第166話~シスコン兄貴現る~
ヴィクトリアが自分の家族について話し始めた。
「みなさんもご存じだと思いますが、あの真ん中の一番目立っているのがワタクシの祖父の主神クリントです」
主神クリント。神々の王とも呼ばれている最高神である。
「その横にいるのがワタクシの祖母の豊饒の女神アリスタです。みなさんもお会いしたので知っていますよね」
豊饒の女神アリスタ。クリントの奥さんでヴィクトリアの祖母だ。
俺たちも希望の遺跡で出会って、いろいろと世話を焼いてもらった。
「基本優しい方なのですが、怒らせると怖いですよ」
「そうなのかい?」
「はい。クリントおじい様って、割と女好きなので、すぐよその女に手を出そうとするのですが、嗅覚の鋭いアリスタおばあ様にすぐに見つかって、よくボコられていますよ」
「それは……情けないですね」
「うん、情けないね」
エリカとリネットがヴィクトリアの発言に相槌を打つ。
確かに、神々の王とまで称えられる人物の行動としては情けなかった。
というか、家庭内の恥をあまりぺらぺら話すなよ。
それに、何だよ、お前たち。その目は?
俺はお前たち以外の女に手を出したりしないから。
信じてくれ。
俺が目で必死にそう訴えていると、納得したのか3人の視線が柔らかいものになった。
ふう、助かった。
さて、クリント夫婦の説明が終わったのでヴィクトリアが次の説明に入る。
「それで、クリントおじい様たちの左隣にいるのが、太陽神リンドブルと月の女神ルーナです。ワタクシの母方の祖父母ですね」
太陽神リンドブルに月の女神ルーナ。
この2神もかなり高位の神だったはずだ。
確か、十二大神とかいう最高位の神の一員だったはずだ。
俺はヴィクトリアの顔を見る。
相変わらず抜けた、まあそこがかわいいんだが、顔をしている。
だが、その体に流れる神の血は一流のもののようだ。
「リンドブルおじい様と、ルーナおばあ様はおしどり夫婦で天界でも有名なんですよ。よく天界のみならず下界まで二人で遊びに出かけていますね」
「それは羨ましいですね」
「羨ましいね」
3人の視線がまた俺に向く。
わかった。わかったよ。
世の中が平和になったら3人を連れてちゃんと遊びに行くよ。
だから、そんな視線を向けないでくれ。
俺が目を使ってそう訴えると、今度も了解してくれたのか、3人の視線が俺から逸れて行く。
本当に心臓に悪い。
「それで、クリントおじい様たちの右隣にいるのが、以前にも話したような気がしますが、ワタクシの父の軍神マールスと、母の魔法の女神ソルセルリスです。後父の隣にいるのが叔母の海神セイレーンです」
軍神マールス。神々の軍団長とも呼ばれて、戦いのときには神々で構成された部隊を指揮するという偉大な神で、クリントとアリスタの跡継ぎだ。
戦いの神ということで人気のある神であり、確かヒッグス軍の司令部にもあがめるための神像が置かれていたはずだ。
次に魔法の女神ソルセリスだが、この女神については、俺は見たことがある。
希望の遺跡で初めてヴィクトリアと会った時、勇者ユキヒトの人生を追体験したが、そのユキヒトに神属性魔法を授けたのがこの人だった。
相当な美人だったのはよく覚えている。
そうか、魔法の女神様だったのか。
そういえば、魔法道場なんかによく神像が飾られていたりするな。
そして、海神セイレーンだ。ヴィクトリアのお父さんの妹だ。
この人については、俺も会ったが、あまり言うことはない。
言ったのがばれたら何をされるかわからない。
だから、俺は何も言わないぞ!
「それで、お父様たちの隣にいるのが、兄の武神ジャスティスですね」
武神ジャスティス。
天使の軍団長とも呼ばれている戦いのときには天使の軍団を率いて戦う強力な神だ。
武神でもあり、各地の剣術や槍術、斧術、拳闘術等、武術を教えている道場にはほぼ必ず神像が設置されていて、門下生たちは練習の始めと終わりにその神像に礼拝してから訓練するのが習わしだ。
実は俺たちが教官を務めたノースフォートレスの冒険者ギルドの訓練所にも設置されており、訓練の前にみんなでお祈りしてから訓練を始め、終わった後も一礼して帰るようにしていた。
これで、ヴィクトリアの家族紹介は終わりのようだ。
俺はヴィクトリアの家族紹介を聞いていて思った。
あれ?ヴィクトリアの家族って、一流ぞろいじゃね?って。
それなのにこいつときたら……。
だから、俺はついポロリとこぼしてしまった。
「お前の家族ってすげえな」
「そうですか?ありがとうございます」
「なのに、お前だけ何でポンコツなんだ」
ポンコツと言われてヴィクトリアが顔を真っ赤にして怒り出す。
「ポンコツってひどくないですか?ワタクシだって一生懸命頑張っているのに!」
「でも、お前、自分の家族の中で一人だけこうやって像も作ってもらえてないだろ?その点、どうなんだよ」
「それは……」
言い返せなくて、ヴィクトリアが口ごもる。
そして。
「うわーん。ホルストさんがいじめてきます」
と、しまいには泣き始めてしまった。
それを見てエリカとリネットがすかさず援護射撃に入る。
「旦那様、それはちょっと言い過ぎですよ。ここに来た最初は、確かにヴィクトリアさんは何もできなかったですが、今はちゃんと修行をして戦いの役に立つようになりましたし、家事だってちゃんとできるようになったんですよ。その点はちゃんと評価してください!」
「そうだよ。アタシとヴィクトリアちゃんは二人ともホルスト君に気に入られようとして、料理とか頑張ってできるように練習したんだよ。確かにまだまだ至らない点はあるけど、それでも大分頑張ったんだよ。それを認めてあげてよね」
二人で俺のことを責めに責めてくる。
こうなっては俺にもう勝ち目はない。
それに俺もちょっと言い過ぎた気もする。
ヴィクトリアをそっと抱きしめ、優しい声で謝る。
「ごめんよ、ヴィクトリア。ちょっと言い過ぎた。お前は俺やパーティーのために頑張っているものな。謝るから、許してくれよ」
すると、ヴィクトリアはピタリと泣き止み、こう言った。
「いいですよ。許してあげますから、おいしいもの食べさせてください」
あれ?こいつ、実はあまり悪口言われたことを気にしてなかった?
……まあ、いい。飯くらいで許してくれるというのなら、それで良しとしよう。
「わかった。何でも好きなものを食え」
「本当ですか。わーい」
今度は一転して、ヴィクトリアは、はしゃぎ始めるのだった。
「ご飯くらいで許すとか、ヴィクトリアさんは心が広いですね」
「本当、ヴィクトリアちゃんは度量が広いね」
そんなヴィクトリアを見て、二人が口々に褒めるが、お前ら、こいつにいいように利用されてないか。
というか、むしろグル?俺、狙われていた?
そう思ったが、もちろん俺は口に出さなかった。
★★★
「ふう、お腹いっぱいになりました」
腹いっぱいに昼食を食べたヴィクトリアは、満足げにほほ笑んだ。
ここは聖都で一番の高級レストラン。
「ここです。ここが聖都で一番おいしいけど、値段も一番お高いと評判のレストランです」
大神殿を出た後、俺たちはヴィクトリアの案内でこのレストランへ直行した。
というか、お前、初めて来た場所で何でそんなレストランのことを知っているんだ。
絶対にあらかじめ調べていただろうが!
ということは、俺の推論は……。
だが、俺はそれ以上深く考えないことにした。
考えても意味はないし、家族が喜んでくれた方が俺的にはいいからだ。
まあ、最高級レストランで飯食いたいとか言い出しにくかったから、3人で組んだだけの話だと思うことにする。
別に普通に言ってくれても連れて行ったのに……。本当遠慮深くて、小悪魔的でかわいらしい嫁ズだと思う。
「お腹いっぱいで、眠いです」
飯を食い終わったヴィクトリアが眠そうな顔をする。
当然だ。
こいつは分厚いステーキを3枚も平らげた上、デザートにプリンとイチゴパフェと、アップルパイを食ったからな。
まあ、いくら眠いと言っても、ここで眠らすわけにはいかない。
「馬車まで我慢しろ」
「は~い」
ということで、会計を済まし、馬車に乗るため外に出た。
すると。
「この不埒者め!私の妹を公衆の面前で泣かすとは不届き千万!叩き切ってくれる!」
レストランの外には大剣を持った大柄な剣士が待ち構えていて、俺に対してそんなことを言ってきた。
★★★
「この不埒者め!私の妹を公衆の面前で泣かすとは不届き千万!叩き切ってくれる!」
レストランから出ると大柄の剣士が待ち構えていて、突然俺にそんなことを言ってきた。
当然訳が分からず、俺は困惑するばかりだった。
「あのう、どちら様でしょうか?」
「我が名はジャスティス。私の妹を泣かせたお前を成敗するためにやって来た者だ」
面識のない人にいきなり叩き切るだとか、成敗するだのとか物騒なことを言う危ない人だと思って聞いていたが、ジャスティス、その名には聞き覚えがあった。
と、その時、俺の横からヴィクトリアがひょこっと顔を出してきた。
「誰かと思ったら、ジャスティスお兄様ではないですか」
「おお、わが妹よ。無事だったか」
やはり、目の前の男はヴィクトリアの兄の武神ジャスティスだったようだ。
「無事ですけど、お兄様は何用で下界に降りてきたのですか?」
「そこの男がお前を泣かせたのを見てしまったので、成敗にしに来た」
そこまで言うと、ジャスティスは俺のことをじろっとにらみつけてきた。
しかも、物凄い殺気付きで。
この俺でさえ震えるほどのものだった。
それを聞いてヴィクトリアが呆れた顔になる。
「お兄様、相変わらず脳みそまで筋肉でできているんですか?ワタクシは別に泣かされたわけではないですよ。ああすれば、ホルストさんが甘やかしてくれるかなと思ったから、皆と示し合わせてちょっとからかっただけです。ほんのかわいいイタズラです」
「でも、お前悪口言われていなかったか?」
「確かに言われていましたけど、ホルストさんの口が悪いの何て今更ですし、ワタクシも自分のことをまだまだだなと思っていますので、気にもしていませんよ。それに、ホルストさんがワタクシに気軽に悪口を言ってくれるということは、ワタクシとの距離がそれだけ近いということの証拠でもあります。だから、ワタクシ的にはむしろうれしいです」
ヴィクトリアは俺を庇うようにお兄さんの前に立つと、そう言い訳してくれた。
というか、やっぱりウソ泣きだったのかよ!
……まあ、それは後で問い詰めるとして、今は目の前のお兄さんのことだ。
お兄さんはヴィクトリアにそう言い返されても、なおも俺をにらみつけてくる。
「ヴィクトリア。そんなウソを言ってその男を庇わなくてもいいんだぞ。きっちりとその男はお兄ちゃんが成敗してやるから、そこをどきなさい」
それを見て、ヴィクトリアは、はあとため息をついて、呆れながら言う。
「本当に話の分からないお兄様ですね。というか、ワタクシの一番大事な人を成敗なんかしたら、いくらお兄様でも許しませんよ」
「一番大事な人って……まさか、お前、その男と」
「ええ、ワタクシとエリカさんとリネットさんの3人と一緒にホルストさんの奥さんになったんですよ。だから、ワタクシはもうホルストさんのものです」
そこまで言うと、ヴィクトリアはお兄さんに見せつけるように俺に抱き着いてきた。
それを見て、お兄さんがぶるぶると震える。
「そんな、私のヴィクトリアが。『将来、お兄様のお嫁さんになってあげる』とか言って、私に懐いていたヴィクトリアが……まさか、こんな男にたぶらかされているなんて……」
『将来、お兄様のお嫁さんになってあげる』って、それ、絶対子供のころの話だよな。
それをいまだに覚えている上に、真に受けているとか……こいつ重度のシスコンだな。
俺はそう思った。
それは、ともかく。
お兄さんは顔を絶望させながらそうぶつぶつと何やら言っていたが、やがて、一転、顔を真っ赤にして怒り始めた。
「貴様!本当に妹と一緒になるつもりか?」
「そのつもりですが」
「しかし、お前とても弱そうだな。それで本当に妹を困難から守り切ることができるのか?」
「もちろん、守ってみせます」
「ならば、私がテストしてやる。お前、私と勝負しろ。そこでお前が妹を守れるくらいの実力を示せたら、お前たちの仲を認めてやる」
え?どういうこと?俺、武の神と勝負しなきゃいけないの?
突然の決闘の申し込みに、俺は頭を抱えるしかないのであった。
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