第119話~就任式、延期~

「天にましますわれらが神よ。魔物たちとの戦いで命を落とした者たちを天国に導き給え」


 ヒッグスタウンの協会の大司教様が皆の前で死者を弔う言葉を述べる。

 大司教様のお祈りが終わると、参列者たちが次々に慰霊碑に花を手向けていく。

 慰霊碑の前には長蛇の列ができ、中には死者のことを思いすすり泣いている人もいる。


「すごい数の人ですね」


 長蛇の列を見て、ヴィクトリアがそんな感想を漏らす。

 が、仕方がないので俺たちも並んで順番を待つ。


「やっと順番ですね」


 しばらく待つと順番が来たので、献花台に花を添え、目をつむり、死者の冥福を祈る。

 そして、お祈りが終わるとその場を離れ、すでにお祈りを済ませているエリカのお父さんたちと合流する。


「お待たせして、すみません」

「別に構わないよ。どうせ僕たちは参加者全員のお祈りが終わって、追悼式が終わるまでは帰れないんだから」


 エリカのお父さんがそう言って苦笑いする。


 そう。今日はこの前の魔物たちとの戦いで戦死した人たちに対する戦没者慰霊式だ。

 この前の魔物たちとの戦いでは多くの人が亡くなった。

 今日はそれらの人を弔うための慰霊祭なのだ。

 戦いから少し時間があいたのは、慰霊碑の建造に時間がかかったからだ。


 ということで、今日は戦死者の家族や友人、軍の関係者を呼んでの慰霊祭が開催されたというわけだ。


「でも、参列者の泣き顔を見ると、本当しみじみとした気持ちになるね」


 参列者たちのやるせない表情を見て、リネットがポツリと漏らす。

 確かに参列者を見ているとそういう気持ちになってくる。

 大事な人を、家族を失うというのは本当に悲しいものだ。


 俺も昔かわいがってくれたじいちゃんやばあちゃんが死んだときには、とても悲しかったからな。

 あの気持ちを今参列者の人たちも味わっているのかと思うと、何とも言えない気持ちになる。


 しかし、失われた命は帰ってこない。

 残された者は、その悲しみを乗り越え生きていくしかないのだ。

 それがこの世に生まれた者の宿命なのだから。


「それでは、これにて追悼式は終わります」


 俺がそんなことを考えていると、追悼式は終わった。


「それでは、お義父さん。俺たちは先に帰ります」

「ああ、僕は残務処理が終わったら帰るから、先に帰ってゆっくりしてなさい」

「はい、それでは」


 こうして、追悼式が終わったので俺たちは先にエリカの実家へと帰った。


★★★


「僕の当主就任式とユリウスの結婚式を少し延期することにした」


 追悼式が終わり、家に帰ってきたエリカのお父さんは俺たちにそう告げた。


「延期ですか?」

「まあ、ねえ。魔物の襲撃で町や人々に被害が出たから、その復旧が先だし、戦いで亡くなった人の喪にも服さないといけないし、しばらくは無理だね」

「延期って、どれくらいになりますかね」

「そんなに長くはかからないよ。夏くらいには行けると思うよ」

「夏ですか」


 どうしようかと俺は思った。


 結構期間がある。その間やることがない。

 ぶらぶらしていてもいいのだが、特に事情がないのにいい年した大人がそれでは情けないと思う。


 それにノースフォートレスの家も心配だ。

 何か月も家を空けるとなると、家の中が埃だらけになるし、家賃の支払いとかもある。


 本当に困る。


 俺が困った顔をしているのを見て、お父さんが声をかけてくる。


「なにか、困ったことでもあるのかい?」

「いや、ノースフォートレスの家のこととか、就任式までの間何をしていようかとか、考えていました」

「何だ。そんなことか」


 エリカのお父さんは大したことでもないという感じで言う。


「それだったら、ここでのんびりしていたらいいよ。ここにいれば、生活費とか一切気にする必要はないからね。好きなことをして過ごすといいよ」

「でも、あまり甘えるわけには」

「そんなことを気にする必要はないよ。君たちがいるということは、ホルスターもここにいるということだからね。僕もレベッカも、もっとホルスターの世話をしてやりたいんだ。だから、君たちがいてくれた方がありがたいくらいだ」

「そうですか」

「それと、家が気になるんだったね」


 そこまで言うと、お父さんは一度座り直し姿勢を正して、再び俺に話しかけてくる。


「実は、うちの家、ノースフォートレスに別荘があってね。家が気になるんだったら、そこの者たちに掃除とかさせても大丈夫だよ」

「しかし、お父様。家には皆荷物とかも置いていますよ」

「ホルスト君は空間転移が使えるんだろう?それでとってくればいいだろう」

「家賃とかも支払わなければならないんですが」

「家賃?もちろん、君たちがここにいる間は僕が払ってあげるよ。すぐにノースフォートレスの別荘には連絡するから。何だったら、その家を買い取って君にあげれば、永久に家賃など気にしなくてもよくなるから、そっちの方がいいかい?」

「いえ、そこまでは結構です」


 家まで買ってくれるとかいう話になってしまったので、俺は慌てて断った。


「俺たちが荷物を取ってきた後、家の掃除や手入れだけお願いします」

「うん、じゃあそうしようか」


 ということで、ノースフォートレスの家のメンテナンスはエリカのお父さんに頼むことにした。


「ところで」


 ここで、お父さんが話題を変えてきた。


「ホルスト君は、空間転移とか強力な魔法を使えるが、それはどこで覚えたんだい?」


★★★


 俺はついに来たと思った。

 まあ、全然魔法が使えなかった俺が急に強力な魔法を見につけて帰ったら普通誰でも疑問に思うよな。


 ここで俺は周囲を確認する。


 この部屋にいるのは、俺のパーティーメンバーとエリカの両親だけだった。

 俺の魔法の秘密について知る人間が少ない方が俺はいいと思っている。

 今なら知られるのはエリカの両親だけで済みそうだ。


 俺はエリカの顔を見る。


「私の両親なら大丈夫だともいます」


 エリカは自信ありげにコクリと頷いた。


「エリカ、一応『隠話』の魔法を使ってくれ」

「はい」


 俺の指示でエリカが魔法で音を遮断する。

 これで部屋の外に音が漏れる心配はなくなったわけだ。


「お義父さん、お義母さん、これから話すことはくれぐれも内緒にしてくださいね」

「ああ、わかった」


 エリカの両親の了承を得たので、俺は話し始めた。


★★★


「俺の使う魔法。それは『神属性魔法』という魔法です」

「『神属性魔法』?聞いたことがない魔法だね」

「それはそうです。『神属性魔法』は神の御業を顕現できる究極の魔法。使い手は限られています。この世で使えるのは、俺一人だけです」

「ほほう」


 エリカのお父さんは俺の話に興味が沸いたのか、俄然身を乗り出し聞く体制に入る。


「俺はこの魔法をあるダンジョンで女神に授けてもらったのですが、その女神によると、俺の魔法の才能は、完全に神属性魔法に偏っていて、他の魔法は使えないそうです。だからいくら練習しても魔法が使えなかったんです」

「なるほど、ホルスト君が魔法を使えなかったのにはそういう理由があったのか」


 うんうんと、エリカのお父さんとお母さんが頷く。


「それで、ここからが重要なのですが……」

「お父様、お母様。聞いてください」


 俺が続きを放そうとするとエリカが割り込んできた。


「実は私たち、女神アリスタ様に神命を受けています」

「神命?アリスタ様に?」

「はい。アリスタ様はこうおっしゃいました。『この世界に世界を滅ぼそうとする邪悪な存在が復活しようとしています』と。そして、私たちに、『それを阻止してほしい』と頼まれました。だから、私たちはそれを成し遂げないといけません」

「まさか、そんなことが」

「事実です。そして、旦那様の力はそのために授けられたものだと」

「なるほど、そういうことか」


 それを聞いてお父さんは納得したような顔になる。


「そうだったのか。確かにホルスト君の力は、神に授けられたというのでないと、説明がつかないからね」

「はい。それと、旦那様ほどではありませんが、私とヴィクトリアさんとリネットさんはアリスタ様に力を授けてもらっています」

「ほう、それはすごいね」

「後、ホルスターも。加護というのですか。将来立派な魔術師になれるようにそういう加護を授けてもらっています」

「まさか、ホルスターにまで」

「はい。ですから、お父様たちも私たちに協力してくださいね」


 お父さんはコクリと頷いた。


「わかった。僕もできるだけ協力しよう」

「お願いします」


 俺たちはエリカのお父さんたちに頭を下げた。

 こうして、お父さんたちとの話し合いは終わった。

 俺たちはしばらくお父さんたちに厄介になることになり、古代神復活阻止にも協力してくれるという。


 これで、この先の道筋が見えてきた。

 そんな気がした。

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