第141話~親子喧嘩~

「いや、すまなかったね。見苦しいところを見せてしまって」


 ひとしきり泣いてすっきりした後、宰相が俺たちにそう謝ってきた。


「いえいえ、別に構いませんよ。家族がこうして出会えたのは幸福なことですから」

「そう言ってもらえると助かる」

「それで、宰相様……」

「リネット、そんな他人行儀な言い方はやめなさい。私はお前のおじいちゃんなのだからおじい様と呼びなさい」

「……わかりました。それではおじい様。うちの父はなぜおじい様と喧嘩して家を出て行ったのですか?」

「うん、それはね……」


 その質問に対して宰相は口ごもった。どうやらあまり言いたくないようだ。

 かわりにセリーナさんが答えた。


「フィーゴお兄様ね。元々鍛冶で何か作るのが趣味だったの」

「そうなのですか?叔母様。でも、貴族にしては珍しい趣味ですね」

「ええ、本人が言うには小さい頃に鍛冶師の仕事を見て、『これだ!』と思ったらしいですよ」

「それは……」


 リネットがどう返事をすればいいのか困っている。

 その気持ちはよくわかる。俺が同じ立場だとしても、きっと困ってしまうからだ。


「フィーゴお兄様も最初のうちはナイフとか簡単なものを作る程度だったの。でも、やっているうちにだんだんと楽しくなっていったらしく、どんどんエスカレートしてしまって、しまいには、『俺は鍛冶師になる!』とか言い始めて……。それで、それに反対したおじい様と大喧嘩をして、ある日、黙って家を出て行ってしまったの」


 うわー、あのおっさん何してるの、と俺は思った。


 俺も人のことをどうこう言える立場ではないが、何せ俺もエリカをかっさらうようにして家を出たからな、愛してくれている家族がいるというのにとんでもないことをするものだと思う。

 まあ、家出してくれたおかげで、俺たちはリネットと会うことができたのでその点はよかったと思うが。


「でも、フィーゴお兄様が家を出て行ったからこそ、あなたともこうして出会えたのだから、それはうれしいけどね」


 というか、セリーナさんもその点は俺と同意見なわけか。

 それを聞いて俺は、この人のために何かしてあげたいなと思った。


「なるほど、大体事情は分かりました。それで、叔母様やおじい様はアタシのお父さんにもう一度会いたいとか思っていますか」

「ああ、会いたいね。会って文句を言ってやりたい」

「私も一言言ってやりたいです」


 どうも二人とも会って文句を言ってやりたいようだ。

 まあ、家出してから何十年もほとんど放置だからな。その気持ちはわかる。


 でも、あのおっさんは絶対にここまで来ないだろうなあ。


 そう思っていると、リネットがこんなことを言い始めた。


「わかりました。おじい様たちが会いたいのなら会わせてあげます」

「え?あの頑固者が来るのか?何十年も音沙汰のなかった奴が」

「大丈夫です。力づくで連れてきます。ということで、ホルスト君、お願い!」


 え、俺?

 ということで、俺もこの騒動に巻き込まれるのであった。


★★★


「ホルスト君、ちょっと待っててね」


 『空間操作』の魔法を使ってノースフォートレスのリネットの実家の前に転移した。

 そして、リネットがお父さんを連れてくるのを待つことになった。


「お父さん、おとなしく……」

「ぎゃーぎゃー」

「あんた、いい加減に……」

「ぎゃーぎゃー」

「親方、暴れないで……」

「ぎゃーぎゃー」


 リネットが家に入るとすぐにそうやって中で大騒ぎするのが聞こえてきた。

 しばらくそれが続いた後、やがて。


「ごめん、待たせたね」


 縛り上げられたお父さんを担いだリネットが出てきた。側にはお母さんもいる。

 リネットのお父さんは縛り上げられてもまだ抵抗をやめず、未だ体をくねくねさせているのだった。

 よっぽど自分の父親や妹に会いたくないのだと思う。


「それじゃあ、行こうか」

「はい」


 それはともかく、役者も揃ったみたいなので、俺は宰相家の屋敷に転移した。


★★★


「フィーゴ!お前、本当にフィーゴなのか」

「これは父上、お久しぶりです」

「フィーゴお兄様!生きていたのですね!」

「ああ、セリーナ。久しぶりだね」


 屋敷に着くなり、宰相とセリーナさんにフィーゴさんは詰め寄られる。

 こころなしか、普段と言葉遣いも違っている。


「お父さん、あんな話し方できたんだ」


 それを見て、父親の豹変ぶりにリネットも呆れていた。


「フィーゴ、お前、何年も音沙汰なしで一体どういうつもりだ。このバカ!」

「その通りです。私たちがどれだけ心配したと!」

「いや、それは……」

「「問答無用!!」」


 あのフィーゴさんが抵抗もできずにぼこぼこに殴られていた。

 それを見て、俺は三人を引き離そうかとも思ったが、止めておいた。


 この三人の間には数十年分の空白がある。

 それを埋めるには三人だけの時間が必要だろう。

 それにフィーゴさんは頑丈だ。

 このくらいで死んだりはしないだろう。

 ここは三人だけにして、しばらく放っておくべきだと思う。


 俺はグローブさんに尋ねる。


「どこか、控えの部屋ってないですか?」

「それでしたら、あちらに」


 グローブさんに案内されて、スーザンとリネットのお母さんを含めて、一旦部屋から出ることにする。

 部屋を出る時にフィーゴさんから縋るような眼で見られたが、


「お父さん。自分の不始末は自分で片づけてよね。いつも自分でそう言っているじゃない」


そうリネットに冷たく言われると、しょぼくれるのであった。


★★★


 それから2時間後。


「どうやら終わったようでございます」


 控室でゆっくりとお茶を飲んでいた俺たちの所へグローブさんがやって来た。


「そうですか。それでは行きましょうか」


 俺たちはグローブさんの案内で再び先ほどの応接室に向かった。

 すると。


「おー、やっているな」


 フィーゴさんがボロボロになっていた。

 服が破れ、顔はあざだらけ、体中傷だらけになっている。


 というか、宰相も結構傷だらけになっている。

 セリーナさんだけは一見傷とかないように見えるが、よく見ると手がはれていた。

 どうやら、相当フィーゴさんをぶん殴ったものと見える。


 他に異常がないのはさすがにフィーゴさんもお父さんに手は出しても、妹には手を出さなかったからだろう。


 どうやら俺たちの見ていないところで、激烈な親子兄妹喧嘩が繰り広げられたようだった。

 まあ、このままでは見苦しいので、三人の傷を治すところから始めようか。


「おい、ヴィクトリア」

「はい。『上級治癒』」


 ヴィクトリアが治癒魔法をかけるとたちまち三人の傷が癒える。

 これでよし。

 三人の傷が治ったのを確認した俺が声をかけようとしたが、その前にリネットが声をかけた。


「三人とも、言いたいこと言って気が済んだ?」

「ああ、リネットや。おじいちゃん、お前のお父さんに何十年分の思いをぶつけてやったぞ。これですっきりした」

「叔母さんも、お兄様に言いたいことを言えたのでせいせいしました」

「わしもくそオヤジに昔言えなかったことを言えたから気が済んだ」


 どうやら三人とも胸の内に秘めた思いをぶちまけることができたみたいだ。


「それじゃあ、これで殴り合いのけんかは終わりね。3人ともいい大人なんだから後は落ち着いて話してね。グローブさん。何か冷たい飲み物持ってきてくれる?それで、三人とも頭が冷えて落ち着くと思うから」

「はい、畏まりました。リネットお嬢様」


 リネットの指示でグローブさんが飲み物を取りに行き、すぐに持ってきてくれる。


「さあ、三人ともこれ飲んで落ち着いてね」


 リネットに言われて三人がそれを飲むと、落ち着いたのか、おとなしくなった。

 落ち着いたところで、リネットがこう提案する。


「それじゃあ、落ち着いたところで話し合おうか」


★★★


「まずは、おじい様と叔母様にアタシのお母さんを紹介しておくね」


 話し合いが始まると、まずリネットが自分のお母さんを紹介した。


「はじめまして。お義父さんに、セリーナさん、それとスーザンちゃん。フィーゴの妻のマリーです。よろしくお願いします」


 マリーさんが頭を下げると、宰相たちも頭を下げる。


「これは見苦しいところを見せてしまったね。私がフィーゴの父のレオナルドだ。それにしても、フィーゴの奴がこんな美人を奥さんにしていたとはな。写真よりも数倍美人じゃないか」

「まあ、お義父さん、お口が上手で、ありがとうございます」

「いや、お義姉さん。本当ですよ。フィーゴお兄様にはもったいないです。あ、申し遅れました。私がフィーゴの妹のセリーナです。それで、こっちが娘のスーザンです。よろしくお願いします」

「伯母様、よろしくお願いします」


 これで、自己紹介は終わったので、後は色々と話し合うことになる。


★★★


「それではフィーゴ。お前はうちへ戻ってきて爵位を継ぐ気はないのだな」

「ああ、継ぐ気はないよ。わしは鍛冶屋として手広くやっている。今更戻るのは無理さ。わしの女房と娘も宰相夫人や宰相家のご令嬢なんて無理な役割だぜ。なあ、そうだろ?」

「確かに、私には無理だね」

「アタシにも無理だ」


 フィーゴさんの意見にマリーさんもリネットも同意した。


「別に、姪っ子のスーザンに婿を取って後を継がせればいいじゃないか」

「まあ、確かに今のお前に宰相家を継げというのは無理なようだな。わかった!やはり、スーザンに婿を取って家を継がすことにしよう」


 どうやら、これで話し合いは終了したようだ。

 ただ、それでも宰相は条件を付ける。


「もうお前が何をしようが私は止めないが、たまに顔を見せるようにしてくれないか。私ももう年だ。せめて、晩年くらいは家族と共に過ごしたい」

「わかったよ。オヤジ。これからは年1回くらいは顔を出すようにしよう」

「そうか。では、頼む」


 こうして疎遠だった家族の仲はある程度修復したのだった。


★★★


「やあ、君たちにはずいぶん世話になったね。スーザンも助けてもらったし、こうして家族の仲も取り持ってもらった。本当、感謝しかない」


 クラフトマン家の家族での話し合いが終わった後、宰相が俺たちにお礼を述べてきた。


「いや、みなさんはリネットの家族ですから。仲間のために何かするのは当然です」

「いやいや、そうは言ってもここまでしてもらった以上、何かお礼をしなくては。何か望みのものはあるかね」

「それでは、ドワーフの地底湖に通じるという洞窟。あそこへ入る許可をいただけませんか」


 ここで、俺は例の洞窟の件を頼んでみることにした。

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