第138話~ドワーフ王国に着きました~

 洞窟を抜けた先は大きな町だった。


「うわー、すごいですね」


 ヴィクトリアが感嘆の声をあげた。


 ドワーフ王国は巨大な地下空洞の中に存在する王国だ。

 地下空洞と一口に言っても、相当広く、多分ヒッグス家の領地の数十倍以上の大きさがある。

 天井もかなり高く、数十メートルほどあり、地下なのに息苦しさをほとんど感じさせなかった。


 さて、とりあえず町に入るとする。


 この町はネオ・アンダーグラウンドという町で、ドワーフ王国の首都であった。

 町の城門に近づいていくと、門番の兵士がいるのが確認できる。


「止まれ」


 門番の兵士が馬車を止めてくる。

 俺は兵士の指示に従い馬車を止める。


「馬車の中を改めさせてもらうぞ」


 兵士たちが馬車の中を確認しようとした。

 すると。


「馬車の中を改めるなど、許しませんよ」


 馬車の中から一人の女性が出てきて、兵士たちにそう告げるのだった。

 それはコリンナさん。スーザンのばあやさんだ。


 コリンナさんは、懐から一つの家紋入りのペンダントを取り出すと兵士たちに見せる。

 それを見た兵士たちが驚愕の表情をする。


「その紋章は宰相家の」

「その通りです。この馬車には宰相家のご令嬢であるスーザン様がお乗りであらせられます。スーザン様にご無礼を働くと、あなたたちの命の保証はできませんよ」


 コリンナさんにそう言われて兵士たちが震えあがる。

 そう。スーザンはドワーフ王国の宰相家の娘だった。


★★★


 コリンナさんの目が覚めたのは昨日のことだった。


「ここは?」


 昨日の昼頃、彼女は突然目覚めた。


「あー、ばあや」


 コリンナさんが目覚めたとわかると、スーザンは彼女に飛びついて行った。


「これは、お嬢様。一体」

「ばあやはね。リザードマンに襲われた時、頭をけがして意識を失ったの」

「まあ、リザードマン?それで護衛の者たちは?」

「みんなやられちゃった。それで私たちも危なかったのだけど、この人たちが助けてくれたの」


 スーザンに紹介されたので、俺が挨拶に出る。


「始めまして。僕はホルストと申します。ドワーフ王国へ向かう途中でお嬢さんたちが襲われているのを見つけたので、微力ながらも協力させてもらいました」

「まあ、それはどうもありがとうございました」


 俺の説明を聞いてコリンナさんが頭を下げた。

 そして、自分の名を名乗る。


「申し遅れました。私はコリンナと申します。宰相家でスーザンお嬢様の侍女をしております」


 宰相家。

 その言葉を聞いて俺は驚く。

 確かにスーザンは身なりもよく、乗っていた馬車も高価なもので、護衛もいたくらいだからそれなりの身分の人物だと思っていた。


 しかし、宰相の家の出だとは思わなかった。


「宰相家ですか」

「はい。スーザン様は宰相家のお嬢様でございます」


 コリンナさんの言葉を受け、俺はスーザンを見る。

 スーザンはばつの悪そうな顔をして、目をきょろきょろさせながら照れくさそうに言い訳する。


「ごめんなさい。黙っているつもりはなかったんです。ただ、言いだすきっかけがなかったもので」

「まあ、いいじゃないか」


 困った顔をするスーザンにリネットが助け船を出す。


「別にスーザンちゃんに悪気があったわけじゃないんだし」

「まあ、リネットお姉さま……ありがとうございます」


 リネットに助けてもらったスーザンがうれしそうな顔をする。


 この数日でリネットとスーザンは非常に仲良くなった。

 スーザンはドワーフだし、リネットもハーフドワーフだから気が合ったのだと思う。


 二人ともドワーフらしい赤い髪と瞳を持ち、容姿もどことなく似ていて、まるで姉妹の様だった。


「そちらのハーフドワーフの女性はリネットさんとおっしゃるのですか」

「そうですが、何か?」

「いや、何でも・・・・・・・いや、まさか」


 リネットの名前を聞いてコリンナさんが怪訝そうな顔をするが、それ以上は言わなかった。

 俺は何だろうと思ったが、言いたくないものを無理にしゃべらせるわけにもいかず、それ以上聞くことはなかった。


 さて、コリンナさんも目覚めたことだし、このまま馬車でドワーフ王国へ行くことになった。


★★★


 門番の兵士たちとのやり取りの後、俺たちは城門横の待機所で待機していた。

 そこで小一時間ほど待っていると。


 カタカタカタ。

 待機所の外から馬車の音が聞こえてきた。


「お嬢様!ご無事でございますか」


 すると、すぐに執事服を着た一人のドワーフの執事が入ってきた。


「じいやか。迎えに来たのか」

「はい、宰相様のご命令でお迎えに上がりました」


 執事さんの姿を見たスーザンが喜ぶ。

 執事さんに近寄り、手を取り歓喜の声をあげる。


 そうやってひとしきり喜んだあと、スーザンは俺たちのことを執事さんに紹介する。


「それでね、じいや。こちらの人たちが私を助けてくれた人たちなの」

「これは失礼いたしました。私は宰相家で執事を務めさせてもらっておりますグローブと申します」


 グローブさんはそう名乗ると俺たちに頭を下げた。

 俺たちもあわてて自己紹介する。


「ホルストです。よろしくお願いします」

「エリカです。以後、お見知りおきを」

「ヴィクトリアです。よろしくお願いします」

「銀です。お願いします」

「リネットといいます。よろしくお願いします」

「リネット?」


 グローブさんが怪訝な顔になる。

 それは昨日のコリンナさんと同じ反応だった。


「失礼ですが、そちらのドワーフ、いやハーフドワーフのお嬢さんはリネット様とおっしゃるのですか?」

「そうですが。何か?」

「いや、私の気のせいでしょう。気になさらないでください」


 やはりグローブさんもコリンナさん同様深くは語らなかった。


「それよりも、皆様には当家のお嬢様の窮地を救っていただいたそうで。お嬢様に代わり、お礼を申し上げます」


 グローブさんが頭を下げてそうお礼を述べてきたので、俺も頭を下げる。


「いや、そんなに大したことをしておりません。ちょっと魔物を退治したくらいの話です」

「いえ、いえ。聞く話によりますと、皆様が助けてくださらなければお嬢様の命はなかったでしょう。ここは是非、お礼をさせてください」


 そこまで言うと、グローブさんは一度話をやめ、呼吸を整える。

 そして呼吸を整え終えたら、また話し始める。


「皆様は何でも旅の途中だとか。それでしたら、もし泊まるところが決まっていないようでしたら当家に宿泊していただいててもよろしいのですが」


 俺は首を横に振る。


「いや、残念ながら宿泊先はもう決まっているのです」

「ほう、そうなのですか」

「はい、実は僕の妻の実家がこの町に別荘を持っておりまして、そこに泊まる手はずになっております。東地区にあるヒッグス家という家の屋敷なのですが」


 東地区。それはここネオ・アンダーグラウンドの高級住宅街であった。


「ヒッグス家?何とホルスト様たちはヒッグス家の関係者だったのですか」

「ええ、そうですが。ヒッグス家をご存じで?」

「はい。ヒッグス家とは当家も王国も大きな取引をさせてもらっております。……しかし、ヒッグス家ですか。そういうことならお引き止めするわけにはまいりませんな。ただ、宰相様は皆様に是非お礼を述べたいと申しておりますので、落ち着いたら当家の屋敷へ訪ねてもらっても構わないでしょうか。当家の屋敷も東地区にございますのですぐ近くですし」

「ええ、構いませんけど」

「それではこれを渡しておきましょう」


 グローブさんは側にいた使用人から包みを受け取ると、俺に渡してきた。


「これは?」

「こちらは当家が懇意にしている者に渡している『クラフトマン宰相家』の家紋入りのペンダントでございます。これを見せればこの国の者なら大抵のことに協力してくれます。皆様の旅のお役に立つようにとの宰相様からの贈り物でございます」

「そうですか。そういうことならありがたくいただきましょう」


 俺はグローブさんからペンダントを受け取る。

 これで、クラフトマン宰相家に色々と協力してもらえるかも。


 ペンダントを受け取った俺はそう思うと同時にあることに気が付く。


 うん?クラフトマン宰相家?クラフトマン?どこかで聞いたことがある名前だな。……って、リネットの名字じゃないか。


 そのことに気が付いた俺は愕然とする。


 リネットはこっちに親せきがいるとか言ってたけど、まさかな。ただ、名字が同じなだけだよな。

 でも、よく見たらリネットとスーザンって結構似ている気がするし、……でもそんな偶然があるわけがないか。


「ホルスト様、どうかなさいましたか」


 俺の態度の変化に気が付いたグローブさんが声をかけてきた。

 俺は慌てて正気に戻り、姿勢を正す。


「いえ、何でもないです。気にしないでください」

「さようでございますか」


 どうやら俺の内心の動揺はバレなかったようだ。

 俺はほっとした。


「それでは、私どもはこれで失礼します。お嬢様もお疲れのようですし、皆様もそうでしょう?ヒッグス家の方へは後日連絡いたしますので、それまでゆっくりお休みください」

「わかりました。お待ちしております」

「それでは」

「皆様お世話になりました」


 それでグローブさんはスーザンを連れて屋敷に帰って行った。


「それでは、俺たちも別荘へ行くぞ」

「「「「はい」」」」


 スーザンたちが去ったのを見届けた俺たちもエリカの家の別荘へ向かうのだった。

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