第120話~学校に通いましょう~

 ある日、私エリカ・エレクトロンは父に呼び出された。


「お父様、急にお呼び出しとはどういったご用件でしょうか」

「実は、な」


 お父様が困った顔で言いにくそうに口ごもっています。

 私は何だろうと思いながらそれを見ていましたが、やがて、意を決したのかぽつりぽつりと話し始めます。


「一族の者たちから、うちの娘をホルスト君の側室にどうでしょうかという話が、たくさん来ていてね。お前も少し考えてくれないかな?」


 私は、キター、と思った。


 私の予想通りだった。

 優れた子孫を残したいという欲求が強い一族の人たちが、あれほど強大な力を行使できる旦那様を見て放っておくわけがないのです。


 しかし、お父様がこんなことを言い出すのはいずれわかっていました。

 ですから、そのために準備し、返事も決めています。

 だから、こう言います。


「お断りします」

「断る?しかし、だな。ホルスト君ほどの優秀な男の血は広めないといかんぞ。それが正妻としての、勤めではないのか」

「ええ、わかっております。ですから、私の方でもう2人も側室は用意しております」

「2人?それは、エリカのパ-ティーの女の子のことかい?」

「はい」


 私は大きく頷く。


「ですから、お父様が旦那様の血がどうのこうのと、心配しなくとも大丈夫です。私たち3人でたくさん子供を産んで、嫁にやるなり、婿にやるなりして、ちゃんと旦那様の血は継承させていきますので」

「そうか」


 私の返事を聞いて、お父様がしょぼんとした顔になるが、私は気にせず続ける。


「大体、この前も言ったじゃないですか。余計なことをしないで下さい、と。ここに来た初日だって、薄着のメイドを事もあろうに旦那様の風呂に差し向けたりして。お父様は、ちょっと先走り過ぎです」

「わかった。お前がそこまで言うのなら、これ以上ホルスト君にちょっかいはかけない。そのかわり、一つ頼みを聞いてくれないか」

「なんでしょうか」

「もし、ユリウスの所に子供、それも女の子ができたら、その子とホルスターとを婚約してくれないか」


 私はお父様がとんでもないことを要求してくるのかとひやひやしていましたが、要求は兄に娘ができたらホルスターの嫁にしろという話でした。


 兄の娘ならホルスターの嫁として申し分ありません。

 色々援助してもらえて、ホルスターの栄達の助けにもなるでしょうし、兄の娘なら教育もしっかりされるでしょうから、私と旦那様がそうであったように、幸せな家庭い生活を送れるはずです。


 だから、父の気が変わらないうちに話をまとめてしまおうという気になってしまい、


「いいお話ですね。構わないですよ」

「そうか、じゃあ、それで決まりだな」


そうやって、旦那様のお許しも得ず、というか旦那様も文句は言わないだろうと高をくくって、深く考えずに、あっさりオーケーしてしまいました。


 後で考えれば、私の願望丸出しの浅慮な行為でした。

 なぜなら、実はそれが結構とんでもない要求だったことに大分後になってから気が付いたからです。


★★★


「何?お義父さんがホルスターを狙っている?」


 ある晩、ベッドの上で、俺はエリカからそんな報告を受けた。


「実は、父から兄に娘ができたらホルスターと婚約してほしいと言われ、了承したのです。旦那様に断りもなく約束してしまい申し訳ありません」


 エリカはぺこりと頭を下げて謝ってきたが、俺は首を横に振る。


「別にいいよ。悪い話じゃないし。そっちの方が、お義父さんもホルスターのことをもっと可愛がってくれるだろうし。それよりも、それだけでなんでお義父さんがホルスターを狙っていることになるの?」

「私の兄は体が弱いでしょう?だから多くの子供は望めないでしょう。子供が生まれないことや、生まれても女の子しか生まれないことも十分に考えられるでしょう。だから、それを見越して万が一の時、ホルスターを跡継ぎとしてヒッグス家に迎えようとしてそう言っているのです」

「何だ。そんなことか」


 俺は手をひらひらと振る。


「お義父さんが養子にしたいというんだったら、ホルスターはお兄さんの養子にしたらいいと思うよ。うちを継ぐよりも、そっちの方がホルスターも断然良い人生を送れると思うしね」

「でも、それではエレクトロンの家が」

「そんなものどうでもいい。大体、俺の家なんて継ぐ価値のないつまらない家さ。親父たちを見てればよくわかるだろう?だから、ホルスターをお兄さんの養子にしてうちの家系が絶えたとしても、大したことにはなりはしない。エリカが気に病むことなんて何もないよ」

「そう言っていただけると嬉しいです」


 俺に気にするなと言われて大分精神的負担が取れたのだろう。

 エリカの顔が明るくなった。


「それよりも、俺たちは自分たちが幸せになる様に行動しよう」

「はい」


 そして、この夜、俺たちは久々に夫婦生活を楽しんだ。


★★★


「ホルスト君にエリカ。お前たち、上級学校に復学する気はないか?」


 ここに来て、10日ほどが過ぎたころの朝食の時、俺はエリカのお父さんにそんなことを言われた。


「はあ、上級学校ですか?」


 そう言えば、昔そんなものに通っていたこともあったなと、俺は思った。


「そうだよ。君たち卒業間近で出て行ったから、ちゃんと卒業していないだろう。幸いなことに、君たちの籍はちゃんと残してあるから、今は時間的に余裕があることだし、この際だから卒業したらどうだい?」

「いや、別にいいです」


 俺は即答した。


「ほう、どうしてだい?」

「いや、どうしてと言われても。今更意味がないでしょう。俺たち冒険者ですし。学校とか意味ないですもの」


 それに対してお父さんは首を横に振る。


「いや、意味はあると思うよ」

「そうですか」

「そうだよ。だって、ホルスト君はすっかり有名になってしまったからね。これから先、偉い人たちとの接触も増えるだろう。となると、ホルスト君にも上級学校を出たという実績があった方がいいと思うよ」


 ふーん。そうなのかな。

 俺はお父さんの言葉を理解しながらも、納得できないでいた。


 と、ここで。


「いいではないですか。旦那様。学校へ行きましょう」


 エリカが割り込んできた。


「え、エリカ?」

「確かにお父様の言う通りです。旦那様はこれから多くの身分の高い方と接するでしょう。となると、自分をもっと高めるべく努力すべきです。ですから、上級学校へ復学して、ちゃんと卒業しておくべきです。それに……」

「それに?」

「この際、旦那様と一緒にもう一度学校行きたいな……なんて」


 そうちょっと言いにくそうに、もごもごと言うエリカはかわいらしかった。


「わかった。それじゃあ、学校へ行くとするか」

「はい」


 こうして俺たちは、再び上級学校へ通うことになった。


★★★


「え、ワタクシとリネットさんも上級学校に通うんですか?」

「その通りだ」


 ヴィクトリアの質問に、俺はそうだと答えてやる。


「え、上級学校って。急に言われてもアタシ困るんだけど。アタシそんなに頭良くないから、授業についていけるかとか不安だし。テストとか、もう考えただけで、不安なんだが」

「大丈夫です。私がちゃんとサポートしますから」


 不安がるリネットをそうやって励まし、さらにヴィクトリアを伴い、3人で部屋の隅っこまで行き、俺に聞こえないように、何やら小声で話し始める。


(あなたたち、旦那様の側室になりたいんでしょう?だったら、自分を磨いて、旦那様の側室として恥じないだけの教養を身につけなければなりませんよ)

(まあ、そうですけど)

(でも、急に学校と言われても)

(それに、学校と言えば、学園ラブロマンスの宝庫ですよ。旦那様と親密になれる好機かもしれませんよ)

((!!))


「ふふふ、そういうことなら学校へ行かねばなりませんね」

「学校、最高!」


 エリカに何か言われて、急にヴィクトリアとリネットがやる気を出した。


「学園ラブロマンス。楽しみです!」

「学園ラブロマンス、最高!」


 二人して、おかしなことまで言い始めた。

 普段から頭ポエムなヴィクトリアはともかく、リネットまでこうなるとか。何があったんだろうと思った。


 まあ、いい。それよりもエリカに聞いておくべきことがある。


「それで、エリカ。お義父さんはいつまで学校へ行けって?」

「3か月。夏休みまでですね。ヴィクトリアさんとリネットさんも同じですね。ワタシと旦那様は復学。残りの二人は短期留学という名目で通うことになります」

「そうか」


 3か月か。

 まあ、そのくらいならもう一度学校生活を送るのも悪くないだろう。

 今度こそは学校生活を楽しめるはずだし。

 何せ、今度は俺に敵意を向ける同級生はいないはずだからな。


 こうして、俺も学園生活が始まるのをひそかに楽しみに思うのだった。

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