第125話~文化祭へ向けて~
学校の七不思議というものがある。
どこの学校にもあるちょっとした怪談話であり、それはここヒッグスタウン上級学校にも存在する。
その中の一つに『絵画の中の悪魔』というものがある。これは絵画の中に住む悪魔が出てきて、物を盗んだり、時には生徒をさらうという怪談である。
もっとも、この七不思議は本当に都市伝説と呼ぶにふさわしいものであった。
というのも、この学校には悪魔の絵など一枚も飾られていないし、悪魔を見たという話も聞かないからだ。
多分、誰かの者を盗んで見つかりそうになった生徒が、犯行をごまかすために広めた噂だと思われていた。
今日この日までは。
★★★
「えいや、とう」
「その調子だぞ。頑張れ!」
大分暑くなってきた6月の上旬。文化祭の三日前の放課後。
俺とリネットは上級学校の裏庭で孤児院の子供たちに剣の稽古をつけてやっていた。
最初のころはまともに木刀を振れなかった子供たちだが、2か月近く訓練を続けたおかげで、近頃は大分様になってきている。
ノースフォートレスの新人講習会では生徒を地獄に叩き落した俺たちだが、小さい子相手にそんなことはしない。ちゃんと基礎から根気よく教えてやる。
周囲では、文化祭が近いせいか、生徒たちが駆けずり回っている姿が散見できる。
「え、文化祭って普通秋にやるものじゃないんですか」
ヴィクトリアがそんなことをほざいていたが、よそは知らんがここでは夏前にやるんだと言ったら
黙りこくった。
だから、俺たち以外のボランティア部の部員は今頃部室で文化祭の準備をしているはずだ。
今日は稽古をするので無理だが、俺たちも時間の許す限り協力している。
そうやって今は学校中が文化祭へ向けて頑張っている。
★★★
「あ、ちょっと縫うの間違えましたね」
そう言うと、ヴィクトリアは一旦縫うのをやめ、縫ったところをほどくと、もう一度縫い始める。
今、ヴィクトリアが何をしているのかというと、今度の文化祭のチャリティーに出品する商品の作成だ。
ちょっとしたかわいい小物やアクセサリーや衣類などを作っている。
これを売ってボランティア活動の資金を稼ぐのだ。
結構いい収入になるので、ボランティア部のいい資金源になっている。
もちろんヴィクトリア以外も一生懸命作っている。
ボランティア部全員で一丸となって、制作に邁進している。
「さて、今日はもう遅くなったからこれくらいにしましょうか」
もういい時間になったので今日は終了することにする。
「ヴィクトリアさん、お願い」
「はい」
できた商品はヴィクトリアが管理している。
商品の種類ごとに分類し、部室の棚に並べカギをかける。
「それじゃあ、帰りますよ」
エリカが音頭を取って部室から出ていく。
「じゃあ、鍵かけますね」
最後にヴィクトリアが施錠して、部員たちが部室から離れて行った。
それ自体はいつもの光景だったが、今日違ったのはそれを隠れて見ている人物が一人いたことだ。
★★★
「ふふふ、帰ったわね」
廊下の隅に隠れてヴィクトリアたちボランティア部の帰宅を待ちわびていた人物。
「あのバカ兄貴のせいで私の人生滅茶苦茶だわ。絶対復習してやる!」
それはホルストの妹のレイラだった。
レイラは部員たちが帰ったのを確認すると、用務員室から盗んできたカギで部室のカギを開け、中に入る。
「これね」
レイラは中に入ると、盗んできたカギに付属していた棚のカギを使い、部員たちが作った商品が入っている棚を開け、商品を取り出す。
そして、商品を棚から取り出すと用意していた紙袋に詰め、教室の外へと持ち出す。
「これで、あの茶色の髪の女が困ったことになるわね」
レイラは紙袋に入った品を見てほくそ笑む。
レイラは知っていた。これらの商品の管理責任者がヴィクトリアであることを。
さらに、そのヴィクトリアが棚と部室の施錠をいつもしていることも。
だから、もし部室と棚の鍵が開いた状態で商品がなくなったりしたら、ヴィクトリアが責任を負いかねないことをレイラはわかっていた。
ゆえに部室を出る時にレイラは鍵をかけていない。最初から開いていたように見せかけるためだ。
「さて」
部室を出たレイラはある空き教室に向かう。
「ここに1個商品を置いて、と」
レイラはその教室の前に盗んできた商品を1個置くと、中へ入る。
「相変わらず、汚い部屋だこと」
空き教室に入ったレイラがぼやく。
この空き教室は普段倉庫として使われており、中には雑然と荷物が置かれており、その中にはいつから置かれているのかわからない物もあり、そういうのは汚らしく埃をかぶっている。
確かにレイラの言う通り、ここは汚らしい部屋だった。
「まあ、いいわ。それよりも、さっさと用事を済ませてこんな所さっさと出ましょう」
そう言うと、レイラは一枚の絵の前に立つ。
その絵はこの前美術倉庫で埃をかぶっているのを、レイラが見つけてきて、ここに飾ったものだ。
「しかし、気味の悪い絵ね。まあ、『絵画の中の悪魔』の話にぴったりの絵だから、別にいいけど」
レイラが絵を見ながらぶつぶつと呟く。
そう。レイラが見つけてきたのは悪魔の絵だった。
『絵画の中の悪魔』
この学校にあるとある1枚の絵には1匹の悪魔が棲んでいて、時折絵から出てきては生徒の持ち物を持ち帰る。
つまり、レイラはこの伝説を利用して自分の犯行の責任を悪魔に押し付けようとしているわけだ。
「さて、この絵の前にも1個置いて、これで悪魔が盗んでいったものを落としたように見えるでしょう」
計画がうまくいきそうなので、レイラはにこりと笑った。
「それでは、残ったのは焼却炉で燃やしてしまいましょうか」
レイラはそれだけ言うと、絵に背を向け、その場を立ち去ろうとした。
だから、絵の中の悪魔の瞳がきらりと光るのを見ることはできなかった。
★★★
「さて、帰るぞ」
「「「は~い」」」
エリカたちと合流した俺とリネットは家に帰ろうとしていた。
「それでは、また明日」
ボランティア部の子たちと別れて家に帰ろうとすると、
「あ、そういえば弁当箱を部室に忘れました」
ヴィクトリアがそんなことを言い出した。
本当におっちょこちょいなやつだ。
「仕方ない奴だなあ。俺も一緒に行ってやるから、取りに行くぞ」
「はい、ありがとうございます」
ということで、二人で取りに行くことになった。
「私たちはここで待っていますね」
エリカ他ボランティア部の子たちは俺たちのことを待ってくれるようだ。
「それでは行ってくる」
俺たちは部室へ向かう。
「夕方の学校って薄気味悪いですね」
部室に向かう途中、ヴィクトリアがそんなことを呟く。
そして、ギュッと俺の手を握ってくる。
「ヴィ、ヴィクトリア?」
「心細いので、握っていてもいいですか?」
いや、握ってから許可求められても。今更拒否なんてできないじゃないか。
だから、俺はこう言うしかなかった。
「ああ、別に構わないぞ」
「ありがとうございます」
そう言うと調子に乗ったヴィクトリアは手を握る力をさらに強くしてきた。
ヴィクトリアの柔らかい手の感触が伝わってきて気持ちよかった。
気持ち良すぎて、このままでは衝動的にヴィクトリアに何かしてしまいそうだった。
いかん。俺にはエリカがいるんだ。ここは我慢だ。
そうやって自分の気持ちを必死に抑えながら歩いているうちに部室に着いた。
★★★
「こ、これは?」
部室に着くなり、俺たちは異変に気が付いた。
それは一目瞭然の事態だった。
何せ部室の入り口の扉が開かれ、中へ入ると部員たちが苦労して作った商品が入った棚が荒らされていたのだから。
「何でこんなことに……」
荒らされた現場を見てヴィクトリアが茫然自失している。
当然だ。
折角苦労して作った努力の結晶がこんなことになっているのだから。
しかし、嘆いていても始まらない。とりあえず事態をみんなに知らせる必要がある。
俺は胸のペンダントに手を伸ばす。
「エリカ、大変だ」
「旦那様、どうかなさいましたか?」
「それが部室が何者かに荒らされて、皆が作った商品がなくなっている。今すぐこっちへ来てくれ」
「何と!……わかりました。すぐそちらに向かいます」
★★★
「これはひどいですね」
急報を受けて駆けつけてきたエリカが怒りを込めた声で言う。
「許せないね」
リネットも肩を震わせてお怒りである。
「誰がこんなことを」
「許せない!」
他のボランティア部の子もお怒りだ。
そんな中、一人ヴィクトリアだけは沈んでいた。
「ワタクシの、ワタクシのせいです」
一人、ぶつぶつそう呟いていた。
「どうして、お前のせいなんだ」
俺が聞くとヴィクトリアはこう答えた。
「だって、鍵がかかっているはずの部屋や棚があっさりと開けられているんですよ。こんなことになったのは、ワタクシがちゃんと鍵をかけていなかったからに違いありません!」
それに対してすぐにヴィクトリアを擁護する声が上がる。
「そんなことはないです。ヴィクトリア先輩はちゃんと鍵をかけていました。私、見ていましたし」
ライラがまずそう声をあげ、
「それに一番悪いのは盗んだ奴だ」
アメリアがそもそも盗んだ奴が悪いと主張する。
「そうだ、そうだ」
そして、それらの意見に皆が賛同する。
「うう、みなさん。ありがとうございます」
皆が自分を責めないどころか、庇ってくれたことに感激したヴィクトリアが涙を流し、ぺこりと頭を下げる。
それを見て、信じあえる仲間っていいよなあ、と思った。
それはともかく。
「それよりも、みんな、探すぞ」
「探すって、何をですか?」
「犯人に決まっているだろ。まだ、犯行から時間が経っていない。すぐに探せば見つかる可能性は高い」
「!!!」
皆が、あという顔をした。
それを見て俺が指示を出す。
「まず、ライラは先生に連絡して応援を呼んでくれ、エリカはここに残って連絡係だ。他の者は2人以上で組んで犯人捜しだ。ただし、犯人を見つけても手を出すな。他の連中に連絡して全員で事に当たる。それでは行動開始!」
「はい」
全員が一斉に頷き、行動を開始する。
「よし、それじゃあヴィクトリア。お前は俺と行動だ。行くぞ!」
「ラジャーです!」
こうして俺たちは犯人捜しを開始した。
★★★
「ホルストさん、これを見てください」
ヴィクトリアと二人で校内を捜索していると、とある教室の前でヴィクトリアが何か見つけた。
「ハンカチか」
それはハンカチだった。
「このハンカチ、エリカさんが作ったやつです」
「そうなのか」
「はい、間違いないです」
「ということは」
この教室が怪しいな。
俺は教室の扉に手をかける。
ガラ。
すると扉が簡単に開く。どうやらカギはかかっていないようだ。
「それじゃあ、ヴィクトリア、準備はいいか?」
「はい」
俺は教室の扉を開けた。
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