はヴィクトリアさんのお兄さんは武者修行中で王都に来ていたそうなのですが、王都での宿は決めていないそうです。ですから、うちに泊まってもらっても構わないでしょうか?」

「何だ、そんなことですか。ヴィクトリアさんのお兄さんだというなら別に構いませんよ」

「ありがとうございます。お母様」

「それではしばらくご厄介になります」


 こうして、ヴィクトリアの兄貴がしばらく王都のヒッグス邸に居候することが決まった。


 え?なんでで会ってそうそう怒っていたジャスティスが俺たちと一緒にここにいるのかって?

 それを話すには、ジャスティスと会ったところまで時間を巻き戻す必要があった。


★★★


「ならば、私がテストしてやる。お前、私と勝負しろ。そこでお前が妹を守れるくらいの実力を示せたら、お前たちの仲を認めてやる」


 ヴィクトリアの兄貴のジャスティスに決闘を申し込まれてしまった。


 正直困った。

 目の前の男は、脳筋でなんかシスコンぽいけど、俺が今までに出会ってきた中で最強の相手だ。

 剣を交えなくても醸し出す雰囲気からだけでもそれが察せられた。


 さて、どうしようか。

 俺が悩んでいると、ヴィクトリアが首を突っ込んできた。


「お兄様!ワタクシの大事な人に決闘を申し込むとか、どういうつもりですか」

「いや、私はこいつの実力をだな……」

「大体、神と人間では実力が違い過ぎです。それなのに無理に決闘を申し込もうとするとか。それこそ弱い者いじめです。弱い者いじめをするお兄様なんか嫌いです」


 妹に嫌いですとか言われて、ジャスティスは明らかに動揺した。


「いや、私は弱い者いじめとかそういうつもりでは……」

「問答無用です!ホルストさんに手を出すというのなら、二度と口を聞いてあげませんからね」


 そう言うと、ヴィクトリアは本当に貝のように口を閉じてしまい、話さなくなった。

 それを見て、ジャスティスは困った顔になった。


 すぐに下手に出る。


「なあ、ヴィクトリア。お兄ちゃん、謝るから許しておくれ」

「……それじゃあ、決闘やめるんですか?」

「いや、神ともあろうものが一度言ったことを引っ込めるというのは威厳を失わせる行為だから、それはできないな」


 ふーん。そんなものなのか。

 というか、すぐ謝るヴィクトリアはやはり神としての自覚なしということか。


 まあ、知ってたけど。


「それでは、ワタクシと二度と話せなくなりますけど、それでいいんですね?」

「ま、待ってくれ!」


 あくまで自説を引っ込めないヴィクトリアにジャスティスが慌てふためく。


「それでは、こういうのはどうだ。こんな弱い男に妹を任せるとか私は納得できない。だから、私がその男を鍛えてやろう。その上で私がテストをしてやろう。そして、私に勝つことができなくても、私がっ認めるだけの実力を備えたら、お前たちのことを認めてやろう。それなら、弱い者いじめにはならないだろう。どうだ。そこの男、これなら問題はないだろう」


 え?俺に振るの?


 と思ったが、よく考えたらいい機会かもしれない。

 何せ武神に鍛えてもらえるとか、中々ないわけだし。


「俺は別にそれで構いませんよ。というか、是非お願いします」

「ヴィクトリアもそれでいいな?」

「……まあ、ホルストさんがいいというのならワタクシもそれで構わないですよ」


 ということで、俺はヴィクトリアの兄貴に修行をつけてもらうことになった。


★★★


 ヒッグス邸に帰ってからすぐにおやつの時間になった。


「今朝のとれたて新鮮卵さん。これに小麦粉混ぜまして~」


 今日のおやつ当番はヴィクトリアらしく、メイドさんに手伝ってもらいつつ、鼻歌を歌いながら何か作っていた。


「えーと。サイコロは6か。それでは6マス進めさせてもらって、……あちゃ、1回休みだな」

「リネット様は1回休みですか。では次は銀の番ですね」


 エリカたち4人はスゴロクをして遊んでいた。

 何やら白熱したバトルが繰り広げられているようで、楽しそうだった。


 一方、俺はソファーでヴィクトリアの兄貴と向かい合っていた。


「……」

「……」


 ただ、お互いに無言で場の雰囲気が重くてたまらない。

 正直、逃げられるならこの場から逃げ出したいくらいだったが、そういうわけにもいかず、俺は黙って耐え忍んでいた。


 すると、向こうから口を開いてきた。


「おい!お前!」

「はい」

「妹とはどこまで進んでいるんだ?もう抱いたのか?」

「いや、まだそこまでは」

「それじゃあキスはしたのか」

「はい、キスくらいは」

「キス、くらい、だと!」


 ジャスティスが俺のことをじろっとにらみつけてくる。


「キスくらいとかいうことは、もっと先まで行っているということか?」

「まあ、添い寝したり、風呂に入ったりくらいですかね」

「なに?風呂に一緒に入っただと?」


 今度はジャスティスが恐ろしい殺気を俺に向けてきた。

 気持ちはわからんでもない。

 俺だって大事な妹が男と風呂に入ったと聞けば、いい気持ちはしないからなあ。


 もっとも、俺に、大事な、妹はいないけどな。

 さすがにくたばれとかまでは思わんが、どこのつまらない男とくっつこうが、正直興味はわかないね。


「風呂に入ったということは、妹の裸体を見たのか」

「いや、そこまでは。ただ、体の洗いっこはしましたが」

「なに!洗いっこだと!何と破廉恥な!やはり、この私の手で成敗してくれる!」


 そう言うと、本当に剣を抜いて俺に切りかかってこようとした。


 何?このシスコン兄貴。問答無用かよ。


 しかも、シスコンのくせにその構えは武神らしく、付け入るスキが見えないほどの完璧な構えだった。

 これはまずいな。そう思っていると。


「お兄様。一体何をしようとしているのですか?」


 ちょうどヴィクトリアがやって来た。

 手に皿を持っているので、できたおやつを持ってきてくれたのだと思う。


「いや、お前に破廉恥なことをしたこの男に天罰を……」


 ビシッ。


 そこまで言ったところで、ジャスティスはヴィクトリアに思い切り腹キックされた。


「ワタクシが許しているのですから、そんなこと、お兄様にとやかく言われる筋合いはありません!」

「でもな」

「言い分は後で聞いてあげますから、今はおやつにしますよ」


 腹を抑えて痛そうにしているジャスティスに、ヴィクトリアは冷たく言うのだった。


★★★


 今日のおやつはパンケーキだった。


「これはヴィクトリアが作ったものなのか?」


 なんかジャスティスの奴が体を震わせている。

 何だろう?と、思っていると。


「ヴィクトリア。お前料理とかできたのか?家にいた時は全然そんなことしていなかったのに。いや、それどころか、目玉焼き一つまともに焼けなかったのに」


 ジャスティスがそんなことを言い始めた。

 え、パンケーキ見て思ったのがそれ?そう思ったが、面白そうなのでそのまま見ておくことにする。


 ギュッと、その発言を聞いたヴィクトリアがジャスティスの耳をつねる。


「いたたた、な、何をするのだ。ヴィクトリア」

「お兄様こそなんですか!妹の黒歴史をなに勝手に話しているのですか!」

「いや、それは、あの……すまなかった」

「わかれば、よろしいです。でも、次はないですからね」

「は、はい」


 ジャスティスの返事を聞いたヴィクトリアがようやく耳を離した。

 武神様も妹の前ではただのアホ兄貴のようである。


「さあ、みなさん、ヒッグスタウンの農家さんが採ってきたハチミツさんを用意していますので、たっぷりかけて食べてくださいね」

「いただきます」


 うん、うまい。

 ヴィクトリアの奴、また少し料理の腕が上がったな。

 今日のパンケーキはフワフワしていておいしい。


「まさかヴィクトリアが私のために……」


 何かジャスティスの奴がパンケーキを食べて感激している。

 なぜか涙まで流している。

 多分、自分の妹が自分のためにおやつを作ってくれたのがよほどうれしいのだと思われる。


 バクバクと食い、あっという間にパンケーキを平らげる。

 この辺の食いっぷりは妹とよく似ている。

 こんな所は兄妹なんだと思う。


「お兄様、おかわりはどうですか?」


 ヴィクトリアがおかわりを持って行ってやると、


「ヴィクトリア~」


何か知らないが、急にヴィクトリアに抱き着きやがった。

 当然、抱き着かれたヴィクトリアはじたばたと抵抗する。


「ちょっと、お兄様。いきなり何ですか」

「お前、こんなに料理が上手くなっているなんて。きっと、お兄ちゃんに美味しいものを食べさせるために頑張ったんだね。お兄ちゃん、感激だ」


 そのセリフを聞き、ヴィクトリアが、はぁ?という顔をする。


「お兄様、一体何を言っているのですか?ワタクシは別にお兄様のために頑張って料理を覚えたのではないですよ」

「いや、隠さなくてもいいからね。ヴィクトリアは昔から優しくて気遣いのできる子だから、お兄ちゃんに気をつかわさないようにそう言ってるだけだよね。お兄ちゃん、わかっているから」


 あ、こいつ、もう手遅れだわ。

 その完全に勘違いしたセリフを聞いて、俺はそう思った。


 というか、ジャスティス本人以外俺と似たような顔をしているので、思いは同じらしかった。


 そして、ジャスティスのそのセリフを聞いてヴィクトリアがキレた。


「いい加減にしやがれです!このバカ兄貴!」


 そのセリフとともに、ジャスティスの頭に思い切りエルボーを打ち込むのだった。

 ヴィクトリアのエルボーを受けて、ジャスティスがぐらつく。その隙に、ヴィクトリアがジャスティスからさっと離れる。


 これで終わりかと見ていると、


「ヴィクトリアは、本当ツンデレだなあ」


と、まだ笑っていやがった。


 これは本当に真正のアホを抱えてしまったなと思ったが、今更後悔しても手遅れなので、訓練中くらいは我慢しようと思った。


 さて、この先どうなることやら。


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