第164話~社交界デビュー~

 王宮から帰って数日が経った。


「旦那様、邪魔です。リビングでホルスターの相手でもしておとなしくしていてください」

「その通りです。何をしていても構いませんが、邪魔だけはしないでください」

「ホルスト君。男はね。こういう時は黙って堂々としておくものだよ」


 俺は朝からエリカたちに邪魔扱いされて、リビングでホルスターと銀が遊んでいるのをじっと見ていた。


 3人が今何をしているかって?

 今日がワイトさんの屋敷で社交会が開催される日だから張り切っているのだ。

 しかもこの前の王宮の時と異なり、3人とも正式に参加するので、王宮の時の数倍気合が入っていた。


「それにしても、社交会とかに出るだけで、わざわざ外から美容師とか雇ってくるかね」


 俺は3人の張り切りぶりに少し引いていた。

 というのも、町で評判の美容師とやらを雇ってきて、数日前から3人とも肌や髪のお手入れに余念がないからだ。

 わざわざそこまでしなくてもと俺は思うのだが、


「社交界のパーティーは女の戦場なのです」


とか言って、自分の行動を省みる気はないようだ。


 まあ、公爵家のパーティーともなるとやんごとなき人たちが華やかな恰好で来るからな。

 彼女たちが負けたくない気持ちはよくわかる。

 だから俺も口を出さないようにしている。


 藪をつついて蛇を出す。

 そんなことになったら、3人にしばらく口きいてもらえないかもしれないしな。

 ここは、3人のすることには文句を言わず、仕上がったら精いっぱい褒めておく。

 円満な夫婦生活には一番大事なことだぞ。

 本当、マジで。

 この塩梅を間違えたら色々と終るからな。


 とか、考えているうちに3人の方の準備が終わったようだ。


「旦那様、どうですか」

「ホルストさん、いいと思いませんか?」

「ホルスト君、どう?似合うかな」


 ほら、早速3人が俺に同意を求めてきた。

 今の3人はきらびやかなドレスを着て、バッチリ髪形も決め、化粧もきちんとしている。

 普段は付けてないアクセサリーもきちんと身に着けていた。

 完全に臨戦態勢だった。


 もちろん、聞かれた俺は精いっぱい3人のことを褒める。


「みんな、きれいだよ」


 そう3人のことを褒め、一人一人頭を撫でてやる。


「「「髪が乱れますから」」」


 と、3人が文句を言ってもやめない。

 逆にやめたら3人が不機嫌になるのを俺は知っているからだ。


 実際、文句こそ言うものの俺に撫でられて3人の機嫌はよくなっていった。


「お、もうこんな時間か。お前ら、そろそろ出かけるか」

「「「はい」」」


 3人の機嫌を取っているうちにパーティーの時間が迫ってきた。


「それでは、お父様にお母様、銀ちゃん。ホルスターの世話をお願いね」

「ああ、楽しんできなさい」


 最後にお父さんたちにホルスターのことを頼むと、俺たちは出かけた。


★★★


 リットンハイム公爵家の屋敷の前は舞踏会へ参加しようとする馬車で長蛇の列をなしていた。


「さすがは公爵家主催の舞踏会といったところか」


 まあ、よく考えたら公爵家の主催の舞踏会だ。

 この位の人数が集まって来ても不思議ではない。

 しょうがないので順番が来るまで待つことにする。


 馬車の中で雑談をする。

 その中で、一応ヴィクトリアにくぎを刺しておく。


「おい、ヴィクトリア。先に言っておくけどな。今日はがつがつ飯食うんじゃないぞ。さすがに身分が高い人が集まっている舞踏会の会場で、爆食いとかされたら変な噂が立つからな。ヒッグス家の所の客は『食い意地が張っていた』とか、人に言われでもしたら、俺はまだいいけど、エリカのお父さんに迷惑をかけるからな。絶対にするなよ」


 俺の注意を聞いてヴィクトリアが顔を真っ赤にして反論する。


「ホルストさん、ひどいです。それでは、ワタクシがいつも見境なく大食いしているみたいではないですか」

「しているじゃないか」

「していますね」

「しているね」


 俺以外の二人にも指摘されてヴィクトリアが黙り込む。

 そんなヴィクトリアに、エリカが諭すように言う。


「ヴィクトリアさん、あなた旦那様の奥さんになるんでしょう?旦那様は別にいいとか言っていますが、奥さんなら旦那様に恥をかかすようなことをしてはダメですからね。それに今日あなたがやらかしたら、将来的な影響も出る可能性もありますからちゃんとその辺も心得ておきなさい」

「将来的な影響ですか」


 ヴィクトリアが意味が分からないという顔をする。

 というか、俺もわからん。説明してくれ。


「よくわからないという顔をしていますね。いいでしょう。説明してあげましょう。あなたは旦那様の子を産むつもりですよね?」

「はい、っそのつもりです」

「なのに、母親のあなたに変な評判が付いたら自分の子供の結婚とかそう言うのにも響いてきますからね。だから、これからはそういうことも考慮して、行動しなければなりませんよ」


 それを聞いて、ヴィクトリアがあ、という顔をした。

 なるほど、そういうことだったか。俺もそこまでは考えていなかった。

 というか、そこまで考えているとは、さすがエリカだと思った。


「ワタクシもさすがに自分の子供までひどい目に遭うのは嫌です」

「だったら、こういう場では控えめに行動しなさい。もし、ご飯を食べ足りなかったとか言うのなら、家に帰って方食べさせてあげますから」


 それを聞いてヴィクトリアの顔がパッと明るくなる。

 やれやれ、現金なやつだ。


「ありがとうございます。ワタクシ、頑張ります」


 エリカの言葉を聞いて、ヴィクトリアはそうt買うのだった。


「お待たせいたしました」


 そうこうしているうちに俺たちの入場順が来たようだ。

 係の人に案内されて、俺たちは屋敷の中へ入っていった。


★★★


「みんな、すごい格好だね」


 会場に入った途端、リネットがそんなつぶやきを漏らす。


 会場に入ると、そこは異次元の世界だった。

 出席者、特に女性は全員豪華できらびやかで派手なドレスを着ている。

 もちろん、身に着けているアクセサリー類も豪華なものだ。


 あのネックレス一つで、一体金貨何枚するのだろう。

 貧乏くさい俺はついついそんなことを考えてしまう。

 自分でも嫌になったが、性分なので仕方ない。


 まあ、身に着けている物の値段という点ではうちの嫁ズも負けていない。


「まあ、あちらの方々、初めて見る方々ですが、素敵なお召し物です事。どちらでお求めになったものかしら」


 参加している貴婦人たちの羨望のまなざしが3人に向かっているのが俺にもわかる。


 3人が身に着けているのは、前に希望の遺跡で見つけた宝石を加工したものだ。

 希望の遺跡の採掘エリアで見つけたもので取っておいたものを、王都へ旅に出る前にヒッグス家の魔道具工房に依頼して加工してもらったもので、昨日、俺が取りに行った物だ。


「任せておきなさい」


 と、エリカのお父さんが手配してくれた最高の職人たちが作ってくれたので、見た目も他になく立派なものだし、実は魔道具としての機能も備えてたりするのだ。


「値段のつけられないものばかりですが、それでも値段をつけるとすれば、最低でも金貨数百枚はしますね」


 品物を見たエリカがそう評価したくらいだった。


 さて、会場に入った以上はまず主催者の所へ行かないとな。


「どうも、ワイトさん」

「やあ、よく来てくれたね」

「ようこそおいでくださいました」


 ワイトさんとヘラさんが挨拶してくれた。


「そちらの二人がホルスト君の側室さんかい?」

「そうです。おい、挨拶しろ」

「ワタクシ、ヴィクトリアと申します。よろしくお願いします」

「アタシはリネットといいます。よろしくお願いします」


 俺の紹介で二人が挨拶をする。


「へえ、ホルスト君の側室さんも美人ぞろいだね。どこで見つけてきたんだい?」

「ずっとパーティーを組んでいて、気が合ったんで一緒になったという感じですね」

「そうなんだ」

「というか、二人とも北部砦にもいましたよ。覚えてませんか?」

「……そういえば、見たことがある気がするね。……そうか。あなた方もあの時いたのですね。その節はお世話になりました」

「いえ、いえ。こちらこそお世話になりました」

「今日はつまらないパーティーではありますが、是非楽しんでいってください」

「「ありがとうございます。楽しませてもらいます」」


 これで主催者への挨拶は終わりだ。

 後はパーティーを楽しむとしよう。


★★★


「ふう、結構疲れたな」


 俺はどちらかというと不調法なので、こういう場で踊るのは苦手だ。

 それでも、エリカたち3人と踊った後、2,3人の女性と踊った。

 エリカたちにじろりとにらまれて背筋がゾッとしたが、こういう場で誘われて付き合わないのは失礼に当たるので、義務的にそれだけの数は踊った。


 その後は会場の隅っこからエリカたちの様子を見守っていた。

 エリカたちの周囲には貴婦人たちが集まっていた。


「まあ、エリカ様はあのヒッグス家のお嬢様ですの?え?お兄様は次席王宮魔術師様でいらっしゃいますの」

「その素晴らしいアクセサリー類はヒッグス家の魔道具工房作ですの?あそこの職人の腕は王国一と伺いますわ。羨ましいですわ」


 そして、みんなエリカたちのことを口々に褒め、羨ましがっていた。

 王国のやんごとなき身分の貴婦人たちにここまで褒めてもらえるとか。

 3人の夫としては気分が良い。

 大枚はたいて買ってやった甲斐があるというものだ。


 その後も俺は気分よく舞踏会を過ごすことができた。


★★★


「それでは、失礼します」


 パーティーが終わるとワイトさんたちに挨拶をしてから、家に帰った。


 その帰路。

 馬車の中は今日の舞踏会の話題で持ちきりだった。


「舞踏会って初めて出たけど、みんな気合入っていたね」

「本当、エリカさんの言う通りだったです。この格好とか派手すぎるかなとか思っていましたけど、全然そんなことなかったですしね」

「でしょう。私の言う通り、あそこは女の戦場だったでしょう。あなたたちも旦那様の奥さんになる以上はあそこから逃げられないですからね。覚悟しておきなさい」

「「はい」」


 会話を聞いている限りこれからも滅茶苦茶頑張るつもりのようだが。

 あんなことを一生続けるの?

 身分が高くなるとか本当に面倒くさい。

 お金もかかるし。


 でも仕方ない。

 俺は3人と一緒に生きていくと決めたのだし、3人に恥をかかせない程度にはどうにかしてみせる。


 俺は楽しそうに話している3人を見て、これからも頑張っていこうと誓うのだった。

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