第82話~ギルドマスターの依頼~
今日もいい天気だな。
俺はそんなことを考えながらノースフォートレスの町を歩いていた。
実際、建物の隙間から見える春の空は雲一つなく、青一色だ。
「お兄ちゃん、ビッグアリゲーターの串焼きはどうだい?」
「1つくれ」
串焼き屋の親父に声をかけられた俺は串焼きを買う。
そして、歩きながらそれを食う。
ビッグアリゲーターの肉は鳥のようにあっさりとしていて旨い。
エリカが、俺が歩きながら串焼きを食べているのを見たら怒るだろうが、今はいないので気にしない。
「おいしかった」
食い終わった串をごみ箱に捨てると、再び歩き始める。
だが、その歩みはのろい。
俺にはこれから行くべき場所があるのだが、そこにあまり行きたくないからだ。
何というか、嫌な予感というか、面倒ごとを押し付けられる予感がプンプンするからだ。
実際、この前のコカトリスエンペラーの時も面倒くさい依頼を押し付けられたからな。
俺の歩みが止まる。
目的地に着いたからだ。
俺は入り口の扉に手をかけると扉を開け、中へ入る。
その建物の入り口の看板には、『ノースフォートレス 冒険者ギルド』と書いてあった。
★★★
「ホルストだ。ギルドマスターのダンパさんに呼ばれてきたんだけど」
2階の受付でそう来訪目的を告げる。
「あ、お待ちしておりました。すぐにギルドマスターに連絡するのでお待ちください」
俺の話を聞いた職員さんはすぐにダンパさんに連絡を取ってくれた。
5分後。
俺はギルドの応接室に通された。
「よく来てくれたね」
部屋では先にギルドマスターのダンパさんが待ってくれていた。
「とりあえず座ってくれ」
椅子に座るように促されたので座ると、ダンパさんも座る。
すぐにでも話が始まるのだと思ったが、ダンパさんはすぐに話し出さなかった。
「お茶とお菓子を用意させているからね。お茶でも飲みながら話そうか」
と言うので、しばらく待つと、女性職員さんがお茶とお菓子を運んできてくれた。
「それでは失礼いたします」
お茶とお菓子をテーブルに置くと、職員さんはすぐに出て行った。
二人残された俺とダンパさんは、それぞれ砂糖やミルクを入れ自分好みの味付けにしてお茶を飲む。
「それでは、本題に入ろうか」
ここでようやくダンパさんが話を切り出した。
「去年、君たちのおかげで大儲けさせてもらったのを覚えているかい?」
「大儲け?ああ、アースドラゴンとか鉱石とか、ベヒモスとか売ったやつですか」
「そう、それだ。あれのおかげで冒険者ギルドにも結構な金額の手数料が入って来てね。おかげで施設を新しく作ることができたんだよ」
「施設?何の施設ですか?」
「大規模訓練場だよ」
ダンパさんは満面の笑みで嬉しそうに言った。
というか、大規模訓練場って。
あれだけの競売で、そんなに利益が出ちゃったの?
俺は別にあれらの品を売ってもらったお金に不満はない。確か、競売にかけられた金額の8割は俺たちに、残りは商業ギルドの手数料に、その商業ギルドの手数料のうちから幾分かが冒険者ギルドに入るはずで、俺たちは規定通りの対価をもらっているからだ。
それらを差し引いてもなお、商業ギルドから冒険者ギルドにそれだけの金が流れていると知って驚いただけだ。
「大規模訓練場?ですか」
「そうだ。一応小さい訓練場ならここのギルドの地下にもあるんだが、あれでは小さすぎてね。ずっと大きな訓練場が欲しくて頑張ってたんだ」
「ほお、そうなんですか」
「そうなんだ。ホルスト君も知っているだろう?近年、小さな町や村が魔物の襲撃で滅ぼされる事例が多いことを」
「ええ、知っていますよ」
そのことは俺も承知している。
現に、俺の知り合いの冒険者の中にも故郷の町や村を魔物に滅ぼされたという人が何人もいる。
「そうやって故郷を滅ぼされて流浪の民となった人たちの中には冒険者になる人も多い。ただ、そういう人は満足に戦闘訓練を受けていない人も多いんだ。そういう人は冒険者になっても、まだ初級のEやDランクのうちに死んでしまうことが多いんだ。それで、私はそういう人たちを一人でも多く救いたいと思っている」
「つまりは、そういう人たちを訓練するための大規模訓練場と言うわけですか」
「そういうことだ」
ダンパさんは力強く頷いた。
なるほど。話はよく分かった。大規模訓練場建設の理念も、ダンパさんが面倒見がよく、ギルドのみならず世間の人々のことも考えていける素晴らしい人だということも。
だが、それだけに俺がここに呼ばれた理由もなんとなくわかってしまった。
俺は一応確認のために聞いてみる。
「それで、俺をここに呼んだ理由なんですが、まさか俺たちのおかげでその大規模訓練場が建設できたお礼を言いたい。とかではないですよね?」
「うん、違うね。実は君たちのパーティーに訓練所の教官を頼めないかと思って、こうして来てもらったんだ」
やはりそっちか。
俺は嫌な予感というものはよく当たるものだと思った。
「頼むよ」
明らかにいやそうな顔をした俺に、ダンパさんが縋るように頼んで来る。
「実は施設を作ったのはいいけど、中々いい先生が見つからなくて困っているんだ。だから、頼むよ」
「そう言われましても」
「安いけどちゃんと給料は出すし、ずっと教官をやってくれとは言わないからさ。奥さんが出産して現役復帰するまでの間だけで構わないからさ」
「しかし」
「お願いだ。君たちに見捨てられると後がないんだ」
余程この計画を成功させたいのだろう。
ダンパさんは最後は土下座してまで頼み込んできた。
俺は困ってしまって頭を搔いた。
ここまでされてはこの依頼は断れないと俺は思った。
ダンパさんは立場の弱い新人冒険者のために頑張っている。
ここで俺が断ったりしたら、完全に俺が悪人になってしまう。
仕方がない。
「わかりました。引き受けます」
「本当か。いや、助かるよ。ありがとう」
土下座していたダンパさんが立ち上がり俺の手を握り感謝してくる。
「正式な返事はうちのパーティーのメンバーに確認した後でもいいですか。一応黙って引き受けるのもどうかと思うので」
「もちろんだよ。いい返事を待っているからね」
そこまで話すと、俺はダンパさんと別れて一旦家に帰った。
★★★
「ホルスト君、それは是非にもやらないといけないよ」
家に帰って、みんなに新人講習会のことを話すと、リネットにそう言われた。
まあ、予想通りの反応だった。
「ホルストさん、困っている人たちに手を差し伸べる。いいことだと思いますよ」
「旦那様。私たちは今開店休業中なのですから、訓練くらいしてあげればよいではありませんか。このまま家に居ても無駄に日々を過ごすだけです。どうせなら、何か仕事をした方がよろしいかと存じますが」
ヴィクトリアとエリカも賛成のようだ。
確かに、このところ自主訓練をする以外にやることがない。
たまに買い物に行ったり、ご飯を食べに行ったり、酒を飲んだりしたりするのが関の山だ。
あまりにやることがないと、人間退屈で頭がおかしくなりそうになるものである。
「わかった。それじゃあ、引き受けることにするか」
「「「はい」」」
俺、いや、俺たちは返事をするために再びギルドに向かった。
★★★
「今度は全員でお越しくださるとは。このダンパ、感激で胸がいっぱいですぞ」
今度は全員でギルドを訪ねると、ダンパさんがわざわざ来てくれたと、全力で喜んでくれた。
すぐに応接室に通され、大量のお菓子とお茶で供応してください。
「うわー、おいしそうですね。いただきます」
目の前の大量のお菓子を見て、早速ヴィクトリアががっつき始める。
「おい、もう少し場所を考えろ」
俺が注意しても。
「えええ、折角出してくれたのに食べないと出してくれた相手に悪いです」
と、開き直りやがる。その上。
「その通りです。ささ、ヴィクトリア殿。遠慮なく食べてください」
そうダンパさんが援護射撃したものだから、ますますヴィクトリアは遠慮せず食べるのだった。
お前は一体何をしに来たんだ。これはあとでエリカのお説教だな。
そう心の中で思いつつ、ヴィクトリアのことは放っておいて、ダンパさんと話をする。
「それで、訓練生の指導の件なのですが、引き受けさせてもらいます」
「おお、そうですか。引き受けてくれますか。どうもありがとうございます」
ダンパさんは俺の手を取り、深々と頭を下げた。
「ただし、少しだけ条件があります」
「なんだい?」
「訓練に必要なものがいくつかあります。それらをリストにしますので揃えてください」
「うん、当然だ。訓練に必要なものならすぐにでも揃えさせよう」
「それから、俺たちの訓練は非常に厳しいですよ。中には耐えきれずに途中でやめる者も出てくるでしょう。でも、苦情が出てもギルドでは一切受け付けないでください。俺たちのやり方で最後までやらせてください」
「うむ、いいだろう。君たちにすべて任せるよ」
「最後に俺たちの代わりは常に探し続けてくださいね。俺たちはSランク冒険者。急な依頼が入ったり、どこかに出かけたりする可能性もあります。その時にいつでも交代できるようにしてください」
「うむ、わかった。努力する」
ダンパさんがこちらの出した条件をすべて飲んだ。
これで契約成立だ。
残りの時間は詳しい打ち合わせをして、この日のダンパさんとの会談は終了だ。
そして、数日後、新人たちの訓練が開始されることになる。
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