第87話~クリント生誕祭、後夜祭編~

「ホルスト君、実家から荷物を取ってきたいので手伝ってくれないか」


 クリント生誕祭最後の日、リネットにそんなことを頼まれた。


 ちなみにエリカとヴィクトリアと銀は3人で一緒に図書館で本を読むとか言って出かけた。


「それでは、旦那様、出かけてまいります」

「行ってきます」

「ホルスト様、行ってきます」


 ヴィクトリアもそうだがエリカも本を読む方だ。銀も最近はよくエリカに絵本を読んでもらったりしていて、よく本を見ている。なので、3人で楽しそうに出かけていた。


 なお、ここの図書館は有料で入場料は銅貨5枚だそうだ。

 中には食事を食べる場所もあるそうなので、一日中いても飽きないらしい。

 これで銅貨5枚なら安いと思う。


 さて。

 リネットさんに頼まれた俺は、


「いいよ」


と、気軽に返事をした。


 リネットには普段からお世話になっていることだし、この程度のこと何でもない。


「それでは行こうか」


 俺たちはリネットの実家へと出かけた。


★★★


「あなたがホルストさんね、私はリネットの母親のマリーといいます。いつも娘がお世話になっています」


 リネットの実家に行くとお母さんのマリーさんが出迎えてくれた。

 リネットの実家に行くのはこれで2度目だが、お母さんに会うのは初めてだった。


「まあ、この子の荷物運びの手伝いに来られたのですか。それはまあ、わざわざありがとうございます。これは何かお礼をしなくてはいけませんね」

「いや、いや、大したことないですから」

「いえ、そういう訳にはいけません。そうだわ。食事でも食べて行ってください」


 ということで、急遽リネットの実家で食事をすることになった。


★★★


「さあ、召し上がれ」


 リネットさんのお母さんが昼食を作ってくれた。

 焼きたてのパン、スープ、ハンバーグ、野菜の煮物とジャガイモのふかし芋。

 割と家庭的なメニューでおいしそうだった。


「このハンバーグはアタシが作ったからね」


 どうやらリネットも作るのを手伝ったらしく、妙にアピールしてくる。

 最近エリカに教えてもらっているだけあって、リネットも料理の腕が上がっているので、これは楽しみだと思った。


 ちなみに食卓にいるのは俺、リネット、お母さんの3人だ。

 フィーゴさんは組合の寄り合いに行っているらしかった。


「すみません。それでは食べさせてもらいます。いただきます」


 早速いただくことにする。


 うまい。

 リネットさんのお母さんとリネットの料理はおいしかった。


 特にパンがおいしかった。

 このパンはお母さんの手作りらしく、毎日焼いているらしい。

 というのも、リネットの実家の隣にはリネットのお父さんのお弟子さんたちの寮があり、その人達用に大量のパンが必要で、その場合、買うよりも作った方が安くつくらしいのでそうしているらしかった。


「アタシもお母さんの作ったパン、好きなんだ」


 リネットが満面の笑みで言う。

 確かにその気持ちはわかる。

 これだけのパンなら店を出しても売れるレベルだからだ。

 だから、ありがたく食べさせてもらう。


「ホルストさんて、よく食べるのね」


 俺の食べっぷりを見てお母さんがそんなことをつぶやく。


「そうですか?」

「ええ、うちの亭主とそっくりね。あの人もよく食べるわね」


 ふーんそうなのか。

 俺が暢気にお母さんの話を聞いていると。


「まあ、子供を作ろうと思ったらたくさん食べなきゃね。それで、ホルストさんとリネットは、いつになったら私たちに孫の顔を見せてくれるのかしら?」


 お母さんが突然爆弾を投げつけてきた。


「ぶっ」


 思わぬ発言に驚いた俺は、思わず口から飲んでいたスープを吐き出した。

 孫?孫って何の話?


「お母さん!ちょっと、何言っているの!」


 リネットが慌てて止めに入るが、そのくらいで止まるお母さんではない。


「ホルスト君には奥さんがもういるんだからね」

「そうなのかい?でも、ホルストさんほどの有名人だと、女の人の2人や3人くらい抱えていて普通じゃないか。あんたも側に置いてもらえばいいじゃないか」

「もう、知らない!あっち、行ってよ」

「でも、ねえ」

「いいから!あっち、行っててよ!」

「そうかい、お母さん、ホルストさんなら、あんたのこと任せてもいいと思うけど」

「いいから!早く!」

「しょうがない子だねえ」


 結局、お母さんは顔を真っ赤にしたリネットの手により、リビングを追い出されたのであった。

 その後、残された俺とリネットは黙々と食事するのであった。


★★★


 食事が終わると、リネットの荷物を回収して彼女の家を後にした。


「それじゃあ、ホルストさん、また来てくださいね」

「はい、また来ます」

「ちょっと、ホルスト君。お母さんなんかに挨拶する必要ないからね」

「え、でも」

「いいから、帰るよ」


 さよならの挨拶もそこそこに、俺は強引にリネットに連れ帰られるのであった。


 その帰り道。

 俺たちは近くの公園で少し休んでいくことにした。

 普段は人の多い公園も、今日はお祭りの日なので人の集まりはまばらだ。

 そんな公園のベンチに俺たちは座る。


「さっきはうちのお母さんがごめんね」


 座るなりリネットが謝ってきた。


「いいよ、別に気にしてないよ。お母さんもリネットのことを心配して言ってるんだろうし」

「うん、でもね。お母さん、ちょっとしつこいの。会うたびに、孫、孫言ってくるの」

「へえ、そうなんですか」

「そうなの。だからアタシも意識しちゃって、早く子供が欲しいとは思うの。好きな人に告白されて、一緒になりたいと思っているの」


 ここで俺は気が付く。リネットの話し方が今日は妙に女の子っぽいと。

 何だろうと思っていると、リネットが顔を近づけてくる。


「だから、その時が来た時のために、ちょっと、練習したいかなって思うの。相手を頼めないかな?」


 え、と俺は思った。さすがにと思ったので断ろうかな、と考えたが。


「じー」


 リネットの視線がきつい。ものすごく真剣な顔だ。

 これはとても断れないと思った俺は、


「いいですよ」


と、言ってしまった。


「ありがとう。じゃあ、早速始めようか。それでは、ホルスト君、お願い」

「えーと、それじゃあ」


 俺は姿勢を正してリネットと向き合う。


「愛しているよ、リネット。俺と結婚してくれないか」

「はい、喜んで」


 そう言うと、リネットは俺の胸に飛び込んできた。

 そして、激しく俺の胸に顔を埋めてくる。


 なんか演技にしては真剣すぎるなとは思ったが、まあ、この際だと思い、背中を撫でてやると、しがみつく力が強くなった。

 うん。これは柔らかくていいな。俺はそう感じながらリネットの背中を撫で続けた。

 エリカもそうだが、女の子の体というのは触っていると気持ちいいのだ。

 リネットも触っていると癖になりそうだった。


 そのうちに、リネットはしがみつくのをやめると、今度は目と口を閉じ、顔を上に向けてきた。

 これはあれか。キスをしろということか。


 そう思ったが、さすがにそれは俺も恥ずかしくて無理だったので、


「これで、我慢してくれ」


と、手を取り、手にそっとキスをした。


 手にキスをされたリネットは、全身を茹でダコの様に真っ赤にすると、


「調子に乗りすぎた。ごめんよ」


そう大声で叫びながら、リネットは走って去って行った。


 何だったんだろうと思いつつも、リネットの柔らかい体とキスの感触を思い出すと、胸の高鳴りが止まらないのだった。


★★★


 その日の夜、ホルスト君と銀ちゃんが寝静まった後、アタシとヴィクトリアちゃんはエリカちゃんに報告会をした。

 パジャマ姿のまま、リビングに集まり、お祭りの間の成果を語り合う。


「ワタクシは、ホルストさんと劇を見に行きました」


 まずヴィクトリアちゃんから成果を話し始める。


「それで、劇の最中にホルストさんに抱きついてもらったりしました。滅茶苦茶うれしかったです」


 えへへ。そう言うヴィクトリアちゃんは滅茶苦茶うれしそうだ。


「旦那様が抱きついて来たのですか。それは大きく前進しましたね。よかったですね」

「はい」

「それで、リネットさんはどうでしたか」

「アタシ?アタシはキスしてもらったよ」

「「ほう」」


 エリカちゃんとヴィクトリアちゃんが目を丸くする。


「すごいではないですか」

「羨ましいです」

「でも、口ではなく、手だったんだ」


 アタシは頭を掻く。


「告白の練習に付き合ってもらうということで、恋人ごっこみたいなのをして、勢いでキスをおねだりしたら、手にしてくれたんだ」

「あのまじめな旦那様が、手とはいえ、それでキスをしたのですか。大前進ですね。おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」

「さあ、お二人とも旦那様との仲を進展させたようですし、これからみんなで、お祝いということで、パーっとやりましょう」


 その後、アタシたちはお祝いに酒やジュースを飲みお菓子を食べながら、パジャマパーティーとしゃれ込むのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る