第98話~本選1回戦 VS近衛騎士団長~
予選の翌日。
本選の初日でもある。
なので、俺とリネットは朝から準備に余念がない。
武器や防具に痛みがないかチェックしたり、準備運動をしたりと、朝からやることが多くて忙しい。
一通り準備が終わったら朝食だ。
「本選に向けて、気合を入れて作りましたのでたくさん食べてくださいね」
朝から食卓には肉料理が多く並んでいる。
これを食って精をつけろという意味だと思う。
「いただきます」
無論、遠慮なく食べる。
がつ、がつ。
朝から脂っこいものを食べるのはきつかったが、試合のためだと思って頑張って食べた。
「うん。これはおいしいですね。朝からこんなごちそうを食べられるなんて幸せです」
俺とリネットが試合に向けて頑張って食事している横では、ヴィクトリアが実にうまそうに食っていた。
試合に出るはずの俺たちよりバクバク食っている。
お前、朝からよくそんなに食えるなと感心してしまう。
というか、一応俺たちのために用意された料理なんだから、お前は遠慮して食えよ、と思う。
「さて、腹も膨れたことだし、そろそろ家を出るか」
そうこうしているうちに食事も終わり、俺たちは家を出た。
★★★
「いきなり、初っ端から試合か」
本選の組み合わせ抽選を終えて出てきた俺は嘆息した。
というのも、1回戦の第1試合から出ることになったからである。
この武術大会の本選のやり方はちょっと変わっている。
武術大会本選は、1回戦、2回戦、準決勝、決勝と4段階あるのだが、決勝以外は毎回組み合わせ抽選をやる。
まず1回戦の組み合わせ抽選をやり、1回戦で生き残った者で2回戦の組み合わせ抽選をやり、さらに準決勝で……という風にやっていくのだ。
こういう仕組みになっているのには理由がある。
というのも、この武術大会の本選は政府公認の賭けの対象になっており、少しでも盛り上げて掛け金を少しでも増やして売上を上げようという戦略の一環のようである。
抽選が終わった俺はその賭けを行っている場所へ行ってみた。
自分の倍率がどうなっているか気になったからだ。
「お、たくさん人がいるな」
賭けの会場へ行くと、たくさんの人が群がっていた。
みんな目を血眼にして、誰に賭ければ儲かるか、必死に考えていた。
俺は賭けを募集しているスペースへ行き、賭けの倍率がどうなっているかを見る。
「1回戦第1試合。ホルスト対オーガス。ホルスト3倍。オーガス1.5倍か」
賭けの倍率表を確認すると、俺に勝つ方に賭けた方が、俺が勝った時に多くお金が入るようになっている。
これは賭けの胴元に俺の方が相手のオーガスという人物よりも実力が下と見られているということだ。
なんだかちょっと悔しい気がするが、仕方がない。
相手が何者かよく知らないが、結構な実力者で武術大会なんかでも実績があるのだろう。
対して、俺はSランク冒険者とはいえ、若造で武術大会での実績もない。
おまけに予選ではあまり実力を出さずに勝ってしまったので、そこまででもないと思われたのだろう。
だから、こそのこの評価だと思う。
俺は現在の自分の評価を見ると、その場を離れる。
そうしたら、知り合いに出会った。
「よお、ドラゴンの」
フォックスだった。
★★★
「よお、ドラゴンの」
賭けの会場の外でフォックスに声をかけられた。
「こんな所で何やってんだ。まさか賭けに来たわけじゃないだろ?」
「ええ、ちょっと自分の賭けの倍率がどうなっているか気になりまして」
「お、そういえば予選突破したんだってな。おめでとな」
「ありがとうございます」
フォックスは祝福の言葉を言うと同時に握手を求めてきたので、握手した。
「それで、誰と戦うんだ」
「オーガスという人ですね」
「オーガス?それはいきなり強敵と当たったな」
「そうなんですか」
「何だ知らないのか。オーガスといえば、ヴァレンシュタイン王国の近衛騎士団長で前回の優勝者だぞ」
「へえ、それはすごいひとですね」
なるほど、前回の優勝者か。
それがあの倍率の理由というわけか。
ゴーン、ゴーン。
その時鐘が鳴った。そろそろ試合が開始されるという合図だった。
「それでは、そろそろ行きますね」
「ああ、予選で負けてしまった俺の分も頑張ってくれよ」
「はい」
俺はもう一度フォックスと握手すると、フォックスと別れて試合会場へ向かった。
★★★
1回戦第1試合が始まった。
それは対戦相手同士の名乗り合いで始まる。
「俺は、ホルスト・エレクトロンだ。よろしく頼む」
まずは俺から名乗る。すると、相手が名乗り返してくる。
「私は、オーガス・パールトンと申します。この国の近衛騎士団長をやっております。よろしく、お頼み申す」
名乗りが終わると握手をして、正々堂々と戦うことを誓う。
握手の最中にオーガスが俺に言ってくる。
「ホルスト殿は何でも北部砦で巨大な魔法を使って、10万の魔物とリッチを葬りさったと、聞き及びますが」
「うん、そうだけど」
「それは素晴らしい。ホルスト殿はとてつもない魔法使いですな。そのような魔法使いに私が敵うはずもありませんが、あくまでそれは魔法があればの話。魔法禁止のこの大会なら私にも十分勝機があると思っております。負けませぬぞ」
「こちらこそ」
そうやって俺に宣戦布告すると、オーガスは開始位置に着いた。
それに合わせて俺も開始位置に着く。
「始め!」
そして、試合が始まる。
★★★
「行きますぞ」
開始早々、オーガスが突っ込んでくる。
今回の俺の対戦相手は戦意旺盛なやつが多く、先に攻撃してくるケースが多かった。
オーガスも戦意に事欠かないやつみたいで、俺に先に攻撃を仕掛けてきたわけだ。
そんなオーガスの武器はサーベルだ。
一応斬ったりもできるが、斬るよりも突くことに特化した武器だ。
前回優勝の実力者だけあって、オーガスの突きは鋭く速い。
ビュッ、ビュッ。
風を切り裂く鋭い音とともに、次々と突きが繰り出されていく。
俺はそれを必死に避けようとする。
「くっ」
だが、避けきれるものではない。
ザク、ザク。
サーベルが何か所も俺の服や肉を切り裂き、血が出る。
致命傷こそないが、小さな傷が少しずつ増えていく。
思い切り距離を取って一度攻撃をやり過ごそうかと思ったが、やめておいた。
そんなことをしては隙だらけになるし、何より自分のためにならないからだ。
何が自分のためにならないかって?
それは……。
「うん?」
突然、オーガスの攻撃が止まった。止まると同時に俺と距離を取る。
「はあ、はあ」
見ると少し息切れしている。
多分あまりに激しい攻撃をしたので少し体力を使ったのと、激しい攻撃を仕掛けた割には、俺に決定的な一撃を与えられなかったので様子見のために引いたのだと思う。
なんだか不思議そうな目で俺のことを見ているのがその証拠だ。
オーガスが俺に致命打を与えられなかったのは当然だ。
なぜなら、俺は致命傷だけはもらわないように注意しながら訓練をしていたのだから。
そう。今までの俺の行動。それは訓練だった。
★★★
「見切り」という技がある。
最小限の動きで敵の攻撃を避け、反撃につなげる技だ。
最近、俺は頑張ってこの動きを身に着けようと努力していたのだが、リネットではうまくいかなかった。
『戦士の記憶』を身に着けたリネットは素早すぎて、練習相手としては不適切だったからだ。
だから、目の前のオーガスで練習しようと思ったわけだが、オーガスもリネットほどではないが十分素早く、1割ほど見切れず、攻撃を受けてしまった。
俺もまだまだだな。
俺はさらなる精進を誓うのだった。
さて、練習はこのくらいにしてそろそろ本気を出すとしよう。
俺は肩の力を抜き、全身をぶるっと震わせる。
何をしているのかというと儀式だ。
本気を出すときはこれをして体のスイッチを切り替えるのだ。
ここ、数か月の間に覚えた効率的な実力の引き出し方なのだ。
儀式を終えた俺は剣を構え直す。
それを見てオーガスもサーベルを構えた。
「参る!」
今度は俺から攻撃を仕掛ける。
攻撃をするに際して、俺は訓練で覚えた技を使った。
『忍び足』
足音や気配を消して、相手に攻撃を仕掛ける技である。
『見切り』もそうだが、これは『戦士の記憶』にあった技である。
『戦士の記憶』があれば、リネットはこれらの技を無条件で使えるのだが、彼女はなくても使えるようにしようと練習し、それに付き合った俺も覚えたというわけだ。
俺に攻撃を仕掛けられたオーガスが動揺する。
当然だ。
上級の戦士ほど相手の気配に敏感だ。
なのにそれがない。
おまけにオーガスはこの種の技を出す相手と対決したことがないのだろう。
だから対応策が分からない。
ガン。
半分棒立ちのような格好で俺の攻撃を受けたオーガスは、サーベルを思い切り強打され、サーベルを手放してしまう。
カラン、カラン。
金属が地面を転がる乾いた音が周囲に響く。
「うおりゃああ」
完全に無防備になったオーガスの腹に、俺は渾身の一撃を叩き込む。
「ぐほ」
腹に攻撃をもらったオーガスが吹き飛ぶ。
コロコロと、2,3回地面を転がった後、あおむけに地面に倒れ伏す。
そこにすかさず近づいた俺は、オーガスに剣を突きつけ、こう言う。
「まだ、やるか?」
「ま、まいった」
戦意を喪失したオーガスはあっさりと降伏した。
俺の勝利だ。
「わー、わー」
同時に会場に歓声が響き渡る。
それに俺は手を振って応える。
これで、俺の1回戦は終了だ。
5分くらい手を振って、観衆の声援に応えた俺は、それが終わると、次の試合に備えるため、足早にその場を離れた。
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