閑話休題17~パトリックの春~
ある日、俺とエリカはエリカのお父さんに呼び出された。
「失礼します」
そう言いながら、お父さんの書斎に入ると、お父さんはすごく難しそうな顔をしていた。
それを見て俺は、俺の仲間の誰かが何かしでかしたなと思った。
多分ヴィクトリアあたりに違いなかったが、謝る前に何をしでかしたのか聞くことにする。
「それで、どういったご用件でしょうか」
「実は、君の所のね……」
そこまで聞いて、俺は自分の顔からサッと血の気を引いていくのを感じた。
あのバカ女神、お世話になっているお父さんに何をしてくれたんだと思った。
俺はすぐさまお父さんに土下座する。
「うちのバカ女が、お義父さんにご迷惑をかけてしまい、申し訳ございません」
額を地面にこすりつけんばかりに頭を下げ、必死に謝る。
だが、お父さんは俺の予想と違った反応を返してきた。
「女?確か、ホルスト君の所の馬って雄だったよね」
「え?馬?」
今度は俺の方が逆に反応に困った。
馬、馬って何?うちの馬って、パトリックのこと?あいつが何かしたの?
ようやく考えがまとまった俺はお父さんに聞き返す。
「馬って……、何かやらかしたのはヴィクトリアではないんですか?」
「ヴィクトリアさん?いや、彼女は何もしていないが」
それを聞いて俺はほっと胸をなでおろした。
いや、そうじゃない!
ホッとしている場合じゃない!
知らぬ間にうちのパトリックが何か迷惑をかけていたようだ。
正直、聞くのが怖いがお父さんに何があったのか確認してみることにする。
「それで、うちのパトリックが何かしたのでしょうか」
「うん、それがね。ホルスト君の馬、うちの牧場で今預かっているじゃないか。うちの牧場では、柵で牡馬と雌馬の場所を分けているんだけどね。そこで、ホルスト君の馬がやってくれたらしいんだ」
「何をでしょうか?」
そこまで聞いてなんとなく内容を察することができたが、一応聞いてみる。
「ホルスト君の所の馬ね。その柵を乗り越えて雌馬のスペースに侵入してね。雌馬を3頭ほど妊娠させたらしいんだ。うちの牧場長が、何してくれたんだと怒っているらしくてね。面倒なことになっている」
やっぱりそうか。
パトリックの奴、雌馬を見て我慢できず手を出してしまったか。
しかも、一度に3匹て。
俺は頭を抱えるしかなかった。
★★★
ヴィクトリアです。
今日はホルストさんとリネットさんと銀ちゃんとホルスター君の5人でエリカさんの所の牧場に来ています。
「ほーら、ホルスターちゃん、たくさんお馬さんがいまちゅねえ」
「きゃ、きゃ」
馬が牧草を食べている光景を見てホルスター君がはしゃいでいます。
ホルスター君は割と馬好きなようで、馬車に乗る時も馬を見て大変に喜びます。
だから、それに気付いたエリカさんのお母さんが、
「はい、ホルスターちゃん。おばあちゃんと一緒にお馬さんに乗りましょうね」
「だー、だー」
と、孫の歓心をかうために、特に用もないのに馬車で出かけ、町の中を何周もぐるぐる回っていると、銀ちゃんが言っていました。
ちなみに、銀ちゃんもいつもそれに付いていっているみたいで、お菓子を食べながら外の景色を見るのは割と楽しいそうです。
さて。
ホルスター君がお馬さんを見て楽しんでいる一方、父親のホルストさんはパトリックに対してぼやいています。
「お前、我慢できなかったんだな。気持ちはわかるけど」
「まあ、お前もいい歳だからなあ」
そんなことをパトリックに向けて言い続けています。
もっとも、『馬の耳に念仏』という言葉通り、パトリックはホルストさんの話などどこ吹く風で、のんびりと牧草を食んでいます。
しかし、パトリックって女の子にこんなに手が早かったんですね。
それに比べて、飼い主の方は遅すぎです。
ワタクシとリネットさんがこれだけ積極的にアピールしているというのに、中々手を出してくれません。
パトリックみたいに遠慮なく手を出してくれていいのに。
本当そう思います。
と、そんなことをワタクシが考えていると、母屋の方からカタカタと馬車の音が聞こえてきました。
どうやら、エリカさんが到着したようです。
★★★
「旦那様、お父様の説得に成功しました」
「そうか」
俺はエリカの報告に胸をなでおろした。
というのも、牧場長が怒って、パトリックの子を全員堕胎させるとか、とんでもないことを言っていたからだ。
それを聞いたエリカは怒り狂った。
うちの大切な家族の子をどうする気だ、とすごい怒りようだった。
ということで、キレたエリカがお父さんに直談判し、牧場長を交えた3人で話し合いが行われた結果。
「牧場長にもご納得いただきました」
とのことだった。
納得とはいっても、「あの馬が勝手なことをしたのが悪い」と主張する牧場長に対し、エリカが「それはあなたの管理能力に問題があるのでは?」と言い返したところ、牧場長が黙ったというのが真相ではあるらしいが。
大体牧場長が何を言おうと、所詮はお父さんの部下でしかない。
お父さんがダメと言えば、パトリックの子をどうこうできるわけがないのだ。
もちろん、お父さんは娘の剣幕を恐れて娘の肩を持ち、
「別にそれぐらい、いいじゃないか」
と、牧場長に仔馬を産ませて育てるようにさせたのだった。
「よかったな。パトリック。お前も来年にはパパだな。しかも一度に3匹の」
「ブヒヒヒン」
自分の子が生まれてくることがうれしいのだろうか。
パトリックは大きな声でいなないた。
★★★
その日の夜。
エリカの実家のリビングで、パジャマ姿のエリカ、ヴィクトリア、リネットが集まり、久々の女子会が開かれていた。
「しかし、パトリックはやるねえ。一度に3匹の仔馬の父親になるなんてね」
「本当ですね。やる時はやる子だったんですね」
「まあ、そのかわりちょっとした騒動になってしまいましたが、大したこともなく終わりましたしね」
フフフと3人で笑いあう。
その後も3人は仲良く談笑したが、そのうちにホルストのことが話題になると、3人がむすっとした顔になる。
「それにしても、ホルストさんはとろいです。パトリックだって、さっさとやることやったというのに。ワタクシとリネットさんがこんなにアピールしているというのに、全然反応ないです」
「その通りだ。ホルスト君はアタシたちにさっさと手を出すべきだ」
「本当に鈍い旦那様で申し訳ありません」
そうやってホルストの鈍さに対して文句を言い合う。
しばらくの間、それは続いたが、やがて。
「まあ、愚痴ってもしょうがないですね。それよりも、もっと建設的に行きましょう。ということで、緊急作戦会議の開催です。お題は『どうすれば、鈍い旦那様をなびかせられるか』です」
「おお、いいですね」
「よし、やろう」
という風に、女子会の話題は最後はホルストをどうすれば落とせるかといういつもの話題に変わり、夜更けまで3人の女子トークは続くのだった。
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