第137話~ドワーフの少女~

 カイザー湖で、ヴィクトリアとあんなことがあってから数日後。

 カタカタ。

 俺たちはドワーフ地下王国への街道を馬車で進んでいた。


 あれ以来、ヴィクトリアは何も言ってこない。

 むしろ、普段通りに接してくる。


「ホルストさん、ご飯ですよ」


 今朝もそうやって俺をご飯に誘いに来た。

 本当に普通だった。


 ただ、ちょっと違ったのは、何か期待するような視線を俺に向けてくるようになったことだ。

 あいつは、「待っている」とか言っていたから、多分そういうことなのだろうと思う。


 しかし、本当にどうすればいいのだろうか。

 あの一件でようやく気が付いたのだが、俺、多分ヴィクトリアのことが好きだ。

 ヴィクトリアも俺のことが好きなので間違いない。


 けれども、俺にはエリカがいる。

 最初ヴィクトリアを家に連れ帰ったときのエリカの怒りっぷりは怖かった。


 エリカが今俺たちの間にあったことを知れば、どれだけ怒るか。

 想像もつかない。


 ああ、本当困ったことになった。

 どうか、誰か助けてください。

 俺はそう必死に願うのだった。


 この時の俺は、エリカが俺とヴィクトリアやリネットとの関係をとっくに容認していることを知らなかった。


★★★


 どうやらヴィクトリアちゃんがホルスト君にキスをしてもらうことに成功したらしい。

 嬉しそうにエリカちゃんとアタシに報告してきた。


 なんでも口を拭うとか言って、自分からキスした後、興奮したホルスト君の方からキスしてもらったらしい。

 うん、うまいことやったな、と思う。


 ボートの上で、ホルスト君と二人きり。

 絶好のシチュエーションだが、その機会を活かせたヴィクトリアちゃんは単純にすごいと思うよ。


 え?アタシもすればよかっただろうって?

 それはダメだ。二番煎じはよくないとエリカちゃんに言われてしまったし、じゃんけんに負けて湖の上でホルスト君と一緒になる権利はヴィクトリアちゃんに取られたしね。


 でも、これでヴィクトリアちゃんはホルスト君とうまくいきそうだし良かったと思う。


 ということで、次はアタシの番だ。

 さて、どうしようか。

 ドワーフの国から帰るまでには決めたい。


 エリカちゃんもヴィクトリアちゃんも協力してくれるという話だし、アタシ、頑張る!


★★★


 ドワーフ王国まであと数日というところまで来た。


「うーん、退屈だな」

「ええ、退屈です」

「退屈で~す」

「銀も暇です」


 俺たちは今馬車の中で暇を持て余していた。

 というのも、馬車の中でできる遊びは大体しつくしていたし、この辺りは湿地帯で景色的にも特に見るべきところがないからだ。


 しかし、こういう何もない時にこそ突然異変が起こるものだ。


「おい!大変だ!」


 突然、パトリックを操っていたリネットから声がかかる。


「どうした」


 俺たちが馬車の外へ出て確認すると、遠くの方で1台の馬車がリザードマンの群れに襲われているのが確認できた。


「お前ら行くぞ!」

「「「「はい」」」」


 俺とリネットとエリカが馬車から飛び出る。

 ヴィクトリアと銀は馬車の防衛だ。


「『防御結界』」


 ヴィクトリアが魔法で敵が近づけないようにする。


「急ぐぞ」


 3人で一気に接近する。

 近づくと襲われている馬車は大分やばいことになっていた。


「護衛は全滅か」


 護衛の騎士たちはすでに全滅し、リザードマンたちが今まさに馬車に乗り込もうとしているところだった。


「『神強化』」


 強化魔法をかけ、一気に加速する。そして。


「たああ」


 馬車に乗り込もうとしていたリザードマンを切り捨てる。

 切られたリザードマンが頭から真っ二つになり絶命する。


「次!」


 俺は続けて他のリザードマンたちにも攻撃する。

 ザシュ、バシュ、ドシュ。

 立て続けに3匹のリザードマンが息絶える。


「えい!」

「『風刃』」


 ここでようやく追いついたエリカたちが攻撃を開始する。


「ぎゃああ」

「うがあああ」


 さらに5匹のリザードマンが倒れる。

 これで、半分倒した。


 ここで、リザードマンが反撃してくる。

 一旦馬車から離れ、陣形を組んで突撃してくる。


 先頭に立つのはリザードマンのリーダーらしき奴だ。

 派手な服を着て、でかい大剣を構えて突っ込んでくる。


「きえええええ」


 うん、声まででかくてうるさい。近所迷惑だ。

 決めた!あいつは俺がやる!


「リネット、エリカ。先頭の奴は俺に任せろ。残りを頼む」

「「はい」」


 俺は二人にそう言い置くと、敵陣に突撃する。

 ブン。

 リザードマンリーダーが大剣を俺に振り下ろしてくる。

 大振りだが、いい動きだ。


 しかし、その程度の動きが俺に通じるわけもなく。


「当たるかよ!」


 俺はさっと攻撃をかわすと、クリーガを横に思い切り薙ぎ払った。

 ビュッと、リザードマンリーダーが胴体から真っ二つになる。


 これで、勝負ありだ。


 真っ二つになったリザードマンリーダーの体を湿地帯に蹴り飛ばすと、リネットたちと共に残りのリザードマンの後片付けに入る。


 1分後。

 リザードマンたちは全滅した。


★★★


「護衛の兵士は全滅か」


 リザードマンたちを倒した後、襲われていた馬車の所に集合すると、護衛の兵士たちが息絶えているのが確認できた。


「ドワーフか」


 護衛の兵士はドワーフで全部で5人いた。

 皆屈強そうな連中ではあったが、リザードマンは20匹近くいた。


 多勢に無勢。


 衆寡敵せず、力尽きたのだろう。遺体の顔には無念の色が滲み出ていた。


「ちゃんとカタキは取ってやったからな。安心して成仏してくれよ」


 そう言うと、俺たちは手を合わせて死者の冥福を祈る。


「さて、、こいつらの埋葬もしてやらなきゃだが、その前に」


 馬車の中がどうなっているか確認しておく必要がある。


「さあ、行くぞ」


 俺は馬車の扉に手をかけ中に入る。


「しくしく」


 すると、一人のドワーフの少女が大粒の涙を流して泣いていた。

 少女はリネットと同じ赤い髪と赤い瞳を持つかわいらしい子だった。


 少女の横を見ると、横には一人のドワーフの女性が頭から血を流して倒れていた。

 多分、馬車が襲われた時の衝撃で頭を打ったのだと思われる。


 俺は少女に声をかける。


「おい。大丈夫か」

「ばあやが、ばあやが」


 しかし、少女は俺の問いかけには答えず、ひたすらそう呟くのみだった。

 俺は倒れている女性の側に近づき、女性の様子を見る。


「うん、まだ息がある。これなら助かるかも」

「本当ですか」


 それを聞いて少女の顔がパッと明るくなる。


「大丈夫だ。任せろ。ヴィクトリア」

「はい」


 俺の指示で、扉から中の様子をうかがっていたヴィクトリアが中に入ってくる。


「『特級治癒』」


 そして、すぐに治癒魔法をかける。

 たちまち傷が癒えていく。


「これで一安心だな」


 傷が癒えた女性は、すぐに意識を取り戻さなかったが、すやすやと眠っている。

 これなら、大丈夫そうだ。


 女性の治療が終わったので、俺は少女に事情を聞くことにする。


「えーと、まず名前から聞こうか」

「スーザンです。スーザンと申します」

「そうか。俺はホルストだ。それで、何があったんだ」

「実は……」


 その後、俺たちはスーザンから事情を聞いた。


★★★


 ……スーザンに聞いた話によると、なんでもスーザンは生まれつき体が弱く、別荘で療養していたのだが、この度ドワーフ王国へ帰ることになり、その旅の途中だったそうだ。


「そして、湿地帯を進んでいる時に突然リザードマンたちに襲われたのです」


 リザードマンの襲撃は完全に奇襲だったらしく、護衛の兵士たちはなすすべもなくやられたらしい。

 馬車も槍つ激しく揺れたらしく、スーザンのばあやさんは激しく頭をぶつけてあのありさまだったというわけだ。


 スーザンから事情を聞いた後は兵士たちと馬、スーザンの馬車を引いていた馬も殺されていた、の埋葬をする。


「『天土』」


  魔法で土を掘り、埋葬してやる。

 そして、全員でお祈りする。


「ううう」


 お祈りの最中、スーザンが泣いている。

 自分に近しい者が死んで悲しんでいる。

 それを見て、俺はとても優しい子だと思った。


「さて、それでは、さっさとこの場から離れるぞ」


 いつまでもここにいるのは危険だ。

 さっさとここから離れることにする。


「ヴィクトリア」

「はい」


 ヴィクトリアにスーザンの馬車を回収させる。

 馬がいないのでこうやって運ぶしかないからだ。


 やることを全部やった俺はスーザンに話しかける。


「それじゃあ、スーザンとばあやさんは俺たちの馬車に乗っていくということで」

「はい、よろしくお願いします」


 後処理が終わった後、俺たちはスーザンを乗せてドワーフ王国へ向けて出発した。

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