第136話~カイザー湖の湖上にて~
カイザー湖に来た。
カイザー湖はヴァレンシュタイン王国一の大きさを誇る湖だ。
水質はとても良く、湖の底の方まで透き通って見えるほどだ。
カイザー湖はヒッグスタウンから一週間ほど南に行ったところにある。
ドワーフ地下王国へ行く前に、是非とも寄りたいとみんなが言うので寄ったのだ。
「『空間操作』」
カイザー湖に着くなり、俺は魔法を使ってカイザー湖とエリカの実家を繋ぐ。
何のためにかというと。
「お義父とうさんたち、迎えに来ましたよ」
「おお、ホルスト君悪いね」
エリカのお父さんたちを迎えに行くためだ。
「カイザー湖に寄るの?それなら、私もあそこの別荘に久しぶりに行きたいわ」
そうエリカのお母さんが言い出したので、折角なのでみんなで行こうということになったのだ。
「ホルスト、頼むよ」
「ホルスト君、お願いね」
この旅にはエリカの兄ちゃん夫妻も同行することになっている。
エリカの実家の別荘には本宅の他に離れもあるので、そちらで夫婦水入らずで過ごすらしい。
まあ、ちょっとした新婚旅行というわけだ。
「さて、それでは行きますよ」
俺の言葉とともに、エリカの両親とホルスター、エリカのばあちゃん、お兄さん夫婦に使用人たちが一斉に移動する。
全部で30人くらい居る。
さすが領主一家。結構な数の使用人たちがいるものだ。
え?エリカのじいちゃんや俺の両親はどうしてるかって?
そんなものお留守番に決まっている。
あいつらが俺にしてきたことを、俺は絶対に忘れないからな!
そうこうしているうちに移動が完了した。
さて、折角カイザー湖に来たことだし、楽しむとするか。
★★★
さあ、どうしましょうか。
ワタクシ、ヴィクトリアは今真剣に悩んでいます。
何をかというと、エリカさんにこの旅の間に最低でもキスをしろと言われてしまったことです。
しかし、相手はあの鈍いホルストさんです。
最近、積極的に迫っているので、大分ワタクシの気持ちに気付いてくれているとは思うのですが……。
仕方ありません。
ホルストさんの方から誘ってくれるのが理想ですが、ここはワタクシの方から行くとしましょう。
そのための機会を今回エリカさんが作ってくれましたし。
おや、どうやらホルストさん、エリカさんのお父さんたちをお迎えに行って帰ってきたみたいですね。
では、早速行くとしましょうか。
★★★
「ホッルスットさ~ん。ワタクシとボートに乗りませんか?」
お父さんたちを迎えに行き、帰ってくると、ヴィクトリアがそう誘ってきた。
「え、ボートに一緒に乗るのか?」
「ダメですか?」
ヴィクトリアがジト目で俺のことをじっと見てくる。
その瞳はすごく純粋で、物悲しげでものすごく断りにくかった。
俺はエリカの方をちらっと見る。
さっさと行てこい!
エリカの目はそう言っていた。
最近エリカが変な気がする。何というか、パーティーの連携を深めるためとか言って、俺にヴィクトリアやリネットと親睦を深めるようにしろと、勧めてくるようになったのだ。
以前のエリカだったら、絶対そんなことを言わなかったと思うのに。
まあ、いいか。エリカにも文句は会いようだし、ヴィクトリアがボートに乗りたいというのなら付き合ってやればいい。
「それじゃあ、一緒に行くか」
「はい」
ということで、俺たちは一緒にボートに乗って湖へと漕ぎ出した。
★★★
「うわー、湖の上は涼しいですね」
湖へ漕ぎ出してしばらくすると、ヴィクトリアが歓喜の声をあげた。
その気持ちはよくわかる。
俺も最近の暑さには辟易していたからだ。
「こういう時はなんか冷たいものでも食べたいですね」
「そうだな。確かに何か食べたいな」
「じゃあ、これをどうぞ」
そう言って、ヴィクトリアが収納リングから取り出したのは。
「じゃじゃーん。アイスキャンディーです」
「アイスキャンディー?何だそれは?」
「果実水を魔法で急速に凍らせて作った食べ物です。ワタクシとエリカさんで作りました。冷たくて、とてもおいしいですよ」
「そうか。じゃあ、一つもらうとするか」
俺はアイスキャンディーを受け取ると口へ運んだ。
……うん。これはおいしいな。
俺はむさぼるようにアイスキャンディーを食った。
だから、自分のアイスキャンディーを急いで食いながらも、俺のことをじっと観察しているヴィクトリアの視線に気が付かなかった。
「ああ、うまかった」
アイスキャンディーを食い終わった俺は満足の声をあげた。
「それはよかったです。……あ!」
「なんだ?」
「ホルストさんの口、アイスキャンディーで汚れちゃってますよ。ワタクシが拭いてあげますよ」
そう言うと、ヴィクトリアが俺に近づいてきた。
★★★
今だ!
ワタクシは今こそが最大のチャンスだと確信しました。
ささっと周囲を見渡します。
今いるのは湖の大分沖の方で、岸からワタクシたちの動きをうかがうのは不可能です。
これなら大丈夫。
ワタクシはホルストさんの口を拭くふり、いや、拭くためにホルストさんの口に自分の口を一気に近づけます。
内心、めちゃくちゃ恥ずかしかったですが、女は度胸!
有無を言わさず、ホルストさんの唇に自分の唇を重ねます。
「う!」
ホルストさんが驚いた顔になり、ワタクシから慌てて離れようとしますが、ここは強引に行きます。
ホルストさんを抱きかかえるように手を伸ばします。
それでも、しばらくの間はホルストさんもじたばたしていましたが、やがて抵抗しなくなりました。
逆にワタクシのことを抱きかかえてきました。
うれしかったです。
これでようやくワタクシの思いがやっと伝わったと思いました。
★★★
ヴィクトリアが俺にキスしてきた。
まずい。バレたらエリカに殺される。
そう思ったが、キスの気持ち良さには勝てなかった。
気が付いたら、俺もヴィクトリアを抱きしめていた。
しばらく、そのまま抱きしめていたが、やがてどちらからともなく離れる。
二人とも顔が真っ赤だった。
二人の間を沈黙が支配するが、そのうちヴィクトリアの方から口を開く。
「あの、ちょっと強引だったですか?」
「いや、あの」
「ワタクシはちょっと強引だと思いました。でも、ホルストさん、全然ワタクシの気持ちに気が付いてくれないから。けれど、これでワタクシの気持ち伝わりましたよね」
「ああ、確かに」
「なんか煮え切らない返事ですね。もしかしたら、強引の迫るような女は嫌ですか?」
「いや、そんなことは」
「嫌じゃないなら証拠みせてください」
そう言うと、ヴィクトリアは目を閉じ、口を突き出してくる。
これは、あれか。もう一度キスしろということか。
俺はもう一度キスした。
これはたまらない。
俺の中の男がうずく。
俺は意識せず、ヴィクトリアの体に手を伸ばした。
ピシッ。
しかし、その手はヴィクトリアに払われた。
「ホルストさん。外ではこれ以上はダメですよ。それとこれ以上のことをお望みならなら手順を守ってくださいね。返事は急ぐ必要はありませんよ。ワタクシはいつまでも待っていますので」
ヴィクトリアはそう言うと、俺から離れた。
それからあとは会話が続かず、二人とも黙ったままだったが、やがて。
「ホルスト君。ご飯の支度ができたから帰っておいで」
ペンダントからリネットの声が聞こえてきたので、俺たちは岸に帰った。
★★★
それからあとのことはあまり覚えていない。
夕飯はバーベキューだっと思うが、味も碌に感じなかった。
晩になって気持ちが高ぶってきたが、ヴィクトリアのせいで高ぶった気持ちをエリカで発散するのも失礼だと思ったので、何もしなかった。
本当、あいつ、何をしてくれたんだ!
そう思ったが、今更どうしようもなかったので、ぶつぶつ心の中で呟いているうちに、気が付いたら朝になっていた。
今日はどの顔でヴィクトリアに会えばいいのだろう。
俺はそう悩まざるを得なかった。
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