第83話~アルティメットヘルモード~
ダンパさんに了承の返事をしてから数日後、俺たちは大規模訓練場の控室に居た。
俺とリネットは訓練用の皮の鎧を着て、同じく訓練用の歯引きの剣を持っている。
エリカとヴィクトリアは普段着に杖1本という軽装だ。
後、エリカは妊娠中ということであまり激しいことはできないので、ギルドがエリカ用の椅子を運んだり、介助してくれたりする女性を一人付けてくれている。
エリカに訓練を手伝わせても大丈夫かなと思っていたので、正直ありがたい配慮だ。
さて、俺たちは今訓練へ向けて最終的な打ち合わせをしている。
「それじゃあ、俺とリネットが新人の前衛職たちの戦闘訓練を、エリカとヴィクトリアが魔法使い志望者の訓練を。ということでいいな?」
「畏まりました、旦那様」
「了解した」
「ラジャーです」
「それとヴィクトリアは俺が呼んだら、新人たちの治療に来てくれ。結構しごいてやるつもりだから、頼むよ」
「お任せください」
「それじゃあ、打合せは以上だ。各々、頑張ってくれ」
「「「はい」」」
こうして打合せは終わった。
俺たちはそれぞれの持ち場につき、訓練を開始する。
★★★
大規模訓練場で一番広い訓練施設である大練兵場。
ここはギルドが気合を入れて作った施設だけあって十分広く、200人程度が一度に訓練しても余裕があるくらいだった。
今回ここに訓練を受けに集まった新人たちは100人くらいだった。
全員が武器防具を装備して、俺とリネットの前に整列していた。
大体が成人したて位の俺より4,5歳くらい年下の子が多かったが、中には俺より大分年上そうなのもいる。
男女比は、男8、女2と言ったところだ。前衛職だから、体力的に勝る男の方が多いのだと思う。
さて、全員揃っているようだし早速訓練開始と行こうか。
俺は一歩前へ進み出ると、全員に向けて訓示を開始する。
「諸君!我がノースフォートレス冒険者ギルド名物、特選新人講習へようこそ。俺は君たちの教官を務めるホルストだ。そして、俺の隣にいるのが副教官のリネットだ。よろしくな」
「はい。よろしくお願いします」
「うん、いい返事だ。さて、ここは諸君を短期間でいっぱしの冒険者に育て上げる場である。ここを卒業できれば、諸君らはひとかどの冒険者になれるはずだ。ここの訓練にはそれだけの価値がある」
そこまで言うと、俺は新人たちの顔を見回す。
全員俺の訓示を緊張した面持ちで聞いている。
うん、いい面構えだ。だが、それがどこまで持つか。
本当に楽しみだ。
俺は話を続ける。
「ただし、ここの訓練は甘くない。全員が何度も地獄を見ることになるだろう。だから、先にお前らに問う。地獄に堕ちる覚悟はあるか?と」
「はい!」
俺の問いかけに元気の良い返事が返ってきた。
いいぞ。いいぞ。
「よし、それではお前らに特別に選択の権利を与えてやろう。おい、そこのお前!」
「はい」
俺は一番前の列にいた背の高い男を指名する。
「実はこの講習にはいくつかコースを用意している。簡単な方から、ヘルモード、ハードヘルモード、アルティメットヘルモードだ。さあ、好きなのを選べ」
「教官殿。気のせいか、どのコースも地獄と名がついているのですが」
「当たり前だ!お前たちの進む道は地獄しかない。言っておくが、ここで甘い訓練なんか受けていたら、外に出た時本当に地獄に直行だぞ。冒険者家業は甘くないんだ。だから、今のうちに地獄を体験してもらう。さあ、選べ!」
「それでしたら……」
そこで俺は手を上げ、そいつの言葉を遮る。
「何?アルティメットヘルモードがいいだと?よし、お前らの覚悟は受け取った。徹底的に鍛えて、冒険者として通じるようにしてやる!」
俺の発言を受け、全員がざわつく。
背の高い奴が俺に何か言おうとする。
「あの、教官殿。自分はまだ……」
「黙れ!」
口答えしようとするそいつを俺は大喝する。
「アルティメットヘルモードを選んだ以上、口答えなど許さん!いいか、今からお前たちは訓練の間はウジ虫だ。そして、俺とリネットは神だ。ウジ虫風情が神の言うことに逆らうなど許されることではない」
会場がさらにざわつく。
多少強引だが、最初にこのくらいやっておかなくてはならない。
本当に冒険者の仕事は甘くない。
だから、仕事に出る前に十分に訓練してやらねばならない。
そのためにこれは必要なことなのだ。
俺はそう自分に言い聞かせる。
「黙れ!」
俺はもう一度大喝する。今度は全員が静まり返る。
「よし。静かになったな。では早速訓練開始だ。まずはお前たち全員でかかってこい」
★★★
「まずはお前たち全員でかかってこい」
そう宣言すると、俺は剣を抜き、練兵場の中央まで進み、剣を構える。
それを見て訓練生の一人が聞いてる。
「失礼ですが、教官殿お一人で全員を相手するおつもりですか」
「その通りだが、何か問題でも?」
「いえ、問題というか。さすがに1人で100人と戦うとか、無理では」
「そんなことはないな。ウジ虫が100匹いたところで神に勝てるわけないだろうが」
「ふざけるな!」
「そうだ、そうだ」
「俺たちをなめるな!」
俺の発言を聞いて、さすがに舐められていると思ったのだろう、怒号が飛んでくる。
うん、いい遠吠えだ。
だが、吠えていられるのは今のうちだけだ。
「さあ、かかってこい。そして、目の前に立つ壁の高さを知れ!」
「うわーーー」
俺の言葉を受け、前の方にいた十数人が襲い掛かってきた。
誰も1対100で負けるはずがないと思っているのだろう。表情にどこか余裕が見える。
だが、俺はあっさりとその余裕を粉砕して見せる。
「行くぞ」
剣を構え敵陣のど真ん中に突っ込んで行くと、連中の攻撃を巧みにかわしつつ、一人一撃、急所に斬撃をたたき込み、意識を刈り取っていく。
「ぐぎゃ」
「ぐへ」
練兵場に訓練生の悲鳴が次々に響き渡る。
物の1分もしないうちに最初に突っ込んできた十数人が全滅し、大地に転がされる。
それを見て、残りの連中の顔が蒼ざめる。
ここまで力の差があるとはだれも思っていなかったようだ。
「どうした。かかってこないのか?なら、こちらから行くぞ」
ビビッてかかってこなくなったので、こちらから攻撃に行く。
「ぴぎゃ」
「ひゃ」
また、練兵場に訓練生の悲鳴が響く。
今度も1分かからず、20人ほどが叩きのめされる。
「どうした?お前たちは襲い掛かってくる敵にも立ち向かえない腑抜けなのか?ウジ虫だって攻撃されたら反撃くらいはするぞ。それとも、お前らはウジ虫以下なのか?」
「こなくそ!」
それを見てこのままでは全滅するのみだと悟ったのだろう。
多少は気概がありそうなのが30人ばかりかかってきた。
「いいぞ、いいぞ。もっと来い」
もちろん俺は手を抜いたりしない。
その30人も今までの連中と同じ目に遭ってもらう。
「ぶっ」
「ぐほ」
三度、新人どもの悲鳴が練兵場に響き渡り、新人どもが大地に倒れ伏す。
「もう残りが半分以下になったな。どうした?威勢がいいことを言っていたやつもいたが、大した実力ではなかったようだな」
「ちくしょう」
俺の挑発を受け、残りの全員が突っ込んで来る。
突っ込んでくる奴の中には涙を流しているのもいて、明らかに破れかぶれという感じだ。
黙ってやられるよりはましと思っているのだろう。
だが、俺はそんな連中にも容赦する気はない。
「はああああ」
俺は再び連中に突っ込んで行く。
正直なところ、集団で向かって来られても連携も何もない状態では集団である意味がないし、お互いに他人の行動を邪魔するだけで集団であることが害悪にしかなっていないのだ。
だから結局各個撃破されるしかない。
今度は悲鳴をあげる間も与えず、一撃必殺の精神で仕留めていく。
「終わったな」
結局、俺は5分も経たないうちに、100人全員を叩き潰したのであった。
★★★
「リネット、ヴィクトリアを呼んでくれ」
「了解だ」
リネットがヴィクトリアを呼ぶとすぐに来た。
なぜかエリカや魔法使い志望の子も一緒に来ている。
どうやら、実際に魔法を使用しているところを見学させたいみたいだった。
「『小治癒』」
ヴィクトリアが魔法で、何人か治療して見せる。
「こんなふうにやるのですよ」
と、治癒魔法を魔法使い志望の子たちに実演して見せる。それが終わると。
「後は時間がないので、まとめてです。『範囲小治癒』」
ヴィクトリアが範囲治癒魔法を使うと、全員が一気に回復した。
「それでは、これで失礼します」
治療が終わると、ヴィクトリアたちは戻って行った。
俺は治療が終わった訓練生たちを再び整列させる。
「わかったか!ウジ虫ども!自分たちの実力というものが!」
「はい」
そう返事をする訓練生たちの顔は心なしか、さっきより引き締まっている感じがする。
「しかし、心配する必要はない。お前らの面倒は俺とリネットが責任をもって最後まで見てやる。訓練が終わるころには、冒険者として通用するくらいにはしてやる。だから、安心してついてこい」
「はい」
「よし、いい返事だ。それでは、まずは基礎体力作りからだ」
俺は練兵場の一角を指さす。
そこには1個20キロある重りが大量におかれていた。
「お前ら!あそこにある重りを、そうだな本当なら2個持たせたいところだが、最初だから1個で勘弁してやろう。1個持って全員でグラウンドをランニングだ。急げ!」
「はい」
俺が命令すると全員が一斉に動き、重りを担いでランニングを開始する。
「言っておくが全力で走れよ。手を抜くと、即座に尻を蹴り飛ばすからな」
俺の檄を受け、全員が全力疾走を始める。
それを見て俺は満足する。
うん。掴みはオッケーかな。
後はなるべく脱落者を出さないように、ペース配分をうまく考えないとな。
何にせよ。訓練はまだ始まったばかりだ。
頑張って、一人でも多くの人が冒険者としてやっていけるようにしてやろう。
俺はそう誓うのだった。
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