第99話~本選2回戦 VSリネット~

「イタタタ。もうちょっとけが人は丁寧に扱ってくれよ」

「何を言っているんですか。これでも十分丁寧に扱っていますよ。というか、本当なら楽勝だったはずなのにこんなけがを負って帰ってくるホルストさんが悪いんです。自業自得ですよ」


 治療の仕方が雑だとヴィクトリアに文句を言ったら、ぐうの音も出ないくらい言い返されてしまった。


 俺は今、ヴィクトリアに1回戦で負ったけがの治療をしてもらうため、観客席に来ている。

 魔法禁止のこの大会だが、試合の間に自分で回復魔法をかけたり、誰かにかけてもらうのはオーケーとなっている。


 というのも、観衆は万全の状態の戦士たちが全力で戦うさまを見たいものであり、そのためには選手にけががあってはダメだからであり、だからこのような規定になっている。


 ということで、大会本部自らが回復要員の魔法使いを大量動員してたりする。

 結構給料がいいようで、予選の時など大勢の魔法使いが集まって、回復魔法を唱えていたものだ。

 中には、エリカやヴィクトリアが魔法を教えた冒険者の子もいた。


「先生、お久しぶりです」

「あら、お久しぶりですね。お元気でしたか」


 そんな風にエリカたちと元生徒たちが仲良く会話しているのを目撃したりもした。

 もちろん大会本部が用意した魔法使いを利用する必要は必ずしもなく、だから俺はこうやってヴィクトリアに治療を受けているというわけだ。


「『特級治癒』」


 ヴィクトリアは文句を言いつつも最上級の回復魔法をかけてくれた。

 たちまち全身の傷が癒え、痛みが引いていく。


 さらに。


「『体力回復』」


 もかけてくれた。最後に。


「旦那様、服が穴だらけではありませんか。こちらに着替えてください」


 エリカが出してくれた服に着替えた。

 これで次の試合の準備は万端だ。


「さてと」


 俺は試合会場の方を見る。

 そこではちょうどリネットの試合が行われていた。


★★★


 リネットの試合はあっさり決着がついた。


 リネットの相手は目つきの鋭い細身の剣士だった。

 最初こそ細身の剣士が攻勢に出て、連続攻撃を仕掛けてきたが、リネットは得意の盾術でそれをいなすと、隙を見て逆に剣士に一撃加えてやった。


「ぐっ」


 細身な剣士は思い切り場外まで吹き飛ばされ、場外負けとなった。


 試合が終わると、リネットは観客席までやってきた。


「リネットさん、おめでとうございます」


 みんなに褒められると照れ臭そうに顔を赤くしたのがかわいらしくて、印象的だった。


「『体力回復』」


 けがはなかったので、ヴィクトリアに体力だけ回復させてもらっていた。

 その後はみんなで食事した。


「召し上がれ」


 今日の昼ごはんはサンドイッチだった。

 朝が脂っこい料理ばかりだったので、これは助かった。

 あっさりしていてサクサク食べられる。

 激しい試合をした後で、お腹が空いていたので結構食べた。


「うん、エリカさんの作ったサンドイッチはおいしいですね」


 それでも、ヴィクトリアの食欲には敵わなかったが。

 朝もしっかりと食べていたはずなのに、本当、こいつの胃袋はどうなっているのだろうと思う。


 食事後は、30分ほど横になって英気を養った。

 そして、そのうちに時間が来たので抽選会場へ向かった。


★★★


 無事、本選1回戦を勝ち上がった俺とリネットは2回戦の組み合わせ抽選を受けた。


「俺はBだ。第1試合だ。リネットは?」

「アタシはAだ」

「ということは、第1試合ですね」

「そうだね」

「とうとう戦うことになりましたね」


 まあ、2回戦は4戦しかないからな。

 十分リネットと戦う可能性はあったので、これは仕方ない。


「それじゃあ、また後で」


 抽選が終わるとリネットと別れて自分の控室へ行く。

 控室にはソファーが置いてあったのでそこに座り、腕を組んで、しばし考える。


「リネットが相手か。さて、どうすべきかな」


 リネットのことはよく知っている。

 何せ毎日のように一緒に訓練してきた仲だ。

 手の内はよくわかっている。


 しかし、それは相手も同じことだ。

 リネットも俺のことをよく知っている。

 互いに相手をよく知る者同士の戦い。

 これは熾烈なものになりそうだった。


 俺は脳内でいろいろシミュレートしてみる。

 そして、結論を出す。


「あの手で行くか」


 作戦を考えた俺は試合会場へ向かって歩き出す。


★★★


 2回戦第1試合が始まった。


「ホルスト・エレクトロンだ。よろしく頼む」

「リネット・クラフトマンだ。お手柔らかに」


 互いに名乗り合い、握手をする。

 そして、お互いに開始位置に着く。


「始め!」


 そして、試合が開始される。


★★★


 ホルスト君と戦うことになってしまった。

 ホルスト君とはずっと訓練で模擬戦をしてきたけど、本気で戦うのは初めてだ。


 正直言うとワクワクしている。


 ホルスト君はアタシより強いと思う。

 パワー、スピードはアタシより上だし、とっさの判断力にも優れている。

 盾の使い方はアタシの方が上だが、武器の扱いでは負けている。

 総合的に見て負けていると思う。


 だが、アタシもむざむざ負ける気はない。

 少しでもホルスト君に食らいついていって、自分がホルスト君の相棒としてふさわしいことを示したいと思う。


「始め!」


 そんなことを考えていたら試合が始まった。


「はあああああ」


 まずはアタシから仕掛けていく。


★★★


 試合開始早々、リネットが仕掛けてきた。

 斧を小さく構え、一直線に突っ込んでくる。


 予選でも斧を使っていたやつはいた。あいつは威力を出そうと大上段に構えて突っ込んできていたが、

リネットの力なら小さく構えていても、あいつ以上の威力を出せるだろう。

 素直に攻撃を受けるのは危険だ。


 そう判断した俺はこちらから一気にリネットに接近する。


「とう」


 近づいた俺に対して、リネットは斧を振り下ろしてくる。


 ガン。

 やはり近づいた分、斧を振り下ろすスペースが少なくなり、斧の威力が思ったより小さい。

 簡単に盾で受け流せた。


「やあ」


 逆に剣を打ち込んでやる。


 ガン。

 しかし、こちらの攻撃も簡単に受け流される。


 その後は攻撃を加えては盾で受けられ、盾で受けては反撃するということが繰り返される。

 ドン、ドン。

 攻撃の度に激しい音が空気を揺らし、そのたびに興奮した観客がワーワー歓声を叫ぶのが聞こえる。


 このままでは埒が明かないか。

 一旦攻撃をやめ、距離を取る。


 リネットも俺と同じことを考えたのか、後ろに後退し、一息つく。


「やるじゃないか、リネット」

「ホルスト君こそ」


 互いに健闘を称えあう。

 その最中も俺はどうするか考える。

 そして考えていた作戦を実行することにする。


★★★


 ポイ。

 俺は盾を地面に投げ捨てる。


 そして、剣を両手で握りしめる。

 今から、俺は攻撃に全振りするつもりだ。


 リネットは防御が固い。その防御を突き破るために俺は防御を捨てる。


「うおおおお」


 そして、一直線にリネットへ突っ込んでいく。


★★★


 ホルスト君が防御を捨てて突っ込んできた。


 これは下手に対応できない。

 変に避けようとすると追撃されてやられてしまう。

 ここはこの攻撃を受け切って、逆に反撃の一撃を加えるべきところだ。


「はあああ」


 盾を持つ左手に力を集中する。


 ドガーン。

 盾にホルスト君の攻撃が当たり、ものすごい音がする。

 アタシは足に力を籠め、必死にホルスト君の攻撃に耐える。

 しばらく、耐えているとホルスト君の攻撃が止まる。


 見ると、今の一撃に力を使い切ったのか、ホルスト君の動きが止まっている。

 隙だらけだった。


 ホルスト君に勝った。

 アタシはホルスト君に攻撃しようと斧を振り上げた。


★★★


 かかったな。

 リネットが俺に攻撃しようと斧を振り上げた。

 勝利を確信したのだろう。顔には笑みがこぼれている。


 しかし、こういう時が一番危険なのだ。

 俺がわざと隙を見せたことに気が付いていないのだから。


 この時を待っていた俺は、リネットの斧を握っている方の手首を力いっぱいつかむ。

 斧を振り上げてたことで腕が伸び切っていたところを俺が力いっぱい抑えたものだから、これでリネットは斧を振り下ろせなくなった。

 意外な展開にリネットが顔をゆがめる。


 すかさず、俺はリネットの肩に剣で一撃を加える。

 苦痛に耐えかねたリネットが斧を落とす。

 俺はそこへ体当たりを仕掛け、リネットを組み伏せ、顔へ剣を突きつける。


「まだやる?」

「まいった。降参する」


 武器を失い、身動きできない状態になったリネットは降参した。

 これで、2回戦も俺の勝利だ。


★★★


「ホルストさん、女の子はもっと大事にしないといけませんよ」


 2回戦が終わった後、俺は観客席でリネットを治療するヴィクトリアに怒られていた。


「ええ、だって試合だし」

「そうかもしれませんが、肩の骨にひびを入れるのはやりすぎです。そこまでしなくても、もう少し威力の小さい攻撃でもリネットさんは武器を落としたはずです。やり過ぎです。リネットさんに謝ってください」

「ごめんなさい」


 ヴィクトリアの剣幕に押された俺は、素直にリネットに謝った。


「別にいいんだよ。ホルスト君。試合中の話なんだから。それに、こうやってヴィクトリアちゃんが魔法を使ってくれたから、もうけがも治ったしね」

「そう言ってもらえると、うれしいです」


 リネットがそう言ってくれたおかげで、ヴィクトリアも「仕方ないですね」と、それ以上追及してこなくなったので助かった。


「さて、試合も終わったことだし、帰るとしましょうか。今日はおいしいものを作りますから、旦那様は明日に備えて英気を養ってくださいね」


 最後はエリカのその発言で帰ることになった。

 さあ、明日はいよいよ武術大会の最終日だ。

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