第118話~謝罪大会~
祝勝会の翌日は寝た。
とにかく寝た。
ひたすら寝た。
魔物の軍勢との戦いのせいで非常に疲れていたし、何より昨日の宴会騒ぎで飲み過ぎたせいで二日酔いがひどかったからだ。
「旦那様、昨日は飲みすぎでしたから」
俺が横になって休んでいると、エリカが水差しに冷たい水を入れて持ってきてくれた。
「どうぞ」
「ありがとう」
俺はエリカが入れてくれた水をありがたくいただく。
ごく、ごく。
一気に飲み干す。いつの間にか自分でも気が付かないくらい喉が渇いていたのだろう。飲み足りない気がした。
「もう一杯くれ」
「はい、はい」
エリカがもう一度コップに入れてくれたので、もう一度飲む。
ごっくん。
今度は喉が満たされた気がして満足した。
俺はふとほかのみんなが今何をしているのかが気になったので、エリカに聞いてみた。
「他のみんなは?」
「ヴィクトリアさんとリネットさんは旦那様と同じく二日酔いですね。リビングのソファーに寝かせて、さっき水を与えておきましたので、直に回復すると思いますよ」
まあ、あの二人も結構飲んでいたからな。そうなるのも無理ないか。
というか、目の前のエリカは俺たち以上に飲んでいたのに何でこんなに元気なのだろうか。
いくらエリカが酒に強いとはいえ、お前の肝臓はどうなっているんだと思わざるを得ない。
もちろん、俺は自分のそんな意見を披露したりはしない。
円満な夫婦関係こそが俺の望みだけどな。
だから話題を変える。
「それで、ホルスターたちは?」
「ホルスターなら、朝から私の両親のおもちゃになってますよ。リビングの暖炉の前に絨毯を敷いて、ドンと座り込んで、ずっとホルスターと遊んでますね。ついでに銀ちゃんも両親と一緒にホルスターと遊んでくれてますね」
「そうなの?」
「はい。だから、両親は銀ちゃんのことも気に入って、『お菓子、お食べ』とか言ってかわいがっていますよ」
「ふーん」
それはいいことだなと俺は思った。
現状、銀はあまり俺たち以外の大人と接する機会が少ない。
銀の成長のためにはいろいろな人間と接することが必要だ。
その点、この屋敷にはたくさんの人がいる。
その人たちと接することで銀はより早く神獣に近づけると思う。
「さて、少し落ち着いたことだし、みんなに顔を見せに行くか」
俺はベッドから立ち上がるとみんなに会うためにリビングに向かうのだった。
★★★
次の日。
俺とエリカはエリカのお父さんの執務室に呼ばれた。
「とりあえず、座りなさい」
エリカのお父さんに座るように促されたので、俺たちはお父さんの机の前に用意された椅子に着席する。
「それで、お父様、本日はどういったご用件でしょうか」
「それがね……」
そこまで言ったところで、お父さんが口ごもる。
どうやら、あまり口に出したいことではないようだ。
しばらくお父さんは沈黙を保っていたが、やがて意を決したのか、淡々と話し始める。
「実は、おじいちゃんやオットーたちがね。ホルスト君にちゃんと謝罪するから、ホルスターに会わせろと、うるさいんだ」
「まあ、おじい様やお義父様がですか」
エリカが露骨に嫌な顔をする。
エリカは、あいつらが俺にしてきた仕打ちをよく知っているから、当然の反応だ。
俺も今更図々しいと思う。
「僕も君たちの気持ちはわかる。死ぬほど憎く思っていることも知っている。ただ、だからといってホルスターに会わせないというのはよくないと思う」
「なぜですか」
「うん、それはね」
そこまで言うと、お父さんは言葉をいったん区切り、座り直す。
「子供にあまり肉親同士の争いを見せるのはよくないからさ」
俺の問いかけにお父さんがもっともな理由を答える。
「やはり、そういうのは子供に見せちゃだめですかね」
「そうだろうね。肉親同士が争うのを見て育った子供がどう育つか。考えただけでも恐ろしいと思うよ。だから、本当に仲直りする必要まではないけど、表面上だけはね」
「わかりました。そこまで言うのなら、考えましょう」
「そうかい?悪いね」
お父さんが少しだけホッとした顔になる。
どうやら、エリカのじいちゃんや親父からの圧がかなり高かったようだ。
「ただし、本当に表面上だけですよ。俺は一切あいつらとかかわりませんし、ホルスターと会わせるのにも思い切り制限をかけますよ。それでいいのなら謝罪を受け入れますよ」
「うん、それでいいよ」
これで話は決まりだ。
俺は親父たちと会うことにした。
★★★
翌日、俺は屋敷の大広間で親父たちの謝罪を受けることにした。
大広間には親父たちの他にも、俺をいじめてきた一族の奴らが集まっているそうだ。
「ふう」
俺は大広間の前の扉で一息つく。
「旦那様、大丈夫ですか」
それを見てエリカが心配して声をかけてくれる。
「大丈夫だよ」
俺はそう返事し、エリカを安心させると、いざ中に入る。
そして、驚く。
大広間には親父をはじめ、俺をいじめてきた奴が集まっていたのだが、全員髪型が同じだった。
「ぷぷ」
「ふふふ」
その髪型を見て、俺とエリカは思わず吹き出してしまった。
というのも、男は丸坊主。女は猿のようなベリーショートだったからだ。
男はまだしも、女がこんな髪型にされるのは相当なショックだったのだろう。
全員が絶望した顔をしているが、特に女性の絶望感が半端なかった。
まあ、短くなってしまったものはもうどうしようもできないので、大体の人がもう諦めがついたような顔ではあったが。
ただ、俺の妹だけは別だ。相当泣いたのだろう。顔が涙で真っ赤になっていた。
まあ、あいつはいつも自分の髪を自慢していたから、男みたいな髪型にされて相当落ち込んでいると思う。
もっとも、同情する気にはなれない。
妹には散々ひどい目に遭わされた。殴られたり蹴られるのはしょっちゅうだったし、スープに犬の小便を混ぜられ食わされたこともある。
ここにいるほかの女連中だって、旦那や息子をたきつけて俺をいじめてきた奴らだ。
とにかく、妹も含め、こいつらに散々意地悪されたことを俺は忘れていない。
この程度酷い目に遭ったところで、ざまあとしか思えなかった。
さて、俺とエリカが部屋に入ると、連中を代表してエリカのじいちゃんが前へ進み出てくる。
「ホルスト君。今まで君のことをひどい目に合わせてきてすまなかった。許してくれ」
エリカのじいちゃんがそう言うのに合わせて、連中が一斉に土下座し、
「許してください」
と、懇願してくる。
それは見事にそろった土下座だった。
それを見て、俺は結構スカッとした。積年の恨みが少しだけ晴れた気がした。
だが、こうも思った。
白々しい。
なんというか、連中の態度にはここまでしてやったんだから、お前も許すべきだ。
そんな感情が見え隠れているような気がした。
それを見て取った俺はこう言ってやった。
「何か勘違いしているようだが、俺はお前たちを許す気なんかないからな」
「え、ホルスト君、それはどういう……」
エリカのじいちゃんが驚いて声をあげるが、俺はそれを手で制して続ける。
「言っておくが、俺はエリカのお父さんに謝罪は受けるとは言ったが、それで許すとは言っていないからな」
「そんな、ここまでしたのに」
連中から抗議の声が上がるが、俺はそれに対して、
「黙れ!」
と、大喝してやる。それだけで、連中はビビったのか黙り込んでしまった。
「お前らはそれだけのことを俺にしてきたんだ。コップから床に落ちた水はもうコップには戻れないんだ。だから、俺たちの関係が元に戻ることもない。……ただ、仲介してくれたエリカのお父さんの手前もある。だから最低限、そうだな。お前らが死んだら、葬式くらいには出てやる。それ以上はない!」
俺は冷たくそう宣言すると、エリカのじいちゃんと俺の両親の顔を見る。
「後、お前らには約束だからホルスターに会わせてやる。ただし、余計なことを吹き込もうとするなよ。会う時は誰かに監視させるからな。一応、俺の方もホルスターにはお前らのことを悪く言わないようにはする。子供に親のけんかを見せるなんて最低だからな。だから、ホルスターの前だけでは表面上は仲良くしようぜ。約束できるか?できないのなら会わせないからな」
「わかった。約束する」
「「私たちもそれでいい」」
親父たちとエリカのじいちゃんが俺の条件を飲んだ。
「それと、ホルスターとの面会時間は月に1時間だ」
「え、それは少なすぎでは……」
「やかましいわ!お前らが条件を出せる立場だと思うな。嫌なら、会わせなくてもいいんだぞ」
「わかった。それでいい」
ということで、親父たちの謝罪大会は終わった。
「それじゃあな」
俺はそれだけ言い残すと、後ろを振り返ることもなく、エリカと一緒に部屋を出るのだった。
★★★
「悔しい!悔しい!悔しい!」
その日の晩、私レイラ・エレクトロンはベッドの上で、一人泣きわめいていた。
「あの無能兄貴。ちょっと強力な魔法が使えるようになったからって、偉そうに!折角この私が髪の毛を切ってまで謝罪したというのに許さないだなんて!許せない!」
泣き叫びながらもレイラは傲慢な態度を崩さない。
心の底にそういう傲慢さが隠れているのを兄に見抜かれたからこそ許してもらえなかったのに、そのことに気が付いていない。
「ああ!私の髪!」
レイラは自分の髪に触り、そして絶望する。
以前は指を挟むだけで感じられた髪の感触が、全く感じられなかったからだ。
当然だ。
今の髪形は、おでこ全開、耳全開のベリーショート。
指に挟むだけの髪などどこにもないのだから。
昨日の昼間、母とともに父に床屋に連れていかれ、このような髪形にされてしまったのだ。
自慢の長い髪の根元からジョキリとはさみを入れられた時は、体に戦慄が走った。
長い髪がバサバサと床に落ちていくのを見た時は非常に情けない気持ちになった。
そして、断髪が終わって男よりも短い髪形になった自分を見て絶望した。
その時の気持ちをレイラは鮮明に覚えている。
「絶対に復讐してやる」
その気持ちを胸に抱きながら、レイラは兄への復讐を誓うのだった。
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