第109話~ヒッグスタウンへの旅1、駆け落ちの思いで~

「あら、銀ちゃんかわいいですね」

「きゃわゆいです」

「うん、似合っているよ」

「そうですか。ありがとうございます」


 うちの女性陣が銀のことを褒めそやしている。

 確かに、白のブラウスと赤色のスカートは銀によく似合っていた。


 今、俺たちはヒッグスタウンへの旅の準備に来ていた。

 それで、現在銀に旅装を買ってやっているというわけである。


 銀の服を買いに来てからすでに30分以上経っている。

 相変わらず女の子の買い物は長い。

 待つのだけでも一苦労だ。


 もっとも、今は前ほど退屈に思っていない。


「ほら、ホルスター。パパが高い、高いしてやるぞ」

「あーうー」

「ほーら、高い、高い」

「きゃ、きゃ」


 俺が高い高いしてやると、ホルスターがきゃ、きゃと喜ぶ。

 そう。俺は今こうやってホルスターと遊ぶのが忙しいからだ。


 普段俺は父親として、あまりホルスターと遊べてやれていない。

 世話もしていない。というか、させてもらえない。


「ホルスターの世話は私たちでしますので、旦那様はおとなしくしておいてください」


 何せうちには女性が4人もいるので、ホルスターの世話は彼女たちがやっている。

 おしめ替えも、ご飯をやるのも、お風呂に入れるのも4人が交代でやっている。

 最初はエリカ以外上手にできなかったみたいだが、今ではヴィクトリアたちもうまくやれるようになっている。


「エリカ様、できました」

「銀ちゃんも、おしめ替え、お上手になりましたね」


 銀でさえ、今ではエリカに褒められるくらいにはホルスターの世話ができるようになっている。


 なぜ、エリカがホルスターの世話を女性だけでするのか。

 それは将来を考えてのことらしい。


「あなたたち。赤子のオシメも変えられないとか、将来子供ができたらどうするつもりですか」


 エリカはヴィクトリアたちにそう発破をかけていた。

 つまりはヴィクトリアたちに子供ができた時に備えて、ホルスターで練習させているというわけだ。


 だから俺が家でさせてもらえることは、せいぜいたまに遊んでやるくらいのことである。

 ということで、外に出て女性たちが買い物をしているときなんかは、俺にとっては息子とスキンシップを取るチャンスというわけだ。


「終わりましたよ」


 そうやって俺がホルスターと遊んでいるうちに買い物が終了したようだ。


「お、いいんじゃないか」


 見ると銀が見違えていた。

 先ほどのブラウスとスカートの上にフード付きの黒のコートを着ていた。

 とても似合っていて、子供らしくてかわいらしいと思う。


「ホルスト様、褒めていただいてありがとうございます」

「よし、それじゃあ買い物も済んだことだし、後はご飯でも食べてから帰るか」

「「「「はい」」」」


 こうして買い物が終わった俺たちは、飯を食って帰ることにした。

 まだ、太陽は大分高かった。


★★★


 買い物が終わった翌日の早朝。


「さあ、行くぞ」


 ヒッグスタウンへ向けた旅が始まった。


 今回の旅については急ぐつもりはない。

 普通ノースフォートレスからヒッグスタウンへ移動するには、主要幹線道路を一直線に進めば一週間くらいで済むのだが、今回は大幅に寄り道するつもりだ。

 各地を観光しながら旅して、1か月くらいかけてのんびり回るつもりだ。


 旅に出るにあたって、冒険者ギルドの教官業は辞めてきた。

 元々、エリカが現場復帰するまでという約束だったし、俺たちの後継の教官もだいぶ育ってきたからだ。


「今までお世話になりました」


 辞職を伝えに行くと、ギルドマスターのダンパさんはそうお礼を言ってくれ、後任の教官たちも交え、ささやかな宴を開いてくれた。


「教官殿。その節はお世話になりました。教官殿のおかげで立派に冒険者をやれてます」


 俺たちが辞めると聞いてあいさつに来てくれた元生徒も大勢いた。

 こういう元生徒やダンパさんたちを見ていると、本当教官業をやってよかったと思っている。


 一応、要請があった場合は特別講師として訓練を見てやることにはなっているので、機会があればまた参加するつもりだ。


 おっと、話がそれてしまった。


 パトリックを歩かせて城門を出ると、青い空が広がっていた。

 ヒッグスタウンとの間の街道には多くの旅人であふれ、とても活気がある。

 その街道を俺たちは進んでいく。

 まだ3月の初めで、馬車の外へ一歩出るととても寒いが、それでも道往く木々の枝には花のつぼみが出てきていて、少しずつ春の息吹が感じられる。


 今馬車の御者台でパトリックを操っているのは俺とリネットだ。

 別に一人でもよいのだが、長い旅なので一人だと退屈なので二人で御者台にいるようにしたのだ。


「それにしても外は寒いですね」

「まったくだ。太陽の光が当たると結構暖かいのだが、いかんせん風がねえ。まだまだ冬の寒さだからねえ。もうちょっとして、風が冷たくなくなってきたら、春って感じがするんだけどね」

「本当ですね。早く暖かくなるといいですね」

「そうだね。ところで……」


 リネットが俺をじろじろ見る。


「ホルスト君の身に着けているその手袋。もしかして、前にアタシが作ってあげたやつかい?」

「そうですよ」

「それにそのマフラーはヴィクトリアちゃんが作ったので、鎧の下に着ているセーターはエリカちゃんが作ったのだろ」

「その通りですが」

「ふーん、アタシたちが作ったの使ってくれているんだ」

「ええ、ありがたく使わせてもらってますよ」

「そうかい。うれしいな」


 自分の作った衣類が使われていると気づいてリネットが照れたのか、顔を真っ赤にする。


「それで、アタシの作った手袋は暖かいかい?」

「ええ、とっても。なにせ、リネットをはじめ、みんなの温かい気持ちがこもっていますから」

「そうか。そう言ってもらえると、作った甲斐があるというものだ」


 そこまで言うと、リネットは手綱を持つ俺の左手を、ギュッと握ってきた。


「リネット?」

「しー、静かにして。今、手袋にほつれや破れがないか見てあげてるところだから」


 そう言いながら、リネットは俺の手袋を丁寧に点検しだすが、その点検はいつまでたっても終わらず、


「ホルストさん、交代の時間ですよ」


と、ヴィクトリアが交代に来るまで続いたのだった。

 何だかなあ。


★★★


 それから3日後。

 俺たちは、『ヴンシュ』という町に着いた。


「この町、駆け落ちの時も旦那様と寄ったんですよ」


 エリカが馬車の中でみんなに誇らしげにそう言うのが聞こえてくる。

 そうこの町には、ヒッグスタウンを出て、ノースフォートレスへ駆け落ちする時も寄った。

 何のためにこんな辺鄙な田舎町に寄ったかというと。


「ここですよ。ここ」


 エリカが町の中央広場にある噴水を指さしながら言う。

 俺たちは馬車を町の馬車の停車場へ預けると、町の中央の広場へとやってきた。

 エリカの言うようにここの広場の噴水が目当てだ。


「ここは、『願いの泉』っていうんですよ」

「願いの泉?ですか」

「ここへコインを投げ入れて、お願いすると願いが叶うそうですよ。私も旦那様と駆け落ちする時に立ち寄って、バッチリお祈りしておきました」

「何をお願いしたんだい?」

「もちろん、『旦那様と幸せな家庭を築けますように』です」

「それは……ちゃんと叶ったじゃないか」

「はい、叶いました」


 エリカがすごくうれしそうな顔で言う。

 エリカが喜ぶのはいいのだが、俺的には過去の秘密をばらされているようで恥ずかしいのでやめてほしかった。

 しかし、俺の期待とは裏腹に、女子トークは続く。


「となれば、ここの噴水にお祈りするのは効果があるということだな。それなら、是非お祈りしていかねば」

「ワタクシもお祈りしていきたいです」

「銀もしたいです」

「それじゃあ、みんなでお祈りしていきましょうか」


 ということで、お祈りしていくことになった。

 みんな財布から銅貨を一枚取り出す。

 銀だけはお金を持っていなかったので、俺が銅貨を1枚握らしてやる。


 コインを全員が握ったのを確認すると、一斉に噴水に投げ入れる。

 そして、みんながそれぞれお祈りする。


 みんながずっと仲良くやっていけますように。


 俺はそうお願いした。

 俺は今の生活を気に入っている。だから、それが続くようにお願いした。


 他の4人は何を願ったのだろうか。

 気になるが、聞くわけにもいかないので聞かないでおく。


「さあ。お祈りも終わったし、飯でも食おうか」


 お祈りが終わった俺たちは食事に行くことにした。


★★★


「それじゃあ、この後どこを回るかだが、希望はあるか」


 『願いの泉』でのお祈りを終えて食事中の俺たちは、これからどこへ行くか話し合っていた。


「はい、は~い。ワタクシは『天空の塔』へ行ってみたいです」

「『天空の塔』。すごく景色のいい所だと聞くな。アタシも行ってみたいな」

「私も行ってみたいです」

「銀も行きたいです」


 女性陣が一斉に『天空の塔』へ行きたいと言い出した。

 『天空の塔』は『シエル』という町にある監視用に建造された塔で、王国で一番高い建物として知られている。

 確か、今は監視用には使用されていなくて、頂上から見える景色がとても良いと評判の観光名所になっていたはずだ。


 しかし、女性陣の意見がここまで一致するとは……。

 こいつら絶対に裏で示し合わせていたに違いない。

 まあ、いい。

 彼女たちがそんなに行きたいのなら、連れて行けばいいだけの話だ。


「それじゃあ、次は『天空の塔』へ行くか」

「「「「はい」」」」


 こうして俺たちの次の目的地は決まった。

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