第81話~銀のいる生活~

 コカトリスエンペラーを討伐して数日後の午前中。


「ホルスト様、それではお願いします」

「おう、任せておけ」


 俺は銀の部屋に小さな社(やしろ)を設置しようとしていた。


 銀はナニワの白狐の下の娘だ。

 姉の場合と同じく、普段は人というか獣人?の姿に化けて生活している。


 ふさふさの耳と尻尾がチャーミングな子で、いつも赤い瞳をキラキラさせているかわいらしい子だ。

 性格は大人しめな子で、親元を離れて暮らすのが初めてなせいか、世間の常識を知らないことも多く、失敗も多い。

 前に買い物を頼んだ時にはお金の存在を知らず、お金を支払わず店を出てきて、店主に怒られたこともあった。


 うちの女性陣には可愛がられており、よく服やお菓子なんかを買ってもらっている。

 現に、今着ているのも子供らしいフリルのいっぱい付いた白いワンピースだ。

 よく似合っていると思う。


 狐は神獣になるために神の下で修業する必要があるが、銀はヴィクトリアについて修行することになって、家で預かっている。

 ヴィクトリアに神獣の修業なんてできるのかと思うが、そこは俺たちが手伝ってやっている。


 例えば、狐は『妖術』とかいう魔法に似た術を得意としているのだが、これを使うには魔力を消費するため魔力の扱いに慣れる必要がある。


「魔力を使う時はもっと肩の力を抜きなさい。力を入れすぎると魔力のコントロールが上手く行きませんよ」

「はい、エリカ様」


 だから今、エリカが魔力操作の仕方を教えてやったりしている。


 基礎体力作りはリネットが教えている。


「もうちょっと左腕を伸ばして」

「はい、リネット様」


 そうやって、毎日体操やランニングなどをさせて、銀を鍛えてやっていた。


「お辞儀する時の角度は45度ですよ」

「はい、エリカ様」

「ここをこうして、こうやれば、もっと上手に縫えますよ」

「はい、エリカ様」


 行儀作法や家事はエリカに教わっている。

 最初は全然ダメだったが、少しずつは上達していっているようだ。


 これらを見ていて俺は思う。


 これ、ヴィクトリアの下で修業する必要なくねえ?

 だって、ヴィクトリアのしていることって、一緒に昼寝するくらいだし。


「う~ん。もう食べれません」

「ヴィクトリア様~、ワタシ、おいなりさん食べたいです」


 そうやって寝言を言いながら仲良くソファーで寝ているのをよく見かける。

 仲が良いのは結構だが、お前は人様の子供を預かったのだからもっと責任感を持て、と思う。


「神獣は神の側にいるだけで、その神気を受け、成長していくのです」


 俺が問い詰めると、ヴィクトリアはそんなことを抜かしていたが、


「お前の神気って、確かゼロどころかマイナスだったよな。それで本当に成長に寄与できるのか」


と、ツッコんだら、泣きそうになったので、それ以上は言わないでおいた。

 が、エリカに告げ口されてしまい、


「旦那様、あんまりヴィクトリアさんをイジメてはダメですよ」


と、怒られてしまった。

 仕方がないので、お詫びにケーキを買ってやると、


「うわー、ありがとうございます」


と、嫌味を言われたことも忘れて、銀と二人、仲良くケーキを食べていた。


 本当、単純な奴だ。

 でも、ケーキを独り占めせず、ちゃんと銀にも分けてやれるようになったのは偉いと思うぞ。


 こうして銀が家に来たことで、ますます賑やかになったわけだ。


 それで、今から俺がしようということだが、いわゆるDIYというやつだ。

 つまり、銀の部屋の壁に棚を作ってそこに社を置こうというわけだ。


 何でも神獣はそういうのが身近にあると成長が早いらしいので、設置してみることにしたのだった。

 なお、この社はフソウ皇国から取り寄せた特注品である。


 ダンジョンから帰ってすぐに注文したのだが、届くのに半年以上かかったのには理由がある。

 聞くところによると、フソウ皇国では、政府の保護のおかげで、今空前のお稲荷さん信仰ブームらしく、国中でお稲荷さん用の社が設置されているらしく、品薄らしい。


それはそれで結構なことだと思うが、おかげで半年も待たされたわけだ。

 ブームおそるべしと言うべきである。


 まあ、そういうわけで今から銀の部屋に棚を作らないといけないので、頑張ろうと思う。


★★★


「うん、こんなものかな」


 棚の作成は2時間ほどで終わった。

 材料の木を切るところから始め、棚を壁にくぎで固定したり、色を塗ったりと結構手間がかかった。

 素人の手作りにしては良い出来だと思う。

 途中、やはり大工に頼めばよかったと、何度か心が折れそうになったが、完成したのを見ると、やはり自分でやってよかったと思えてくるから不思議だ。


 早速棚の上に社を設置してみる。


「うん。中々いいな」


 出来上がった社は結構見栄えが良かった。

 これはみんなに見せるべきだな。


 俺はみんなを呼びにリビングに行く。

 リビングには全員が揃っていて、お茶を飲みながら談笑していた。


「おい、社ができたぞ」

「本当ですか」


 全員で出来上がった社を見に行くと、口々に褒めてくれた。


「旦那様、素敵なのができましたね」

「ホルストさん、カッコいいと思いますよ」

「ホルスト君は意外と器用なんだな」

「ホルスト様、ありがとうございます」


 何だろう。褒められすぎて、ちょっとこそばゆい気がするが、頑張って作ってよかったと思う。

 これにて今日の午前中の予定は終わりだ。

 夕方からは別の予定があるので、それまではのんびりすることにする。


★★★


「かわいいですう」

「よくお似合いですよ」

「いいんじゃないか」


 エリカたち3人が銀のことを口々に褒めている。

 銀はピンクのかわいらしいドレスを着せられて、照れくさそうにしている。


 そういう3人も今日はドレスを着ておめかししている。

 かくいう俺も余所行きのスーツを着ている。

 普段こういうぴっちりとした服を着ることがないので、多少窮屈に感じる。


 本日、俺たちがこんな格好をしたのはレストランで食事をするためである。

 結構高級なレストランで、ドレスコードがあるためこんな格好をしているのだ。

 なぜそんなレストランで食事をするのかと言うと、今日がリネットさんの誕生会兼銀の社完成記念会だからである。

 リネットに誕生会をどこで開こうかと聞いたら、おしゃれなレストランがいいとのことだったので、ここに予約したのだ。


 着替えが終わったので早速出かける。

 レストランは家から歩いて5分くらいのところにあるのですぐ着く。

 レストランの入り口には初老のウェイターさんが待っていた。


「ようこそ、おいでくださいました」


 俺たちは歓迎され、席に案内される。


 窓際のレストランの中庭がよく見える席だった。


 中庭には明かりが灯され幻想的な雰囲気が醸し出されている。




「素敵なお庭ですね」

「きれいですね」

「うん、いいな」

「ワタシ、こんなきれいなお庭初めて見ました」


 みんなにもすこぶる好評なようだ。

 ここを選んでよかったと思う。


 俺たちが席に着くと、すぐに料理が運ばれてきた。

 事前にコースを予約していたので、レストランの方もあらかじめ準備をしているのだろう。

 手際よく料理が出てくる。


 今日はフルコースを頼んであるので、スープから始まって、次々と豪華な料理が出てくる。

 酒も上等なのを頼んでいるので、普段使っているギルドの酒場のよりうまい。


「これ、とってもおいしいですう」


 特にヴィクトリアがよく、いや、水でも飲むようにガブガブ飲んでいる。

 普段は飲むエリカも妊娠中なのであまり飲まないし、リネットは下戸だから元々飲まない。


 というか、今日の主役はリネットと銀なんだからお前はもう少し遠慮して飲めと思う。


 こうして大人が酒や豪勢な料理を楽しむ一方、銀は黙々と子供用のコース料理を食べている。

 高級食材というのは子供には癖が強いものが多いので、特別に頼んだのだった。。


「大人と同じのがいいなら言えよ」


 とは言っておいたが、


「いえ、ホルスト様。ワタシはステーキとかフォアグラよりも、こっちのハンバーグの方がいいです」


とのことだったので、こうした。


 さて、食事も進んで、宴もたけなわとなったころ、プレゼント贈呈をした。

 まず、リネットからだ。


「みんな、ありがとう」


 俺たちが渡したプレゼントをリネットが早速開けてみる。

 俺は髪留め、エリカは香水、ヴィクトリアはチョーカー、銀はリネットの似顔絵だった。


「大切にするね」


 リネットが終わったので、次は銀にプレゼントをやる。


「うわー、みなさま、ありがとうございます」


 銀も早速プレゼントを開ける。


「うわー、素敵なものばかりですね。とてもうれしいです」


 銀も俺たちのプレゼントを喜んでくれた。

 ちなみに俺たちのプレゼントはと言うと、俺は犬のぬいぐるみ、エリカは花の髪留め、ヴィクトリアは最近町で流行っている女の子向けのビーズでアクセサリーを作るおもちゃ、リネットはかわいい靴だった。

 うん、なんというか、送り主の性格がよく出たプレゼントだが、もらった銀は大喜びしているから、まあいいか。


 こうして無事にプレゼント贈呈も終わると、後は食事を堪能して帰路についた。


★★★


 その帰り道、俺は銀を背中におぶっていた。

 普段はとっくに眠っている時間まで起きていて眠いのだろう。

 俺の背中ですやすやと寝息を立てながら寝ている。


「銀ちゃん可愛いですね」

「本当、きゃわゆいです」

「このふさふさの耳と尻尾が堪らないな」


 すやすやと眠る銀の寝顔を見て、女性陣が口々に銀のことを褒める。

 その意見には俺も賛成だ。


 銀が来てから、家の中が一気に賑やかになった。

 銀のいない生活なんて今では考えられないくらいだ。

 銀はいつの間にかそのくらいの存在になっていた。


 銀。俺たちの生活を豊かにしてくれてありがとう。


 俺は寝ている銀を起こさないよう、心の中で感謝しつつ家に帰るのだった。

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